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6.追わずにはいられない

 翌日、カイゼルは身支度を整えて、客室にいるシュリに会いに行った。夜の内にメイドが彼女の服を洗って干していて、やや生乾きではあったが、再び同じワンピースを身に着けている。

 彼女に貸し与えられた服は、城に常備されているもので、そのまま着ていていいと伝えさせていたが、彼女は固辞したようだった。


 シュリはカイゼルを見て、何が嬉しいのか顔をほころばせた。安心したような柔らかな笑顔でありながら、見惚れるよりも先に何故か胸が騒めく。


 手助けを嫌い、元のワンピースを身に着けて、彼女はそのまま去ろうとしているからか――。


「お世話になりました」


 一礼して、他人行儀な挨拶をされると、カイゼルはますます落ち着かなくなってきた。


「いや。これからどうするつもりだ? 行く当てがないんだろう?」

「平気。なんとかなるわ」

「またそれか。よければ城で働かないか? 俺の父はこの城の主だ。俺が言えば、雇ってくれるだろう」

「いいえ、大丈夫よ」


 案の定、彼女は断ってきた。無理強いするものではないと、カイゼルは自戒して引き下がることにした。


「くれぐれも、気をつけろよ」


 改めて念を押すが、シュリは明るく笑うだけだ。やはりものすごく不安を感じる。眉間に皺が寄るカイゼルに、シュリは微笑んだ。


「カイゼル」

「俺を呼び捨てにしていいと、誰が――」

「ごめんなさい。でも、ありがとう」


 短い言葉に、何か違う意味が込められている気がして、カイゼルは怒気が抜かれた。


「あぁ⋯⋯まぁ、いい」

「え?」

「⋯⋯呼び捨てでも、別にいい」

「うん」


 彼女は安堵したように笑って、振り返ることなく立ち去って行く。カイゼルは顔を曇らせ、控えていたメイドに命じて、彼女の元に走らせた。このまま街へ行かせれば、今夜はまた野宿になるだろう。金と、軽食を用意させておき、それを持って行かせたのだ。


 メイドに呼び止められてシュリは立ち止ったが、やはり遠慮しているらしく何やら押し問答している。

その姿を遠目で見ながらも、カイゼルはメイドへ助け舟を出せずにいた。それというのも、自分の心と葛藤していたからだ。


 ――俺はおかしい。


 初対面の女に呼び捨てにされて高揚感を抱くなんて、どうなっているんだ。


 苦悩していると、そこにやって来たのは父親だった。簡単な挨拶をかわし、父親はメイドと話し込んでいるシュリを見て、首を傾げた。


「お前の部下から話は聞いたが、あの娘がお前が町から連れ帰った者か? 遠目でよく見えんが、綺麗な娘のようだな」

「えぇ、まぁ」

「今も随分と気にしていたな? もしかして――」


 にやりと父親が笑ったので、カイゼルは顔を顰めた。


 戦に巻き込まれて二人の子供に先立たれ、今の両親には自分しか子供がいない。跡取り息子に妻を早く娶らせたいと、両親は何度も縁談を持って来て、カイゼルを辟易とさせていた。

 見合いどころか、女を傍に寄せない息子を心配して、真顔で『男が好きなのか』と聞いてきたこともあるくらいだ。この際、町娘でもいいから、少しは浮名を流せということらしい。


 それは、カイゼルの本意ではなかった。


「違う、勘違いするな」

「そうか。ちなみに、お前に新しい縁談があるんだが――」

「俺には心に決めたものがいる、と言ったはずだ。断る」

「⋯⋯また()()()()()か?」


 父親がとたんに渋い顔になったが、カイゼルは譲らなかった。


「あぁ、そうだ。だから、その縁談話も他言無用だ。噂すら流したくない。どこで俺の王女様の耳に入るか、分からないからな」

「お前は⋯⋯本当に、変わっている」

「よく言われる。()()()だ」


 朝から疲れ切った顔で去っていく父親を見送ったカイゼルは、再びシュリへ視線を戻し、ぎくりとした。

 メイドから強引に押し付けられたらしく、金と食料の入った袋を抱えて、シュリは表情を曇らせていた。


 施しを受けたと思いプライドに障って悔しいのか、それとも今の話が聞こえていたのか――。

 まさか、とカイゼルは否定する。


 自分達の距離は離れていたし、大声で話していたわけでもない。とても人間の耳で聞こえる距離ではないはずだ。しかし、シュリがプイッと顔を背けて去っていく姿を見ると、カイゼルは胸を鋭い得物で抉られたような痛みと酷い焦燥感を抱いた。


 全力で追いかけたい。だが、そうしたところで、どうなるというのだ。


 カイゼルは悶々と悩み、頭を働かせる。


 このままシュリを去らせるべきではないような気がする。彼女が何者か、よく知る必要があるが、城に留まらせることは難しそうだ。悩んだ末に、ふと閃いたのは、城下町にある小さな店の店主のことだ。


 一人で店を切り盛りしている店主の女は中々のやり手で、商売を手広くやっていた。お陰で最近は目が回るような忙しさらしく、見回りに出ているカイゼルにもぼやいていた。


「確か、人手がほしいとか言っていたな⋯⋯」


 自分が声を掛けても、彼女は断って来るだろう。だが、店主から誘わせれば、あるいは。


「手のかかる⋯⋯しょうがねぇな」


 口ではそう言いながらも、カイゼルの足取りは非常に軽かった。

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