10.買い物が止まらない男
それから半年。
シュリは仕事を覚え、町での生活にも少しずつ慣れつつあったが、カイゼルは相変わらずシュリがいる店を訪れていた。本来なら従者を伴う身分だが、あまり仰々しいのは好まないらしく、彼はいつも一人だった。
それにしても、カイゼルの趣味は変わっている。子供の頃から他の人間よりもズレた感覚の持ち主だと思っていたが、成長したら更に酷くなったような気がした。
シュリは、足繁く店にやってくるカイゼルの本日の注文を聞いて、やはりそう思った。
カイゼルは高い身分に加え、若く、勇敢で、文句なしの美男子である。当然のように町の女達の目を釘付けにする男だった。しかし、彼はいつも平然とシュリに難題を突きつけて、悩ませてくるのだ。
注文を聞いたシュリが長く沈黙していたので、カイゼルは仕方ないと言わんばかりに告げた。
「できるだけ大きいものがいい」
「急に特大のリボンなんて言われても⋯⋯大きさは?」
普段は客に対して丁寧に敬語を使えるようになったシュリだったが、カイゼルは「堅苦しい」と嫌がったので、彼だけはくだけた口調だ。シュリも気が楽なので、実は少しありがたい。
「⋯⋯今は、これくらいか?」
両腕を大きく開いて見せてきたカイゼルに、シュリの悩みは大きくなった。
シュリが働いている店は、女性の衣服や装飾具を多く扱っている。髪留めの中にはリボンがついたものもあるし、今までも彼はそれを買い求めた記憶もあったが、それでは物足りなかったらしい。シュリは考えた末に、棚からリボンの紐を何本か取り出して、彼の前の机に置いた。
「そこまで大きさだと、包装用の物しかないわ。これは紐状だけど、工夫して結べば色んなリボンの形を作れると思う」
「それは縛っても、ほどけやすいものか?」
「形を作ったら、固めてしまえばいいと思うけど⋯⋯ほどけないほうがいいの?」
「いや。邪魔になって取りたいと思った時に、簡単に緩むならいい」
カイゼルは、いったい何に使うつもりなのだろう。
最近、どんどん変で危ない人になっている気がして、シュリは心配になってきた。
すると、シュリの戸惑いに気付いたのか、カイゼルはこう付け加えた。
「包装用の物はあるんだな? とりあえず、それでいい。贈る時に飾りにする」
シュリはようやく納得した。
カイゼルは足繁く店に通ってきては、様々な女性物の衣服や装飾品を買っていて、新作が入ると彼にはすぐに分かるようになっているほどだ。
新作も、もちろん必ず買っていく。
カイゼルには未だに妻も、婚約者も、恋人さえもいないにも拘わらず、だ。
女性達がいくら求愛しても全て丁重にお断りし、女性の影が一切ないカイゼルが、女性の物を買い漁っている。
その様子を見て、ただ想い人を隠しているだけだという話と一緒に、女装の趣味があるのではという噂まで流れているが、本当のところはやはり謎に包まれていた。
シュリは、そんな彼の秘密を知っている、数少ない者の一人だ。
店で働き始めた時は、カイゼルは『母親への贈り物』を探しにきたと言っていた。それがいつしか『身内の女性への贈り物』に代わり、彼は若い女性が好みそうなものを買い求めている。カイゼルの身近にいる親戚のなかに妙齢の女性は少ないし、贈ったという話も聞かない。
ならば、やはり彼はかつて口にしていた『王女様』のために用意しているのだろう。
カイゼルが敬愛してやまない彼女への贈り物も、大量になってきたはずだ。
包んで一気に贈るにしても、飾りになるリボンは大きいものが必要だ。すぐにほどけて、手のかからないリボンにしたいというのは、少しでも手を煩わせまいという配慮に違いない。
いくつかリボンになりそうな紐を机に並べると、カイゼルはシュリに三つほど選ばせた。
それは、いつものことだ。何を買うにしても、「女物の良し悪しは、よく分からない」と言って、彼は必ずと言っていいほど、シュリの意見を求めるからだ。
シュリは三つのリボンを袋に入れて封をし、ちょうど話題にあがったこともあって、小さな飾りの赤いリボンもおまけでつけた。袋は地味な茶色だが、ちょっとした飾りがあると見栄えがいい。
それに、可愛い。
口元がつい緩み、カイゼルが黙って見ていることに気づいて、慌てて差し出した。
「ありがとう。店主に今の話を伝えておいてくれ。手触りのいい上質なものがほしい……痕がついたら困る」
「痕?」
「ん?」
微笑むカイゼルに、シュリは小さく首を横に振った。空耳だろう。
「伝えておくわ」
商魂逞しい店主はすぐに特注するに違いないとシュリは思いつつ、カイゼルが帰っていくのを見送った。
夕方になって、シュリに店番を任せた店主が帰って来たので話を伝えると、店主はすぐに頷いた。
「分かったわ。どんどん要望が増えていくわね。まぁ、うちとしてはたくさん買って頂いてありがたいけど」
「でも⋯⋯いいんでしょうか?」
いくら城主の息子とはいえ、交際している女性もいないのにも関わらず散財していると、白い目で見られやしないかと心配だ。
だが、店主は店の戸締りをしながら、シュリに苦笑した。
「そりゃあ、カイゼル様が恋焦がれているのは、王女様だもの。振り向いてもらうために、いっぱい貢がなくっちゃね。仕方がないわ」
「⋯⋯⋯⋯」
「城主様が窘めても、全く聞く耳をもたないそうだし、お城の近しい方々も皆説得を諦めているわよ」
カイゼルは一途だと、人々は思っていた。
「でも⋯⋯王女様は⋯⋯」
シュリが目を伏せて口を噤むと、店主も表情を曇らせた。
カイゼルが亡き王女ティナに恋焦がれているという話は、とても公の場で言える事ではなく、彼も場を選んで口にしているようだったから、その想いを知っているのは近しい一部の者達だけだ。店主は城に出入りを許されているから、彼の両親にぼやかれて、話を知ったようだ。普段、店番をしているシュリは、カイゼルと話し込むことも多い。それを見て、店主もこっそりと、カイゼルの『王女様』について話してきたのだ。
ただ、ティナ王女は処刑されたと噂されている。
たとえ彼女が生きていたとしても、身分違いであるし、決して叶う恋ではない。
それでも彼は⋯⋯。
「想いが届かなくても、カイゼル様はずっと王女様が好きなんでしょうね。そんな感じがするわ。王女様の話をするとき、とっても優しい顔をするんですもの」
店主はそう言って微笑み、店の片づけを始めた。シュリもそれを手伝った。胸の奥がずきりと痛んだのは、自分だけの秘密だ。




