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龍虎 壱 ー己が義を貫けー  作者: HANA


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第7話 疑惑の矛先

翌朝、神代組事務所の一階では、朝から乾いた音が響いていた。

「お前、やる気かぁ!」

「ニャッ」

「来い!」

茶トラが悠真の手へ猫パンチを繰り出すと、悠真も負けじと指先を動かした。

「ほら! 来い来い!」

茶トラから猫パンチが繰り出される。

「速っwww」

もう一発。

「痛ぇwww」

さらに一発。

「お前強ぇな!」

「…………悠真」

後ろから声がして、悠真が振り返ると、蓮が立っていた。

「何してんの」

「戦ってます」

「見りゃ分かる」

「こいつ今日めっちゃ強いっす」

「お前が構うからだろ」

「いや、向こうから仕掛けてきたんすよ」

茶トラが悠真の手へもう一度猫パンチを繰り出した。

「ほら!」

「……楽しそうだな」

「蓮さんもやります?」

「やらねぇよ」

蓮は呆れたように煙草を咥えた。

その時、事務所の扉が開き、入ってきた男を見て、蓮の表情から僅かに笑みが消えた。

神代組本部長・鷹宮龍二。

そして、その後ろには鷹宮の右腕と呼ばれる、真壁征一。

「おはようございます」

悠真が立ち上がり、頭を下げた。

「おう」

鷹宮が返し、足元にいる茶トラを見つめた。

「……この猫また来てんの」

「親父が連れて来ましたね」

「車に乗りたがったらしいっすよ、猫が」

「親父は猫に弱ぇなぁ」

蓮と悠真と会話をする鷹宮は少し笑ったが、真壁は何も言わず蓮を見ていた。

蓮も真壁を見る。その視線は鋭かった。

「鷹宮さん」

蓮が煙草を灰皿へ押し付けた。

「親父が待ってます」

「ああ」

「真壁さんも」

「…………」

真壁の眉が僅かに動いた。

「俺もか」

「はい」

蓮はそれ以上何も言わず、組長室へ向かう。

鷹宮がその後へ続き、真壁も歩き出す。

その背中を見送りながら、悠真が茶トラを抱き上げようとした。

「お前はこっちな」

再び繰り出される、猫パンチ。

「痛ぇってwww」

◇

組長室で天音は自分の席に座っていた。

その右側に蒼真が立ち、少し離れた位置に蓮が立つ。

鷹宮と真壁が入ると、天音が顔を上げた。

「来たか」

「親父、何かありました?」

鷹宮が聞く。

「ああ。座れ」

二人がソファへ腰を下ろす。

蒼真は黙って煙草を吸いだし、いつものような笑顔はなく、目が鋭い。

真壁が今度は蒼真を見る。

「……若頭も一緒ですか」

「ああ。蒼真に関わる話だからな」

「…………」

真壁の視線が一瞬だけ蒼真へ向いた。

「蓮」

「はい」

蓮がテーブルへ一枚の写真を置いた。

鷹宮がそれを見る。

夜の路地、神代組を破門された元構成員と、その向かいに立つ真壁の姿が映されていた。

「…………」

鷹宮の表情が変わっていく横で真壁は黙っていた。


「真壁」

鷹宮が低い声で呼ぶ。

「これ、お前か」

「……はい」

蒼真が煙を吐きながら口を開いた。

「昨日の夜だ」

真壁が蒼真を見る。

「うちを破門された奴と会ってたよな」

「…………」

「何してた?」

「少し話しただけです」

「何の話?」

「個人的な話です」

蒼真の目が僅かに細くなる。

「個人的?」

「はい」

「俺には言えねぇ?」

「若頭に報告するような内容ではありません」

「そう」

蒼真はそれ以上追及しなかった代わりに、天音が口を開く。

「俺には?」

「…………」

「俺にも報告する必要はないか」

天音の低い声に、真壁が僅かに姿勢を正した。

「そういう意味ではありません」

「じゃあ話せ」

「…………」

静かな声だった。

怒鳴ってはいないが、組長室の空気が一気に重くなる。

鷹宮が真壁を見る。

「何の話だ」

「……昔の知り合いです」

「知ってる」

鷹宮が即座に返す。

「あいつが神代にいた頃、お前と何度か飲んでたのもな」

「なら――」

「でも破門された後まで会ってるとは知らなかった」

「…………」

「しかも今、あいつは東雲の人間と接触してる」

真壁の表情が僅かに動いた。

ほんの一瞬だったが蓮も蒼真も見逃さなかった。

「知ってた?」

蒼真が聞く。

「何をです」

「そいつが東雲の構成員と会ってること」

「知りません」

「金渡してんのも?」

「…………金?」

「知らない?」

「知りません」

蒼真は真壁を見つめる。

「そっか」

「若頭」

「ん?」

「俺を疑ってるんですか」

蒼真は少し黙った。

「疑ってる」

鷹宮が蒼真を見る。

真壁の目が細くなる。

「はっきり言いますね」

「ここで誤魔化しても仕方ねぇだろ」

蒼真は煙草を灰皿へ置くと、真壁の向かいへと腰掛けた。

「破門した奴が東雲の構成員と何度も会ってる。金まで渡してる」

「…………」

「その破門した奴が、今度はうちの人間と会ってた」

蒼真が真壁を睨みつけた。

「疑わねぇ方がおかしい」

「俺が東雲と繋がってると?」

「そこまでは言ってねぇ」

「同じことでしょう」

「違う」

蒼真の声が低くなる。

「俺はまだ何も決めつけてねぇ」

「…………」

「だから聞いてる」

蒼真は真壁から目を逸らさなかった。

「何のために会った?」

真壁も蒼真から目を逸らさなかった。

「個人的な相談を受けただけです」

「内容は」

「金の相談です」

「金?」

「仕事がなくて困ってると」

それまで黙っていた蓮が眉を寄せ、口をひらいた。

「それだけ?」

「それだけだ」

「じゃあ何で黙ってた」

「破門された人間と会っただけで、いちいち若頭補佐に報告する必要があるのか?」

「普段ならねぇよ」

蓮が静かに返した。

「今はある」

「…………」

「東雲が絡んでる」

真壁は黙り、鷹宮が深く息を吐く。

「真壁」

「はい」

「本当にそれだけか」

「……はい」

「俺にも嘘ついてねぇな」

真壁が鷹宮を見る。

「ついてません」

数秒、鷹宮は真壁の答えに何も言わなかった。

天音が煙草へ火をつける。

「分かった」

蒼真が天音を見る。

「親父?」

「今のところはな」

天音は真壁を見る。

「真壁」

「はい」

「破門した奴とはもう会うな」

「…………」

「何か連絡が来たら蒼真か蓮へ回せ」

「分かりました」

「それと」

天音の目が鋭くなる。

「東雲には手ぇ出すな」

「出しません」

「接触もするな」

「はい」

「鷹宮」

「はい」

「お前んとこの人間だ。見とけ」

「分かりました」

真壁の眉が僅かに動く。

「親父」

鷹宮が続ける。

「俺からも調べます」

「何を」

「真壁が会ってた理由も、あいつが東雲と何やってるのかも」

真壁が鷹宮を見る。

「兄貴、俺は――」

「黙ってろ」

鷹宮の低い声に真壁が口を閉じた。

「お前を疑いたいわけじゃねぇ」

鷹宮は真壁を見た。

「だから調べる」

「…………」

「何もなきゃ、それで終わりだ」

「……分かりました」

「蒼真」

鷹宮が今度は蒼真を見る。

「悪かったな」

「何で鷹宮さんが謝んの」

「俺んとこの奴だ」

「まだ何かしたって決まったわけじゃねぇじゃん」

鷹宮が僅かに目を細め、蒼真は煙草を咥え直した。

「俺、本当に何もなかったらそれでいいんだよ」

「…………」

「真壁さんが昔の知り合いに金の相談されただけなら、それで終わり」

真壁を見る。

「その時は俺も詫びる」

「…………」

「疑って悪かったって」

真壁は何も答えなかった。

鷹宮だけが蒼真を見ていた。

「お前」

「何?」

「そういうとこ、親父に似てきたな」

「え、嫌だ」

「おい」

天音が蒼真を睨むと蓮が吹き出した。

「そこ即答すんのかよ」

「だって親父じゃん」

「どういう意味だ!」

一瞬だけ組長室の張り詰めた空気が緩み、鷹宮も僅かに笑う。

しかし、真壁だけは笑わなかった。

◇

話が終わり、鷹宮と真壁が組長室を出る。

廊下を歩きながら、鷹宮は前を向いたまま言った。

「真壁」

「はい」

「俺に隠してることあるか」

「ありません」

「…………」

「本当に、昔の知り合いから相談された。それだけです」

鷹宮が足を止めると真壁も止まった。

「ならいい。俺に調べさせるような動きはするな」

「……兄貴」

「何だ」

「若頭を…」

真壁は一度言葉を止めた。

「どう思ってます」

鷹宮が眉を寄せる。

「何の話だ」

「いえ」

「蒼真がどうした」

「…………」

真壁は少し笑った。

「何でもありません」

鷹宮は怪訝そうに真壁を見る。

「変なこと考えんなよ」

「分かってます」

「蒼真は若頭だ」

「はい」

「次に神代背負うのも、あいつだ」

真壁は答えなかった。

ほんの一瞬、その目から感情が消えた。

「……そうですね」

やがて返された声は、妙に静かだった。

「何だよ」

「いえ」

真壁は頭を下げる。

「失礼します」

そのまま歩き出す真壁の背中を鷹宮はしばらく見ていた。

◇

組長室では、扉が閉まった後も三人が残っていた。

「……嘘だな」

蓮が言うと蒼真も頷く。

「あぁ」

天音が二人を見る。

「何が」

「全部じゃねぇと思うけど」

蒼真が灰皿へ煙草を押し付けた。

「何か隠してる」

「根拠は?」

「勘」

「お前さっき勘で動かねぇって言ってたろ」

「だから動かねぇよ」

蒼真は椅子へ深く座る。

「鷹宮さんが調べるって言ってるし」

蓮が腕を組む。

「真壁が鷹宮さんにまで嘘ついてんなら面倒だぞ」

「うん」

「どうする」

「だから、今は何もしない」

「またそれか」

「証拠ねぇもん」

蒼真は天井を見上げた。

「ただ……」

「何だ」

天音が聞くと蒼真は少し考える。

「真壁さん」

「うん」

「俺のこと嫌いなのかな」

「今そこか?」

蓮が呆れた顔で溜息をついた。

「いや、何か今日めっちゃ睨まれた気がする」

「お前、今まで気付いてなかったの?」

「え?」

蓮と天音が同時に蒼真を見る。

「…………」

「何だよ」

「蒼真」

天音がタバコに火を付けながら言う。

「お前、昔から真壁に好かれてねぇぞ」

「マジで!?」

「マジ」

蓮も頷いた。

「何で!?」

「知らねぇよ」

「俺、何かした!?」

「存在じゃね?」

「酷くね!?」

蓮が笑ったその時、廊下から悠真の声が響いた。

「いってぇぇぇ!!」

三人が同時に扉を見る。

「何だ!?」

蒼真が立ち上がり、扉を開けると廊下の先で悠真が右手を押さえていた。

その正面には茶トラが座って、満足そうな顔をしていた。

「どうした!?」

「こいつ本気出しました!」

「……は?」

「猫パンチの本気っす!!」

茶トラが悠真を見上げて鳴く。

「ニャー」

「ほら! 煽ってる!」

「猫が煽るか!」

「絶対煽ってますって!」

蓮が後ろから覗き、呆れた顔をした。

「まだ戦ってたのかよ」

「負けられない戦いなんすよ!」

「負けてんじゃん」

「まだ終わってません!」

悠真が再び茶トラの前へしゃがむ。

「来い!」

「やめろ馬鹿!」

蒼真が悠真の襟を掴み制止すると、その横を茶トラが悠々と歩いていく。

そして蒼真の足元で立ち止まり、見上げる。

「ん?」

次の瞬間、茶トラが蒼真の身体を駆け上がった。

「うおっっ!?」

肩から、更に登り頭へ。

「…………」

蒼真の銀髪の上に茶トラが座るという奇妙な光景が誕生した。

「…………」

蓮が口元を押さえ、悠真が固まりその様子を見つめる。

騒ぐ声に天音が組長室から出てきた。

「何して――」

数秒の沈黙が4人と一匹に流れた。

「ぶっははははは!!」

「笑うな親父!!」

「若頭www」

「悠真お前も笑うな!」

「頭www」

「蓮!!取って!」

「嫌だよwww」

「何でだよ!」

「面白れぇもんwww」

茶トラは蒼真の頭の上で満足そうに尻尾を揺らしている。


神代組の内側で確かに何かが動いていた。


誰が敵で何を狙っているのか、まだ何も見えてはいない。


ただ一つ、神代の龍へ向けられた視線だけは少しずつ、その色を変え始めていた。



——なお。

その龍の頭の上は現在、茶トラに征服されていた。


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