第12話 何をしていても、君となら
麗華が待ち合わせ場所へ向かうと、見慣れた車が路肩に停まっていた。
運転席には蒼真。
麗華に気付くと、窓が下がる。
「おはよ」
「もう昼だよ」
「俺はさっき起きたから朝」
「知らないよ」
麗華が笑いながら助手席へ乗り込む。
「お待たせ」
「全然」
シートベルトを締めた麗華を確認して、蒼真が車を出した。
少し走ったところで麗華が尋ねる。
「今日どこ行くの?」
「決めてない」
「え?」
「どこ行きたい?」
「決めてないのに迎えに来たの?」
「うん」
「何それ」
麗華が笑うと蒼真は前を向いたまま答えた。
「会いたかったから」
「…………」
返事がなく、蒼真がちらりと助手席を見ると麗華と目が合う。
「何」
「付き合ったら急に素直になったね」
「…………」
「あんなに告白できなくて緊張してたのに」
「今のなし」
「もう聞いた」
「忘れろ」
「嫌」
「お前そればっかだな」
「蒼真が変なこと言うからでしょ」
「変じゃねぇよ」
少しだけ口元を緩める。
「会いたかったから、そう言った」
「…………」
「何だよ」
「何でもない」
麗華は窓の外へ顔を向けた。
その口元が笑っているのを、蒼真は見逃さなかった。
「海でも行く?」
「行きたい」
「じゃあ決まり」
蒼真がアクセルを踏み込んだ。
◇
市街地を抜けると建物が減り、やがて車窓の向こうに海が見え始めた。
「綺麗」
麗華が窓の外を眺めながら呟く。
「天気よくてよかったな」
「うん」
車内には音楽が流れている。
麗華が何気なく操作パネルへ手を伸ばした。
「曲変えていい?」
「いいよ」
「何でも?」
「好きなの流せば」
麗華が選曲し、流れ始めた曲に蒼真が眉を上げた。
「これ好きなの?」
「うん」
「へぇ」
「何?」
「いや。覚えとこ」
「何で?」
「麗華が好きだから」
「…………」
また麗華が黙る。
「だから何だよ」
「蒼真、今日どうしたの?」
「何が」
「甘い」
「普通だろ」
「普通じゃない」
「彼女なんだから普通」
「彼女になったばっかりだけど」
「なったばっかでも彼女は彼女だろ」
「そういうもの?」
「そういうもの」
蒼真が笑うと麗華もつられるように笑った。
しばらく走り、途中のコンビニへ寄った。
「コーヒー?」
蒼真が聞く。
「うん」
「何がいい?」
「カフェラテ」
「甘いやつ?」
「甘くないやつ」
「了解」
「蒼真は?」
「ブラック」
「知ってる」
蒼真が一瞬止まった。
「……覚えてんの?」
「何回一緒にご飯行ったと思ってるの?」
「そっか」
「何、嬉しいの?」
「別に」
「顔に出てるよ」
「出てねぇ」
「ずっと出てる」
「うるせぇ」
結局、二人で笑いながら店へ入って、コーヒーを選ぶ。
そんな何気ない時間が愛しかった。
◇
海沿いのレストランで遅い昼食を取った。
その後も特に目的はなかった。
近くの店を覗いて。
気になったものがあれば足を止める。
「蒼真」
「ん?」
「これ」
麗華が手にしたサングラスを蒼真へ差し出した。
「俺?」
「うん。掛けてみて」
「いいけど」
受け取り、掛ける。
「どう?」
麗華が少し離れて蒼真を見る。
「似合う」
「じゃあ買う」
「早っ」
「麗華が似合うって言ったじゃん」
「それだけで買うの?」
「うん」
「本当に?」
「俺が選ぶよりいいだろ」
「何で」
「彼女がカッコいいと思う方がいいじゃん」
「…………」
蒼真がサングラスを外す。
「また黙った」
「今日の蒼真、調子狂う」
「何でだよ」
「何か……彼氏っぽい」
「彼氏だよ!」
蒼真のツッコミに麗華が笑う。
「知ってる」
「なら言うなよ」
蒼真も笑いながら、そのままレジへ向かった。
会計していると、今度は麗華がアクセサリーを見ていることに蒼真が気付いた。
「欲しいの?」
「見てるだけ」
「買う?」
「いらない」
「遠慮すんなよ」
「してない」
「じゃあ何で見てんの」
「可愛いから見てるだけ」
「欲しいってことじゃないの?」
「欲しかったら自分で買うよ」
「…………」
蒼真が麗華を見る。
「何?」
「いや」
今までなら欲しいと言われる前に買えば、喜ぶ女も多かった。
服や鞄、アクセサリー、それで機嫌がよくなるなら安いものだった。
けれど麗華は違った。
「本当に買わなくていいの?」
「いらないってば」
「そっか」
「何でちょっと残念そうなの?」
「カップルっぽいことしようと思ったのに」
「サングラス選んでもらったのは蒼真でしょ」
「確かに」
二人で笑った。
◇
夕方の海沿いを歩いていた。
昼間より風が少し冷たくなっている。
蒼真は隣を歩く麗華を見る。
何度も一緒に飯を食って。
何度も酒を飲んで。
何度も笑った。
何も変わっていないはずなのに。
今は、彼女だった。
その事実が未だに少し不思議だった。
蒼真は何も言わず、麗華の手を取った。
「…………」
麗華が繋がれた手を見た後、蒼真を見る。
「何」
「蒼真から繋いだ」
「悪い?」
「悪くない」
「じゃあいいだろ」
「前は私からだったのに」
「今日は俺から」
「ふふっ」
「何で笑うんだよ」
「嬉しいから」
「…………」
今度は蒼真が黙った。
麗華が笑う。
「蒼真も黙るじゃん」
「うるせぇ」
繋いだ手は離さなかった。
二人で海を見る。
特別な話をしたわけでもない。
何か大きな出来事があったわけでもない。
それでも蒼真は、今日ここへ来てよかったと思った。
「麗華」
「ん?」
「楽しい?」
「楽しいよ」
「ならよかった」
「蒼真は?」
「楽しい」
「本当?」
「ああ」
蒼真は少し考えてから笑った。
「何してても楽しいわ」
こんなとりとめのない会話でも楽しいと感じた。
麗華といると自分が神代組若頭だという事すら、一瞬忘れている。
「…………」
「だから何で黙るんだよ」
「蒼真が恥ずかしいこと普通に言うから」
「今の恥ずかしいの?」
「結構」
「マジか」
「今までなら絶対言わなかったでしょ」
「…………まぁ」
「何で今日は言えるの?」
蒼真は麗華を見る。
「もう好きなのバレてるから」
麗華が一瞬目を丸くして、声を上げて笑った。
「何それ」
「告白する前は隠してたんだよ」
「全然隠せてなかったけど」
「嘘だろ」
「結構分かりやすかったよ」
「……マジ?」
「うん」
「蓮にも言われたんだよ、それ」
「じゃあ本当に分かりやすかったんじゃない?」
「最悪」
麗華がまた笑うと蒼真も笑った。
◇
夜、食事を済ませ、帰路についた。
助手席の麗華は少し疲れたのか、昼間より静かだった。
「眠い?」
「ちょっと」
「寝ていいよ」
「寝ない」
「何で」
「もったいない」
「何が?」
「せっかく一緒にいるのに」
「…………」
蒼真が前を向いたまま笑う。
「お前も結構恥ずかしいこと言うじゃん」
「蒼真が言ったから仕返し」
「何だそれ」
信号が赤に変わり、車がゆっくりと停まった。
蒼真が何気なく助手席を見ると、麗華もこちらを見ていた。
「…………」
「…………何?」
麗華が首を傾げたが、蒼真は答えなかった。
シートベルトに身体を預けたまま、少しだけ麗華へ身体を寄せる。
麗華の目が僅かに見開かれた。
けれど、逃げなかった。
蒼真は麗華の頬へ手を添え、そのまま唇を重ねた。
「…………」
ほんの短いキス。
唇が離れたあとも、二人の距離はまだ近かった。
麗華が蒼真を見ている。
「……何」
蒼真が言った。
「急だなと思って」
「嫌だった?」
「ううん」
「じゃあいいじゃん」
「強引」
「これくらいいいだろ」
麗華が少し笑う。
「『大事にしたい』って言ってた人なのに」
「大事にしてるだろ」
「信号待ちでいきなりキスしたのに?」
「キスくらいするわ」
「あんなに緊張してたのに?」
「…………」
蒼真の眉が寄る。
「お前、それいつまで言うの?」
「しばらく」
「忘れろって言っただろ」
「絶対忘れないって言ったでしょ」
「可愛くねぇな」
「知ってる」
麗華が笑い、蒼真も笑った、その時、後ろから短くクラクションが鳴った。
「…………」
二人が前を見ると信号は青になっていた。
「あ」
麗華が吹き出した。
「蒼真、青」
「分かってるよ!」
「キスしてるからwww」
「うるせぇ!」
蒼真が慌てて車を発進させると助手席で麗華が笑っている。
「笑うなって」
「だって」
「次笑ったらもう一回するぞ」
「運転中はやめてね」
「しねぇよ!」
また麗華が笑った。
その笑い声を聞きながら蒼真も、結局笑っていた。
◇
いつもの場所へ着き、蒼真が車を停める。
「着いた」
「うん」
麗華がシートベルトを外した。
「今日はありがとう」
「おう」
「楽しかった」
「俺も」
麗華がドアへ手を伸ばす。
「じゃあ、またね」
「ああ」
ドアが開くと蒼真が麗華を呼び止めた。
「麗華」
「ん?」
振り返った麗華に、蒼真は笑った。
「次いつ空いてる?」
「もう次?」
「悪い?」
「悪くないけど」
麗華が少し考える。
「来週かな」
「遅くね?」
「一週間だよ?」
「長い」
「昨日付き合ったばっかりなのにwww」
「だからだよ」
「何それ」
麗華は笑いながら車を降りた。
ドアを閉める前に、もう一度蒼真を見る。
「連絡するね」
「おう」
「おやすみ」
「おやすみ」
ドアが閉まり、蒼真は麗華が見えなくなるまで、その後ろ姿を見ていた。
「…………」
一人になった車内が急に静かに感じた。
蒼真はハンドルへ腕を置き、その上へ額を預ける。
「…………やべぇ」
口元が緩むのが抑えられない。
自分でも呆れるくらい浮かれている。
だけど、それでもいいと思った。
今くらいは、ただ一人の女を好きになって。
会えたことを喜んで手を繋いでキスをして、次に会える日を楽しみにする。
そんな、どこにでもいる男でいたかった。
蒼真は顔を上げると車を走らせた。
まだ、次に麗華と顔を合わせる場所が。
二人きりの車でも。
いつもの食事の席でもないことを蒼真は知らなかった。




