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花ごときで、救えるものか

「俺はよぉ、願いの叶う花なんて胡散臭えと思ってたんだよ」


 民たちが、各々に渡されたハーバリウムをうっとりと見つめるなかで、ようやく大盛況から一息ついた茜に男が話しかけてきた。

 ターバンを巻き、肩から見える腕は筋肉の塊のような男。


「1週間足らずで萎れちまう、そんな花に……一生もんの願いを込めるなんてバカみてえだと思ってた、だけど……この花は枯れねえんだってな? よく発明したもんだ」


 強面の顔から温かな笑顔が見える。

 それだけで茜は、心が少しだけ解けていく感覚がした。やってよかった、そう思えたのはいつぶりだろうか。この気持ちも、あの時のようにしおれていくのだろうか。


「ねえねえ! おねえさん! 私にも作って!」


 遅れてやってきたのは、ある女性だった。

 茶髪のボブカットに、キラキラした瞳で茜に駆け寄ってきたのだ。肩で息をしているあたり、このことをどこかから聞いてきたのだろう。

 茜は最後のビンを取り出し、目を瞑ってイメージする。そうだな、ネモフィラの花にしよう。

 風がびゅう、と吹いた。

 光とともにビンの中にネモフィラの造花が生まれたのだ。女性は、わあ……! と言葉を漏らした。


「すごい! すごいすごい! これ私……もらっていいの?」

「どうぞ」


 茜がニコリと微笑むと、女性はその瓶を抱きしめながら見つめた。


「綺麗……、私、青い花なんて初めてみたわ」


 ふう、と茜は一息ついた。

 花を出すのに特段エネルギーを使うわけではないが、くれくれ、と期待を込められた瞳を長時間向けられるのは流石に疲れる。

 茜は、筋肉質の男の隣に腰掛けた。

 昨日とは違って、ベルトのない衣装にしてもらったのだ。アリウスに相談したら速攻で動いてくれた。

 茜は腹のあたりをみながら、ユランの右手を見た。

 この手から花が……。

 どういう仕組なのかは分からないが、なぜ、ユランだけ花を操れるのか、疑問だった。

 ……いや、そもそもの疑問はなぜ私がこの世界に転生してしまったか、だろう。

 そう思った時、聞き覚えのある特殊な足音が聞こえた。振り返ると、黒い影……カイがにこり、と笑って近づいてきた。


「失礼、そこの方、その瓶を見せてくれませんか?」

「まあ、あなたもこのお花に惚れたのね? でも、ちょっとだけよ? これは私のですもの」


 女性はネモフィラの瓶を、カイに渡した。

 カイも欲しかったのだろうか?

 ……なんて、呑気な考えをしたのも束の間、カイは瓶ごと右手を振り上げて、地面に投げつけた。

 コンクリートに叩きつけられた瓶が、破片となって散る。女性の悲鳴が、鳥たちを驚かせる。

 茜は信じられない、と言う顔でカイを見つめるが、カイは不気味に微笑みながら冷たく言い放つ。


「だめですよ、姉様、こんなものを作ってはいけません」


 優しい声色とは違い、カイはネモフィラの造花を踏みつける。女性が涙を流して、カイにつかみかかろうとしたその時、筋肉質の男が胸ぐらをつかんだ。


「お前……! なんてことを……!」

「こんなもので救われるなんて、本当の絶望を知らないからそんなことが言えるんですよ」


 カイは、まったく気にもとめない様子でネモフィラをぐしゃりと踏みつけた。泥だけになり、ぐしゃぐしゃになった花だけが残る。

 茜は声が出せなかった。

 カイは、筋肉質の男の手首をギュッとつかんだ。すると男が鈍い声をあげて、離してしまう。

 カイは、不気味に笑いながらふわりとコートをなびかせて歩いていく。


「待ちなさい! カイ!!」


 茜はやっと声が出せた。しかし、カイは足早に去っていってしまう。女性は、嗚咽を漏らしながらビンにさわろうとする。


「触らないで! 手をけがしてしまいます!」

「でも……」

「ああ、触るな! ユラン様、あいつを追いかけろ!」


 男に女性を任せて、茜はカイを追う。

 もう見えなくなってしまったカイの方向を、当てずっぽうとはいえ追うと、途端に何かにつまずいた。

 転びそうになりながらバランスを取ったが、それは絶対に石などではないと思った。

 人の足だ。

 茜は振り向くと、こちらをにらみつける青年、ドザーがいた。


「カイ様は、俺の願いを叶えてくれた」


 ドザーは、口角をあげて茜に突き放すように言う。

 ボロボロの服、ヒビの入った荒れた指、それが目についた。


「あいつらは、あんたのチンケな花ごときで救われる、それは本当の絶望を知らないからだ、本当の苦しみを知らないから、あんなもんで笑っていられる」


 ドザーの言葉が、茜に強く突き刺さる。

 昨日、一生懸命組み立てたハーバリウム、皆に褒められていかんせん、よい気持ちだった茜のこころにヒビが入る。

 それと同時に、やっぱり人は花ごときでは救われない、そんな事実をもう一度突きつけられるようだった。


「みんな、俺と同じ苦しみを味わえばいい、そうしたらあんたの花がいかに無意味なのか、みんな気づくだろうさ」


 ドザーは、にやりと笑って去っていく。

 茜は、その言葉が毒を持った矢を撃たれたように刺さって抜けない。体全体に毒が回っていくように、自分の生き方そのものが分からなくなっていく。

 それと同時に、ドザーの悲しみに満ちた、誰も助けてくれない、という心の悲鳴が毒となって彼女の心から抜けなかった。

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