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下層のむせ返るような熱気を切り裂き、上昇エレベーターの錆びついたケージが軋みを上げて動き出す。
ケージを囲む金属網の隙間から、何重にも複雑に絡み合う配管と、煤けきった中層の居住区がゆっくりと下方へ流れ去っていく。上昇するにつれ、船内を支配する空気がドラスティックに変貌していくのを、カイは皮膚の感覚だけで敏感に感じ取っていた。
不快に肌へまとわりついていた湿度八十パーセントの澱みが、階層を一つ超えるごとに薄れていく。
気温三十八度の熱気が引いていき、代わりにじっとりとした汗を急速に冷やす、肌寒いほどの冷気がケージの中に流れ込んできた。それは下層の人間が決して触れることのない、徹底的に管理され、不純物を濾過された上層の空気だった。
ガコン、という重い振動と共に、ケージの周囲を覆う景色が完全に切り替わる。
煤と油にまみれた隔壁は姿を消し、代わりに目に刺さるような人工的な純白の光が、流線型の壁面を照らし出していた。一点の汚れもない大理石調の床、幾何学的な美しさを持つ白いパネル。それらはすべて、下層のスクラッパーたちがすり減るまで使い倒すアルタイル・カーボンの、本来の贅沢な姿だった。
あまりの清潔さと無機質な静寂に、カイは強烈な場違い感と、胸の奥からせり上がるような居心地の悪さを覚える。だが、それと同時に、煤に汚れた自身の作業着と、この白銀の空間との絶対的な乖離が、カイの内に歪んだ反発心を植え付けていた。
チーン、という鼓膜を優しく撫でるような電子音が響き、エレベーターの扉が滑らかに左右へと開く。
「……っ」
扉の向こうの光景を目にした瞬間、カイの喉がかすかに鳴った。
表情こそ変えなかったが、漆黒の瞳が鋭く見開かれる。
そこには、水が『装飾』として使われていた。
透き通った本物の水が、純白の噴水となって惜しげもなく空間に解き放たれ、きらびやかな光を浴びて踊っている。下層では食料プラントの維持のために一滴すら無駄にできず、老人が「明日は水が多い」と配給の質の低下を嘆くほど貴重な資源が、ここではただの視覚的な玩具として浪費されていた。
カイの右手が、無意識のうちに作業着のポケットの中の旧式端末を強く握りしめる。
この贅沢を維持するために、下層は熱の淀みに押し込められ、ボルトの神に祈りながらガラクタを回し続けているのだ。冷徹な計算の裏側で、静かで鋭い怒りがチリチリと音を立てて燃え広がる。
カイが噴水の広場へと一歩を踏み出した、その時だった。
ウィィィン、という駆動音と共に、左右の壁面から二機の流線型の飛行物体が飛び出してきた。航法士の護衛ドローンだ。鏡面仕上げの美しいボディから、容赦のない赤外線のレーザーサイトがカイの眉間に照射される。
『警告。下層民IDの侵入を検知。これ以上の進行は安全プロトコルに基づき排除対象となります。身分証および上層立ち入り許可証を提示してください』
機械的な合成音声が、冷たくカイを拒絶した。
カイは動じず、ただ眉間に向けられたドローンの銃口を、冷徹な目で見つめ返していた。
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