5.しょうがねぇな
カイゼルの部下達は、彼がシュリを城へ連れて行くというので、途中で彼と別れて町へ見回りを続けた。大雨とあって、大通りでも人の姿はほとんどない。今夜は平穏だと彼らが思った時、未知の端で座り込んでいる数人の大柄な男達を見つけた。
顔に痣を作っている者、腕や足を押さえて呻いている者。命に別状はなさそうだが、喧嘩に敗れてボコボコにされた後といわんばかりである。実際、彼らは悔しそうに、
「誰だよ、あんな女に目をつけた奴は!」
「全員で楽しませてもらおうって、乗り気だったのはお前だろ⁉」
「あぁあ⋯⋯おっかねぇものを見た⋯⋯」
と、仲間割れ気味だ。
痛みに呻きながら文句を言い合う男達に、カイゼルの部下達は顔を見合わせた。
城内に入った時にはすっかり夜も更けて、人々は寝静まっていた。廊下を行き来するのは、警護の兵だけで、カイゼルの両親も既に休んでいた。
シュリは湯浴みをして、身綺麗にした。終わって脱衣所に行く頃にはすっかり体も温まっていたが、置かれていた着替えも今まで着ていたワンピースと似たような形であったので、難なく一人で着ることができた。
浴室を出るとメイドが一人待っていてくれた。他人の手伝いを嫌ったシュリに配慮して、カイゼルが外で待つように言ってくれていたようだ。
「客間にご案内いたします。今夜はそちらで休むように、とカイゼル様が仰っていました」
「⋯⋯分かりました。あの⋯⋯カイゼルは今どこに?」
すると、メイドが少し怪訝そうな顔をした。夜の街に行き倒れ寸前でずぶ濡れになっていた女が、城主の息子を呼び捨てにするなど、失礼だと思ったのだろう。
シュリは慌てて言い直した。
「カイゼル様は、どちらに?」
「見回りに戻られましたわ。本来ならそのような事をされなくてもよい御立場ですのに、率先して危険な場所にもいかれます。いつも皆の先頭に立って、都を護ってくださっているのです。今ではご城主様の自慢のご子息ですわ」
「そうですか」
シュリは安堵した。カイゼルはどうやら家族とうまくやっているらしい。騎士としての誇りも失わず、人々の為に尽くして、充実した日々を送っていたのだ。
それが知れたことが嬉しくて、戦乱の世を逞しく生き抜いていた彼に安堵して、涙が出そうになった。
結ばれなくてもいい。カイゼルが元気で、生きていてくれさえすればいい。それだけでも、シュリは幸せな気持ちになった。
――ありがとう、カイゼル。
シュリはベッドの中で久しぶりに熟睡することができた。
★ ★ ★
三時間後、見回りを終えたカイゼルは、途中で合流した部下達と共に城に戻った。自室で着替えを済ませた後、部下の一人を呼んで、彼らが見聞きした男たちの様子を詳しく聞く。
「――その女は、どこをどう考えても、あの娘だな」
部下も同感だと頷いた。
「はい、シュリとか言いましたか?」
「シュリじゃない」
「は?」
「⋯⋯いや、そう名乗っていたな」
カイゼルは唸った。不埒な思いで男達が襲おうとした女の人相や居た場所、着ていた服。全てがシュリと名乗った彼女と一致していた。そしてその女はたった一人で、屈強な男達をあっという間に地に沈めたのだという。とても常人の技ではない。
カイゼルは小さく溜息を吐いて部下を下がらせると、ソファーに一人座って考え込んだ。
――いったい何者だ?
あのような女性に、心当たりはまったくない。
整った顔立ちをしていたし、豊かな胸や大きな尻で男を夢中にさせそうな魅力的な体だ。実際、濡れて透けて肌が見えていたシュリの体を見て、部下達は生唾を飲んでいた。
それに気付いた時、カイゼルは凄まじい怒りを覚えた。
途方に暮れていた女に対してあまりに不謹慎だと思ったからこそ――のはずだった。しかし、他にも彼女を襲おうとしていた者達がいたと知って、どうにも腹の虫がおさまらない。部下に命じてその者達を牢へ放り込ませたにも拘わらず、だ。
どうかしている。
カイゼルは自嘲し、深くソファーに身を預ける。
シュリ、と聞いて思い出すのは、自分がかつて森で見つけた小さな子供だけだ。
可愛らしくて、素直で、いじらしくて。ちょっとばかりプライドが高くて。それこそ目の中に入れてもいいくらい⋯⋯。
――そういえば、同じ色の目だな。
大きな円らな瞳。自分を見つめる眼差しはいかにも純真そうだった。
「⋯⋯シュリ⋯⋯?」
まさか、と一瞬思ったが、すぐに違うだろうと否定する。彼女と自分と共に育った子供とは、あまりに似ても似つかなかったからだ。




