17
「今……」
カイはエリンの言葉を反芻した。
彼の脳内で、あの外殻の不気味な傷跡が、突如として別の論理で組み替えられ始める。
深さ二・〇〇〇ミリ、幅〇・五〇〇ミリ。
歪みのない完璧な直線のマーキング。
「あの傷はデブリじゃない。削られた切削断面の滑らかさは、アステリアのどんな工作機械でも不可能だった」
「そうよ、カイ。あれは……」
エリンは青白く光る陰極線管モニターを指差し、身を乗り出した。
その体温と、極度の緊張による微かな震えが、むせ返るような空気を通じて伝わってくる。
「最新鋭艦のフェムト秒パルスレーザーによるスキャンマーク、あるいは物理的な『測距基準点』よ。超空間を抜けてきた彼らは、私たちが気づかないほど遥か後方、あるいは平行する位相から、この古いアステリア号をすでに発見し、探査針を突き刺していたの。この二百年目の巨大な残骸を、未知の『デブリ』として観測するために!」
ガルドの怯え。
ヴァルガスがデータをゴミ箱にスワイプしたあの冷淡な仕草。
それらはすべて、外殻に刻まれたその『傷』が、外の世界に追いつかれ、自分たちの教義と特権が完全に崩壊することを示す物理的な予兆であると知っていたからだ。
その瞬間、アジトの天井裏を走る配管群が、一斉にカン、カン、カン、と高い悲鳴を上げた。
高圧蒸気バルブの気流圧が、物理的な限界値を超えて急速に変動している。
続いて、ウンディーネのうめき声が途切れ、船内のすべての雑音が、まるでものの数秒だけ宇宙の真空に飲み込まれたかのように、不気味な静寂へと収束した。
ゴォォォォォォォォォォ――!
アジトの薄汚れたアルタイル・カーボンの壁面から、鼓膜を物理的に圧迫するような超低周波のサイレンが鳴り響いた。
下層では数十年に一度しか鳴ることのない、第一種非常警報『プロトコル・デルタ』。
天井の煤けた非常灯が一瞬で消灯し、不快な熱気の中で、血のような深紅の非常照明が不規則に回転を始めた。
「……っ!」
エリンは咄嗟に耳を塞ぎ、あまりの音圧に膝を屈した。
カイは表情を変えず、ただ右足の重力錨をハーフロックに切り替え、アジトの床に張り付いたまま姿勢を低くする。彼の指先は、すでに作業着のポケットの中のスパナに触れていた。
「監視ドローンの巡回同期がおかしい……! 計算が合わないわ、カイ!」
エリンは赤い光が明滅する暗闇の中で、自身の旧式データ端末を狂ったように叩きながら叫んだ。
指先が、目に見えないキーボードを激しいピッチで叩き、数字を羅列していく。
「航法士ギルドの保安プロトコルが、下層のすべてのエアロックと垂直シャフトを強制閉鎖している! 私たちのこの接続、ノイズによるバイパスが逆探知されたのよ! 保安ドローンが……ここへ向かってる!」
ドット抜けのモニター上で、緑色の走査線が激しく乱れ、赤色のエラーメッセージが点滅していた。
『論理セキュリティ警告:セクター4・廃棄区画において異常パルスを検知。保安ユニット、直ちに出撃せよ』
「逃げ場はないわ……。全てのバルブが物理的に遮断された。ここで私たちは、酸素が尽きるのを計算することしかできない……」
エリンの額に、脂混じりの汗が滲む。
彼女の計算の中に、上層の強権的な『物理的抹殺』の爪牙から生き延びるための方程式は存在しなかった。官僚主義の終わりは、常に物理的な隔離と沈黙だ。
だが、カイは黙って立ち上がった。
彼はエリンのドライブを古いソケットから乱暴に引き抜くと、それを自身の作業着の奥深くへとねじ込んだ。
「圧が足りない」
カイの声は、サイレンの狂気じみた轟音の中でも、驚くほど冷静に響いた。
「上の連中は教典通りにしか動かない。だけど、この下層のバルブはマニュアル通りには閉まらない」
カイはアジトのへこんだハッチに手をかけ、物理的なマニュアルレバーを強引に引き倒した。
錆びついた金属が火花を散らし、赤い警告灯の下で、下層の反逆者たちの本当の『ステップ』が始まろうとしていた。
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