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大理石調の白い床に、カイの履く重力錨の無骨なブーツが、不作法な音を立てて響く。
カチャ、カチャ、と鳴る金属的な足音は、吸音パネルに囲まれた航法士ギルドの受付広場に驚くほど高く反響した。周囲を流れる静寂そのものが、下層の煤をまとった闖入者を排斥しようとしているかのようだ。
ドローンの銃口に見据えられたまま、カイは乱暴に胸ポケットからデータロガーを取り出し、白い受付コンソールへと叩きつけた。
「第四隔壁の外殻データだ。幾何学的な傷がある。マニュアルにない構造の破綻だ」
受付カウンターの奥に座る航法士は、カイの煤けた衣服を一瞥し、不快そうに端正な眉をひそめた。その制服は一点の汚れもない純白であり、下層民のように汗をかくこともない。彼はカイが提示したロガーに触れようともせず、ただ冷淡な笑みを浮かべた。
「下層民。君たちが触っていいのはボルトと廃材だけだ。船外の微小なデブリの衝突痕をいちいち大局的な異常と騒ぎ立てるのは、無知ゆえの妄想だよ。この航路は完璧であり、星の沈黙こそが我々の正しき航路の証なのだから」
「摩擦の無駄だ。目があるなら数字を見ろ。深さ二ミリ、幅〇・五ミリの直線だ。自然のデブリがそんな幾何学を描くか」
カイのトーンは低く、感情の起伏を一切交えなかったが、その漆黒の瞳には受付の航法士を射すくめるような鋭さがあった。しかし、航法士は鼻で笑い、コンソールのホログラムを操作して、カイの提出したロガーのデータをそのまま『未処理のゴミ箱』へとスワイプした。官僚主義と、思考を停止させた教義の壁が、冷徹な物理の事実を目の前にしてなお、頑なに目を塞ごうとしている。
カイがスパナの隠されたポケットに手をかけようとした、その瞬間だった。
広場の奥にある自動扉が静かに開き、独特の乾いた、徹底して『ドライ』な足音が近づいてきた。
完璧に整えられた銀髪。冷酷なほど左右対称に仕立てられた高級な衣服をまとった男が、そこに立っていた。大航法士ヴァルガス。このアステリア号の最高権力者であり、古い教義で船を縛り付ける絶対的な統治者だった。
受付の航法士が慌てて背筋を伸ばし、最敬礼を行う。
ヴァルガスはカイの存在など視界に入っていないかのように、ただ、ゴミ箱へ放り込まれたデータの残骸を一瞥した。その完璧な横顔の、右手の親指の爪が神経質にカリカリと微かな音を立てる。
「大航法士様、この下層民が不確かな妄想を持ち込み……」
「……デブリの傷跡に意味を見出すのは、ボルトが緩んだ証拠だよ」
ヴァルガスは受付の弁明を遮り、神のごとき冷徹さで、上から静かに語りかけた。その声には一切の抑揚がなく、相手の感情に寄り添う温かみなど微塵も存在しない。
「哀れな反逆者になりたくなければ、大人しく下へ戻り、自分の足元の仕事に戻るがいい。目的地は我々を呼んでいる。例えそこがどんな場所であろうとも、航路にノイズ(異分子)は必要ない」
ヴァルガスはそれだけ言うと、カイに反論の隙すら与えず、護衛ドローンを従えて再び奥の扉へと消えていった。
残されたのは、吸音パネルに吸い込まれていく冷たい静寂と、冷笑を浮かべる受付の航法士だけだった。カイは無言でデータロガーを回収すると、きつく拳を握りしめ、踵を返した。
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