第11話 若頭と恋する男
神代組事務所、若頭室の机に置かれた資料を前に、蒼真は煙草を吸っていた。
向かいのソファには蓮と悠真が座っている。
「……もう一回」
蒼真が資料から目を上げた。
「いつから?」
悠真が手元のメモを見る。
「真壁さんと鷹宮さんを呼んだ翌日からです」
「翌日?」
「はい」
「完全に?」
「今のところは」
蒼真は煙草の灰を落とした。
「…………」
蓮が資料へ手を伸ばす。
「金も?」
「止まってます」
「接触は」
「確認できてません」
「破門者は?」
「そっちも目立った動きはないです」
蓮が資料を捲る。
数日前まで神代を破門された男の周辺では、不自然な金の動きが続いていた。
さらに、東雲組の人間と思われる男との接触も確認。
偶然と片付けるには、少し多い。
だからこそ、蒼真たちは探っていた。
「……止まりすぎじゃね?」
蒼真が呟くと、蓮も頷く。
「俺も思った」
悠真が二人を見る。
「やっぱり変ですよね」
「変」
蒼真は即答した。
「金も止まって、会うのもやめて、急に全員大人しくなりましたって?」
煙を吐く。
「そんな綺麗に終わるかよ」
蓮が背もたれへ身体を預けた。
「俺らが追ってんの気付かれたか」
「可能性はある」
「どっから?」
「それが分かんねぇから困ってんだよ」
蒼真は眉間を指で押さえた。
悠真が少し考え、口を開いた。
「監視がバレた可能性は?」
「お前、ヘマした?」
「してません」
「だよな」
悠真の返答に迷いはなかった。
蒼真も、そこを疑ってはいなかった。
監視する人間も絞り、使用する者も神代との繋がりがない物を悠真に用意させた。
それなのに——。
「俺らが動いてるって分かる要素……」
蒼真が呟き、考え込む。
蓮が煙草へ火をつけた。
「呼び出しか?」
「…………」
蒼真が蓮を見る。
「真壁さんと鷹宮さん?」
「ああ」
「でも、あの二人にしか話してねぇぞ」
「だからだよ」
蓮の声が少し低くなる。
悠真が黙って二人を見る。
蒼真は煙草を灰皿へ押し付けた。
「……蓮」
「ん?」
「それ、どういう意味で言ってる?」
「そのまま」
「…………」
「呼び出したあとに止まった。それは事実だろ」
「そうだけど」
「だったら可能性から外す理由もねぇ」
蒼真は何も言わなかった。
鷹宮龍二。
真壁征一。
どちらも、昨日今日神代にいる人間ではない。
天音の代から組を支えてきた古参。
特に鷹宮は本部長。
蒼真や蓮にとっても、若い頃から世話になってきた男だった。
「……鷹宮さんはねぇだろ」
蒼真が言うと、蓮もすぐに答えた。
「俺もそう思う」
「真壁さんも……」
そこで、蒼真の言葉が止まった。
思いたくない。
それだけで可能性を消すのは違う。
蒼真は若頭だった。
「……いや」
煙草を一本取り出す。
「決めつけんのやめよう」
蓮が蒼真を見る。
「どっちの意味で?」
「白も黒も」
火をつける。
「古参だから白。呼び出した後だから黒。どっちも早ぇ」
「同意」
蓮が頷くと、蒼真は悠真を見る。
「今まで通り追って」
「はい」
「ただし、少し距離取れ」
「距離?」
「相手がこっちに気付いてる可能性がある」
「分かりました」
「追いすぎんな。何か掴もうとして、お前が掴まれたら意味ねぇから」
「はい」
悠真が資料をまとめようとした時だった。
「あ」
蓮が声を上げ、蒼真が見る。
「何?」
「昨日、蓮花から聞いた」
「何を」
「店に東雲を名乗る客が来たらしい」
蒼真の眉が動いた。
「うちの店に?」
「ああ」
悠真も顔を上げる。
「東雲組の人間ですか?」
「分からん」
蓮は煙草の灰を落とした。
「蓮花が直接ついた客じゃねぇ。他の子がついた客で、自分から『東雲組の者だ』って言ったらしい」
「…………」
「他の店でも増えてるって」
蒼真の表情から、先ほどまで僅かに残っていた緩さが消えた。
「増えてる?」
「ああ」
「いつ頃から」
「そこまでは聞いてねぇ」
「……何だそれ」
蒼真が小さく呟いた。
悠真が口を開く。
「東雲組が、名前を出して動いてるってことですか?」
「それも分かんねぇ」
蒼真が答える。
「本物かどうかすら分からない。でも東雲を名乗ってる…」
「ああ」
蒼真は考え込んだ。
破門者。
金。
東雲組との接触。
そして今度は、街で東雲組を名乗る人間。
一つ一つなら、大した話ではないかもしれない。
だが重なると、気持ちが悪い。
「……蓮」
「ん?」
「店の女の子には?」
「何もさせてねぇよ」
「ならいい」
蒼真がすぐに答える。
「絶対探らせんなよ」
「分かってる」
「蓮花にも」
「無茶すんなって言ってある」
「ならいい」
蒼真は煙を吐いた。
「店は店だ。女の子巻き込むな」
「おう」
「また来たら?」
「俺に連絡入れるようにしてる」
「それでいい」
蒼真は少し考えてから悠真を見る。
「そっちも調べてみて」
「店の客を?」
「いや。東雲の名前が出てるって話」
「分かりました」
「本当に東雲が動いてるのか。それとも勝手に名前使ってる奴がいるのか」
「はい」
「ただし」
蒼真の声が低くなる。
「東雲そのものには近づくな」
悠真が僅かに目を細める。
「……何でですか?」
「まだ何も分かってねぇから」
「…………」
「こっちから余計なことして、本当に揉める方が面倒だろ」
蓮が頷く。
「東雲とは今、表立って揉めてねぇしな」
「ああ」
神代と東雲は決して親しい組ではない。
だが、敵対しているわけでもない。
古くから互いに一定の距離を保ち、それぞれの縄張りを守ってきた。
定期的な会合では顔を合わせる。
必要なら話もする。
だからこそ今ある断片だけで、東雲を敵と決めつけることはできない。
「向こうが何もしてねぇなら、こっちが喧嘩売ることになる」
蒼真が言った。
「それは避ける」
「了解です」
悠真が立ち上がった。
「じゃあ、引き続き追います」
「頼む」
「はい」
悠真が部屋を出ていく。
残ったのは蒼真と蓮だけだった。
「…………」
蒼真が煙草を吸う。
蓮も黙っていた。
「なぁ」
蓮が口を開いた。
「何」
「お前、昨日あんな浮かれてたのにな」
「…………」
蒼真が蓮を見る。
「仕事中に麗華の話すんな」
「何で?」
「切り替えてんの」
「へぇ」
「何だよ」
「ちゃんと若頭だなと思って」
「殺すぞ」
蓮が笑い、蒼真も少しだけ笑う。
「……でも」
「ん?」
蒼真は煙草の先を見つめた。
「早めに片付けてぇな」
「これ?」
「ああ」
「何で」
「…………」
少し間が空く。
「麗華と遊びてぇ」
「結局それかよwww」
「だって彼女できたんだぞ!」
「昨日から急に彼女彼女うるせぇんだよwww」
「いいだろ!」
「仕事中に麗華ちゃんの話すんなって言ったのお前だろ!」
「今仕事の話終わったじゃん!」
「五秒前だよ!」
蒼真は笑いながら灰皿にタバコを押し付けた。
蓮が呆れたようにグラスの水を飲む。
「次いつ会うの」
「明日」
「会うんじゃねぇか」
「うん」
「じゃあ別にいいだろ」
「楽しみ」
「…………」
蓮が蒼真を見る。
「何だよ」
「お前、マジで浮かれてんな」
「悪い?」
「悪くねぇけど」
蓮が笑った。
「麗華ちゃん大変だなと思って」
「何でだよ!」
「三十四歳の男がこんななると思わねぇだろ」
「うるせぇ!」
また、いつものように笑い声が上がる。
それが、いつもの龍虎だった。
机の上には破門者の名簿と不自然な金の流れの資料。
東雲の名。
まだ、どれも一本の線にはなっていない。
だから蒼真は、急がなかった。
決めつけず。
見落とさず。
ただ一つずつ確かめていく。
それが今、自分がするべきことだった。
そして明日は。
「どこ行こっかなぁ」
「まだ言ってんの?」
「デートだぞ?」
「はいはい」
今の蒼真にとってはそちらも同じくらい、大事なことだった。




