2.変な人
シュリを見つけた時は散策中だったというカイゼルは、少し離れた所で待っていた従者達の元に行くと、「館に帰る」と短く告げて、馬車に乗り込んだ。もちろん、シュリも一緒だ。
従者達はシュリを見て、誰もがぎょっとした顔をしていたが、カイゼルがさっさと馬車の扉を閉めてしまっている。カイゼルはシュリを隣に座らせ、手近にあった上着を手繰り寄せて、薄汚れたシュリを包んだ。そして、服の袖でシュリの顔の泥を優しく拭い、眦を下げた。
「あぁ、やっぱり可愛い。美しいというのは、君のためにある言葉だ」
――貴方はやっぱり変。絶対に変。
自分は家族に見捨てられるような何の取り柄もない無能だというのに、会って早々に絶賛してくる。変わった趣味だ、とシュリは思いながらも、ずっと泣き通しだったこともあって、眠気が襲ってきて、瞼を閉じた。
シュリが目を覚ました時、聞こえてきたのは大人の人間達の悲鳴と怒号だった。
「カイゼル! お前は⋯⋯猫や犬の子を拾うのとは違うんだぞっ⁉」
「そうよ、何を考えているのっ!」
厳しく責められていたのは、カイゼルだった。
どうやら森で拾ってきたシュリのことを咎められているようだ。それはそうだろう。自分の考えは間違っていなかったとシュリも納得する。
周りを見回してみると、ここが屋内だと分かった。寝ている間に、運び込まれたようだ。体を包んでいたのは彼の上着から厚い毛布に変わっていて、シュリが寝かされていたソファーは座面も柔らかく、装飾も凝っている。置かれている調度品はどれも上質そうだ。
怒鳴る二人とカイゼルの他にも、離れた所で数人の男女が粛々と控えている。彼らに仕える使用人のようだ。裕福な家なのだろうと察しがつく。
シュリは改めて三人へ視線を向ける。カイゼルは一方的に叱ってきた二人を見据え、小さく溜息を吐いた。
「父上、母上。お話はよく分かりました」
ほっと安堵した二人に、カイゼルは真顔でさらりと続けた。
「では、僕はシュリと一緒に出て行きます」
「分かっていないではないかぁあぁっ!」
とカイゼルの父親が頭を抱えて絶叫すれば、絶望的な顔をした彼の母親は額に手を当てて、
「あぁ⋯⋯貴方はお兄様達と違って、昔から変わっていると思っていたけれど⋯⋯ここまでだったなんて!」
と嘆いてよろけ、周りで控えていた使用人達が「奥様、お気を確かに!」と慌てている。
ただ一人、カイゼルだけが澄ました顔だ。
「兄上達はどちらも至極真っ当にお育ちになり、陛下の側近として重用されておられます。ティナ王女殿下の覚えもめでたいそうですから、我が家は安泰です。それならば、おまけで生まれたような三男坊が出奔しても、大した問題にはなりません」
「なるわ! お前はまだ十三歳なんだぞ⁉ どうやって生きていくつもりだ!」
父親が顔を真っ赤にして怒鳴るが、カイゼルは妙に自信満々だ。
「シュリを養うくらいの金は貯めています。叔父上は僕を養子にしたいと常々仰っていますし、僕を飼い慣らそうと、昔からせっせと多額の金を小遣いと称して貢いでくださるのです」
「あいつの養子になるということは、いずれ戦場の最前線に出ることになるんだぞ⁉」
「かまいません」
カイゼルは迷いなく答えた。
後にシュリが知ったことだが、カイゼルの父親は広大な地を治める領主であり、その弟――カイゼルの叔父は、敵国ルーフスとの国境近くの城を護る者だった。亡き妻との間に子がいなかったカイゼルの叔父は、三男坊であるカイゼルを養子にして跡取りにと強く望んでいたが、彼の父親が危険すぎると固辞していたという。
シュリの父親もルーフスとの戦で命を落としており、脅威は着実に近づいていた。
一切引き下がる様子のないカイゼルに、彼の両親はとうとう折れ、シュリはカイゼルの家に引き取られることになった。
それからというもの、シュリはカイゼルと共に育ち、どこへ行くにもずっと一緒だった。
お陰で、彼のためにやって来た家庭教師は必然的にシュリとも引き合わされ、彼らの講義は全てシュリの耳にも入った。シュリは様々な知識を得て、字も覚えた。そして真っ先に覚えた字は、彼の名前だ。
「お前は本当に可愛いな、シュリ」
いつもカイゼルはそう言って、シュリの頭を撫でてくれた。剣を扱う少年の手は硬かったが、優しく触れてくれるためか、心が落ち着く温もりばかりを感じた。
カイゼルは叔父のようにいつか自分も戦場に立ち、祖国を脅かすルーフスと戦いたいと願っていた。隣国ルーフスとの国境を巡る大戦で孤児も多く出て、国土は日々荒れ果てている。国を護るために多くの者が犠牲になっているというのに、大領主でありながら息子共々自分達は安全な場所にいたいという考えが透けて見える両親に、彼はずっと苛立っていた。
カイゼルはシュリよりも三つほど年上だったが、時に仲のいい友達のように戯れ、時に家族のように親しく過ごした。
夜、一緒に眠ったことも一度や二度ではなかった。
カイゼルの両親はあまりに仲が良すぎると言って、やはりいい顔はしていなかったが、カイゼルはどうしてもシュリと寝たいと言い張った。頑として譲らないカイゼルに、『まだ子供だから大丈夫だろう』と二人は渋々認めてくれた。
シュリが家族に見捨てられた時の事を思い出して泣いてしまうと、カイゼルがすぐに気付いて目を覚まし、『僕がずっと一緒にいるから』と慰めてくれた。それでも泣き止まないと、シュリの瞼の上に軽くキスもした。
シュリは引き取られてからお腹いっぱい食べさせてもらえて身綺麗にもなったが、やはり成長が遅く、同世代のものよりも体は一回りも二回りも小さかったし、孤児で小さなシュリはよく周りから馬鹿にされた。
カイゼルはシュリが嘲られると真っ先に勘づいて彼らに激怒し、シュリを心から慰めてくれた。
どんな時もカイゼルは優しくて、シュリはいつしか彼に恋をした。
もちろん、身分も出自も、自分はカイゼルとは何もかも違うから、けっして叶う恋ではないことは承知している。カイゼルの両親はそれとなく、彼からシュリを遠ざけようともしていた。それでも、せめて何か彼の役に立ちたいと常々訴えた。自分にできることは、何でもやると言った。
カイゼルもシュリのそんな想いに薄々気づいていた様子だったし、変わらず撫でたり額にキスもしてくれたりしたが、
「お前がもう少し大きくなったらな」
と、いつも笑ってごまかしてきた。
カイゼルは両親の反対を押し切って十五歳で騎士団に入り、シュリを残して、実家を離れた。シュリは一緒に行きたいと切に願ったが、この時ばかりはカイゼルは許してくれなかった。
「お前は可愛い女の子なんだぞ、この綺麗な顔に傷でもついたらどうする」
真顔で言ったカイゼルに対して、彼の両親や周囲の人々は全員が物凄く複雑そうな顔をしていた。
騎士団に入った彼はすぐに頭角を現し、あっという間に出世していった。




