私はユランではない。
「ユラン様? どうされたのですか?」
「えっ?」
民たちは混乱する。いつものユランとどこか違うと。
そこに一人の子供が現れたのだ。
ボロボロの雑巾のような服を着た子どもが、目を輝かせていた。
「いつもみたいにやって! 右手伸ばして!」
「右手?」
茜は言われた通り右手を伸ばす。
すると、びゅううう!と風が吹いたと思ったら花びらが舞ってきた。
右側を見ると美しい花畑が完成されていたのだ。
驚きすぎて声も出ない茜は、眉をひそめる。
そんな茜を置いて、民たちは声を上げた。
「やはり! 花を操る令嬢さまなのですね!」
「花を操るれいじょう?」
「見事! いやぁ、噂は本当でしたね!」
「うわさ?」
ユランの反応を民たちは聞いて、何かがおかしいと首を傾げた。そのうちの1人がまるで、目を飛び出しそうなほど見開いて、ユランに近寄ってきたのだ。
「ユラン様……まさか、記憶がないのですか?」
「えっと……、そもそも、私はユランではなくあか……」
「姉様」
自分の名前を言おうとした瞬間、何者かに遮られた。
トツッ、トツッと不思議な足音を立てる黒い影。
ニコリとほほえむ顔の整った男だった。
「皆様、姉様は少々疲れておりますゆえ、このあたりで」
「おお、そうだったのですね!ユラン様……」
民たちはその黒い影の男の話を聞いて、茜もといユランに感謝を告げて花畑の方へ行く。
うっとりと眺めるものや感嘆の声を漏らすものがいた。黒い影の男は、私の顔をみるなり穏やかに呟いた。
「姉様、記憶がないのですね……、僕のことも覚えてはいないのでしょう?」
「あ、いや……うん、ていうか君は……? そもそも私って……」
「僕の名前はカイ、あなたの名前はユラン、僕たちは腹違いの姉弟です」
カイは、そう言うとベンチに腰掛けた。
音もなく足を組み始めて、空を見上げた。
「姉様は、花を操れる令嬢なのですよ、先ほどのようにいたるところに花を咲かせられる能力を持っているのです」
これは、あれだな。
茜はピンときた。夢だと思った。
たちの悪い夢だ。そう思うことにした。
だけど、ヒールの痛みやベルトの窮屈感はそのままだ。ずいぶんリアルな夢だと思った。
「ここの国は、花というものがありません、姉様は花を咲かせられる能力者としてこの国の民たちを支える役割を押し付けられているのです」
「押し付けられているって……」
どうも気になる言い回し、そして黒曜石の瞳。
カイは、茜に近づいてきたのだ。
「姉様、やめたければやめてもよいのですよ?」
カイは口角をにやりと上げて、楽しそうに笑う。
その黒曜石に映るユランの姿を見て、茜は目を見開いた。
だ、誰……?
金髪の髪、緑色の瞳……。
私ではない誰かが、カイの瞳に映っている。
その時、何かが這うように事実という名の現実が私を食い尽くす。
てん、せい……。
最近漫画や小説で流行りの転生。
現実世界から異世界へ飛ばされてしまう現象。
まさか、まさか……、まさか!
そんなわけない。
だって、私は確かにあの世界で生きていたのに。
ショックを隠せない茜はカイに問う。
「ね、ねえ、カイ、今って西暦何年?」
「西暦とは?」
「じゃ、じゃあ……この国の名前は?」
「この国は、ゾーイン王国です」
「わ、私の名前ってユラン?」
「はい」
口から出る声すらも自分の声ではない。
そんな気づいて当たり前のことがじわじわと気づいていく。受ける風も、冷たい空気も、何もかもがリアルに思えてきた。
「姉様……?」
「ユラン!」
馬の足音が聞こえて、私はその方向を見ると今度は高そうな王族の衣装をまとった黒髪の短髪男性がいた。
「カイ! 貴様、なぜここに?」
「ちょうどよかった、アリウス様、姉様は記憶喪失になってしまったようです」
「なっ……!?」
アリウスと呼ばれた男は、眉間にしわを寄せた。
信じられない、という顔で私を見る。
「カイ、貴様一体、ユランに何を……!」
「僕は何もしていませんよ、姉様が唐突に記憶をなくされたのです」
「去れ!」
大声で怒鳴られたのにも関わらず、カイは不気味に微笑みながら音もなく歩みだした。
「ユラン……っ」
心底、心配そうに見つめるアリウスの瞳が揺れる。
綺麗な青色の瞳が茜、ではなくユランの姿を映す。
「ユラン、カイに何かされたのか?」
「い、いえっ! 何も!」
カイは、茜にこの世界の情報をくれた親切なユランの弟という認識だった。
と言うか、茜のなかでは色んな情報が入りすぎて頭がパンクしてしまいそうだった。
誰か、相関図をくれ。
そんなことを考えていた。
「ユラン、私は気にしていない、君が記憶を失っても君を愛してる」
ギュッと手を握られる。
現実世界では体験してこなかった大きくて温かな男の感触。それがひどく茜には心地よくて、つい、本当のことを言ってしまった。
「私、……ユランじゃないんです」
アリウスは、きょとん、とした顔をする。
「私……、異世界から来たんです、中身はユランじゃないんです……」
アリウスの手からそっと、茜はユランの手を離す。
しかし、それを彼は許さなかった。
温かく優しく、握ってくれたのだ。
「記憶をなくして混乱しているのだろう? 大丈夫、私がそばにいる」
その言葉はあまりにも見当違いな言葉だ。
なのに、茜には都合よくそしてこれ以上ないほど温かく思えたのだ。
茜は、異世界に転生してしまった絶望に駆られながらも、アリウスを心の中でどんどん信じてしまう。
そんな単純すぎる自分にひどく嘲笑してしまった。
「あ! アリウス様とユランさまだ!」
そんな二人に、民たちが声をかけに来た。
どうしてここの人たちは、こんなに汚れた服を着ているのだろう?
花はこんなにも綺麗なのに。
この人たちは本当に、花ごときで、救われているのだろうか?
それが茜はとても気になっていた。
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