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龍虎 壱 ー己が義を貫けー  作者: HANA


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第3話 知らぬが恋

「……腹減った」

「まだ言ってんのかよ」

蓮が呆れた声を出した。

「だって結局食ってねぇじゃん」

「お前が途中で喧嘩始めるからだろ」

「俺からじゃねぇよ。あいつらが女に手ぇ上げようとするから」

「はいはい」


二人は並んで夜の街を歩いていた。

ようやく出来た食事の時間。

店へ向かいながら、蒼真と蓮は煙草を咥え火をつけ、一口吸う。

「……でもさ」

「あ?」

「めっちゃ可愛かったろ?」

蓮が横目で蒼真を見る。

「誰が」

「麗華」

「…………」

「何だよ」

「お前、名前まで覚えてんのな」

「そりゃ覚えるだろ」

「番号まで渡したしな」

「だからナンパじゃねぇって」

「三十四にもなってナンパすんなよ」

「だから違ぇって!」

蒼真が笑いながら蓮の肩を小突くと、蓮は鬱陶しそうにその手を払った。

「まぁ……」

「あ?」

「可愛かったけどな」

「だろ?」

蒼真の顔が一気に明るくなる。

蓮はその顔を見て、眉を寄せた。

「でも、あの子カタギだろ」

「…………」

蒼真の足が僅かに緩んだ。

「……あぁ」

「俺らみたいなのが関わっていい女じゃねぇよ」

「それなぁ……」

先ほどまで上機嫌だった蒼真が、露骨に肩を落とす。

蓮は煙草を咥えたまま、その様子を横目で見た。

「まぁ……遊びでしか付き合えねぇよな」

「最低」

「は?」

「遊びかよ。酷い男」

「いや、待て。お前も散々、遊んできただろ」

「俺は付き合ってねぇもん。うわっ、俺、遊び嫌いだわーお前と友達辞めるわ」

「だから、今まではな?」

蒼真の言葉に蓮の眉が上がる。

「今までは?」

「…………」

「何だよ」

「いや……」

蒼真は煙草を指に挟み、そのまま少し考えるように夜空を見上げた。

「麗華……あの子は」

「うん」

「…………遊びですまねぇ気がすんだよ」

蓮はタバコを咥えたまま、蒼真の横顔を見つめた。

蒼真はまだ空を見上げている。


「なんつーか……分かんねぇけど」

「…………」

「また会いてぇなって思う」

「…………」

「何だよ」

「別に」

蓮は前を向いて歩き出した。


(あーーーー……)

ひと吸いして、煙を吐く。

(ガチ惚れだわ)

蓮は思わず笑ってしまった。

今まで女を作っても遊んで来た男が、本気で女に惚れている。

そして、惚れていることをまだ自覚し切れていない。

三十四のいい大人、それも組の若頭が、だ。

こんなに面白いことはない。


「何笑ってんだよ」

「笑ってねぇよ」

「笑ってるだろ!」

「腹減って幻覚見えてんじゃねぇの」

「あ、そうだ。飯!」

「話飛びすぎだろ」

二人はそのまま店へ入っていった。


◇


翌日の神代組事務所の自分のデスクの椅子に座り、蒼真はスマートフォンを見ていた。

「…………」

画面を消して、煙草を吸う。

また画面を見て、消す。

「…………」

向かいに座っていた蓮が資料から目を上げる。

「うぜぇ」

「何が?」

「さっきからスマホ点けたり消したり」

「してねぇよ」

「してる」

「時間見てんの」

「壁に時計あるし、腕時計してんだろ」

蒼真が壁を見ると確かにある。

そして、腕にもある。

「…………」

「連絡来ねぇの?」

「別に待ってねぇし」

「ふーん」

「本当に」

「聞いてねぇよ」

「…………」

蒼真は再びスマートフォンを見るが、通知は何も来ていない。

「……番号渡しただけだからな」

「そうだな」

「向こうが掛けてくる理由もねぇし、向こうの番号は知らん」

「そうだな」

「また絡まれたらって言ったけど、絡まれない方がいいし」

「そうだな」

「…………」

「…………」

「お前さぁ!」

蒼真がスマートフォンから顔を上げ蓮を見る。

「何」

「ちょっとは会話しろよ!」

「してんだろ」

「そうだなしか言ってねぇ!」

「だって全部そうだなって話だし」

「クソ腹立つな、お前!」

蓮は鼻で笑うと、再び資料へ視線を落とした、その時。

蒼真の手の中で、スマートフォンが震えた。

「…………!」

蓮が顔を上げ、蒼真は画面を穴が空くかというほど見つめた。

知らない番号からの着信。

蒼真がスマートフォンから顔をあると、、蓮と視線が合った。

「出ろよ」

「分かってる」

「早くしろよ」

「分かってるって!」

蒼真は一度咳払いをし、通話ボタンを押した。


「……もしもし」

『…………』

返事がない。

「もしもし?」

『……蒼真さん?』

蒼真の目が僅かに見開かれた。

蓮はそれを見て、すぐに察した。

「……麗華?」

『うん』

蒼真の口元が緩むと、蓮は天井を見上げた。

(分かりやす……)


「どうした?またなんかあった?」

『何もない』

「そっか。よかった」

『…………』

「ん?」

『何もなかったら、電話しちゃダメだった?』

「いや!」

思った以上に大きな声が出た。

事務所にいた組員達の視線が、何事かと一斉に蒼真へ向く。

「……何見てんだよ」

蒼真が一瞥しながら呟くと、全員が慌てて目を逸らした。

電話の向こうから、小さな笑い声が聞こえた。

『ふふっ』

「いや、全然いいよ。むしろ……」

まだ視線を感じ、一瞬、蓮の方へ視線を向けると、蓮がニヤニヤしている。

ものすごく、楽しそうな顔だった。

「……お前、後で覚えてろよ」

『え?』

「あ、違う違う。こっちの話」

『誰かいるの?』

「あー蓮って奴」

『ああ……昨日の人?』

「そう、目つき悪い奴」

蒼真の一言に蓮のニヤニヤとした顔が一瞬、真顔になった。

「聞こえてんぞ、コラ」

『ふふっ』

また麗華が笑った。

その声を聞いて、蒼真も笑う。

ただの電話がこんなに楽しいなんて、今まで思った事もなかった。

そもそも、女相手の電話なんて、いつも適当に呼び出す連絡くらいでまともに会話すらしていなかったかもしれない。

「で、どうした?」

『……昨日のお礼、ちゃんと言ってなかったなって思って』

「礼なんかいいのに」

『でも助けてもらったし』

「怪我なかったなら、それでいいよ」

『…………』

麗華は言葉を選んでいるのか、少し黙っていたが蒼真は急かさず待った。

『……蒼真さん』

「蒼真でいいよ」

『え?』

「昨日、俺も麗華って呼んだし」

『…………』

「嫌?」

『……別に』

「じゃあ決まり」

電話の向こうで、麗華が小さく息を吐く。

『……蒼真』

その瞬間、蓮は見た。

蒼真の顔が、露骨に嬉しそうになったのを。

(終わったな)

『昨日のお礼したいんだけど』

「お礼?」

『ご飯とか』

今度は蒼真が固まった。

「…………」

『嫌ならいいけど』

「行く」

即答する蒼真に蓮が吹き出した。

「っ……」

そんな蓮を蒼真は睨みつけながら、呟いた。

「お前マジで後で殴る」

『何?』

「何でもない!」

『……じゃあ、いつ空いてる?』

「俺はいつでも」

蓮が資料を机へ置いた。

「嘘つけ」

「うるせぇ!」

『忙しいんじゃないの?』

「忙しくない!」

「副社長が何言ってんだ」

「蓮!!」

事務所の組員達が必死に笑いを堪えている。

『……副社長?なんか、楽しそうだね』

「いや、こいつがうるせぇだけ」

『仲いいんだ』

蒼真が蓮を見ると、蓮も蒼真を見る。

「……まぁ」

『まぁ?』

「仲は良いよ」

「義兄弟だからなー」

蓮がぼそっと言う。

『え?なんて?』

「あー……うん」

蒼真は少しだけ言葉に詰まった。

自分達の世界を、どこまで話していいものか。

蒼真は麗華をカタギだと思っている。

だからこそ、この世界の話はどこまで話せばいいのだろうかと。

「……なんでもない、蓮のボヤき」

『ふーん?』

「じゃあ飯、いつにする?」

『明日の夜は?』

「空いてる」

「会合」

「…………」

蓮が無表情で言うと、蒼真がゆっくり振り向く。

「何時?」

「七時」

蒼真は時計を見る。

「……麗華、六時は?」

『一時間しかないじゃない』

「…………」

「明後日は?」

蓮が資料を捲る。

「夜なら空いてる」

「明後日!」

『ふふっ。分かった』

「じゃあ店は俺が――」

『私がお礼するんだから、私が決める』

「そう?」

『うん』

「分かった」

『あとで場所送るね』

「了解」

『じゃあ、また』

「うん。また」

電話が切れたが蒼真はしばらくスマートフォンを耳に当てたままうごかなかった。

「…………」

そんな蒼真を蓮が見ている。

組員達も見ている。

「……何」

誰も答えない。

神代の龍、若頭がものすごく嬉しそうな顔をしているなんて。

「何だよ!」

蓮が煙草を咥えながら、笑った。

「よかったな」

「…………」

「連絡来て」

蒼真もタバコを取り出し、笑った。

「……おう」

「うわ」

「何だよ!」

「三十四歳の顔じゃねぇ」

「殺すぞてめぇ!」

2人のやり取りに事務所内に笑い声が広がった。


◇


蒼真は待ち合わせ場所に立っていた。

黒いシャツに、黒いパンツ。

いつもの格好と大して変わらない。

これはお礼であって、デートではない。

だから、浮かれる必要はない。といつも通りの服を選んだ。

「…………」

腕時計を見ると、まだ十五分前だった。

煙草を取り出そうとして────やめた。

「煙草臭ぇか……?」

そう思い、煙草をポケットへ戻す。

今までは女と会う時に匂いなんて気にしてなかった。


「蒼真」

名前を呼ばれて振り返ると、麗華が立っていた。

先日とは違う服、髪も少しだけ整えられている。

蒼真が数秒、黙りこみ、麗華は首を傾げた。

「……何?」

「いや」

「?」

「やっぱ可愛いなと思って」

麗華が目を見開いた。

「……そういうこと普通に言うの?」

「ダメだった?」

「ダメじゃないけど……」

麗華が僅かに視線を逸らす。

蒼真は笑った。

「行こっか」

「うん」

二人で歩き出す。

その距離は、まだ少しだけ離れていた。

「何食うの?」

「着いてからのお楽しみ」

「えー」

「嫌いなものある?」

「そんなにない」

「なら大丈夫」

「麗華は?」

「私?」

「嫌いなもの」

「……しつこい人」

「食い物じゃねぇじゃん」

「ふふっ」

笑った麗華を見て、蒼真も笑う。


不思議だった。

まだ二度しか会っていない。

互いのことなど、ほとんど何も知らない。

それなのに、隣を歩くことが、妙に自然だった。


「蒼真って」

「ん?」

「ずっと、その髪なの?」

蒼真が自分の銀髪を触る。

「これ?」

「うん」

「結構長いかな」

「目立つよね」

「よく言われる」

「怖がられない?」

「めっちゃ怖がられる」

「やっぱり」

「麗華も昨日、俺見て固まってたじゃん」

「……あれは」

麗華の足が僅かに止まる。

「ん?」

「三人、一瞬で倒したから」

「あー、そっちか。怖がらせて悪い」

ははっと笑う蒼真を見ながら、麗華が再び歩き出す。

「喧嘩、よくするの?」

「昔ほどじゃないよ」

「昔は?」

「しょっちゅう」

「……やっぱり」

「でも親父に怒られてた」

麗華が思わず笑う。

「怒られるんだ」

「そりゃ怒られるよ。無意味な喧嘩すんなって」

「…………」

麗華の表情が僅かに変わった。


無意味な喧嘩。

その言葉は、麗華が知る神代天音という男の噂と、不思議なくらい一致していた。


「……お父さん、厳しい?」

「んー……厳しい時は厳しい。でも俺、親父好きだよ」

「そうなんだ」

「麗華は?」

「え?」

「親父さん」

「…………」

一瞬、迷った。

「私も好き」

「そっか」

蒼真はそれ以上聞く事はなく、麗華は小さく息を吐いた。

この男は自分が誰なのか知らない。


東雲大和の娘だとも。

東雲組のお嬢だとも。

知らないから、こんなふうに笑っている。


だったら、今は────。


「蒼真」

「ん?」

「今日は……ただの麗華でいていい?」

麗華のひと言に蒼真が足を止め、意味が分からないと言う顔をする。

「…………?」

そんな蒼真を見て、麗華は少し笑った。

「何でもない」

「変なの」

「うるさい」

「なんだよそれ」

二人はまた歩き出す。


蒼真は知らない、隣を歩く女が。

東雲組組長――東雲大和の一人娘であることを。


麗華は知っている、隣を歩く男が。

神代組若頭――神代蒼真であることを。


一つの秘密を挟んだまま。

龍と麗華は、少しずつ距離を縮め始めていた。


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