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中層と下層の境界に位置する廃棄セクターの空気は、航法士ギルドの死んだような静寂とは根本的に異なっていた。
ここには、上層から廃棄された大量のシステムパルプや、耐熱繊維の切れ端が空中に吹雪のように舞い踊っている。巨大な排気ダクトが発する、ゴォォォ……という重苦しい吸気音が絶え間なく鳴り響き、錆びついたダクトの蛇腹が気流の変化に合わせてミシミシと狂った呼吸器のように波打っていた。
カイは、重力錨のスイッチを切ったまま、慣れた足取りで廃棄セクターの複雑に入り組んだジャンクの影をすり抜けていく。
上層の人間に対する怒りは、彼の内部で冷徹な計算回路へと変換されていた。感情に任せて動くのは摩擦の無駄だ。あの傲慢な航法士どもや、大航法士ヴァルガスがなぜデータをゴミ箱へ捨てたのか。単なる怠慢か、それとも――『何か』を知っていて、あえて目を塞いでいるのか。
その時、カイの背筋に不自然な寒気が走った。
それは温度的な冷えではなく、外界でのデブリの接近を感じ取る時のような、物理的なセンサーが警告を発した感覚だった。
カイは一見無造作に歩調を保ちながら、右足の歩幅をわずかに三センチメートルだけ狭めた。
カチャ。
カチャ。
背後から響くかすかな足音が、カイの重力錨の足音に、まるで正確に同期させた位相のようにピタリと重なる。尾行されている。しかも、戦闘ドローンのような無機質な金属音でも、下層の野良スクラッパーの乱暴な靴音でもない。もっと細く、摩擦抵抗の極めて少ない『清潔な』音だった。
カイは、前方のダクトの曲がり角にある、油まみれのカーボンスクラップが山積みになった死角へと飛び込んだ。
それと同時に、作業着の右脇ポケットに手を突っ込み、ガルドから譲り受けた頑丈なチタン合金製スパナを握り直す。
ダクトを叩く気流の唸り声が、一段と高く響いた。
足音が死角の手前で不自然に途切れる。
カイは肺の空気をすべて吐き出し、完全に心音を殺した。心臓の脈拍だけが、骨伝導を介して耳の奥で一定のピッチを刻んでいる。
次の瞬間、ダクトの影から『白い光』が静かに差し込んできた。
暗闇の中で、一見して不釣り合いなほどの純白が輝いていた。それは、先ほど上層で見た航法士の、一点の汚れもない制服だった。
「そこね」
カイが飛び出すよりも早く、ダクトの暗がりに向かって、少し早口な声が鋭く投げかけられた。
カイは躊躇なく死角から躍り出た。右手のスパナを、襲撃者の喉元へ向けて最短の物理的軌道で突き出す。
だが、その鋭い先端が相手の喉を貫く前に、ピタリと静止した。
スパナの先端から、滑らかな白い皮膚まではわずか三ミリメートルだった。
「……っ!」
スパナを突きつけられた相手は、両手を挙げてその姿勢を固定した。
青白いほど綺麗な肌、知的好奇心に満ちた鋭い瞳。制服の袖口には、航法士ギルド(下級)の階級章が冷たく光っていた。女だった。しかも、カイより少し年上の、息を呑むほどに『清潔な無臭の匂い』をまとった航法士の少女。
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