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龍虎 壱 ー己が義を貫けー  作者: HANA


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第5話 龍の知らぬところで

翌朝の神代組事務所で蒼真は自分のデスクへ肘をつき、煙草を咥えたまま資料へ目を落としていた。

昨夜は結局、ラウンジでそれなりの時間まで飲んだ。

蓮花にテキーラ勝負を吹っ掛けられ、店の女達にシャンパンを入れ、酒を飲みながら笑った。

それでも頭の片隅には、昨夜蓮から聞いた話がずっと残っていた。

破門した元構成員が東雲のシマで目撃された。

そして、東雲側の人間と思われる男と接触していた。

ただ、それだけだ、今のところは。


「…………」

蒼真が煙草の煙をゆっくりと吐き出すと、事務所の扉が開いた。

「おはよ」

蓮が入ってくる。

「おー」

「眠そうだな」

「お前もな」

「蓮花が悪い」

「お前もめっちゃ飲んでたじゃん」

「お前もだろ」

「俺は途中からシャンパン」

「酒は酒だ」

蓮は蒼真の向かいへ腰を下ろし、煙草を取り出し火をつける。

「で」

蒼真の声が少し低くなる。

「昨日の件」

「ああ」

蓮の表情も変わった。

「悠真に追わせた」

「早ぇな」

「お前が追えって言ったんだろ」

「そうだけど」

「分かったことあるぞ」

蒼真が煙草を灰皿へ置く。

「何」

「会ってた相手」

「うん」

「東雲の構成員で間違いない」

蒼真の目が僅かに細くなった。

「名前は?」

「まだ下っ端。東雲の本部に出入りするような立場じゃねぇらしい」

「…………」

「ただ、何度か破門した奴と会ってるらしい」

蒼真は椅子へ深く座り直した。

「何話してたかは?」

「そこまでは分からねぇ」

「そっか」

蒼真は一度、天井を見上げると、蓮は何も言わず待った。

「……だからって」

蒼真が口を開いた。

「東雲が絡んでるとは限らねぇな」

「ああ」

「下っ端同士が勝手に繋がってるだけかもしれねぇ」

「俺もそう思う」

「それに、うちから破門した人間だ。東雲が拾おうが何しようが、本来は俺らが口出す話じゃない」

蓮が頷く。

「ただ」

蒼真の目が鋭くなる。

「神代の情報持って行ってんなら話は別」

「ああ」

「もう少し追わせて」

「了解」

「でも絶対手ぇ出すなって」

「分かってる」

「東雲側にも」

「ああ」

「あー悠真だからなぁ……煽るようなこともすんなって伝えて」

蓮が少し笑った。

「お前、意外と慎重だな」

「意外って何だよ」

「昔なら『行くぞ蓮!』だったじゃん」

「十七の俺と一緒にすんな」

「二十でも行ってた」

「…………」

「二十五でも行ってた」

「…………」

「三十でも――」

「うるせぇな!!」

蓮が笑うと蒼真は煙草を灰皿へ押し付けた。

「立場が違ぇんだよ。今は俺が勝手に動いたら、組が動いたことになる」

「分かってるじゃん」

「分かってるわ!」

「成長したなぁ」

「誰目線だよ!」

蓮は笑いながら煙を吐いた。

だが、その目は笑っていなかった。

蒼真もそれに気づいていた。

「……蓮」

「あ?」

「お前も嫌な感じする?」

「する」

即答だった。

「でも、まだ勘だ」

「うん」

「だから今は動かねぇ」

「それでいい」

その言葉と同時に、事務所の奥から足音が聞こえた。

「朝から真面目な話してんな」

二人が振り向くとそこにいたのは、天音だった。

「親父」

「おはようございます」

「ああ」

天音は二人の近くまで来ると、蒼真の机の端へ腰を預けた。

「聞こえてた」

「盗み聞き?」

「自分の事務所で何を盗むんだよ」

「確かに」

天音が蓮を見る。

「東雲だったか」

「はい。下の構成員のようです」

「そうか」

天音は煙草を取り出し、火をつける。

「で、蒼真」

「ん?」

「お前はどうする」

蒼真は天音を見る。

あの時と同じ問いだったが、今回は迷わなかった。

「今は何もしない」

「理由は」

「証拠がねぇ」

「…………」

「破門した奴と東雲の下っ端が会ってただけで、東雲組が仕掛けてきたって決めるのは早い」

天音は黙って聞いている。

「大和さんがこんな回りくどいことするとも思えねぇし」

「ほう」

「それに、こっちから先に騒げば東雲を刺激する。今はそれが一番面倒」

「じゃあ?」

「悠真にこのまま追わせる。誰と何してんのかだけ見る」

「手は出さない?」

「出さない」

「東雲へ確認は?」

「まだしない」

「…………」

天音が煙を吐いた。

蒼真は天音を見つめる。

数秒の沈黙の後、天音が口を開いた。

「それでいい」

蒼真が僅かに笑った。

「またそれ?」

「何だよ」

「親父、最近それしか言わねぇ」

「ちゃんと出来てる奴に長々説教する必要ねぇだろ」

「昔はめっちゃ説教してたじゃん」

「昔のお前が馬鹿だったからだよ」

蓮が吹き出す。

「それはそう」

「蓮、お前どっち側?」

「親父」

「裏切り者!」

三人の間に笑い声が落ちた、その時だった。

蒼真のスマートフォンが震えた。

「…………」

画面を見る蒼真の表情が、一瞬で変わった。

蓮がそれを見る。

「……麗華ちゃん?」

「うん」

天音が眉を上げる。

「麗華?」

蒼真がハッとする。

「…………」

「女?」

「…………」

蓮がニヤッと笑った。

「女」

「蓮!!」

天音が蒼真を見る。

「お前、女でそんな顔すんの珍しいな」

「何その言い方!」

「いや、昔からお前が女と遊んでんのは知ってるけど」

「親父に言われると気まずい!」

「何でだよwww」

蓮は煙草を咥えたまま楽しそうに笑っている。

蒼真は二人から少し離れ、スマートフォンを開いた。

『今度いつ空いてる?』

「…………」

また蒼真の口元が緩んだ。蓮はそれを見逃さない。

「若頭」

「何」

「さっきまでいい面してたぞ」

「してるだろ今も」

「今はただの男の面」

「うるせぇ!」

蒼真は言い返しながら、その場で返信を打つ。

『明日の夜なら空いてる』

送信するとすぐに既読がついた。

『じゃあ明日』

「…………」

天音が蒼真の後ろから画面を覗こうとしているのに気が付いた蒼真はポケットへとスマートフォンをしまい込んだ。

「親父!」

「何だよ」

「見るな!」

「お前、ガキみてぇだな」

「見んなって!」

「三十四にもなって」

「年齢関係ねぇ!」

蓮は腹を抱えて笑っていた。

◇

同じ頃の東雲組の屋敷。

麗華は自室のベッドへ腰を下ろし、スマートフォンの画面を見ていた。

『明日の夜なら空いてる』

そして『じゃあ明日』自分が送った短い文字。

「…………」

少しだけ笑う。

今度は蒼真から誘われるはずだったのに、待てなかった。

ただ、それだけ。

また会いたいと自分も願っていた。

スマートフォンをベッドへ置いた、その時。

「麗華」

襖の向こうから声がした。

「何?」

「入るぞ」

返事を待たずに大和が入ってきて、麗華は眉を寄せた。

「一応ノックしてよ」

「自分の家だ」

「私の部屋」

「俺の家の中にある」

「そういう問題じゃないのよ」

大和は気にする様子もなく、部屋の中を見回した。

「最近、帰り遅いな」

「そう?」

「そうだ」

「買い物とかしてるだけ」

「この前も?」

麗華の動きが僅かに止まる。

「……この前?」

「夜遅かった日」

「ああ」

「男か?」

麗華が大和を見る。

「…………」

大和も麗華を見る。

数秒。

「だったら?」

麗華が返しに、大和の眉が動いた。

「うちの組の者か?それともカタギの者か?」

麗華の表情が僅かに固まったその変化を、大和は見逃さなかった。

「…………」

「麗華」

「何」

「カタギなら、俺は別に好きにしろって言うし、組の者なら何も言わねぇ」

「…………」

「でも違うなら、話は別だ」

麗華は父親から目を逸らした。

「まだ何もないよ」

「何もない?」

「付き合ってもない」

「そうか」

「だから別に」

「ならいい」

大和が立ち上がる。

「ただ」

麗華を見る。

「変な男だけはやめとけ」

「お父さんに言われたくない」

「何でだよ」

「自分の職業考えて」

「俺はいいんだよ」

「何がいいのよwww」

麗華が笑うと大和も僅かに笑った。

「まぁ一回、連れてこい」

麗華の笑顔が一瞬止まった。

「…………」

「何だ」

「別に」

大和が部屋を出ていき、襖が閉まっても麗華はしばらく黙っていた。

そして、ベッドに置かれたスマートフォンを見る。

『明日の夜なら空いてる』

「…………カタギじゃないし…組の者でもない…」

一人の部屋に小さく呟いた。

連れて来いと言われても、ただの筋者ではない。

神代組若頭。

神代の龍。

東雲にとって、最も関わってはいけない男。


「…………」

それでも、連絡をやめようとは思えなかった。

◇

その日の夕方、神代組事務所で書類を片づけていた蓮のスマートフォンが振るえた。

「ああ…で?」

蓮の声に蒼真が顔を上げた。

通話する蓮の顔は軽い顔をしていなかった。

「誰」

「悠真」

その名を聞くと蒼真は椅子から立ち上がり、蓮と共に組長室へと入った。

「代わって」

「悠真、若頭だ」

『はい、例の件ですが』

蒼真の目が鋭くなる。

『破門した奴、今日も東雲の構成員と会ってます』

「…………」

『それだけじゃなく、金のやり取りあります』

悠真の報告に蒼真は少し考え込む。

「…………どっちだ」

『破門した奴から、東雲側へ』

「いくら?」

『すいません、そこまでは…』

「何の金かはわかるか?」

『それも……会話までは拾えてなくて、すいません』

蒼真はゆっくりと息を吐く。

「…………」

「どうする」

蓮が聞くと、蒼真はすぐには答えなかった。

金の受け渡し。

それだけなら、まだ説明はいくらでもつく。

借金や個人的な取引、何かの支払い。

だがこの状況で、神代を破門された男が東雲の構成員と何度も会い、金を渡している。

偶然で済ませるには説明が難しい。

けれど少しずつ、線が繋がり始めていた。

「……悠真、まだ動くな」

蒼真が言うと、蓮も頷く。

『はい』

「もう少しだけ見たい。相手の構成員の上に誰がいるかも調べてくれ」

『了解っす』

「でも絶対、気付かれんなよ」

『分かってます』

「東雲にも、うちにも」

蒼真のひと言に悠真が数秒沈黙した。

『……うちにも?』

蒼真は僅かに目を細めた。

「破門した奴が一人で全部やってるとは限らねぇだろ」

『…………』

「うちの中にまだ繋がってる奴がいる可能性もある」

蓮の表情が変わる。

「……確かにな」

「考え過ぎなら、それでいい」

蒼真は煙草を取り出し、火をつける。

「俺、考え過ぎだったって笑いてぇよ。悠真、深追いだけはすんな」

『はい』

「この話は俺と蓮、親父以外に話すな。いいな?」

『分かりました』

通話を切ると煙を吐きながら、蒼真は組長室の窓から外を見る。

明日の夜、麗華と会う事を楽しみに思う自分がいる。

けれど、仕事の世界も待ってはくれない。

楽しみと疑念わ抱きながら生活するのは複雑だ。

それでも、それが神代組・若頭、神代蒼真なのだから、仕方がない。


神代と東雲の間の誰にも見えない場所で、確かに何かが動き始めていた。

そして、それはまだ。龍と麗華が互いの正体を知るよりも。

少しだけ早く、二つの組へ牙を向け始めていた。


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