花を咲かせるだけの令嬢、やめます。
どうやら私は花を操れる特殊能力者の令嬢に転生したようだ、って信じられるか!
と茜は自分にツッコミを入れる。
いやいや、元の世界に帰りたい……。
そしてお腹が締め付けられていたい……。
茜はため息が止まらなくなる。
それなのに、目の前の民たちはそんなこと知ったことではないといった様子で茜に言う。
「花を咲かせられるんだろ? 咲かせてくれよ!」
「見たいわぁ、私、ピンクの花が好きなの!」
「あ、あの……」
自分のことすら把握できてないのに……と後ずさる茜を守るようにアリウスが、民たちとの間に立つ。
大きな背中が、視界いっぱいに入る。
「ユランは、今、体調が悪い、今日はできないのだ」
「はあ? ほかのヤツには咲かせたんだろ? あそこにきれいな花があるじゃないか!」
「やらないとは言ってない、また後日」
アリウスの圧によって民たちは、茜を睨むようにしながら去っていく。文句をぶつぶつと言っていて、彼女はそれに耳を傾けてしまった。
「ケッ! なんのための令嬢だよ」
「本当、私たちのお金もらって生活できてるくせに」
なんか、聞いたことのある言葉だなぁと懐かしくなった。公務員の友人たちが聞かされていた言葉だ。
アリウスは、くるっ、と茜の方を向いた。
「気にすることはない」
「あ、あの……、な、なんで、皆さん、お花をそこまで求めるのでしょうか?」
カイから聞いたこの世界は花がないと。
私は花が好きだが、花は人を救うほどの力を持つものではないと確信していた。
それは経験からのものだ。
でもこの世界の、いや、ユランが咲かせる花には何か効力があるのだろうか?と気になったのだ。
「花には力が宿ると言われている、願いを込めればかなうと、ユランはそんな花を咲かせる存在だったのだ、民たちにとって心の拠り所なんだ」
アリウスはそう答える。
拠り所……というより、良いように扱われているようなそんな感じもした。
彼の案内によって、茜は馬に乗り、城へ帰る。
あたりは、草木や土は見えても花は咲いていなかった。石段を上がる時、馬の足音が変わる。
そしてまた広いところに出ると、茜は、その左下に枯れている花を見つけたのだ。
茶色になり、萎れてすっかり元気になくなった花。
「これも、えっと、ユランが?」
「ああ、一週間前くらいに咲かせたものだ」
「い、一週間ですか? もっと保たないんですか?」
「ユランは咲かせることはできても、育てることは知らないようだったからな」
茜はその言葉が、心に落ちてなんだか不快な気持ちになった。咲かせて、その後は放置ということか?
「だ、だめですよ、そんなの、花は咲くべき場所で咲くから美しいんです、花だって命なんですから」
「……ユランは、昔、民を救えるのだから花も一瞬だろうと喜んでいると」
な、なんて自分勝手な女なんだ。
茜は自分の魂が入ったこの前の持ち主の胸ぐらを掴んで、花を甘く見るなよ、と言いたい気分になる。
花をなんだと思っているのだと。
「ユランは、人に求められれば断れないのだ、王族という立場もあるからな」
「そうですけど……」
転生の謎も知りたいが、ユランの花を咲かせる能力にも問題はありだと茜は思った。
いくらユランの役割とはいえ、それは良くないだろうと。
茜は左下で役目を終えたように垂れ下がる花を悲しそうに見つめた。もっと生きられたはずなのに。
「……この能力って、生の花しか出せないんですか?」
「生の花以外に何があるのか? ユランは花であれば想像で出せるとは言っていたが……」
想像。
茜はやってみることにした。
生の花とは全く違うザラザラとした手触りの花びらを想像した。ふわっ、と手を右下に向けてみた。
すると穏やかな風とともに、チューリップの花が咲いた。茜はアリウスの馬から降ろしてもらい、その花を優しく触った。
ざらり、とした手触り。
茜は、なるほどと、一人で納得していた。
アリウスは不思議そうに茜が触れている花を触った。
「……? なんだ? この手触りは」
「造花、というものです」
「造花?」
「はい、本物の花に似せて作られた人工的な花です」
「な、そ、それは、どのような効力が?」
「枯れないですね」
アリウスは目を見開いた。
そんな花が存在するのか? と疑いたくなった。
そもそもどうして、ユランがそれを知っているのか、問いたくなったが同時に恐ろしくもあった。
「アリウス様、ビンってありますか?」
「ビン?」
*
「うわぁ、違うんだよなぁ……」
一度目、そもそも花が咲かなかった。
うまく想像できないままぼんやりとやったがダメだった。
2度目、3度目は花がうまく浮かなかった。
4度目、5度目は花のサイズを間違えた。小さすぎたり大きすぎたりしてしまった。
6度目は、やっとカタチになったが花が濁った。
これが7度目の失敗。花が浮かなかったり濁ったり、うまく作れなかったりしながら、茜はまた想像する。
8度目の正直ってやつだ。
このビンに入れられるほどの白い百合の花にしよう。
白百合がまるで、泳いでいるように。
室内なのに風が吹く。
すると、ビンの中に小さくて美しい白百合が現れた。
「これは、すごいな……!」
この中に咲く花の小宇宙がやっと出来上がった。
ビンの中に造花が生えて、造花の浮きにくいミネラルオイルがたされた。
まさか作らなくても想像でハーバリウムができてしまとは、恐ろしい能力だと茜は思った。
それを見たアリウスは、しばらく言葉を失い、そして感嘆の声を漏らした。
「う、美しい……、なんて美しいのだ……!」
アリウスは色んな角度から、子供のようにハーバリウムを眺めていた。
花を枯れさせず、なおかつ民を喜ばせる。
我ながら名案だと思った。
「すごいな、ユラン、こんなことができるのか……!」
アリウスは昼間に見た子供と同じ眩しい瞳を向けた。
これが成功すれば、茜は転生の謎を探ることに集中できると思った。
次の日、文句を言っていた民たちに大量のビンを持って一人ずつに花を咲かせた。
「す、すごい……! ビンの中に花が……!」
あっという間に人が増えて、大盛況になってしまう。
茜はこれが正解だったのかは分からなかったが、精一杯民たちにそのハーバリウムを配った。
「い、いいのですか!? 大切にします!」
民たちは深く頭を下げ、お礼を言って、満足そうに帰る。その姿が、花屋で花を買ったお客さんたちと重なり茜は帰りたい気持ちが強くなった。
絶対、帰る。
そうこころに決めたのだ。
*
「ばっかじゃねえの」
花を操れる令嬢に群がる民たちを、遠くから見ていた青年のドザーは舌打ちをして睨見つけた。
本当の苦しみを分かっていない奴らだから、あんなもんで満たされてるんだ。
花ごときで救われるなんて。
イライラが抑えられないドザーに、音もなく現れた黒い影が声をかけた。
「イライラするよねぇ、ああいうの」
微笑んだ黒い影は、カイだった。




