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カイはゆっくりと歩み寄り、その『傷』の前に身をかがめた。
宇宙空間に曝されたチタン合金の表面。そこには、深さ二・〇〇〇ミリ、幅〇・五〇〇ミリという、目視でも狂いのない完璧な精度で削り取られた直線の溝が走っていた。
その断面は鏡のように滑らかで、遠い星々の光を不気味なほど正確に反射している。
「……」
カイは右手の分厚いグローブを脱ぐわけにもいかず、その表面を指先でなぞった。
EVAスーツの耐熱素材越しでさえ、その異常な滑らかさが伝わってくる。二百年間、ただひたすらにデブリの衝突やスクラッパーの粗雑な修理に耐え続けてきたこの船の皮膚に、このような完璧な直線が存在するはずがなかった。
カイはゆっくりと立ち上がり、右手に握ったVウェルダーのスイッチを入れた。
ビーッ、という不快な高周波ノイズと共に、青白いプラズマのアーク放電が虚空に弾ける。
コンデンサの劣化による、不規則で乱暴な火花。それがカイの知る『技術』だった。この船にあるどんな工作機械を使っても、これほど精密で、周囲の金属を熱変性させることなく削り取ることは不可能だ。フェムト秒レーザーのような、超高精度の切削技術でなければ説明がつかない。
だが、そんなものはこのアステリア号のどこを探しても存在しない。
ならば、誰がこれを刻んだのか。
――外だ。
カイの胸の奥で、冷たい何かが跳ねた。
それは恐怖ではなく、長く錆びついていた世界の歯車が未知の力によって無理やり回されたような、奇妙な戸惑いと好奇心だった。
この絶対的な暗黒と沈黙の海に、自分たち以外の『何か』がいる。
アステリア号を外側から観察し、いともたやすくマーキングを残していくような、圧倒的な技術を持った存在が。
ピーッ、ピーッ、ピーッ。
突然、ヘルメットの中で無機質な電子音が鳴り響いた。
酸素残量の低下を知らせるアラートだ。
我に返ったカイは、視線をゲージへと落とした。
数値は限界値の五パーセントを割り込んでいた。先ほどの『舞い』で、予定以上の時間を消費しすぎたらしい。
カイはもう一度だけ、その完璧な幾何学模様の傷を網膜に焼き付けた。
「……帰ろう」
彼は踵の重力錨を切り、残された僅かな窒素ガスを使って、エアロックへの帰還軌道へと身を躍らせた。
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