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カイの向かいに座っていた、歯の欠けた老スクラッパーが忌々しそうに呟いた。
「ウンディーネが咳き込めば、明日は腹が減る……。ポンプの調子が悪けりゃ、食料プラントの水が止まるからな。まったく、明日の配給はまた半分に減らされるかもしれねえぞ」
老人の言葉に、周囲に座っていた男たちも同調して暗い顔を見せた。
彼らの顔には、この船で生まれ、この船で死んでいくことへの完全な諦観が張り付いていた。上層の人間が決めた配給にすがり、機械のご機嫌を窺いながら、ただ『目的地』という見えない希望のために生き延びるだけの歯車たち。
カイは黙って、スプーンで灰色のペーストをすくい、口に運んだ。
砂を噛むような食感と、舌の裏にへばりつくような酸味が広がる。しかし、今のカイには味などどうでもよかった。
真空は嘘をつかない。
物理法則は絶対に裏切らない。
カイの信じる世界は、ひたすらにシンプルで残酷なものだった。ボルトが緩めば空気が抜け、人間は死ぬ。それが摂理だ。
だとしたら、あの外殻の傷は何だ?
二百年間、外界との接触を完全に絶ち、ひたすら目的地である『惑星ノヴァ』を目指しているという、上層の航法士たちが語る「正しい航路の証」という教義。もしその前提そのものが狂っていたとしたら?
ガルドがあれほどまでに怯えた理由。それは、船の論理が、上の連中の都合の良い嘘で塗り固められていることを知っていたからではないか。
カイは、トレイに残った半分のペーストを見つめた。
下層において、配給を残すなどという行為は狂気の沙汰だ。それは自らの生存確率を物理的に下げるだけの、無意味な摩擦でしかない。
だが、今のカイの内部では、得体の知れない怒りのようなものが、エンジンのように静かに熱を帯び始めていた。
「……」
カイはスプーンをトレイに投げ出し、ゆっくりと立ち上がった。
「おい坊主、残すのか? いらねえなら俺がもらうぞ」
向かいの老人が飢えた目を向けてきたが、カイは一瞥もくれなかった。
「摩擦の無駄だ。好きにしろ」
カイはそれだけ言い残し、むせ返るような食堂の熱気の中を歩き出した。
向かうべき場所は一つしかなかった。
この船の論理を司り、全ての数字とマニュアルを独占している場所。冷たくて、ドライで、嘘で塗り固められた上層――航法士ギルド。
カイの黒い瞳の奥で、幾何学的な傷が明確な意志を持って光を放っていた。
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