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断罪を許されし者  作者: 仕方舞う
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寄り添う想い

 黒いコートを纏った煌太は、悪魔化を解除した状態にも拘らず、体より迸る力は悪魔化以上。力を振るわずとも、存在するだけで世界に影響を及ぼす。それはさながら神のよう。

 煌太の姿を見てアルスゼアは息を呑む。

「…これが真の覚醒…」

 ベリアルは、不思議そうに尋ねる。

「覚醒って…まるで強さを感じない。今の状態なら俺の方が強いと思うぞ…」

「それはそうだろ。絶対なる断罪者は悪と認めた者以外殺せない。お前の本能が殺されない事を察知して恐怖していないだけだ。もし、煌太がお前を悪と認めたなら…」

 ベリアルの体が急に寒気に苛まれる。

「…脅かすなよ」

「真実だから仕方ないだろ?」

 アルスゼアは、ベリアルの手を掴み引っ張る。

「それより、さっさと離れるぞ。近くに居たら昇天しかねない」

 空間の亀裂を通り、アルスゼアとベリアルは退避する。



 覚醒した煌太に、レティスは激しい恐怖を感じていた。足は竦み、体は震え、自信に満ちた心は圧し折れ、人間を粛清する目的を忘れ始めていた。

 煌太が近づくと、レティスは過敏に間合いを広げる。

「…お前は何者だ? 人じゃないのか?」

 煌太の声には、依然、老人の声が混じっている。

「神と名乗りし超越種は、意に添わぬ人間に悪の種を植えた。種は次第に育ち、数多の罪を世界に齎す結果に至った」

 煌太の意思とは思えぬ言葉。

 レティスは、声を聴くたび恐怖が増大していく。

「世界を犯した超越種の罪。それは、絶対に償わなければならない。如何に拒もうとも…」

「超越種…神の事を言っているのか?」

 怯えながらも、闇の弾丸を放つ。

 だが、煌太の目の前で光に変わり、レティスに跳ね返る。

 光の弾丸を受けたレティスは、瞬時に血塗れになる。

「…」

「しかし、我には超越種を裁く事は出来ない。生み出した親には、子を裁く事が出来ない。だから、選んだ。我と同じ怒りを感じ、正しき心を抱き続ける者を…」

 老人は、煌太の肩をポンと叩き笑顔を見せる。

「此の者こそ、我が選びし者。深き愛を持つ者」

 そして、笑顔のまま空に消えていく。

「天埼煌太よ。全てを裁く許しを与えよう…」

 老人が消えると、レティスが感じていた恐怖は消える。夢から覚めたように曖昧なものに変わっている。

 煌太は老人の気配を感じていなかった。見えていたのはレティスのみ。だから、レティスの困惑の原因も、攻撃をしなかった理由も分からない。だが、そんな事はどうでも良かった。大事なのは断罪する事。

 煌太は地面を蹴り、一気に間合いを詰める。

 呆気に取られていたレティスは、闇の障壁を張り攻撃に備える。

「神を殺させはしない! 何者であったとしても!」

 レティスは、老人の存在を気にしながらも、思考の大半を埋めているのは神に仇名す者への粛清。曖昧な恐怖に縛られる事は無い。

 煌太は、断罪の太刀で障壁に斬りかかる。

「闇の力に身を染めても、神の世界を守って見せる!」

 障壁は突如、巨大な手に変化。煌太を握り潰す。だが、指全てが切断され、煌太は何事も無かったかのようにレティスに向かってくる。

「神への信仰心がお前を殺す!」

 レティスの腕が大砲に変わり、巨大な闇の砲弾が放たれる。闇の砲弾は粘着性の泥に変わり、煌太の足元に落下し固まる。

 その隙に、レティスは足下に広げた闇に潜り込む。

 煌太は泥を消し去り、レティスが潜り込んだ闇を斬り裂く。闇は消滅するが、レティスの姿は現れない。

「レティス! 何処に行った!」

 辺りを見渡すが姿は見えない。

 代わりに、足下にヘドロのようにドロドロした闇が広がる。

 レティスの声が、闇の奥底から聞こえる。

「神の敵を滅ぼす為に、タルタロスの全てを解き放つ」

 闇は巨大化し、次第に巨大な獣に変わる。

 体中から、今まで取り込んできた生物が不気味な叫び声を上げながら顔を出す。一様に悲し気な表情を浮かべ、声にはならないが助けを求めているように見える。

「…今助ける」

 煌太は、巨大な獣を躊躇いなく斬る。斬られた巨大な獣は雄叫びを上げ苦しむが、体より浮き出た顔は笑顔を見せる。

「レティス、どうして目を背ける。神の為と叫ぶお前が、誰よりも残酷だという事実から…」

「神以外はすべて不要! 不要な存在の為に用意される感傷は無い!」

「…無駄か。何を言っても…」

 体より浮き出る顔は、悍ましい叫び声を上げながら毒を吐き出す。毒の影響は、吐き出した顔も惨たらしく溶かしていく。

「人間の犠牲は、ゴミ処理と同じ。早く処分して綺麗にしないと!」

 煌太の断罪の太刀が輝き、巨大な獣の体を光で焼き払う。

 毒は浄化され、浮き出た顔は消滅。

「良いのか? 人間(ごみ)に気を取られていて」

 巨大な獣の口が開き、赤い宝石が喉の奥から出てくる。

「タルタロスを封印していた石は、神の力が込められた神の権限そのもの。如何なる者もその意志に逆らう事は出来ず、如何なる者にも永劫の封印を施せる。多くの命を代償とするが、タルタロスの中には十分な量が保存されていた!」

 赤い宝石は巨大な獣の口から零れ、煌太の胸に当たる。

 宝石から溢れる赤い光が煌太を飲み込み、宝石内部に閉じ込める。

「ハハハハハハハッ! 私の勝ちだ! 神に捧げる勝利だ!」

 レティスの笑い声は闇を拡大させ、世界の境界を破壊する。

「次は神の世界に蔓延る人間だ。滅ぼしてやる。一人残さず…ハハハ…ハハハハハハハハッ!」


「口を閉じろ…」


 赤い宝石にヒビが入る。

 レティスは、赤い宝石から漏れ出す気配に恐怖し強張る。

「もう喋るな、世界が腐る」

 赤い宝石が粉々に砕け、中から煌太が解放される。

「まさか…神の…」

 レティスの声がピタリと止まる。

 巨大な獣は一瞬にして石化。

「出て来い。最後の時だ…」

 石化した巨大な獣から、レティスが引きずり出される。

 強張った体は、石のように固く一切の動きを制限されている。残っているのは、恐怖だけ。

「お前は多くの命を弄んだ。もし俺が神なら、絶対に許さない!」

 断罪の太刀に、漆黒の闇が集まる。

 煌太は上段に構え、一気に振り下ろす。

「ジャッジ・エンド!」

 断罪の太刀はレティスを両断。

 しかし、傷は残っていない。

「もう一度考えて見ろ。お前が犯した罪の重さを…」

 レティスの体は、真っ白に浄化される。

「…何故…だ。何故…私を…許した…?」

 浄化に伴い、恐怖も狂信も消える。

 予断無き心で煌太の姿を見つめる。

「お前が神を信じる気持ちは、お前にとっての正義だ。俺にとっては悪だが、それは俺の立場の意見だ。最後ぐらいは…許してやる…」

 レティスの目は、煌太の抱える闇をようやく捉えた。煌太の闇を垣間見た事で、犯した罪を認識。自然と涙が零れる。

「…だったら…私も許そう。神を憎むお前を…。それが…お前にとっての…正義…なんだろ?」

「…ああ」

 レティスの体が朽ちていく。

「天埼…煌太。深い闇を抱える者よ…。いつの日か…報われる時が来る事を…祈る…」

 最後に笑顔を残し。



 一週間後。

 戦いを終えた煌太の姿は、真っ白なベッドの上にあった。

 豪華絢爛な部屋に大きなベッドがぽつんとあり、煌太の体にはフカフカな上布団を口が隠れるほどしっかり掛けられている。ベッド脇の綺麗な花瓶には色とりどりの花。花瓶の数だけ、ベッドの脇には椅子が並んでいる。

 煌太は、起きる気配のないまま一週間眠り続けている。アルスゼアの説明では、膨大な力を行使したため限界が訪れたとの事。

「煌太兄ちゃん…」

 重々しい扉をやっとの事で開け、ケンジが部屋に入ってくる。

 その後ろには、カオリ、ソウタ、ソウシ。

「兄ちゃん、今日も寝てる…」

「ケンジ、仕方ないだろ。煌太兄ちゃん、ものすご~く頑張ったんだから…」

 ソウタはそう言いながらも、ソウシの腕を悲し気に掴む。

「うぅぅ…煌太にちゃん…」

 今にも泣きそうなカオリは、必死に涙を堪える。煌太を心配させないように。

 扉をノックし、アルスゼアと綺麗な女性が入ってくる。

「やっぱりまだ起きていないか…」

「あなた…」

 女性が、アルスゼアに目で訴える。

「す、すまない…。きっと目を覚ます。だから、あんまり心配するな」

 ケンジは、涙を溜めながら強く頷く。

「そんなの皆知ってる! 煌太兄ちゃんは、僕達を見捨てたいしないっ!」

「そうだな。悪かった」

 女性は、ケンジの前に膝を付き、スカートのポケットから飴を取り出す。

「私の旦那はちょっとデリカシーが無いの。今度しっかり言っておくから許してね」

「奥さんに敵わんな」

 女性の名はリセルタ。アルスゼアの妻。肩ほどの金髪に青い瞳で、笑顔が似合う悪魔というより人間に近い風貌。

 ケンジは、リセルタの後ろに誰かの姿を探す。

「リセルタさん、リールは?」

「リール? 確か一緒に来ていた筈だけど…」

 リセルタが扉の方を見ると、顔を半分出して恥ずかしそうにこっちを見ている。

「あんなところに…。こっちにいらっしゃい」

「で、でも…私…」

 リールも母と同じ金髪と青い瞳だが、母とは違い腰から青い尻尾が生えている。

 生れてしばらくは無かっただけに、突如生えてきた尻尾にショックを受けている。友達である人間と違うのが嫌らしい。

「煌太兄ちゃんを見に来たんだよね」

 ケンジは小走りでリールの下に近づき、手を引いて煌太の横に連れて行く。

 リールは必死に尻尾を隠し、ベッドの横に蹲る。

「王様だって人間でしょ? 尻尾の生えた姿を見たら…」

 仕舞には泣き出すリール。

 誰もが仕方ないと諦めかけた時、ベッドから煌太の手が伸び、リールの頭を撫でる。

「誰だ? こんなところで泣いているのは?」

 突然の事に驚く一同。

 煌太は体を起こし、蹲るリールに笑顔を見せる。

「えっと…リール…かな?」

 リールは、恐る恐る頷く。

「アルスゼアから手紙は貰っていたけど、まさかこんなに可愛いとはな」

「煌太、手を出すなよ」

 アルスゼアの冗談に、煌太は笑顔で応える。

「それはどうかな?」

「おい!」

「冗談だって。アルスゼア、すっかり父親だな」

「…まあな」

 リールは、不思議そうに煌太に質問。

「あ、あの…尻尾…どう思います?」

「…可愛いと思うけど」

 恐ろしい悪魔の尻尾を見てきた煌太にとって、リールの尻尾は小さくて可愛いぐらいにしか思わない。

「本当…ですか?」

 リールは、恥ずかしそうにリセルタの後ろに隠れる。

「ん? 何か悪い事言ったかな?」

「その逆だよ!」

 アルスゼアは、煌太の肩を乱暴に叩く。

「…全く、罪作りだよお前は…」

 アルスゼアに続いて子ども達が群がる。

 一様に笑顔で、煌太の名前を何度も呼び、喜び合った。



 しばらく雑談が続いた後、子ども達は部屋を後にした。

 代わりに、フロスとイブが部屋に訪れた。

「煌太、良く目覚めてくれた。一時はどうなるかと思ったぞ」

 フロスは、やや大げさに泣きながら煌太の背中を何度も叩く。

「一週間か…結構寝ていたな」

「疲れていたのね。激戦続きだったから、疲労はまだまだ抜け切れていないわよ」

 イブは、魔法陣で煌太の状態を確認。嬉しそうに笑いながらも、時折溜息を漏らす。

「アルスゼア、アルモスは?」

「今、ベリアルの城に赴いている。同盟交渉を申し込まれたからな」

「同盟? いつの間にそんな事に…?」

「お前がきっかけだぞ。タルタロスと戦う前、俺に避難を頼んだだろ?」

「…あの時の悪魔、ベリアルだったのか?」

「そういう事だ」

「へぇ~、意外と義理堅い奴だったんだな」

 部屋の扉を開け、ガブリエルが飛び込んでくる。

「煌太君!」

 ベッドの横に立ち、何度も頭を下げる。

「ガブリエル、止めてくれ」

 煌太は、ガブリエルの肩を掴む。

「ですが…」

「気にするな、お前が悪い訳じゃない。あれは、ユキネの選択だ」

 ガブリエルは、煌太の笑顔を見て決心を決め、小さな指輪を差し出す。

「何だ、これ?」

「契約の指輪です。私は神との契約を破棄し、あの子たちの父となります。どうか破壊してください」

「…良いのか、それで?」

「はい。今回の件で痛感しました。今の私に必要なのは、あの子たちです。ただの父親として、命ある限り支えていきたい」

 煌太は、ガブリエルの目を見て決意の強さを確認。

 指輪を手に取り、断罪者の力で破壊する。

「じゃあ、ひょろって呼ぶな」

 ガブリエルは、声色をひょろに戻す。

「それで良い」

 煌太の頭にユキネの事が過る。

「アルスゼア…ユキネは?」

「…会うか?」

「…頼む」



 アルスゼアが案内したのは、煌太の部屋の隣。

 煌太の部屋と同じ内装で、やはり煌太と同じように白い上布団を口元まで被せてある。違うのは、周りに置かれたもの。独特な形の香炉が等間隔に置かれ、床には様々な呪文が刻まれている。

「…ユキネ」

 煌太は、ベッドの横にゆっくり近づき、顔を覗き込む。

 穏やかな表情で寝息を立てている。

「これはどういう状態なんだ? 生きている…よな?」

 アルスゼアは、唇を噛みしめてゆっくり話す。

「…生きている。だが、魂は入っていない…」

 一緒に来ていたフロスとイブは、煌太の落胆を見ていられず部屋から出て行く。

「助けられなかった…」

「そんな事は無い!」

 ひょろが煌太の下に駆け寄る。

「ユキネは間違いなく救われた。ただ、世界の在り方がそれを拒んだ…」

「在り方?」

「一度死んだ者は、二度と同じ体には戻れない。神が定めた理が邪魔して、蘇生が施されても魂だけが戻らなかった…」

「魂を戻す方法は無いのか…?」

「それは…」

 ひょろは、顔を背け話す。

「不可能ではない。今の煌太なら…絶対なる断罪者なら…」

 奥歯に物が挟まったような話し方。

「何が問題なんだ?」

 アルスゼアが、ひょろの代わりに口を開く。

「人の理を破壊する為には、人に最も近い神を殺す必要がある。日本に居るゼオルという神だ。今のお前ならレティスよりも余裕だろう。ただ、ゼオルを倒した後、天界の神々がお前を殺しに来る。かつてない規模で…」

「…俺以外にも被害が及ぶ…か?」

「そうだ…」

 煌太は、神を殺す事の代償を思い知った。

「永遠に孤独…ユキネには二度と会えない…」

 ユキネを救えば、ユキネとの約束を守れなくなる決断。決断をしても、しなくても、ユキネを苦しめる結果になる。それが分かっているだけに、簡単には迷いを振り切れない。

「俺は、このままで良いと思う。この子も、お前と二度と会えないのは辛い筈だ…」

 アルスゼアの意見にひょろも同意。

「…そうだな。約束を守る為にも…」

 煌太は、眠るユキネを抱きしめる。



 その日の夜。

 煌太復活の祝宴が開かれていた。

 だが、主役の姿は無い。

「ねぇねぇ、王様は来ないの?」

 無邪気に笑うリールがアルスゼアに尋ねる。

「…大事な用事があるんだ」

「ふ~ん…。ねぇ、お父さん。今度王様と遊んでも良い?」

「ああ、きっと喜ぶぞ」

「やった♪ 私…王様の事大好き」

「…全く、罪作りだ…」

 アルスゼアは、リールを抱きしめ涙を流す。



 その頃、煌太は奈落に居た。

 廃墟と化した奈落は、夜の闇に包まれて真っ暗。唯一の光源は、結界が消え露わになった夜空の星。奈落に住んでいた者達が夢見た景色の一つ。

 煌太は、黒いコートに語りかける。

「皆にも見せたかった…」

 煌太は、光の翼を背に飛翔。

 破壊された牢を横目に、記憶が蘇る。悪魔との死闘、助けられなかった仲間の姿、そして、大切な笑顔の数々。辛い記憶の数だけ、暖かい記憶の方があった。

「ユキネだけじゃない。皆の為にも、神を…殺す!」

 奈落を抜け地上に上がると、思いも寄らぬ景色が広がる。

 石畳の通路を挟んで整備された一面の花畑。中央には、墓碑が建てられている。

 煌太は、墓碑の前に降り立つ。

「…これは」


「煌太、煌太じゃないか!」


 如雨露を手に現われたのは、バアル。

 目を丸くし、煌太に駆け寄る。

「無事だったのか?」

「ああ」

「やっぱり凄い。我が敵わぬのも頷ける」

「それより、この花はバアルが?」

「魔界に帰る前に、人間の習わしに従って死者を弔おうと思ってな。ただ、弔うと言ってもこれぐらいしか方法が思いつかなかった。本来と違うのは多めに見て貰おう…」

 煌太は、バアルの姿を見て胸が苦しくなる。

「心が通じ合う…何度味わっても足りないな…」

「急にどうした? まるで二度とその機会が無いような言い方だな…」

「…ちょっと感傷に浸っただけだ。じゃあ、またな…」

 煌太は、バアルに手を差し出す。

 バアルは煌太の意思を汲み取り、握手をする。

「…これは?」

 バアルが手を開くと、魔法陣が書かれたメモが渡されている。

「俺の王国への道だ。気が向いたら花で満たしてくれ」

 煌太は、心を見透かされないうちに飛び去る。

「煌太…我は待っているぞ。お前の王国を天上よりも美しい場所に変えて…」



 2時間ほど飛行すると、視界に日本が見えてくる。

 夜の闇に無数の明かりが集い、明りの数だけ人の営みがあり、明りの数だけ人の幸せがある。しかし、明りが与えられるのは神が許した人間のみ。犯罪因子者と定められた人間達には二度と手に入らない。例え愛する者が居ても、例え許しを乞うても。

「…ここが日本。住んでいた筈なのにこうも違うのか…」

 煌太は孤児院の記憶しかない。孤児院ではいつも大人達と戦い、外の景色を見ている暇などなかった。見る事が出来たのは、醜い人間の一面。孤児院での記憶は、悪を許さない意思を生み出すきっかけ。

「神の世界…やっぱり認める訳にはいかない」

 神の気配を探り、一際大きなビルに降り立とうとする。


「大罪者を殺せ!」


 港に松明を持った神官達が集まっている。中には、粛清院の研究者達も居る。

 アスファルトには数百の魔法陣が刻まれ、術者達が詠唱を続けている。

「俺が来るのを知っていたのか…」

「あの者はレティス様を殺した! 何としても許してはならない!」

 神官達の中央で怒号を響かせているのは、グライ。

 人の姿で神官達に指示をしている。

「グライ…すっかり忘れていた…」

 グライの指示を受けて、魔法陣から火球が煌太目掛けて飛んでくる。だが、煌太の速度から見れば超低速。何事も無く躱しながら、町に被害が及ばないように海の方に移動する。

「何故当たらない! もっと詠唱を急げ!」

「グライ、無理を言うな。お前も分かっているだろ?」

「うるさい! レティス様を殺した罪を償わせてやる!」

「自分の罪を棚に上げて何を言う!」

 煌太は、断罪の太刀の光でアスファルトに刻まれた魔法陣全てを消し去る。

 攻撃手段を失った神官達は、呆け顔でグライを見つめる。

「ぐぐぐ…いいだろう。レティス様が残した最終兵器を使用してやる!」

 グライは、研究者達を蹴飛ばし何かを指示している。

(何をするつもりだ?)

 研究者達は、港に隣接してある倉庫の中に入り、巨大な砲台を引っ張り出してくる。

 砲身には、誘導式魔神砲と書かれた巨大なプレートが付けられている。

「この大砲から放たれるのは、実験で使用した悪魔達の力を圧縮して作った魔力弾だ! しかも! 一度放たれた砲弾は、因果によって確実に命中する! どんなに早く逃げようとも、どんなに遠くに逃げようとも、ぜーーーーーーったい逃げられない!」

 砲身が煌太に向けられる。

「大罪人よ、己の罪を償え!」

 大砲が火を噴き、魔力弾が放たれる。

 煌太は、砲弾の軌道を読みながら回避。

「速度自体は遅い…?」

 しかし、回避できても直ぐに軌道を修正し追ってくる。しかも、転回速度が異常に早く、回避された時点で有り得ない転回の仕方で向きを変える。

「…これは」

 如何に高速で回避しても、回避地点を予測して先回りまで。

 煌太は次第に焦り始める。

「逃げろ逃げろ! 止まれば死ぬぞ!」

 悦に浸るグライに、神官の一人が心配そうに尋ねる。

「あの…大丈夫なのでしょうか? 強力な砲弾を使用して、市街地に影響を及ぼす可能性は…?」

「勿論、ある!」

「えっ! で、では、使用を中止してください!」

「何故だ?」

「ですから、市街地に…」

「構わないだろう。取るに足らない人間が犠牲になる程度」

 グライの非道な発言に、神官達は青ざめる。

 一人また一人とグライから離れ、去って行く。

「粛清院に対する裏切りと判断」

 神官達の背後に研究者の姿。

 神官の背中に、ナイフを当てている。

「逃げてはなりませんよ、神官殿。グライ様と共に歴史的な快挙を見届けましょう」

 抵抗もままならぬ状態で、神官達は不快にも見学する事に。

「だったら断罪の太刀で…」

 煌太は、断罪の太刀で破壊しようと構える。

 だが、突如全身の力が抜けていく。

「…こんな時に…」

 グライは、煌太の変化に気付き大声で叫ぶ。

「来た来た来たーーーーッ! この時を待っていた! お前が一週間も姿を現さなかった時点で、疲労による不調が発生している事は予測できた。無能な神官達に攻撃をさせたのは、お前の力を測り削ぐ為の方策。まんまと引っ掛かりやがったな! 断罪の太刀で滅する事が出来るのは後一度が限界だ。魔力弾を破壊すれば、新たな砲弾で終わり! 誘導式魔神砲を破壊すれば、追尾する魔力弾で終わり! どっち道、お前はこれで終わりだよッ!」

 グライは、悪魔に侵食された異常な笑いを続ける。

 神官達だけではなく、研究員達も異常性に不安を感じ始める。

「はぁはぁ…ヒントありがとうって言っておく」

 煌太は、最低限の回避を心掛け力の温存に努め、生き残る為ではなくグライを倒す為の策を考える。それが何より生存確率が高い事を感じていた。

「…ユキネ、力を貸してくれ…」

 煌太は、更なる上空に向けて上がっていく。雲を突っ切り大気が薄くなる高度まで上がり、魔力弾が間近まで近づくのを待って一気に急降下。魔力弾の転回速度は速いが、追尾速度はやや遅い。落下速度が乗った煌太の降下速度は、魔力弾を大きく引き離す。

「…何をするつもりだ?」

 グライの不可解な顔を眺めるように、煌太は誘導式魔神砲の上に降り立つ。

 落下衝撃で揺れる誘導式魔神砲だが、破損する事は無い。

「成程、追ってきた魔力弾を直前で躱すつもりだな? だったら無駄に終わる。因果の呪いをかけた魔力弾は、何があってもお前にしか当たらない。仮に誘導式魔神砲に当たったとしても、因果がお前を引き寄せ当たった結果が入れ替わる。残念で~~した!」

 グライの不気味な笑いにも煌太は冷静。そして、魔力弾が来るのを待ち動こうとはしない。

「躱さない。この身で受ける!」

「愚かとは思ったが、ここまでとは…。魔力弾を受けて耐えられる訳が無い! 万全な状態ならいざ知らず、今のお前には不可能! 当たった瞬間…ドカ~ン! 跡形も残らない」

「そうかも知れない。だが、これしか方法が無い」

 二人で言い合っている内に、上空から魔力弾が降ってくる。

「さて、終わりの時間だ。特等席で見守っているよ」

 グライは、一人近くの倉庫に逃げ込む。

 中には、一人用の透明シェルター。

 研究員達は、慌ててグライに駆け寄る。

「グライ様! 我々は…?」

「残念だが、贄になってもらう。その代わり、大罪人を葬る為に散った英雄として讃えてやろう」 

 理不尽な思想に納得出来る筈もなく。研究員達は、何度もシェルターの戸を叩く。だが、グライは不気味な笑みを浮かべ、研究員達の恐怖に歪む顔を楽しんでいた。

 そして、煌太の体に魔力弾が直撃。

 太陽を思わせる巨大な爆発を起こし、辺り一帯を無慈悲に飲み込んでいく。必死に逃げる研究員、瞼を閉じて神に祈りを捧げる神官、ついには町まで。もはや、ただの虐殺現場。

 だが、全てを破壊すると思われた爆発は突如停止する。

「…はぁ~」

 爆発の停止に、グライは憤る。

「何だ、これは? 愚かな研究員のミスか?」

 グライが確認の為シェルターから顔を出すと…。


 ザクッ!


「オアッ!」

 爆炎を斬り裂き、断罪の太刀がグライの顔面を貫く。

「な…何故ぇええええ!」

 爆炎は、断罪の太刀の力で消滅。飲まれていた研究員、神官は、全員無事。煌太自身は、爆発による火傷と裂傷が顔や腕に見られるものの、体は黒いコートのお陰で無傷。

「思った通り、ユキネの想いは最強だ」

「そ、そんな…コートごときが…魔力…弾…を…」

 断罪の太刀は、顔面からゆっくり下へ降りていく。その過程でグライを真っ二つにし、込められた力で完全に消滅させる。

 煌太はフラフラと歩き、落下する断罪の太刀を拾う。

「これで、断罪残しは終わりだ…」

 力の入らない手で断罪の太刀を引き摺りながら去って行く。

 研究員達は、去って行く煌太に向けて銃を構える。

「…死ね」

 だが、銃口の前に神官達が立ちはだかる。

「止めろ」

「何故止める? あいつは神を殺すぞ! それでも良いのか?」

「…神は仰っていた。正しい者の為に働きなさい…と」

「正しい者? 大罪人のあいつが?」

「そうだ。あの者こそが、神が永らく待ち続けた人物。例え神を殺す存在でも…神の下に誘う」

 神官の中には、「神を殺す」という言葉に拒絶反応を示す者も居るが、それは僅かで、ほとんどの神官が賛同している。

「ふざけている! 粛清院は何としてでも神に仇名す者を…」

 神官達は研究員達を取り囲み、魔法陣で動きを封じる。

「だったら、自分達を殺せ! 罪無き者を傷つけようとした愚かな自分を!」



 煌太は、今にも倒れそうになりながら歓楽街を歩いていく。道沿いに設置された時計は、まだ7時。歓楽街ならではの賑やかな雰囲気は何処にもなく。歩道を独占しても誰とも出会わない。踏み出す一歩一歩が、血の判子のように足形がアスファルトに残り、無傷に見えた黒いコートは、背中の中央と、右脇腹が徐々に裂けていく。

「ごめん…折角のプレゼントが…」

 魔力弾を受けた瞬間、煌太は黒いコートに残りの魔力を注ぎ込み鎧の代わりにしていた。しかし、急ごしらえで行った処置には綻びがあり、一時的に受けたダメージを緩和していただけにすぎなかった。従って、魔力のコーティングが剥がれて残っていたダメージが顕在化。

 それは、煌太の体も…。

「…ダメだ…意識が…」

 コートの裂けた部分から、血が溢れ出してくる。血の判子は、足の出血ではなく体から滴り落ちていたものだった。

 煌太の足取りは、更に重く痛々しくなる。だがそれでも、歩みを止めようとはしない。

「…ユキネの為に…神を…倒さないと…」

 限界を振り切った体は、ついには脳の活動も停止させる。

 煌太の体は、支えを失った人形のように倒れていく。


「間に合った…」


 倒れ行く煌太の体を、誰かが受け止める。

 受け止めた白い袖は血に染まり、それでも構わず煌太を抱きかかえる。

「さぁ、待っている方の所に行きましょう…」

 白いスーツを着た誰かは、煌太を抱えたまま何処かに連れて行く。



 建付けの悪い窓から風が吹き込み、掛かっていたオレンジ色のカーテンが捲れ上がる。射し込む朝日はボロボロな部屋に置かれたベッドを照らし、寝息を立てる煌太の眠りを妨げる。

「…眩しい…」

 朝日を遮るように腕を翳し、自分が置かれた状況を確認する。

 部屋の中は長い間放置されていたのか、所々が崩壊し、天井の一部から朝日が漏れている。家財道具はベッドのみで、部屋の様相とは真逆で新しく綺麗。煌太の為に用意したとしか思えない。

「誰かが助けてくれた…? 見ず知らずの俺を? いや、よく考えるんだ…もしかしたら粛清院か神官の罠…」

 改めて考えてみると、ボロボロな部屋に場違いな新品のベッドがあるのは異常。煌太の存在を知っている誰かが用意していたと考えた方が纏まりが良い。見ず知らずの他人が急遽ベッドを購入して、煌太の為に人目に付きにくいボロボロな家に連れてきた。

 罠を回避するべくベッドから体を起こすが、激痛が体を奔り床に倒れる。

「…ここまで疲弊しているのか。神を倒すどころか、追手に殺されるな…」


「起きましたか?」


 扉の先から少女の声が聞こえる。

 初めて聞く声の筈だが、聞き覚えがあるような、他人には思えないような、説明できない不思議な感覚がある。

「今帰ったところです。お腹空きましたよね? コンビニのお弁当を買ってきました」

 扉を開けて入ってきたのは、明里。

 初対面の煌太は、明里のパジャマ姿に困惑。

「えっと…助けてくれてありがとう。お陰で命拾いしたよ」

「言い辛い事ですが…助けたのは私ではありません。ある方がここに運んでくれました…」

 明里はコンビニの袋をベッドの上に置き、袋の中から小さな箒と塵取りを取り出す。ベッド前の一角を簡単に掃き、袋からビニールシートを取り出し広げる。

「私の名前は、白森明里です。先ずは食事にしましょう」

 微笑む明里を見ていると、やはり他人には思えない。だが、この状況を疑っている以上油断は出来ない。

 明里がビニールシートの上に取り出したのは、豚焼肉弁当とお茶。漂う良い匂いに、意識していなかった空腹感が一気に押し寄せる。

「良いのか?」

「はい♪」

 煌太は体の痛みを忘れ、ビニールシートに腰を下ろし弁当を食べ始める。口に運ぶ一口一口が生きている幸せを実感させ、箸は順調に進む。

 明里は煌太を見つめるだけで、一向に弁当を食べる気配が無い。

「…君は食べないのか?」

「はい。お腹が空いていないので…」

 明里の顔や体を眺めると、頬骨が少し浮き出て、来ているパジャマがブカブカ。

 煌太は明里が我慢している事を悟り、箸を止める。

「一緒に食べよう」

「気にしないで下さい。本当にお腹空いていないですから」

「一緒に食べたいんだ。一人で食べる食事はつまらない」

 煌太は、明里に弁当を差し出す。

 明里は戸惑いながら、箸に手を伸ばす。

「で、では…」

 箸で焼肉を掴もうとする。だが、箸が上手く使えずなかなか捉える事が出来ない。それもその筈、箸を使うのはこれが初めて。

 煌太は何も言わず明里から箸を受け取り、代わりに焼肉を箸で取り口に運ぶ。明里は真っ赤になりながらも焼肉を食べる。

「…美味しいです」

 交互に弁当を食べながら、煌太はさりげなく気になっていた事を質問する。目的は勿論、目の前に居るのが自分にとっての敵か味方か探る為。

「どうして俺を保護しているんだ? 助けた誰かの指示か?」

「託されましたが、一緒に居るのは私の意思です」

「パジャマ姿なのは?」

「実は外に出るのは久し振りで…。生まれてからずっと昏睡状態で入院していましたから…」

 この答えで痩せた体に納得。同時に、神官や粛清院ではない確証を得る。

「…ごめん」

 急に頭を下げる煌太に、明里は慌てる。

「急にどうしましたか?」

「不自然な事が多くて…追手だと思っていた」

「疑われても仕方ないですね…」

 疑われていたと知っても、明里は笑顔を絶やさない。

「失礼ついでに聞きたいんだけど…この家は明里の?」

「はい…。父も母も失踪して、長い間放置されていましたから…」

 煌太は、最後の質問を後悔した。迷惑をかけない為に去るつもりだったが、このまま去ってはいけない気分に変わる。

「…もし良かったら、恩返しをさせて貰えないか?」

「それは…一緒に居てくれるって事ですか?」

「迷惑じゃなければな」

 明里は嬉しさのあまり、煌太に抱きつく。

「お願いします!」

「喜び過ぎだ…」

 明里の温もりが、ユキネの最後の言葉を思い出させる。

(ユキネ…姿を変えて会いに来たのか?)

 

(煌太…)


 聞こえない声は、明里と一緒に煌太に寄り添う。

 明里の体を通して、声は現実に。

「約束を守ってくれて…ありがとう」

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