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ガルドは残された左目で、カイの背負う窒素ガスタンクのゲージを睨みつけた。
「タンクの残圧、十五気圧を切ってるぞ。規定値の半分以下だ。それじゃあ『舞い』も満足に踏めねえだろうが」
「摩擦の無駄だ。0.05秒の噴射なら、計算上はまだ七十回踏める」
カイは表情一つ変えずに答えた。ガルドは顔をしかめ、忌々しそうに床に唾を吐く。
「計算通りに動く機械なんざ、この船にはもう一つも残っちゃいねえよ。……真空は嘘をつかねえ。お前のミスはそのまま死だ」
口うるさい忠告を受け流し、カイは踵の重力錨に視線を落とした。8ピン端子の接触不良は慢性的なものであり、マニュアル通りの配線引き直しなど、この下層では意味をなさない。
カイは右手に持ったスパナを振り下ろした。
ガチャン、ガチャン、ガチャン。
重い金属音が三回、分厚い装甲板の床に響き渡る。接触不良を強引に直すための生存確認の儀式であり、ボルトの神への無骨な祈りだった。
「星を見るな、足元のボルトを見ろ。……息が続く限り、生きろよ、クソガキ」
ガルドの背中越しの呟きを聞きながら、カイは分厚いヘルメットを被った。ロック機構がガキンと噛み合い、船内の不快な臭いが完全に遮断される。代わりにスーツ内の乾いた再生空気の匂いが鼻を満たした。
「行ってくる」
カイがコンソールを叩くと、エアロックの内扉が重々しいモーター音を立てて閉鎖された。
減圧シークエンスが開始される。
琥珀色の回転灯が警告の光を放ち、鼓膜を圧迫するような排気音が狭い空間を満たしていく。壁の向こうからは、ウンディーネが響かせるうめき声のような重低音が伝わってくる。船内のあらゆる騒音と熱気が、急速に薄れていく。
ヘルメットのバイザー越しに見える外扉のロックが、鈍い音を立てて外れた。
外扉が開く。
――圧倒的な、無音。
一瞬前まで耳を劈いていたすべての音が、完全な真空へと放り出された瞬間にゼロへと消失した。
船のノイズは消え去り、代わりに骨伝導で伝わる自身の静かで規則的な心音と、微量に漏れる酸素の「シュー」という心細い音だけが、今のカイの世界のすべてになった。熱の淀みから一転、ヒーターを最低出力に絞ったスーツ越しに、宇宙の絶対零度に近しい極寒が皮膚を刺す。
目の前に広がるのは、見渡す限り続く無骨なパッチワークの船体外殻と、永遠に続く絶対的な暗闇だけだ。
真空の掃除人の、いつも通りの日常が始まった。
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