第126話
「だってそうでしょ!?」
聞き捨てならない台詞を咎めたら、キッと睨まれてしまった。
が、それで怯む私ではない。
アドルフさんを馬鹿にするとはいい度胸じゃないか、言い分を聞いてやる!
「アタシが推してたのは不幸な世界の中を必死に足掻き、生きる人々だった。なのになんなの? 被害は最小限? 主人公たちは笑顔? 二作目主人公も闇落ちなんてしてないしオーベルージュは貧困でもないだなんてあり得ないでしょ!」
おおっと、なんかぶちまけてきたぞ。
なんだか二作目主人公、つまりスリコフ将軍が闇落ちとかなんとか言わなかった!?
(……あのゲームの制作陣は人の心がないんか……!!)
思わず突っ込みつつ、私は彼女を睨み付ける。
いやね、言い分は理解できないわけでもない。
あのゲームは悲惨な内容だったからこそ、主人公たちが足掻いて誇りと自由を手に入れる姿に共感してクリア時には『やったどー!!』って感動すらするわけだからね?
でもさ、ここは現実なの。
リアルな、私たちが、生きている世界なのだ。
目の前に血の通った、生きた人間がいて、その人たちにはそれぞれの人生が存在する。
ゲームでは登場キャラクターのバックグラウンドとして軽く触れられる人生も、細やかに、日々小さいことで笑ったりコーヒーが好きだ、紅茶が好きだ、アレが好きでコレは好きじゃないなんて、ゲームでは知り得なかった彼らがこの世界にはいるのだ。
「不幸じゃないアドルフ・ミュラーなんてアタシが推してたアドルフ・ミュラーじゃない! 返してよ、アタシの推しを!!」
「アドルフさんはモノじゃないんだから無理です。人の不幸を願うなんて神官としてどうなんです?」
「はア!?」
プレイヤーとしても押しつけよくないって言いたいところではあるけど、ゲームプレイヤーとしてならまあ好みだしねって言葉で沈黙を選択したと思うよ。
でも繰り返しになるけど、ここは現実世界なのだ。
「離れたところからご覧になって、思っていた結果と違うからって酷いことを言わないで。私たちは必死に戦ってきました。不幸な世界じゃないなんて言わないで。これまで私たちがどれほどの死を見てきたと思ってるの!」
腹が立つ。
私の腕の中で息絶えた兵士には、家族がいたはずだ。
救えなかったのは、私の実力があまりにも弱かったからだ。
でも彼女からしてみれば名も知れぬ兵士の一人や二人どうでもよくて、もっともっと被害が広がっていなければ納得できない……そんな言葉にどうして『そうだね、プレイヤーならそう思うのも仕方ないよね』なんて思えるだろうか。
(あの悲惨さを目の当たりにしたこともないのに、予言だかなんだか知らないけど土足で踏み込んでくるなんてどうかしてる)
悔しい。
私がアニータ様みたいに実力者だったらって何度思ったことかわからない。
そのくらいあの戦地は辛いものだったのに。
私自身も何度死にかけたかもわからないのに。
彼女は遠く離れたウーヌに転生してキャッキャして、世界が平和になって残念って思っていたってことでしょ?
(そんなの……)
そんなの、あんまりじゃないか。
私たちは精一杯、生き延びたっていうのに。
「イリステラ」
ぐっと抱き寄せられて、ハッとする。
反射的にアドルフさんを見上げると、彼はそっと微笑んで私の額に口づけを落とした。
「落ち着け。大丈夫だ」
「……は、はいぃ……」
「ちょっと、いちゃつくんじゃないわよ!」
ダダンと足を踏みならすアエスさんはもう取り繕う気が失せたのか、あざとい喋り方も何もかも消え去って私たちのことをギッと睨み付ける。
「あーあー、いいわよいいわよ。穏便に済ませてあげようかと思ったアタシが馬鹿でした-」
フンとこちらを小馬鹿にするような目で見てくるアエスさん。
彼女はひらひらと手を振って、一歩、また一歩と私たちから遠離る。
「物事はきちんと元通りにするべきよね。多少の実力行使だって仕方ないと思うわ」
「何を……」
「オーベルージュとリンドーンは不幸でなきゃ。じゃないとアタシが愛した世界じゃないもの」
どこか恍惚とした表情を浮かべてそんなことを言う彼女のその変貌振りにゾッとする。
そんな私を抱き寄せたまま、アドルフさんは口を開いた。
「何をする気だ」
「言ったでしょ、世界は不幸にならなくちゃ。そうしたら貴方もアタシが大好きなアドルフ・ミュラーに戻るもんね。待っててね、今貴方が愛するそこのちんちくりんを殺して、貴方を不幸にしてあげるから!」
「ちょっと待て誰がちんちくりんだア!」
お前も大して変わらんだろうが!!




