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11.番

 日も暮れて、店主は自宅へと帰った。住み込みで働いているシュリの住居は二階にあったが、内階段は登らずに、裏口からそっと外へと出る。町からは灯りが消え、満月の光だけが頼りだ。店舗が連なっている区画であり、夜は無人になっている店も多く、夜になると大抵は静かだった。


 歩き始めると、心地のよい風が頬を撫で、目を細める。昼間は働いているから、散歩に出るのはいつも夜だ。何かと世話を焼いてくれるようになった店主に知られると心配されてしまうので、これも秘密である。


 城下町を巡回している警邏隊にはよく会うが、彼らとも顔見知りになっているためか、見咎められることはない。


 だから――。


「シュリ、またか」


 不機嫌そうな声がすぐ傍からして、シュリは飛び上がった。

 見れば、剣を腰から下げたカイゼルが、苦々しげな顔をしてやって来る。勇猛な騎士として知られる彼は、相変わらず警邏隊と一緒に行動していた。


 それにしても、よく会う。


「こんばんは、カイゼル」

「夜中に、一人でふらふらと出歩くなと言っているだろう。雄に襲われたらどうする」

「私なら大丈夫よ。襲える人なんていないわ」

「⋯⋯へぇ?」


 カイゼルの目がすっと細められた。成長したとはいえ、体は華奢なほうだから仕方がないかもしれないと思いつつ、シュリは問いかけた。


「カイゼルも見回り? ごくろうさま」


 微笑む彼女に、カイゼルの目が少し気まずげに泳いだ。


「⋯⋯あぁ。物騒な噂を聞いたからな」

「え?」

「この近くの村が、ルーフスの地竜に襲われたらしい」


 シュリの顔から血の気が引いた。


 現存する竜族は三種いるとされ、空を飛ぶ『飛竜』、海に生きる『水竜』、そして地を駆ける『地竜』に大別される。

 ルーフス王国の地竜は空を飛べないという弱点はあるが、地上での戦ともなると圧倒的で、顎の力は強く、足も速い。一頭いるだけで騎士百人分の働きをすると言われ、小さな村など襲われればひとたまりもない。地竜と聞いただけで、恐れ怯える者は大勢いた。


 対して飛竜は空の覇者だ。


 強襲はお手のものであるし、ひとたび空に舞い上がってしまえば、地竜にはなす術がない。飛竜に捕らえられて空へ飛ばれたら、絶命は必至である。そうはさせまいと地竜は常に空をうかがい、襲われたら食らいついて、地面に引きずり倒す。


 人間は地上で戦うしかないなので、彼らを助けようとすれば飛竜はどうしても不得手な場所を戦場とせざるを得ず、地竜は苦手な相手だった。

 そんな地上での戦いを、海から悠々と眺めるのが水竜だった。彼らが護る島国ザッフィーロを泳げぬ地竜は侵すことができず、うかつに海岸に近づこうものなら海に引きずり込まれてしまう。だが、飛竜は易々と水竜の頭上を越えて、ザッフィーロを攻められるので、水竜にとって飛竜が警戒の対象だ。三種の竜は、それぞれの国の思惑のうえで、互いに影響し合っていた。


 そして、ルーフス王国は『地竜』を使って、かつてこの地を治めていた国を滅ぼした。地竜の恐ろしさは、人々の骨の髄まで染み込んでいる。


 シュリもその先を聞くのが怖くて仕方が無かったが、何とか尋ねた。


「村は、どうなったの?」

「それがな⋯⋯どこからともなく、巨大な飛竜が現れて、地竜をあっという間に仕留めたそうだ」

「えっ⁉」


 シュリは目を見張ったし、カイゼルも驚きを隠せない様子だ。

 それというのも、ルーフスに祖国を滅ぼされると、生き残った飛竜は飛び去って行方を晦ましてしまったからだ。彼らはその後、どの国にも属さず、残された人々のために戦うこともしなかった。

 飛竜を接収し、戦力として見込んでいたルーフスにとっては、大きな痛手である。

 飛竜に見捨てられた形となった人々は失望を隠さなかったが、致し方なしという諦めもあった。祖国が滅亡する折、飛竜は騎士達と共に戦い、多くが命を落としている。絶滅したのではないかと思われるほどの被害を被ったはずで、人間達の争いごとにもう関わりたくないと拒むのも当然だろうと思われたのだ。


 今では飛竜を目撃することなど滅多にないことで、あったとしても口を噤んだ。いまだに飛竜を諦めきれないルーフスが探し求めている。飛竜がいたと噂でもたてば、すぐに目の色を変えてやってきて、狼藉を働きかねないからだ。


 カイゼルもまた、村が護られたことに安堵しつつも、それを一番懸念していた。


「村を襲った地竜は、ルーフス軍から脱走した逸れ竜一頭だったようだが、ルーフスの奴らが調査に動くだろう」

「⋯⋯捕まらないといいわね」

「そうだな。その飛竜も気まぐれを起こしたのか、何か理由があったかは知らないが、恐らくこのままではすまない」


 近隣の都市にも捜索の手が伸びるに違いなく、村に近いこの城にもルーフス軍は来るだろう。それこそ血眼になって、今や希少となった飛竜を探すに違いなかった。

 当然ながら、騎士であるカイゼルは対応を余儀なくされるだろう。不安がこみ上げ、蒼褪めた顔をしたシュリを見つめ、カイゼルは優しく宥めた。


「父上が上手く立ち回っているから、ルーフスの奴らも無体なことはしてこないはずだ。そもそも飛竜は一軒家くらいの体格があるし、子供でもすぐに大きくなるからな。街の中に隠し通せるものじゃないことくらい、奴らも分かっている」


 探しにきたとしても、大きな建物を見て回って、終わりだろう。

 そう続けたカイゼルに、シュリは小さく頷いた。

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