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断罪を許されし者  作者: 仕方舞う
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断罪者に明日も笑顔を

 煌太と明里が暮らすようになって一か月。

 煌太は力仕事を中心に様々なアルバイトに精を出し、明里の家を直す為の資金を調達。ひょろから密かに教わっていた建築技術を駆使し、たった一人で立て直した。恩返しとしては十分。そう思った煌太は、完成翌日に明里に説明して去るつもりだった。だが、明里の置かれた環境は思ったより悪く、煌太はなかなか去るに去れない状況に…。



「明里、行ってくるな」

「行ってらっしゃい」

 エプロン姿の明里は、煌太が仕事に行くのを玄関先で見送る。毎日欠かさず行われる微笑ましい光景だが、近所に住まう住民はあまりよく思っていない。

「見てよあれ、不潔よね~」

「ホントホント、お互い15歳でしょ?」

「噂では、あの女の子両親に捨てられたらしいわよ」

「親も親なら子も子って事ね?」

 等々と、わざと聞こえる声で明里を傷つける噂をする。

 怒りを覚えた煌太が抗議をしたが、逆に文句を言われ怒鳴られる始末。更なる抗議を考えたが、明里が止めて欲しいと懇願した為仕方なく止めた。

「明里…ごめん」

「大丈夫、私は気にしません」

 全く動じず笑顔を見せる明里に、煌太の心配が募る。

「あんまり我慢するなよ。これ以上悪化する場合は、やっぱり…」

「煌太さん、ただの噂です。気にしないのが最大のコツです」

 明るく振る舞う明里に、煌太は何も言えなかった。



 夜7時。

 煌太は、明里の事が心配になりいつもより早めに帰宅した。早退を渋る雇い主を説得するのが大変だった為、自ら辞職を申し出て帰って来た。

 しかし、家の中には明里の姿は無い。気になって家の周りを探すと、玄関と反対側の壁の前で明里が佇んでいる。どうやら、壁から貼り紙を剥がしている。

「明里…」

 明里は、煌太に気付くと慌てて貼り紙を隠す。

「お帰りなさい。今日は早かったね」

「…何を隠したんだ?」

 隠せないと悟り、躊躇いながらクシャクシャの貼り紙を差し出す。

「…何だ、これは?」

 中身を見た煌太は怒りの限界を超える。

 貼り紙には、明里に対する誹謗中傷が所狭しを書かれている。

「気にしないで、ただの悪戯だから…」

「悪戯? 違う、明里。これは、残忍な心殺しだ!」

 煌太は、魔力を使い貼り紙を貼った人物を探す。トレースした痕跡は隣の家を指す。

「隣か…」

 貼り紙を握り締め、隣の家を訪ねる。

「出て来い! 話がある」

 何度扉を叩いてもなかなか出てこない。

 怒りが限界を超えている煌太は、なりふり構わず扉を強引に破壊して、隅々まで聞こえるように大声で叫ぶ。

「今直ぐ出て来い! さもないと、この家を粉々に破壊するぞ!」

 観念して奥から現れたのは、日中噂していた主婦。

「何よ、こんな時間に。しかも、玄関壊したわね! 何て事してくれるのよ!」

「これはお前の仕業か?」

 クシャクシャにした貼り紙を差し出す。

 最初は知らない振りをしていたが、煌太の剣幕を見て白状する。

「そうよ」

「何でこんな事をするんだ! もし、自分が同じ立場だったらどう思う? 嫌だろ?」

「そんなの知らないわよ。悪いのはその子でしょ? だって事実だもん!」

「根も葉もない噂に根拠があるのか? 本当に書かれている事が全てなのか?」

「そ、それは…」

 騒ぎを聞きつけ、奥から旦那が現れる。

「何事だ?」

「ねぇ、あなた。この変人が文句言うのよ」

 クシャクシャの貼り紙を見た主人は、ニヤニヤしながら頷く。

「へぇ~、けしからんな。こりゃあ、奈落に堕とされる所業だな」

 軽々しく奈落を口にする姿勢に怒りが増大していく。

 抑えていた魔力が体から溢れ出し、周囲の雰囲気が暗く淀んでいく。

「俺は疑問を感じる。どうして、こんな奴らが平和を謳歌しているのか。どうして、良い人ばかりが奈落に堕とされたのか…」

「俺達は罪を犯さない善良な市民。平和を謳歌して何が悪い」

 煌太は、誹謗中傷の一部を怒りを込めて読み上げる。

「不純で不潔なゴミは町から追い出せ…。貧しさを体現した家は景観を損ねる…」

 旦那は、煌太が読み上げた内容を聞いて満足そうに頷く。

「全くその通り!」

 煌太の右手が炎に包まれる。

「そうか…そうだな。ゴミは処理しないとな」

 煌太の右手が壁に触れる瞬間、明里が煌太の前に割り込む。

「煌太さん、もう良いです。私は我慢できます。だから…」

「明里…我慢し過ぎだ」

 今にも憎い夫婦を焼き殺したい。だが、明里の顔を見ていると怒りは虚しさに代わる。

 怒りの炎を胸の奥に収め、明里の手を握って去って行く。

「後で弁償してもらうわよ!」

 去り際に聞こえる声を無心で受け流し、明里の実情を変える為の方策を考える。


「このままではダメだ…」



 翌日。

 明里が朝食の準備の為にキッチンに向かうと、冷蔵庫に見慣れぬメモが貼ってある。メモには、「今までありがとう。お礼に幸せな世界を送るよ」と煌太の字で書かれている。

「煌太さん…」

 明里は嫌な予感がして煌太の部屋に向かう。

 部屋はもぬけの殻。綺麗に整理され、クローゼットにかけられていた黒いコートが無くなっている。

「…私は幸せでした。あなたが居るだけで…」

 明里は、エプロン姿のまま外に飛び出す。



 その日の夜、煌太の姿は神の反応があった巨大なビルの前に在った。

「ここに居るのか…」

 警備員が常駐していても構わず、煌太は扉に向かい歩く。

 異常な雰囲気を察し、警備員達は煌太を取り囲む。

「止まれ! ここには神官以外立ち入り禁止だ!」

「…邪魔だ。傷つきたくないなら、そこを退け」

 警備員達は、脅しに屈せず警棒で殴る。

 煌太は殴られながら、警備員達を掻き分けてビルの入り口に向かう。煌太には攻撃の意思は無いが、振り回した警棒が煌太の体に弾かれ警備員の額を直撃。

「攻撃を確認! 拳銃の使用を許可!」

 警棒を投げ捨て、今度は拳銃で攻撃。

 しかし、拳銃を撃ったところで煌太には無意味。警棒同様に弾かれ、帰ってくる銃弾に警備員達は慌てて退避。その内に、煌太はビルの中に進入。

「緊急連絡! 不審者がビルの内部に侵入、直ちに対応せよ!」

 無線機を手に大声で叫ぶ警備員だったが、無線から流れる言葉に目を丸くする。

「彼の者は、神の客人。これ以上の警戒は不要」



 ビルの中は、静まり返っていた。

 警備員が押し寄せる気配はなく、煌太を誘うように明かりがついていく。

「罠か…まぁ、それでも構わないが」

 煌太は、明かりを頼りにエレベーターに乗り込む。

「当エレベーターは、神殿へと続く直通便です。警備上の理由において、あなたの個人情報の照会をいたします。………照会終了、神への来訪者と認定。直ちに案内いたします」

 予想に反し、エレベーターは煌太を乗せて上階に送り届ける。



 辿り着いたのは、最上階。

 エレベーターから降りたフロアには、巨大な扉と外の景色が見渡せる窓しかない。窓から見える夜景はキラキラして美しい。

「見かけだけの美しさに何の意味がある…」

 煌太は、扉を開けて中に入る。

 扉の先は、巨大な神殿。白く大きな柱が等間隔で奥まで続き、床には金の刺繍が施された赤い絨毯が玉座に向けて真っ直ぐ伸びている。何よりも異様なのは広さ。天井は雲に覆われ、左右の壁は見えず、ビルの内部とは思えない途方もない広さ。


「ようこそ、天埼煌太さん」


 玉座から向かってくるのは、白いスーツを着た神、ゼオル。

 煌太は、断罪の太刀を握り締め、黒いコートに刻まれた刺繍を押える。

「俺が何をしに来たか知っているのか?」

「勿論です」

「だったら宣言する必要はないな」

「はい。ですが、出来れば私の話を聞いていただきたい」

「話?」

 ゼオルは煌太の前に瞬間移動し、土下座をする。

「どうか、見逃してください! 全ての過ちは私の責任です。全ての悲劇は私の責任です。ですから、もう一度正しい世界を創る機会を下さい! 過ちを正せる機会を下さい!」

 神とは思えない低姿勢にも、煌太の心は揺れない。

「…神と言うものは贅沢で自分勝手だな。奈落で死んでいった者達に次の機会は無かった。何度祈っても許される事は無かった。なのに、神というだけで…」

 断罪の太刀を床に突き刺す。

「本当の罪すら知らない者に、世界を正しく創る事など出来ない!」

「それは、どういう事ですか?」

「神でも分からない事があるんだな…。本当の罪とは、人の心が齎す。犯罪を行う者の裏には、犯罪の原因を作る者が居る。実際に犯罪を犯した者を裁くのは理解出来る。だが、犯罪因子者に限っては、犯罪実態よりその原因を重視するべきだった」

 煌太の指摘に、ゼオルは衝撃を受ける。

「…やはり、私の不手際ですね。人の心を見ない決断をするべきではなかった…」

「心を見てもお前は変わらない。奈落の現状を知っても直接行動しなかったお前には…」

 煌太は、断罪の太刀を抜き取る。

「もう話は良いだろう?」

「待ってください! もし許していただけるなら、ユキネさんをお助けします。ですから…」

「黙れ!」

 煌太の体から闇の力が溢れてくる。

「ユキネを代償に使うな! お前の過ちの為に…絶対に…絶対!」

 犠牲になった明里を代価にするやり方に、煌太の怒りは収まらない段階に至る。

 過ちを理解したゼオルは、猛烈に自身を責める。

「…何から何まで、私は…」

 唇を噛みしめながら、輝く神剣を生み出す。

「あなたの方が、私よりも世界救済に相応しいかも知れない。過ちばかりで、いつも誰かを犠牲にしている。ですが、それでも私は諦めたくない! 許されざる存在だと蔑まれても…」

「分かっていた。人を支配する事に慣れた神には、何を言っても無駄だと…」

 最後の和解の機会は虚しく終わり、互いの信念を賭けた最後の戦いが始まる。



 ビルの周囲には二重三重の結界が張られ、集まった人々を煌太とゼオルの戦いから保護している。人が集まった理由は不明。誰かが流布した訳ではなく、何処からともなく集まった。

「なぁ、本当に神と誰かが戦っているのか?」

「さぁ。でも、どうやらそうらしいぜ。ほらっ、あの警備」

 結界の前には、数百人の警備員と数十人の神官。警備員は侵入者を取り締まり、神官は結界の維持の為に呪文を唱え続けている。

「見た事無い。ここまでの警備」

 ビル内部の様子は外からは見えず、集まった人々の騒めきだけが夜空に木霊する。

「一体誰がそんな罰当たりな事を?」

「どうせ人間のクズだぞ!」

 集まった者達は、一様に煌太の事を非難。

 だが、一人だけ心配している者が…。

「煌太さん…お願い、生きて帰ってきて…」

 ユキネは、煌太の事を心配して祈り続ける。


「ジャッジ・エンドッ!」


 煌太の叫び声が響き、ビルの屋上が大爆発。

 ゼオルが天高く打ち上げられる。

「つ、強い…ですね」

「本気を出しているか? まだなら早くした方が良い」

 闇の奔流が何度もゼオルを直撃。

 地上からは、人々の嘆きの声が響いてくる。

「…野次馬か」

 煌太は、地上に害が及ばないように魔力障壁を張る。

「優しいですね…。まるで菩薩のようです」

「死なせたくないだけだ」

 煌太は、魔力障壁を維持したままゼオルとの戦いを再開。空を高速飛行しながら、断罪の太刀でゼオルに斬りかかる。ゼオルは、神の権限を行使し時間を停止。煌太の斬撃を余裕をもって回避。だが、停止した時間は直ぐに再生。煌太の斬撃はゼオルの肩を翳める。

「時間停止まで切り伏せるとは…」

「何をしても無駄だ。罪からは逃げられない!」

 ゼオルは、行動支配、力の定義変換、空間法則の消失などなど、ありとあらゆる神の権限を行使して対抗。しかし、煌太が言った通り、全てが無効化され意味を成さない。

「神の便利な力に頼らず、少しは自分自身の力で戦ったらどうだ?」

「…戦いに赴いたのは初めてで、出来るかどうか…」

 煌太は断罪の太刀を天に放り、両手の平から灼熱の炎を放つ。

 ゼオルは神剣で炎を斬り裂き、光の刃を弾丸のように飛ばす。ついでに、弾丸に呪術を織り交ぜ無限に力を供給。断罪の太刀で斬り裂かれても消滅しないように細工を施す。

「やれば出来るじゃないか」

 煌太は、冷気を発して光の刃を凍らせる。

「冷気で止めるとは…」

「まだまだあるぞ」

 空に雷雲が現れ、降り注ぐ雷が宙に舞う断罪の太刀に落下。増幅して相殺できないようにコーティングしてゼオルに雷を落とす。最初は一撃、次は二撃、雷を落とす数がどんどん増えていく。

「神雷同等! この威力では障壁を抜けますよ!」

「言った筈だ。死なせたくないと」

 地上に張られた魔力障壁は降り注ぐ雷を無効化。何も知らない民衆は神が守ってくれたと勘違い。神に対する感謝の言葉を大声で叫ぶ。

「全く…。民衆は、私を絶対なる善と見ている。身を守っているのがあなたと知らず…」

「知ったところで変わらない」

 ゼオルは神剣を掲げ、雷を吸収。

「…もう少し、自分を大切にしてください。このままでは…いつか正義の犠牲になりますよ」

 吸収した雷を凝縮し、煌太に向けて一点放出。

 煌太の胸を貫く。

「グッ…。自分を大切にして、悪に屈しろと言うのか? 罪を見逃せと? 大切な人を失えと? そんなのは嫌だ! 何かを犠牲にしなければならないなら、俺は迷いなく自分を選ぶ!」

「…そのせいで、大切な人が苦しんでも?」

 雷を受けて出来た傷は、瞬く間に再生。だが、傷の再生は遅く、煌太の表情から痛みが残っている事が窺える。

 ゼオルは煌太へのダメージを確認し、凝縮した雷を無数コピー。その全てを煌太に向けて放つ。

「…嫌だ。だけど仕方がない。そんな世界なんだから…」

 煌太は全ての力を解放。黒いコートが悪魔化を模した鎧に、断罪の太刀が大鎌に変化。

 大鎌に断罪の力が収束していく。

「…だから、世界を変える!」

 大鎌を一振り。

 無数の神雷は、放たれた黒い波動に飲み込まれ完全消滅。

 そして、黒い波動はゼオルも飲み込む。

「うああああああああああああーーーーーーーーっ!」

 ゼオルは、ビルの屋上に落下。

 地上で様子を見ていた民衆は、顔面蒼白。絶叫を上げながら、右往左往の大慌て。

 明里一人だけが、冷静に成すべき事を定める。

「…煌太さん、このままではダメです…」

 明里は胸に決意を抱き、ビルの入り口に向かって走る。



 落下したゼオルは、ビルの屋上を這いながら突き刺さった神剣の下に向かう。だが、ジャッジ・エンドの影響で力は殆ど消失状態。感じた事のない体の重さが枷となり、たった10mが果てしなく遠く感じる。

「…私は…負けられない…世界を平和に導く為に、負ける訳には…」

 煌太が変化を解除し降りてくる。

「平和は神だけが提供できるものじゃない。人間にだって出来る筈だ」

 ゼオルの眼前に降り立ち、断罪の太刀を振り上げる。

「しかし…神の呪縛が…争いの因子が…」

「俺は乗り越えられると信じている。本当は、それが神の役目だろ?」

「…全くですね」

 煌太が断罪の太刀を振り下ろそうとした瞬間、屋上全体が光り輝く。

 そして、煌太の目の前に明里が現れる。

「…明里。どうしてここに?」

「煌太さん、やめて下さい!」

 突如現れた明里は、ゼオルを守るように両手を広げる。

「そこを退いてくれ。奈落で死んでいった者の為に、ユキネの為に、そして…明里の為に」

「…それは出来ません」

 涙を流しながら懇願する明里の姿に、煌太の心は搔き乱される。最後の決断をしたきっかけに阻まれ、断罪の意思は蝋燭の火のように揺らぐ。

「明里は知っているんだろ? 奈落での日々、死んでいった仲間達の姿を…?」

 明里と暮らす中で、煌太は不思議な経験をしていた。奈落で生活をしていないと知り得ない事実を語ったり、時折奈落の子ども達の名を口にしたりと、その都度驚かされていた。

「はい…」

「それでも、止めろと言うのか?」

「…はい」

 明里の言葉は、奈落を知る者の意見。煌太には、無視して踏み躙る事が出来ない。持ち上げた断罪の太刀が感じた事の無い重量に思える。

「…ゼオル。明里をここに導いたのは、お前の仕業か?」

 ようやく立ち上がったゼオルは、悲し気な表情で頷く。

「私には止める事が出来ません。ですから、止められる人物を呼んだまでです…」

「…はぁ…最初から、勝てない戦いだったのか…。滑稽だな、俺は…」

 煌太は、断罪の太刀を放り投げる。

「…好きにしろ」

 天を仰ぎ、瞼を閉じる。

 死んでいった者達に倒せなかった事を謝り、ユキネに助けられなかった事を謝り、魔界で暮らす仲間達に二度と会えない事を謝り、全ての結末を流れに委ねた。

「煌太さん、帰りましょう」

 戦いを止める事が出来、明里は安堵。

 煌太の腕を握ろうと手を伸ばす。


 グサッ…。


 明里の目の前で、煌太の胸を神剣が貫く。

 煌太の力は急激に失われ、ダメージや力の行使による疲労が噴出。再生が行われない傷口からは大量の血が溢れ、足下は真っ赤に染まっていく。

 手を下したゼオルは、笑みを浮かべる。

「私が勝者ですね」

 放心状態の明里は、フラフラと煌太に近づく。

「…どうして? どうして…?」

「明里さんには感謝しています。お陰で、もう一度チャンスを手に出来ました。今度こそ、世界を正しく導きます」

 明里には、ゼオルの声が聞こえていない。

 ゼオルを無視して、神剣を引き抜こうとする。だが、神剣は微動だにせず、逆により深く食い込んでいく。噴き出す血を見て、明里は手を止める。

「…ごめんなさい…私のせいで…」

 泣きながら煌太に抱きつく。

 煌太を止めた後悔、煌太を傷つけた後悔。明里の心は崩壊寸前。

「…気にするなよ…」

 煌太は、消えそうな意識の中、明里の頭を撫でる。

「煌太さん…」

「明里は悪くない…これで良かったんだ…。俺の正義は、神にとっての悪。俺は悪として断罪された…それだけだ」 

 煌太は目一杯の笑顔を見せる。

「明里、幸せになれよ。今まで辛い思いをした分、誰よりも…幸せに…」

 笑顔を残したまま、煌太の意識は途絶える。

 心残りは、最後に明里の笑顔を見る事が出来なかった事。

「幸せになれません…煌太さんが…居ないのに…」

 前触れもなく広がる黒雲から、大粒の雨が降ってくる。

 大声で泣く明里の声を掻き消すように…

 



 三か月後。

 煌太に勝利したゼオルは、その翌日、全世界に向けて二つの発表を行った。1つは、奈落で起きていた真実の公表と謝罪。もう一つは、犯罪因子者の拘束中止と犯罪誘因者処罰法の発表。犯罪誘因者処罰法とは、犯罪者に対して肉体的もしくは精神的にダメージを与え、間接的に犯罪原因を作った者を処罰する法律。これは犯罪因子者に対しても有効で、過去の事件だけではなくこれから発生する事件に対しても適用される。この法律を発表したのは、ゼオルが煌太に誓った『正しい世界』を作る為に必要だった。



「ゼオル様…撤回しませんか?」

 ゼオルの私室で、新しく配置される事となった男性秘書が泣きそうな顔をしている。

「何の事ですか?」

「犯罪誘因者処罰法ですよ。このままだと、大規模なデモに発展しますよ」

「デモを怖がっていては、何も出来ないですよ」

 ゼオルは、机に散らばった書類を眺めながら溜息を漏らす。秘書の弱気を悲観している訳ではなく、犯罪誘因者に認定された数に落胆していた。書類には、膨大な数の対象者氏名が列挙され、中には優良な人物としていた者も含まれている。

「このデモが集まった者の総意なら、恐れる必要があります。しかし、このデモにそれはない。在るのは…未だ蔓延る人の醜さぐらいですね…」

「醜さ…ですか?」

「この話は後程にしましょう…」

 ゼオルは机の書類を乱雑に纏め、引き出しから取り出したファイルを鞄にしまう。

「では、用事があるので」

「よ、用事ですか? この時間に予定は無い筈ですが…」

「これはあくまで個人的な用事ですから」

 男性秘書の泣きそうな顔に笑顔を送り、ゼオルは逃げるように部屋を後にする。



 森の中に真新しい一軒の家がある。

 鬱蒼と茂る木々に周りを囲まれ、家の半径10mだけが綺麗な庭にとして整備されている。庭には小さな小屋があり、暖房用の薪と共に自転車が二台。


 カン、カン、ガンッ!


 森の奥から木を叩く音が聞こえる。

 三度目の鈍い音が鳴る度に、木が轟音を轟かせ倒れていく。



「はぁ…全然力が戻らない…」

 倒れた木の前で項垂れているのは、死んだ筈の煌太。

 胸に包帯が巻かれてはいるものの、手にした木刀で木を叩く様からはダメージが残っているようには見えない。

「くそっ! 力を封じられては魔界に変えれない!」

 怒りをぶつけるように木刀を振るい、木を薙ぎ倒していく。


「煌太さん…」


 家の方から、明里が近づいてくる。

 紺色のブレザーにひらひらのスカート、何処からどう見ても女子高生。

「お帰り、学校はどうだった?」

「…楽しかったですよ。友達も出来ました」

「そうか。一時は心配したけど、もう安心だな。俺のせいで虐められると思ってたけど、杞憂だったか…」

「そんな事は無いですよ。もしかして、そのせいで学校に行く事を拒否しているんですか?」

「そういう訳じゃない。魔界に帰るつもりでいるから、学校に行っても…な」

 明里の表情は徐々に暗くなる。

「…どうしても帰るのですか? 無理に帰らなくても…」

「無理にでも帰らないとゼオルの邪魔になる。俺が戦った事実は、今の状況では利用の対象だからな。俺が魔界に帰ったなら、俺がゼオルを指示する意思を示したって思わせる事が出来るだろ…」

「…」

 明里の悲し気な表情を見ていると胸が苦しくなる。罪悪感が騒ぐのか、ただ単に明里が心配なのか、イマイチ自分の感情を図りきれない。


「女性を泣かせるとは、男の風上にも置けませんね」


 木の裏からゼオルがひょっこり顔を出す。

「ゼオル!」

 驚く煌太は、咄嗟に木刀を構える。

 殺気を漂わせ、不用意に近づけば殺されかねない程。

「ちょっと待ってください! 今日は戦いに来た訳ではありませんよ」

「だったら何だ?」

「実は、大事な話があります。落ち着いて話したいので、家の中に案内して頂けますか?」

 ゼオルは、殺気迸る煌太ではなく明里に頼む。

 明里は戸惑いながらも頷き、ゼオルを家の中に誘う。

「流石、明里さん。話が分かりますね」

 ゼオルは、ニヤニヤ笑いながら家の中に入っていく。



 家の構造は、玄関から入り廊下沿い右側に6畳の和室が2部屋、左側にはリビングとキッチン。廊下の突き当りに階段があり、二階には洋式の部屋が二部屋。煌太が独自に作った代物だが、玄人の仕事かと錯覚するような出来。

 リビングに通されたゼオルは、ソファーに腰掛けて明里が差し出したコーヒーを啜る。

「で、話しは何だ?」

 睨みつける煌太に物怖じせず、コーヒーを堪能。飲み干すと、明里にもう一杯要求。コーヒーが届く前に前段の話を始める。

「法律の感想を窺っても宜しいですか?」

 ゼオルの質問に、煌太は眉を顰める。

「急に…まぁ、俺は良いと思う。犯罪誘因者に焦点を当てる事で、犯罪者を安に裁く事は無くなるだろうからな。もしかして…俺の感想を聞きに来ただけか?」

「勿論違いますよ」

 明里がキッチンからコーヒーを持ってくる。

 ゼオルの話に耳を傾け、少し不安気。

「法律を打ち出したのは良いのですが、反感を持つ者が多く、来週には大規模なデモが企画されています。神官達に対処を頼んではみたものの、彼らが相手にするのは人ではなく悪魔などの人外。人が相手では上手く対処できないと苦言が…。そこで、絶対なる断罪者である煌太さんにデモの鎮圧を…」


「ダメです!」


 強い口調で明里が断る。

 明里の怒りに、ゼオルのみならず煌太までも驚く。

「あ、明里…?」

 煌太の声では、今の明里を鎮める事が出来ない。

「まだ戦いを押し付けるつもりですか? 煌太さんが味わっていた苦痛を知っていて、それでも?」

 明里の予想以上の激怒に、ゼオルはすっかり委縮。力では負ける筈の無い相手に、見本のような土下座を披露する。

「す、すみません。ですが、煌太さんしかいないのです」

「「煌太さんしかいない」、そう言って奈落を放置した罪を忘れたのですか? 正しい世界の為には、不当に苦痛を味わった者を犠牲にしても良いのですか? その程度の想いなら、煌太さんに世界救世の資格を譲っては如何ですか? 煌太さんならきっと代償を押し付けません!」

 一切反論の余地なく、ゼオルは明里に圧倒される。

 すっかり小さくなったゼオルに、煌太は同情を禁じ得ない。

「明里、落ち着こう。ゼオルが潰れそうだ」

 今にも泣きそうなゼオル。

 明里は、収まらない怒りを噛みしめながら口をつぐむ。

「ゼオル、俺の封印を解け」

 胸の包帯を解き、中央に埋め込まれた宝石を指さす。

「そして、ユキネを生き返らせろ。それが出来るなら、お前の頼みを聞いてやる」

「煌太さん…」

「心配してくれてありがとう。だけど、必要とされているならしょうがないだろ?」

 明里としては、煌太の事は心配だがここに残る事には大賛成。ゼオルに対する怒りはあるが、自分自身の心を考えれば、これ以上何も言えない。

 ゼオルは、煌太の出した提案に暗色。

「…残念ですが、どちらも不可能です」

「どっちも? 少なくとも、ユキネに関しては何とかなるんじゃないのか? だって、戦う前に取り引きに利用していただろ…」

「人聞きの悪い言い方を…。あの時は咄嗟に口にしただけで…」

 ゼオルは、恐る恐る明里の顔を見る。

「何故明里を見た? 関係あるのか?」

 なかなか言い出せないゼオルに代わり、明里が口を開く。

「ユキネさんを蘇らせたら、私は…深い眠りにつきます。目覚める事の無い…永遠の闇に…。実は、呪いは健在なんです。ユキネさんの魂を同居させる事で存在を歪め、私個人に適応されている呪いをユキネさんとして回避しています…」

「…そうだったのか」

 煌太は、明里の肩に触れる。

 初めて会った時の感覚がユキネのものだったと確信。

「…明里、少しごめん…」

 煌太は、明里の体を強く抱きしめ、耳元でやさしく囁く。


「ユキネ、ちゃんと覚えていただろ」


 それは、ユキネが残した願い。

 煌太は、あの日から忘れた事は無かった。

「…」

 明里は、少し悲しかった。

 温もりが自分に向けられたものではない、そう実感する度に胸が締め付けられる。

「…ありがとう、明里」

 申し訳なさそうに離れる煌太。

 明里は、煌太の心を諦めるように自分に言い聞かせ、無理やり笑顔を作る。ユキネに対する想いの強さを目の当たりにして、入り込む余地が無いと心に鍵を掛ける。

「さてと…」

 煌太は何を思ったのか、再び明里を抱きしめる。

「えっ?」

 掛けた筈の鍵が、一瞬にして外れる。


「今度は、明里と約束する番だ」


 煌太の温もりをさっきよりも強く感じる。

 それは明らかに、明里に向けられたもの。

「命を賭けても、絶ッ対に呪いを解いてやる!」

「…煌太…さん?」

「明里は俺にとって大事な人だ。悲しみや苦しみを絶ッ対取り除く!」

 心を揺さぶる強い言葉。

 鍵は完全に崩壊し、二度と使えない状態に。

「…私…煌太さんの事が大好きです…。呪いが解けなくても良い、一生寝たきりでもいい、だから…だから…ずっと傍に居てください! 呪いよりも、煌太さんが居なくなる方が…辛い…」

 心に閉まっていた想いが止め処なく溢れてくる。そして、想いの奔流は涙腺も破壊。

 煌太は、更に強く抱きしめる。

「しょうがないなぁ~。明里が望むなら、ずっと傍に居るとしよう」

 明里の頭は嬉しさで一杯。

 ただただ嬉しくて堪らない。


(…煌太の事、頼んだわよ…)


 明里の頭の中で、ユキネの声が木霊する。


(でも、忘れないでよ。煌太の事を諦めた訳じゃない。立場が変わるだけ。今まで私が傍に居た分、明里に貸してあげるだけ…分かった?)


 明里は、号泣しながらボソリと呟く。

「私も諦めません…」

 煌太の知らないところで、明里とユキネの静かな戦いが始まっていた。



 一週間後。

 神のビルの前には、3万人を超えるデモ隊が集結していた。手には、『断固反対』、『愚法を許すな』などと書かれたプラカード。額に巻いたハチマキには、不退転と力強い主張。

「何としてでも愚法を撤廃させるのだ!」

 後方に控える街宣車の上で、黒いスーツの男性が手にした拡声器越しに叫んでいる。

 集まるデモ隊は、叫びに応じて怒号を上げる。

「神を許すな!」

「人に正しい法律を!」

 キャッチフレーズを口にしながらも、デモ隊の表情からは戦意をあまり感じない。大声とは裏腹に、嫌々デモに参加しているのが伝わってくる。

 それを察した黒スーツの男は、拡声器をデモ隊に向ける。

「お前達、分かっているよな? このデモが成功しない限り、お前達に明日は無い。仕事を失い路頭に迷いたいなら、どうぞ帰ってくれ」

 デモ隊の表情に焦りが浮かび、声が裏返るくらい必死に叫ぶ。

「分かった様だな。お前達の働き次第では、帰る場所は無くなる。しっかり命を張って法律を撤廃させろ!」


「なんだ、その程度か…」


 ビルの中から出てきたのは、学生服姿の煌太と明里。

「何者だ!」

 煌太は、手にした木刀をデモ隊に向け新たな肩書を名乗る。

神聖庁(しんせいちょう)護衛部部長、天埼煌太」

 次いで、明里も恥ずかしそうに名乗る。

「神聖庁護衛部特別補佐、白森明里」

 神聖庁とは、簡単に言えば神の補佐業務を熟す省庁。世界規模で仕事を抱える神に代わり、神官達が様々な仕事を代行するのがこの省の役割。護衛部は、煌太の為に今回創設された部署。神を反抗勢力などから守護する特別警察。

「あ、天埼煌太…まさか…絶対なる断罪者!」

 デモ隊に動揺が広がる。

 煌太とゼオルの戦いは、アメリカのジャーナルポストによって世界中に伝えられている。その為、煌太の存在を知らぬ者は居ない。

「何で知っているんだ? まぁ良い。お前達、無理やり参加しているなら直ぐに帰れ。怪我をしたら家族が心配するぞ」

 煌太の提案は、デモに参加している者にとってはありがたいもの。しかし、仕事を盾に取られている為、意気揚々と賛同する者は居ない。帰ろうと振りかえると、黒スーツの男が睨みを利かせている。

「…家族の為に、仕事を失う訳には行かない」

「そんな事心配していたのか?」

「俺達は仕事を選べないんだ! クビになったら…家族は…」

「心配はいらない。ゼオルを蹴っ飛ばしてでもクビにはさせない!」

 根拠のない言葉。だが、煌太が発言しただけで不思議な納得感を得る。

 デモ隊は、プラカードを投げ捨て、ビルに背を向け去って行く。

「お前達! あんな言葉に惑わされるな! 断罪者の力を失った雑魚に神を説得出来るものか!」

「あんたの言葉より信じられる! 弱みを握って言う事を聞かせるような奴よりは!」

 デモ隊は次々去って行く。

 黒スーツの男は、急に笑い始める。

「ククク…ハハハ…お前達は馬鹿だなーーーー!」

 スーツの内ポケットから呪符を取り出し、ズボンのポケットから煙草の箱に挟まったライターを抜き取る。

「粛清院から買い取った悪魔召喚の呪符! 出でよ! イフリーーーーーーーートッ!」

 呪符も燃やすと、炎が竜巻のように燃え上がり巨人の姿を模る。

「グオオオオオオッ! ようやく呼び出されたか。待ちに待った。人間などと契約をしなければ、このように長い間待ち続ける事は無かった。俺とした事が愚かな誘惑に惑わされたものだ」

 現れたイフリートを見て、煌太は何度も目を擦る。

「前に会った事があるような、無いような…前は別の…あっそうか! お前、神官と契約していただろ?」

 イフリートは、煌太の姿を見ても何も思い出せない。

「何を言っているんだ? 俺は呪符の中に閉じ込めらたまま、適合する人間が見つかるのを待っていた。この人間が捧げた魂を糧にようやく呪符から出てきたばかりだ」

 煌太は、悪魔の特性を思い出し納得。

 そして、重大な問題に気付く。

「…おい、今魂を糧にって言ったよな」

「美味い魂だったぞ。ざっと三万人は居たな」

 煌太は、去って行ったデモ参加者に視線を移す。

 全員が倒れ、顔からは生気を感じられない。

「…人間を犠牲にしたのか」

 黒スーツの男は、鉢巻きを取り出し裏を見せる。

「鉢巻きには呪文が込められていた。呪符の解放をきっかけに魂が贄になるように」

 煌太は木刀を強く握り締め、怒り交じりの笑みを浮かべる。

「お前を…断罪する」

 久々に飛び出した言葉。

 明里は、煌太の様子を察してビルの中に退避する。


(私はいつも、煌太の帰りを待っていた。不安に襲われながら、無事に帰ってくる事を祈っていた)


 明里は、頭に響くユキネの意志に想いを重ねる。

「私も、夢の世界を同じ気持ちでした。出来れば一緒に戦いたい。同じ痛みを共有したい…」


(明里、もう一つお願いしても良い?)


「煌太さんの為になるなら…」

 明里の体から魔力が溢れ、右手が黒く変色。

 ビルから飛び出し、右手を再度確認。黒く変色した右掌には目のような紋様が浮かび上がる。


(その力を煌太に届けて。明里が居れば、煌太は断罪者に戻れる)


 右手を煌太に向ける。

 体から溢れていた魔力が、掌の紋様から放出され煌太の体に流れ込む。

 魔力を感じた煌太は、魔力の流入先を辿り明里と目が合う。

「明里…なのか?」

「いいえ、私とユキネさんです」

 煌太は、魔力を全身で噛みしめ、手にした木刀に魔力を集中させる。

 すると、木刀は断罪の太刀に変化。

「明里、ユキネ、ありがとう」

 二人はこの言葉を待っていた。

 日常で聞く言葉とは受ける感覚が違う。共に戦う仲間として戦場に立った気分。

「二人のお陰で俺の役目を果たせる」

 黒スーツの男は、現れた断罪の太刀を見ても全く動揺していない。

「何が断罪するだ。ちっぽけな人間になにが出来る? イフリートに蹂躙されて終わりだろ?」

 しかし、イフリートは断罪の太刀を見た瞬間から体が震え、足が勝手に後退りする。

「…なんだ…この感覚は…? 恐怖…いや、そんな筈は…しかし、体が…」

「イフリート、さっさと殺してくれ。邪魔なあいつを殺したら、好きなだけ人間の魂をご馳走してやる」

 恐怖を悟られないようにイフリートは強気に応答。

「直ぐに殺してやる…」

 同じ言葉を脳内で繰り返し、何とか己を奮い立たせ煌太に対峙する。

 だが、消える事の無い恐怖が攻撃を躊躇わせる。

「…お、おい。お前…俺を知っているようだが、どこで会った?」

「直接は会っていない。だが、カテゴリー(フォース)以上の悪魔なら、契約とは言え多少記憶しているんじゃないか? 俺の名前は天崎煌太、奈落で断罪王と呼ばれていた」

 断罪の太刀を左手に持ち、右手を甲に炎を模った紋章を浮かび上がらせる。

「…お前の罪を焼き尽くす」

 それは、イフリートの口から飛び出した言葉。

 全身が硬直し、自身の腕を眺めながら呼吸が荒くなる。

「お、俺は…お前の炎に…」

 イフリートは、完全に戦意を喪失。

 煌太の前に跪き、自ら胸を切り開く。

「魂は返します。ですから、どうか、どうか…お助け下さい…」

 胸の奥から大量の魂が飛び出し、倒れるデモ参加者の体に戻っていく。イフリートは、魂の消失と共に体が薄れ消える。

 記憶を保持していないデモ参加者達は、何故倒れていたのか疑問に思いながら去って行く。

「…話しが違う! 100万もしたんだぞ! 最強格の悪魔だって言っていたぞ! 何だよこの体たらく、これじゃあ…俺の方が!」

 黒スーツの男は、懐から拳銃を取り出し空かさず発砲。

 しかし、煌太に被弾せず、煌太の目の前で真っ二つになって落下。

 煌太は黒スーツの男の眼前に進み、断罪の太刀を振り上げる。

「お前を断罪する」

「ま、待て! 俺を殺したらこの世界には居られないぞ! 良いのか? 良いのか?」

 煌太は躊躇いなく断罪の太刀を振り下し、黒スーツの男を両断。

「ぎゃああああああああああああッ!」

 盛大な悲鳴。

 だが、直ぐに異常に気が付く。

「…あれ? 体…斬れていない…」

 断罪の太刀は、木刀に戻っている。

「時間切れか? 残念だったな!」

「いいや、お前は確かに死んだ」

 煌太は、木刀を黒スーツの男に額に当てる。

「かつてのお前は死に、新たな人生が始まった。今まで通り誰かを傷つけて生きるか、心を入れ替え誰かの幸せの為に生きるか。選ぶ道によって寿命は決まる。短命で終わるか、天寿を全うできるか、それはお前次第…」

 煌太は、黒スーツの男に背を向け明里の元に帰っていく。

 黒スーツの男は、煌太の油断をほくそ笑み銃を構える。

「俺の選ぶ道? そんなの決まっているだろ。自分が楽に生きられる道だよ!」

 引き金に指を掛けた瞬間、体に違和感を感じる。体の中央ラインから感覚が消え、じわりじわりと痛みが忍び寄ってくる。

「なんだ…これ?」

 指に力を入れていくと、感覚の消失と痛みは増大。額から血が滲み出る。

「ま…まさか…」

 引き金から指を離すと、違和感と痛みが引いていく。

 黒スーツの男は違和感の正体に気が付き、背負う事となった運命に落胆。



 原初の神は、使命を押し付けた者(だんざいしゃ)から幸せを奪った事を知り後悔した。そして、せめてもの償いに如何なる決断も許した。如何に自分よがりでも、如何に平等から程遠くても、それが原初の願いとして認めた。



 ビルの屋上で、ゼオルと神官長が煌太の活躍を眺めていた。

 神官長は、眉を顰め何度もため息を漏らす。

「ゼオル様、本当に宜しいのですか? デモ主催者に問題があったとしても、流石に命を代償にするのはやり過ぎではないでしょうか? 他にも選ぶべき罰があった筈」

 ゼオルは、明里と共に去る煌太の姿を見て嬉しそうに微笑む。

「選ぶべき罰…実に一方的な言葉ですね」

「一方的?」

「あなたの言う罰は、人間の常識に当て嵌めた罰。人間の立場に立った意見であって、他の見地から見ていない」

「天崎煌太もそうでは?」

「はい。ですが、彼の断罪には原初の許しがあります。この世界のどの勢力にも属しない最大の平等者の支持。誰も文句は言えませんよ」

「う~む…。それにしても、原初の神は何故人間を断罪者に選んだのでしょうか? 神の方が適任なのでは?」

「…我々は、最初の願いを踏み躙った。平等な立場で導く役目を放棄し、人間を下等な存在として扱い傷つけた。原初の神はそれが許せず、我々を裁く為に絶対なる断罪者を生み出した…。そもそもの根底にあるのが我々の罪なら当然ですね」

 神官長は、ゼオルに掛ける言葉を迷う。慰めるのは烏滸がましい、叱咤するのは恐れ多い、賛同すれば神官としての立場が許さない。結局何も言えず、口を噤む。

「まぁ、私として大事なのは、彼を如何に幸せな結末に導けるかです」

「何故…ですか?」

原初の神(そふ)に褒めてもらいたい…ですかね」

 訳の分からない神官長は、苦笑いしながらそそくさと去っていく。



 人間の為に背負った苦しみは、幾多の試練を超えても晴れる事は無い。人間の為に決意した戦いは、幾多の犠牲を払っても報われる事は無い。しかし、それが見捨てられた神の為ならば…。



 ゼオルの目には、煌太の笑顔が映る。

「…必ず、呪われた結末から救ってみせます…」

 ゼオルは、煌太の為に過ちを犯す事を受け入れた。天の掟に背き地上に降り、理に背き人間を救い、命の尊さを無視し地獄を作った。それらは煌太の運命を変える為の過ち。誰よりも辛い使命を背負った煌太への報いになるように…。

 ゼオルは天を仰ぎ、心の奥底から願う。

「断罪者に明日も笑顔を…」

神は傲慢さに気づいた。

人間の過ちを正すべきは、神ではなく人間。神でありたいのなら人間に介入すべきでは無かった。如何に醜く愚かな姿でも、如何に自分たちに似ていても…。

では、如何すれば良かったのだろうか?

答えは簡単だった。

人間に全てを委ねる。

それこそが原初の神が願った事で、その為に人間に試練が与えられていた。

神がなすべきは、見守る事。

試練を乗り越えた人間が真っ直ぐ歩いていく姿を信じて…。

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