第10話 14年目の乾杯
神代組直営のラウンジの奥にあるVIPルームの扉が勢いよく開いた。
「蓮!」
ソファで酒を飲んでいた蓮が顔を上げると、そこには嬉しそうな蒼真の顔があった。
蓮は怪訝そうな顔をする。
「うるせぇな」
「聞いて」
「嫌だ」
「何でだよ!」
「どうせ麗華ちゃんだろ」
「…………」
蒼真の動きが止まった。
蓮の隣に座っていた蓮花が二人を交互に見る。
「何? 麗華ちゃんって」
「蒼真が最近会ってる女」
「あー! この前言ってた子?」
「そう」
「蓮!」
「何だよ」
「俺が言う!」
「じゃあ早く言えよ」
蒼真は向かいのソファへ座ると、少しだけ間を置いた。
「付き合った」
「おー」
「…………」
蒼真が蓮を見ると、蓮は真顔だった。
「何」
「それだけ?」
「おめでとう」
「軽くね?」
「知ってたし」
「何を!?」
「今日告白するつもりなの」
「何で!?」
「お前が昨日散々悩んでただろ」
「……そうだけど」
蓮花が笑いながら蒼真を見る。
「よかったじゃん」
「うん」
「嬉しそうwww」
「……まぁな」
「顔めっちゃ緩んでるよ」
「緩んでねぇ」
「緩んでる」
「今日、麗華にも言われたわ…」
「本人にも言われてんじゃんwww」
蓮は吹き出し、蒼真は照れ隠しのように煙草を取り出した。
火をつけようとして――少し止まる。
蓮がそれを見る。
「何」
「いや」
蒼真は煙草へ火をつけた。
「麗華といると、あんまり吸わねぇんだよな」
「へぇ」
蓮花が少し驚いた顔をする。
「蒼真が?」
「何だよ」
「あんたら二人、煙草が空気みたいな生活してんじゃん」
「タバコは空気」
蓮花の声に蒼真と蓮の声が重なった。
「ほらwww」
三人が笑う。
蒼真は煙を吐きながらソファへ深く座り直した。
そして少し俯いた後、突然、顔を上げた。
「よし」
「何」
「シャンパン開けんぞ」
蓮花が眉を上げる。
「何開ける?」
「アルマンド」
「え、ヤバwww」
「持ってこい」
「女の子みんな呼ぶ?」
「あー、いいけど」
答えた蒼真が、少し考える。
「彼女の話はあんますんなよ」
「分かってるよ」
「あと、俺の両脇に女はいらねぇ」
「…………」
蓮が煙草を咥えたまま蒼真を見る。
「何」
「ホント、お前のそういう所」
「何だよ」
「付き合った瞬間それかよ」
「当たり前だろ。彼女いるのに女侍らせてどうすんだよ」
「昨日まで普通にやってただろwww」
「昨日の俺と今日の俺は違う」
「二十四時間経ってねぇよ」
「時間の問題じゃねぇ」
蓮花が笑いながら立ち上がる。
「じゃ、みんな呼んでくるねー」
「あ、待って」
「ん?」
蒼真がまた少し考えた。
「……やっぱ三人で飲む」
「え?」
「今日はいいわ」
蓮が眉を上げる。
「何で?」
「分かんねぇ」
「何だそれ」
「何か……今日はお前らと飲みたい」
「…………」
「…………」
蓮と蓮花が黙ると、蒼真が眉を寄せる。
「何だよ」
「いや?」
「別に?」
「お前らその顔やめろ」
蓮花が笑う。
「じゃあアルマンドだけ持ってくるね」
「おう」
「三人で一本?」
「足りなきゃ追加」
「さすが若頭www」
蓮花がVIPルームを出ていくと、蓮はグラスを傾ける。
「相当嬉しいんだな」
蒼真は煙草の灰を落とし、少しだけ笑う。
「ああ」
今回は、否定しなかった。
もう、蓮にも、自分にも嘘をつく必要なんてなかった。
◇
「かんぱーい!」
三つのグラスが触れ合い、音が響く。
「蒼真、改めておめでと」
「おう」
「おめでとう」
「ありがと」
蒼真がシャンパンを一気に飲み干すと、蓮花が楽しそうに笑いながら注ぐ。
「いやぁ、蒼真がねぇ」
「何だよ」
「ちゃんと彼女作るとは」
「俺だって彼女くらい作るわ」
「何人目?」
「…………」
「数えられない?」
「昔の話はいいだろ」
「都合悪くなるとすぐ昔の話にするwww」
蓮も笑っていた。
「麗華ちゃんに聞かれたらどうすんの?」
「別に隠さねぇよ」
「何人?」
「それは言わねぇ」
「隠してんじゃん」
「人数まで言う必要ねぇだろ!麗華だって二十七なんだから、経験あんだろ」
蓮花が腹を抱えて笑っていた。
蒼真は煙草を咥えながら二人を睨んだ。
「人の幸せ茶化しやがって」
「だって面白いんだもん」
「なぁ、蓮」
「俺に振るな」
「お前も人のこと言えねぇだろ」
「俺は別に否定してねぇし」
「ほら!」
「何が、ほら、なのwww」
三人の笑い声がVIPルームに響いた。
いつからだっただろう。
こうして三人で酒を飲むようになったのは。
蓮花がふと、テーブルへ頬杖をつく。
「私たちも長いよねぇ」
蒼真がグラスを置く。
「そう?」
「長いよ。あんたらがまだ今みたいな立場になる前からじゃん」
蓮が煙を吐いた。
「お前がまだ新人だった頃だろ」
「そうそう」
「新人?」
蒼真が笑う。
「あーお前、新人の頃から態度でかかったよな」
「誰に?」
「俺らに」
「だって二人とも面倒くさかったんだもん」
「初対面でそれだったじゃん」
蓮花が笑う。
「懐かしいね」
その言葉に。
蒼真と蓮も、少しだけ昔を思い出した。
◇
十四年前、まだ二人が、今ほど神代の中で大きな立場を持っていなかった頃だ。
「蒼真」
「ん?」
「帰ろうぜ」
「もうちょい飲もうぜー」
「何時間飲んでんだよ」
「まだ二時間」
「十分だろ」
「蓮、ノリ悪ぃな」
「明日朝から仕事だぞ」
「知ってる」
「じゃあ帰れ」
「嫌だ」
「ガキかよ」
若い蒼真と蓮がカウンターで酒を飲んでいた。
当時から神代組が関わっていたその店へ、二人は時折顔を出していた。
「お待たせしましたー」
若い女が二人の前へ新しいグラスを置く。
蒼真が顔を上げると、見覚えがない女だった。
「新人?」
「はい」
「名前は?」
「蓮花」
「へぇ」
蒼真が笑いながら、蓮へ視線を向けた。
「お前、名前一緒じゃんwww」
「マジかよwwwおーい、店長ー。なんで一緒にすんだよー?」
蓮が店のバックヤードに声を掛けると店長が笑いながら声を上げた。
「でも花がついてるんで―、一緒じゃないっすよ?」
「それはそう」
蒼真がそう言うと蓮はまた笑った。
「俺、蒼真」
「知ってます」
「え?」
「神代さんですよね」
「……知ってんじゃん」
「有名なんで」
蓮が隣で煙草を吸いながら笑う。
「悪い意味で?」
「それもあります」
「おいwww」
蒼真が笑った。
「新人のくせに言うねぇ」
「嘘ついても仕方ないじゃないですか」
「面白いじゃん」
そのあとも話は尽きなかった。
自然と会話が続いていく。
年も同じ二十歳で学生時代のはやりの音楽の話も合う。
今までの女の子と違って、二人にとって話しやすすぎるほど、話しやすかった。
やがて、蓮花が二人の前に置かれた灰皿を見る。
吸い殻が山になっていた。
「タバコ吸いすぎ」
「…………」
「…………」
二人が同時に蓮花を見る。
「何?」
「いや」
「初対面で煙草注意されたの初めてだわ」
蒼真が笑うと、蓮花は灰皿を持ち上げた。
「これ何本目?」
「知らん」
「数えてねぇ」
「体壊すよ?」
蒼真と蓮が顔を見合わせる。
そして。
「「タバコは空気」」
「意味分かんなwww」
蓮花は笑いながら、そのまま灰皿を新しいものへ交換する。
「お酒、次どうする?」
「同じので」
「俺も」
「はいはい」
蓮花が離れていくのを見ながら、蒼真は煙草を吸った。
「面白いな、あいつ」
「お前、口説くなよ」
「何で?」
「新人だぞ」
「新人だから何だよ」
「俺が口説く」
「いや、お前かよ!」
少し離れたところから声が飛んできた。
「聞こえてますよー」
「耳いいな!」
「あと神代さん、私あなたタイプじゃないんで」
「まだ何も言ってねぇだろ!!」
蓮が吹き出した。
「っははは!」
「笑うな!」
「振られてんじゃん」
「口説いてねぇって!」
蓮花は新しい酒を持って戻ってくると、何事もなかったように二人の前へ置いた。
「どうぞー」
蒼真が蓮花を見る。
「なぁ」
「何?」
「俺のどこがタイプじゃねぇの?」
「そこ気にする?」
「気になるだろ!」
蓮花が蒼真をじっと見る。
「顔は好きかなぁ?」
「ほら」
「でも面倒くさそう」
蓮がまた笑った。
「お前見る目あるわ」
「蓮、お前うるせぇ」
蓮花は今度は蓮を見る。
「こっちは…」
「こっち…www俺は聞いてねぇよ」
「蓮さんの方が顔タイプ」
「おっ、気が合うな。俺もお前の顔タイプ」
「やっぱ、口説いてんじゃねぇか!」
「でもーこっちも面倒くさそう」
蓮花がそういうと蒼真が声をあげた。
「正解!」
「おいコラ、蒼真」
また笑い声が響いた。
それが始まりだった。
◇
「……懐かしいな」
蒼真が煙を吐きながら笑うと、蓮花も笑っていた。
「あの頃の蒼真、今より面倒くさかったよね」
「変わんねぇだろ」
蓮が笑いながら即答する。
「変わったわ!」
「役職だけな」
「殺すぞ」
「ほら変わってねぇ」
「うるせぇwww」
蓮花がシャンパンを飲む。
「でも、まさかこんな長い付き合いになるとは思わなかった」
「俺も」
蒼真が答える。
「最初ただの生意気な新人だと思ってた」
「私は面倒くさい客だと思ってた」
「今は?」
「面倒くさい常連」
「変わってねぇじゃん!」
「出世はしたね」
「だろ?」
「面倒くさい若頭になった」
「蓮花ァ!」
三人は声を揃えて笑った。
やがてボトルが空になった頃、蒼真が時計を見る。
「俺、帰る〜」
「おう」
立ち上がった蒼真がジャケットを羽織ると蓮もグラスを置いた。
「蓮花、行くぞー」
「はーい」
「…………」
蒼真の手が止まる。
蓮花は鞄を持っている。
「どこ行くの?」
「蓮花の家」
「ほぉ」
「うん」
蓮が当たり前のように答え、蒼真は二人を交互に見る。
「……もう、お前らも付き合えよ」
「「無理」」
綺麗に二人の声が重なった。
「何でだよ!」
蓮が煙草を咥える。
「顔と体がタイプなだけ」
「それなーwww」
「…………」
蒼真は呆れた顔で二人を見る。
「ふしだらな奴らめ」
「お前も今までそうだろwww」
「俺はもう違う」
「彼女できて何時間だよ」
「時間は関係ねぇ」
「昨日まで同じ人間だぞ」
「過去の俺と今の俺を一緒にすんな」
蓮花が腹を抱えて笑っていた。
「蒼真、急に風紀委員みたいになってんじゃんwww」
「うるせぇ」
「麗華ちゃんに会うの楽しみだなー」
「そのうちな」
「絶対連れてきてね」
「ああ」
蒼真は扉を開けた。
「じゃあな」
「おう」
「またねー」
廊下へ出たところで蒼真は一度だけ振り返った。
「蓮」
「何?」
「昨日ありがとな」
蓮が少しだけ眉を上げた。
何のことかは聞かなかった。
「おう」
それだけ。
蒼真は笑って、扉を閉めた。
「…………」
蓮花が蓮を見る。
「何?」
「何でもない」
「行くぞ」
「はーい」
いつの間にか十四年。
若かった三人は、それぞれ立つ場所を変えた。
それでも酒を飲めば、あの頃と何も変わらない。
馬鹿な話をして、互いを茶化して笑う。
今夜もまた、いつもと同じ、三人の夜だった。




