12.醜い生き物
翌日になると、町は謎の飛竜の話でもちきりだった。
人々の顔には驚きと共に、村が護られた喜びと入りまじり、先行きへの不安も滲ませた。
その日の夜も、シュリはやはりカイゼルと会って一緒に散歩をすることになったが、通りがかった警邏隊の人々の話題も全てそれだった。
そんな中、シュリの耳に、気になる声が届いた。
『ティナ王女が生きていたらしいぞ』
『処刑されたのではなかったのか』
『魂は守られて無事だったそうだ。だから、生き返れたんだろう』
聞こえてきた噂はそれだけで、真偽も定かではなかったが、シュリは胸がいっぱいになった。
ティナは、最後の王女として有名だが、もう一つ、竜語を理解する稀有な力の持ち主で、彼女に懐いた飛竜も多かった事で知られている。
ティナがもしも再び王として立つ決意を固めたら、去った飛竜は再び集い、混迷が続く地を安定へと導いてくれるかもしれない。そうなったら多くの人々が救われる。
喜びが込み上げるなか、シュリの心に再び小さな痛みが走った。
――カイゼルは、どうするかしら。
黙って前を歩く彼の背を見つめ、シュリは気になって仕方がない。だが、聞くのも怖い。王女の話題を口にすることは、終わりの始まりでもあることを、うすうす理解していた。
そんなシュリの想いを知ってか知らずか、カイゼルの方が急に口を開いた。
「⋯⋯なぁ。一度死んだ人間が蘇るというのは、ありえる話か?」
心臓の音が一気に跳ね上がる。
その場に立ち止まってしまったシュリに気づき、カイゼルはゆっくりと振り返った。その眼差しはかつてない程鋭く、到底話を逸らせそうになかった。
「⋯⋯竜には番を転生させる力があると、聞いたことがあるわ」
「つがい?」
なお問いかけるカイゼルに、シュリは心の疼きを堪えながら、何とか続ける。
「竜と同じ強い魂を持つ人がいるのよ。伴侶の誓いを立てれば、竜と同じ月日を生きられるとも言われている」
「⋯⋯⋯⋯」
「相手の方には手の甲へ竜の紋章が現れるそうだから、すぐに分かるわ。身体が死んでしまっても、番の竜が護りさえすれば、現世に留まって⋯⋯蘇ることもある、と」
「⋯⋯だから、か」
カイゼルはぽつりと漏らした言葉からは、何の感情も読み解けない。ルーフスから付け狙われる亡国の王女も、飛竜も、今では禁句に等しいものだから、無理もない話だとシュリは思う。
それでも、本心としては長年、恋焦がれた王女にすぐにでも逢いにいきたいと願っているに違いない。
騎士として日々鍛錬を重ね、たくさんの贈り物を買い続けたのも、全ては彼女のためだ。もしかしたら、ティナ王女が飛竜に守られて生きていると、感じ取っていたのかもしれない。
そこまで思いつめていた彼に、シュリは言わなければならないことがあった。
「番は竜にとっては唯一無二の存在だそうよ。失えば、二度と現れないわ。だから⋯⋯番は竜に、ものすごく愛されるの。それに⋯⋯番を他人に奪われると思うと、その相手を殺してしまうこともあるわ」
番に対する竜の執着はすさまじいものがあると、シュリは聞いたことがあった。
ティナが処刑され、蘇ったというのが事実なら、恐らく彼女を番とした飛竜がいる。
先日村で大暴れしたのもそれが理由かもしれない。
ならば、ティナの飛竜はカイゼルを強く警戒するだろう。
強い竜であれば、同族は威圧すればすむが、カイゼルはティナ王女と同じ人間で、境遇や思考も近いから、互いに惹かれれば、より深く想い合うはずだ。カイゼルが彼女に求愛しようものなら、飛竜に殺されかねない。
案の定というべきか、カイゼルは苦々しい顔をした。
恋焦がれた王女に、番という大きな壁が立ちふさがったのだ。しかも、相手は地竜を圧倒した強い飛竜である。挑んだところで勝ち目はないともなれば、面白くない話だ。
「いくら愛しても⋯⋯敵わないわ」
「そうとは限らないだろう。俺が想えば、もっと強くなれば、いつか叶うかもしれない。俺は⋯⋯王女の騎士になると誓った」
王女の騎士、というのは特別な意味がある。かつてこの地を治めていた国は、騎士の地位が非常に高いものだった。貴族の身分制度は存在したが、騎士が大きな功績を挙げると、高位の身分の者との結婚も許されることだってあった。
それを昔教えてくれたのはカイゼルで、随分と嬉しそうだったことを、シュリは今でも覚えていた。それが彼の心の拠り所であったのだろうし、亡国の風習だと否定したくもない。でも、事はそう簡単ではなくなったのだ。
「⋯⋯人間と竜よ? なにもかも、あまりに違いすぎる」
カイゼルの顔が強張り、唇を噛み締めた。現実を突きつけられたせいだろうと、シュリは胸を痛めた。
哀しげに顔を歪めたシュリを食い入るように見つめ、店に彼女を送り届けるまで何も言わなくなった。夜の闇の中に溶けていく彼の背は、ひどく寂しげに見えた。黙って見送ったシュリは、大きく息を吐くとともに涙が落とした。
カイゼルを傷つけた。
シュリは自責の念がこみ上げてきて、胸が苦しくなる。彼の長年の想いを知っていたのだから、全て否定することもなかったのだ。
カイゼルを王女の飛竜から守りたいと思ったのが一番だ。しかし、番が妨げになって、カイゼルが王女と結ばれる姿を見なくてすむかもしれないと、少し安堵してしまったのも事実だ。
――私はなんて醜い生き物になったのだろう。
シュリは猛烈に自分を恥じた。
大好きなカイゼルの幸せだけを願っていたはずなのに、いつの間にこんなに自分勝手になっていたのだろう。こんな想いを生むくらいなら、いっそ心なんてなくなってしまえばいい。
一度溢れた涙は止まらなくなって、シュリは何度も手で拭った。
カイゼルとは幼少期を共に過ごしたが、彼がシュリの事を思い出す様子はない。王女に惹かれる彼に自分の想いが届くことはないと理解し、ずっと胸に秘めてきた。傍にいられるだけでいいと、戒めてきた。
だが、カイゼルを守りたいという想いは歪みつつあり――この先きっと迷惑になる。
自分は彼の傍にいてはいけないのだろうと、シュリは思った。
それから、カイゼルは店に姿を見せなくなった。夜の散歩の時も相変わらず警邏隊とは一緒になったが、やはり会うこともなかった。毎日のように顔を合わせていたから、苦言を呈したせいで避けられているのだろうと、シュリも理解した。
シュリは仕事を辞めることにした。




