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龍虎 壱 ー己が義を貫けー  作者: HANA


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第4話 龍虎、今宵も騒がしく

店を出る頃には、時刻は二十二時を回っていた。

「美味かった」

「でしょ?」

「うん。あそこ俺知らなかったわ」

「気に入った?」

「気に入った。また行きたい」

蒼真がそう言うと、麗華が少しだけ笑った。

食事をしている間、二人は本当に他愛のない話ばかりしていた。

好きな食べ物や嫌いな食べ物。

酒は何を飲むか。

休日は何をしているのか。

蒼真は自分の仕事について聞かれれば、会社を経営しているとだけ答えた。

嘘ではない。

神代組はいくつかの会社や店を持っているし、蒼真自身もその経営に携わっている。

ただ、その裏側までは話さなかった。

麗華もまた、自分の家について詳しく話そうとはしなかった。

互いに触れない部分があっても、それでも不思議と居心地は悪くなかった。

そして、そんなお互いの詳しい事情など、今は必要なかった。

ただ、二人で話す時間が心地よい。


「麗華」

「ん?」

「送ってく」

「大丈夫だよ」

「でも遅いだろ」

「タクシーで帰るから」

「じゃあタクシー乗るまでいる」

「…………」

「何?」

「意外と優しいんだね」

「意外とって何だよ」

麗華が笑いながら、口を開く。

「この前は目が凄く怖かったから…でも、今日はずっと笑ってたね」


その言葉に、蒼真が一瞬黙った。

まだ二度しか会っていない。

それなのに、麗華は当たり前のようにそう言った。

自分の目の奥を見れる女。

その感覚が蒼真には初めての事だった。


やがて一台のタクシーが止まり、麗華がドアへ向かい――ふと振り返る。

「今日はありがとう」

「いや、お礼される側、俺じゃなかった?」

「そうだった」

二人で笑った。

「じゃあさ」

「ん?」

「次は俺から誘っていい?」

麗華が瞬きをする。

「……次?」

「うん」

蒼真は迷わず言った。

「また会いたい」

「…………」

「嫌?」

麗華が少しだけ視線を逸らす。

「……嫌じゃない」

「じゃあ決まり」

「強引」

「そう?」

「ちょっと」

「嫌なら断っていいよ?」

「だから嫌じゃないって」

「ならいいじゃん」

「ふふっ」

麗華がタクシーへ乗り込む。

「じゃあ、また」

「うん。またな」

ドアが閉まり、走り去っていくタクシーを蒼真はその場で見送った。

完全に見えなくなってから、煙草を取り出す。

「…………」

火をつけ、一口吸う。


楽しかった。

ただ飯を食って話しただけ。

女と二人で飯を食うことなど、これまで何度もあった。

だけど、頭の中は女と話していても、その後どうするか、どこへ行くか、今夜は誰と過ごすか、そんなことばかり考えていた気がする。

だが今日は「また会いたい」それしか思わなかった。

ポケットの中でスマートフォンが震え、取り出すと麗華からのメッセージだった。

『今日は楽しかった。またね』

「…………」

蒼真の口元が緩むのを感じて、手で口元を覆った。

三十四の男が道端で、スマートフォンを見て二ヤけてるなんて、もしも組員が見ていたら大問題だ。

『俺も。また連絡する』

ただ、それだけのメッセージを打ち、送信すると、連絡先を開いた。

「…………」

数回の呼び出し音のあとで通話相手の声が聞こえる。

『何』

「蓮、飲み行こうぜ」

『…………今から?』

「うん」

『お前、麗華ちゃんと飯じゃなかった?』

「終わった」

『…………』

「何だよ」

『別に。いつもの店?』

「おう」

『分かった』

通話が切れると蒼真は煙草を咥えたまま、ほんのわずかに笑う。

◇

神代組が経営するラウンジは、夜の繁華街の中心にあった。

蒼真と蓮が店内へ入った瞬間、ラウンジ嬢の黄色い声が響く。

「あ!蒼真さーん!」

「蓮さんもいるー!」

「今日遅かったじゃーん!」

「おー、なんだ今日暇か?」

蒼真が軽く手を上げる。

少し後ろを歩いていた蓮も、慣れた様子で片手を上げる。

「今日飲むー?」

「飲む飲む」

「じゃあこっち来てよー」

「悪ぃ、ちょっと蓮とVIP入るわ」

「えーー!」

一斉に不満そうな声が上がった。

「二人で何すんのー?」

「仕事?」

蒼真と蓮が顔を見合わせる。

「……まぁ、そんなとこ」

「嘘っぽーい!」

「蒼真さん仕事の顔してないもん!」

「しかも私服じゃーん!」

「うるせぇなwww」

蓮が笑いながら先に黒服と共に奥へ向かう。

女に捕まりながら蒼真が笑う。

「ちょっと待ってろー。後で呼ぶから」

「早くしてね?」

「ああ。後でシャンパン入れてやるよ」

「ほんと!?やったー!」

蒼真も笑う。

「そうそう。ちゃんと入れるから」

そして女達を指差した。

「ヘパリーゼ飲んどけ!」

「はーい!」

「今日テキーラ勝負もしよ!」

「誰だ、テキーラ文化を店に入れたのw…俺か!」

「今日こそ勝つよー!」

「言ったな?」

そんな声を背中に受けながら、二人は店の奥にあるVIPルームへ入った。

扉が閉まると外の音が少し遠くなった。

広いソファへ蒼真が座り、蓮も向かいへ腰を下ろし、煙草を取り出した。

テーブルにはすぐに酒とグラスが用意され、黒服が出ていくと二人きりになる。

「…………」

蓮が煙草に火をつけた。

「で?」

「何が?」

「麗華ちゃん」

「…………」

蒼真がグラスへ酒を注ぎながら答えた。

「めっちゃ可愛かった」

「それはもう聞いた」

「今日も可愛かったんだよ」

「はいはい」

「服もこの前と違ってさ」

「知らねぇよ」

「髪もちょっと――」

「俺は麗華ちゃんの今日のコーデ報告を聞きに来たの?」

「違うの?」

「帰るぞ」

「待て待てwww」

立ち上がろうとする蓮を、蒼真が笑いながら止める。

蓮も本気で帰るつもりはないのか、そのまま座り直した。

「で、どうだったんだよ」

「んー……」

蒼真はグラスを持ったまま、少し考える。

「楽しかった」

「それだけ?」

「それだけっていうか……」

酒を一口飲む。

「なんかさぁ。普通に飯食って、話して。ただそれだけだったんだけど」

「うん」

「それがめっちゃ楽しかった」

蓮が煙草を吸いながら蒼真を見る。

「今まで女と飯食って、こんな普通に楽しかったことあったかなって」

「ねぇんじゃね?」

「お前適当だな」

「だってお前、昔ここで『昨日の女、名前なんだっけ』とか言ってたじゃん」

「…………」

蒼真の動きが止まった。

「言った?」

「言った」

「……最低だな、俺」

「最低だよ」

「お前に言われたくねぇ」

「俺は名前くらい覚えてる」

「その代わり付き合わねぇじゃん」

「最初から言ってるもん」

「うわ、最低」

「お前が言うな」

二人で笑う。

この部屋で、こんな話をするのは珍しいことではなかった。

むしろ、二人だけでここへ入った時、仕事の話などほとんどした記憶がない。

女の話。

誰が可愛くて、誰と飲んで、誰と遊んだ。

そんなくだらない話ばかりを、もう何年もしている。

「そういや」

蓮が思い出したように言った。

「あ?」

「ここの新しく入った二十歳」

「ん?」

「タイプだ」

蒼真が目を輝かせた。

「マジか!いくのか?」

「んー……」

蓮がグラスを傾け、グラスの氷を眺める。

「呼んだらアフター来るかな?」

「来るだろ」

「そうか?」

「お前なら来るんじゃね?」

「なら呼ぶかな」

「あー、でも」

蒼真が煙草を咥えたまま、ニヤッと笑った。

「その子の好み次第か」

「まぁな」

「俺かもだし」

「…………」

蓮の目が細くなる。

「銀髪めwww」

「なんでだよwww」

「俺が先にタイプって言っただろ」

「小学生かよ!」

「お前、絶対邪魔すんなよ」

「しねぇって!」

「信用ならねぇ」

「じゃあ俺、喋んない」

「それはそれで不自然だろ」

「どうしろっつーんだよwww」

蒼真が笑いながら、テーブルに置かれた呼び出しボタンへ手を伸ばした。

「呼ぶ?」

「…………」

「蓮?」

「呼ぶ」

「よっしゃ」

「なんでお前が楽しそうなんだよ」

「面白ぇじゃん」

「殺すぞ」

ボタンを押すと、少しして先ほどの黒服が顔を出した。

「あのさ、新しく入った二十歳の子いる?」

蒼真が尋ねる。

「あ、いますよ」

「ちょっとVIPお願い」

「分かりました」

扉が閉まると蓮が蒼真を見る。

「お前が呼ぶなよ」

「いいじゃん」

「俺が呼びたかった」

「だから小学生かってwww」

やがてノックの音がした。

「失礼します」

若い女が顔を覗かせる。

「蒼真さん!蓮さん!呼んでくれたんですね!」

「おー」

蒼真が笑う。

「こっち座りな」

「はーい」

女が蒼真の横に腰掛けようとした瞬間、蓮が蒼真を見る。

「…………」

その視線に蒼真も蓮を見た後、女へ視線を向ける。

「何?」

「君、蓮のソファね」

「えー?蒼真さんが呼んだって聞いたけど」

「いいから」

「こっち座れー」

蒼真が笑いながら女を蓮のソファへ誘導すると、蓮は心なしか嬉しそうだった。

女が不思議そうに二人を見た。

「仲いいですね」

「仲はいいよ」

蒼真が答える。

「十七から一緒だからな」

蓮も何でもないように続けた。

「へぇー!長い!」

「長ぇよな」

「腐れ縁」

「義兄弟だろ?」

「それもそう」

蒼真が笑う。

「で、何飲む?」

「えー、何でもいいんですか?」

「いいよ」

「じゃあテキーラ!」

「お前もか!!」

蒼真が思わず声を上げると、女が楽しそうに笑う。

「みんな蒼真さん達、強いって言ってるから勝負したかったんですよー」

「やめとけ。勝てねぇぞ」

蓮が笑う。

「やってみないと分かんないじゃないですか!」

「言ったな?」

「言いました!」

蒼真と蓮が顔を見合わせる。

「付き合う?」

「ああ」

蓮が頷く。

二人とも、この店の女達が酒を煽る理由くらい分かっていた。

しかも、この子は新人だ。

まだ指名客も居ないだろう。

一杯。

一本。

客が飲めば、それだけ女達の売上になる。

バックも付く。

もちろん無理をさせるつもりはない。

だが、自分達と飲むことで数字になるなら、付き合ってやればいい。

「じゃあ持ってきてもらうか」

蒼真が呼び出しボタンへ手を伸ばす。

「やった!」

「先に言っとくけど、無理だと思ったらやめろよ?」

「大丈夫です!」

蓮が鼻で笑った。

「その台詞、何人から聞いたかな」

「今日は違います!」

「はいはい」

間もなく運ばれてきたテキーラが、テーブルへ並べられた。

◇

「……だから言ったじゃん」

蒼真が笑いながら、水を差し出してやる。

「水飲め、水」

「まだ……いけます……」

「いけてねぇよwww」

蓮が女の背を擦りながら笑う。

「もう終わり。十分だろ」

「でも……蓮さんとアフター……」

「今日はやめとけ」

「えー……」

「また今度な」

「ほんと?」

「ああ」

「約束?」

「約束」

女は渋々水を飲み始めると、蒼真がその様子を見ながら笑った。

「お前、振られてんじゃん」

「酔い潰れた女連れてく方が嫌だわ」

「まぁ、それはそう」

「次は絶対行きますからね!」

「はいはい。シラフで言えたらな」

「言いますー!」

「ほら、ちょっと休んでこい」

スタッフに任せ、女をVIPから出すと、扉が閉まり再び二人きりになる。

「…………」

蒼真と蓮が顔を見合わせた。

「可愛かった?」

蒼真が聞く。

「可愛かったー、二十歳なのに色気もある」

「よかったじゃん。考察がじじくせぇけど」

「次は抱く」

「頑張れー」

「うぜぇ」

二人が笑ったその時、蓮のスマートフォンが震えた。

「…………」

画面を確認した蓮の表情が僅かに変わる。

蒼真はそれを見逃さなかった。

「何?」

「ちょっと待て」

蓮が通話へ出る。

「俺」

その声から、先ほどまでの軽さが消えていた。

『――』

「いつ?」

『――』

「誰が見た」

『――』

「……分かった。そいつには余計なことすんなって言っとけ」

蓮が通話を切ると蒼真は煙草を灰皿へ押し付けた。

「何かあった?」

蓮はすぐには答えなかった。

「蓮」

「……この前、お前が破門にした奴」

蒼真の目が細くなる。

「そいつが?」

「東雲のシマで見かけたって」

「…………」

数秒の沈黙の後、蒼真は新しい煙草を取り出した。

「破門したんだ。どこ歩こうが勝手だろ」

「ああ」

「もう神代の人間じゃねぇ」

「そうだな」

「なら、放っとけ」

火をつける蒼真を蓮は黙って見ていた。

「……何」

「東雲の人間と接触してたらしい」

蒼真の手が止まった。

「…………誰と」

「そこまでは分からねぇ」

「…………」

先ほどまで女の話で笑っていた空気が、一瞬で消えた。

蒼真はゆっくり煙を吐く。

「確かなの?」

「うちの若いのが見た。ただ、遠目だったらしい」

「なら、まだ決めつけんな」

「ああ」

「東雲に話持ってくのもなし」

「分かってる」

蒼真はソファへ深く座り直した。

偶然だと、そう考えればそれだけの話だ。

破門された男が東雲の縄張りにいた。

誰かと話していた。

それだけ。

「……でも」

蓮が呟くと蒼真が視線を上げる。

「嫌な感じすんな」

「…………」

蒼真も同じことを思っていた。

ただの偶然なら、それでいい。

むしろ、そうであってほしい。

「蓮」

「あ?」

「一応、追って」

「了解」

「手ぇ出すなよ」

「分かってる」

「誰と会ってんのか。それだけ見てくれればいい」

「ああ」

二人は暫く黙った。

テーブルの上には、飲みかけの酒と空になったテキーラのグラス。

ほんの数分前まで、くだらない話で笑っていた。

蓮が煙草を灰皿へ落とす。

「……戻るか?」

「いや」

蒼真がグラスを持った。

「せっかく来たんだ。飲んでく」

「そう?」

「女の子達にシャンパン入れるって約束したし」

蓮が少し笑った。

「そうだったな」

「約束したからな」

蒼真は立ち上がった。

扉へ向かう。

その手がドアノブへ触れる直前。

「蓮」

「ん?」

蒼真は振り返らなかった。

「……何もなきゃいいな」

蓮は数秒、黙った。

「ああ」

短く答え、扉をひらいた。

「あー!蒼真さん達やっと出てきたー!」

「遅ーい!」

「シャンパンー!」

一気に賑やかな声が押し寄せた。

蒼真がいつもの笑顔へ戻る。

「分かった分かったwww 入れるって!」

「テキーラも!」

「うおっ、蓮花いたの!?さっきのテキーラ言ってたのお前かよw」

「お客さんについてたの!来たの分かったから叫んでおいたわwれーん!!」

「おー蓮花ー」

「今日こそ二人とも潰す!」

「お前それ何年言ってんだよwww」

笑い声が広がる中、蓮は蓮花に手を上げ、一度だけスマートフォンへ視線を落とした。

神代と東雲。

誰も、争うつもりなどない。

それでも見えないところで、小さな歯車が動き始めていた。


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