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第176章:沈黙の中で

会場では、次の試合について、観客たちの間で話題が持ち切りになっていた。


「ついに、人喰いレグが登場か…」


「相手はフォーザ。堅実だけど、相当な実力者だと聞いたぞ」


「けど、よくない噂も聞くわよ。依頼代を追加でせびったり、依頼人の娘をナンパしたり。どっちもどっちじゃないかな?」

観客達はフォーザの人柄について酷評するように囁いていた。


「フォーザって何者なんだろう?」

サシャが首をかしげる。


「予選で事務作業をしている時に書類を見たわ。通称『鉄腕のフォーザ』。オーガ族の血を引いている超大柄な傭兵ね」

マヨが眉をひそめる。


「鉄腕…いかにも強そうな異名だね…」

サシャが思わず息をのむ。


「確かに、任務の実績は目を見るものがあるけど、素行は最悪。問題行動も多数。正直いってお近づきにはなりたくないタイプね」

マヨがフォーザについて簡単に説明した。

その口調には、明らかな嫌悪感が混じっている。


「ふむ…碌でもない奴だということか」

リュウは腕を組み、厳しい表情で入場口を見据えた。


「けど、あの赤い帽子の人はアルブに酷いことをしたんだよ!!応援なんかできないよぉ!!」

アリアが小さく頬を膨らませる。


「キュイッ!!」

アルブも同様に小さく頬を膨らませた。


「皆様、大変お待たせいたしました!!只今から第四試合を開始します」

すると、パジュンが試合再開の合図を出す。


「第四試合。レグ対フォーザ!!両者、入場!!」

パジュンが高らかに両選手の名前を叫んだ。


「…」

東の入場口では、椅子に座っていたレグがゆらりと立ち上がる。


「よっしゃ!!俺様のスターダムが始まるぜ!!」

西の入場口では、自信満々の表情をしたフォーザが意気揚々と椅子から立ち上がった。


そして、二人はゆっくりと会場へと入場する。


「わー!!!!」

二人の入場に観客達は沸き立つ。


「兄貴、頑張れ!!」


「キャー!!フォーザ!!!」


「兄貴!兄貴!兄貴!!」

その一方で、観客席の一角が黄色い声援と熱気のこもった応援に包まれた。

全員が、フォーザを応援しており、中には手作りの応援旗を掲げる者もいた。

どうやら、彼の愛人や弟分のようだった。


「ハッハッハ!!俺様の活躍を目に焼き付けておけよ!」

フォーザは笑みを見せ、彼らに大きく手を振る。


「なんか、尊大というか…余裕そうだね」

サシャが少し引き気味にフォーザを見つめる。


「だが、あの片腕に装備している巨大なガントレット。あれは相当な重量がある。大柄な体格だけにパワーには自信があるということだ」

リュウの鋭い眼光が、金属の光沢を放つ武装の威力を測っている。


「へっへっへ!俺様が全部吹き飛ばしてやるよ! 」

フォーザは、その巨大な体格に相応しい大きさと頑丈さを兼ね備えた、金属製のガントレットを片方の腕から肩にかけて装備していた。


腕は強固な装甲に覆われ、拳にはメリケンサック。

おまけには、肩には刺々しいスパイクがついていた。


「…」

だが、レグはそれを前にしても一切の動揺を見せない。

まるで亡霊のように不気味な表情を、その顔に張り付かせているだけだった。


「おいおい。もう少し盛り上がっていこうぜ?」

フォーザはレグを挑発するように言葉を投げると、ゆっくりと彼の前に近づく。

そして、巨躯を折り曲げ、威圧的な影をレグに被せる。


「まぁ、俺の前座として…お前には、ここで退場してもらうけどな」

そして、レグの前で小さく、そのように宣言したのだ。


「…ふん」

それでも、レグは表情を変えることなく、小さく鼻を鳴らすだけだった。


「ちっ…」

その態度にフォーザは悪態をつく。


「おい。アイアンホース、さっさと試合を始めてくれ」

そして、ダルそうに両手を腰に当てると、アイアンホースにタメ口で試合開始を頼み込む。


「フォーザ。先輩に対して口の利き方がなってないじゃねぇのか?」

アイアンホースが鋭い視線を向け、厳しく指摘する。


「いいじゃないっすか。俺、どうせ今日でS級傭兵になるんですから。そしたら…アンタとも同格。敬語も使う必要もなくなりますからね」

フォーザは傲慢な口調でそう吐き捨てた。


「(こいつ…)まぁいい。そこまで言うなら…まずは、ルール説明だ。どちらかが戦闘不能。もしくは降参の意志を見せた時点で試合終了だ。何かしらのアクシデントで死んでも、フラッカーズは一切責任は負わない。以上だ」

アイアンホースが簡易的にルールを伝える。


「上等だ!」

フォーザが拳を合わせてクラッキングをする。

メキメキと鈍い音がガントレットから響く。


「…」

レグは小さく頷いた。


一瞬の沈黙。

演習場を吹き抜ける風さえも止まったかのような、奇妙な静寂が訪れる。


そして…


「試合、開始!!!」

アイアンホースが、高らかに試合開始の宣言をした。


「その、のぺっとしたヅラ。叩き直してやるぜ!!」

フォーザがガントレットを前面に出してショルダータックルを放つ。

その突進力は、まるで巨大な鉄塊がぶつかってくるかのようだった。


「おらぁ!!」

レグに、フォーザのタックルが直撃しそうになる。

だが…


「ふん…」

レグは涼しい顔で、フォーザのタックルを真横に回避する。

そのまま、素早い動きで、背後を取ろうとする。


「おっと、そうはいくかよ!!」

だが、フォーザも急停止し、魔法を詠唱する。

巨体に似合わぬ器用さで踏ん張り、大気を震わせた。


「鉄魔法-鉄棒雨(スチールレイン)-!!」

次の瞬間、レグの頭上に現れた魔法陣から、鉄製の棒が彼に降り注ぐ。


「ズドドドド!!」

鉄の棒は地面に鋭く突き刺さる。

石畳を容易く貫通し、演習場を鉄の林へと変えていく。


「ふん…見た目によらず器用なことをする…」

しかし、レグは余裕でそれを回避していく。


「へっ!そっちに避けるしかないよな!!」

だが、回避した先には、フォーザがいた。


「一発もらっておけよ!!」

フォーザは大きくナックルを振りかぶる。

その距離は、ほぼゼロ距離。


「ほう…」

その時、レグは初めて口角を釣り上げ、不気味な笑みを浮かべた。


「ドコン!!」

強烈な一撃がレグに直撃する。

それは、常人であれば一撃でKO確実の強烈なものだった。


「…」

衝撃波と共に、レグの体がくの字に折れ曲がり、後方に吹き飛ばされる。

両足が地面を激しく滑り、砂煙が立ち上がる。


「ふん」

レグは顔を覆っていた両腕を下げると、鼻を鳴らす。

あれだけの一撃を受けたのにも関わらず、彼はなんと無傷だった。


「え!?なんで無傷なの!?」

アリアがレグが無傷であることに驚きをあらわにする。


「キュイッ…」

アルブも驚いた表情を見せる。


「殴られたと同時に、後方に飛んでいた。それで衝撃を最小限に受け流したらしい…」

リュウはレグの戦闘技術の高さに戦慄する。


「おいおい。一発もらってくれよ!(こいつ、受け流しやがったか)」

フォーザは、必殺の一撃を受け流されたことへの苛立ちを顔に滲ませる。


「…」

すると、レグが不気味な笑みを浮かべ、人差し指をこちらに向けて挑発する。


「この野郎…!!調子に乗りやがって!」

挑発に乗ったフォーザが、再び素早い突撃。

もう片方の手にも、いつの間にか鉄魔法で形成されたメリケンサックが装着されていた。


「一撃避けたくらいがなんだ!!」

フォーザがレグに近づくと素早い連打をお見舞いする。

巨大な拳が空を切り、すさまじい風圧を生む。


「…」

だが、レグは紙のようにひらひらと回避する。

物理法則を無視したかのような機敏さで、全ての拳を数ミリの差でかわし続けた。


「くそったれが…」

どれだけ振るっても手応えのない空虚さに、フォーザの心拍数が跳ね上がる。


「もう楽しんだだろう?そろそろ反撃といかせてもらう…」

その時、レグがニヤリと口角を釣り上げる。


「おうおう!やれるもんならやってみろ!」

フォーザは、それでも攻撃を繰り出していく。

しかし、レグの反撃は予想外のものだった。


「…音魔法-沈黙の静寂(サイレンスサイレント)-」

レグが魔法を詠唱する。

次の瞬間だった…


「…(なんだ?)」

フォーザが妙な違和感を覚える。

観客の声援、拳が空気を切る音、呼吸の音。

果ては、自分の心臓の音、一切の音が聞こえなくなった。


「…(いない!!)」

フォーザが一瞬戸惑っていると、目の前からレグの姿が消えていた。


「…(どこに消えた!?)」

フォーザが周囲を見渡すが、彼の姿はどこにもなかった。

視界にあるのは、突き刺さったままの鉄棒と、音を失った静止画のような光景だけだ。


「…音が聞こえなくなった。これがレグの魔法なのかな?」

サシャが首を傾げる。


「無音を司る魔法。音魔法の中でも特異な魔法じゃな」

精神世界から、トルティヤが解説する。


「そっか!だからあの時も…!!」

サシャが予選会の時、レグが他の参加者に囲まれた時、急に音が消えたのを思い出す。


「そういうことじゃ。戦闘において無音というのは恐ろしいものじゃ。見ておくといい」

トルティヤは精神世界からフォーザとレグの戦いぶりを眺める。


「兄貴!!肩ですよ!!」


「フォーザの兄貴!!どこ見てるんですか!?」

観客の弟分が必死に叫ぶ。

しかし、その声が届くことはなかった。


「(くそ…どこにいやがる…)!!」

フォーザの顔に焦りが浮かぶ。

自身の巨大な上半身をキョロキョロとさせ周囲を見渡す。


「…灯台下暗し」

なんと、レグはフォーザの肩に乗っていたのだ。

その身のこなしは、まるで闇夜に潜む暗殺者のようだった。


そのまま、レグは袖口から鋭い仕込み刃を出す。

そして…


「ザシュッ…」

惨劇は一瞬だった。

フォーザの延髄にレグの鋭い一撃が突き刺さる。


「(な、何が…)ぐはっ!!」

フォーザが口から血を吐くと同時、白目を向く。


次の瞬間、消えていた音が元に戻る。

爆発的な歓声と悲鳴が、堰を切ったように会場へ流れ込んだ。


「…ドシン!!」

フォーザが地面に倒れる。

その巨体に、砂煙が舞う。


「キャァァァァ!!」


「あ、兄貴!!」


「し、死んだ…のか!?」

観客達は目の前で起きた凄惨な出来事に悲鳴をあげ、動揺を露わにする。


「…こ、殺した?」

サシャは目を丸くする。


「信じられない。躊躇もなかったわね。あの時の私みたい…」

同じく殺人を経験しているマヨも、驚いた表情を見せる。

己の過去を重ね、レグの異常なまでの手際と躊躇のなさに戦慄した。


「おい!フォーザ!」

アイアンホースが慌てて、倒れたフォーザの元に駆け寄る。

そして、生存確認をしようとする。


「無駄だ」

だが、レグがアイアンホースに告げる。


「急所を確実に貫いた…もう死んでいる」

レグがニヤリと不気味な笑みを浮かべる。


「ちっ…」

アイアンホースはそれでも生存確認をする。

だが、レグの言う通り、フォーザの脈はなく、心臓も停止していた。


「レグ…お前」

アイアンホースの拳は、怒りで小さく震えていた。


「アイアンホース。これは戦いだ。生きるも死ぬも己次第だ」

レグは淡々とアイアンホースに語りかける。


「それに、試合前にも言っていただろう?『何かしらのアクシデントで死んでも、フラッカーズは一切責任は負わない 』と」

そして、正論と言わんばかりに反論する。


「くっ…(胸糞悪いがルールはルールだ)」

アイアンホースは怒りをそっと沈めると、静かに宣言した。


「第四試合、勝者はレグ…」

レグの勝利宣言がされる。


「ふん…」

それを聞いたレグは当然といったかのように鼻を鳴らして入場口へと戻っていった。


「…人喰いレグ。やっぱり恐ろしい男だ」


「あの、大柄なフォーザが一撃で死ぬなんてな」


「敵にはまわしたくないな」

だが、観客達は盛り上がらず、レグの恐ろしさや強さをヒソヒソと話していた。

会場全体が、冷たい泥を飲み込んだような沈鬱な空気に支配される。


「フォーザの亡骸を運び出せ!くれぐれも丁寧にな…」

会場ではアイアンホースが苛立ち気味に、医療班へ指示を出していた。

投げ捨てられたように横たわる巨体が、虚しく担架に載せられていく。


「で、では、只今から1時間半の休憩を挟んだ後に準決勝を行います。準決勝は第一試合はデイジー対シェイ。第二試合はバケット対レグ。となります」

パジュンが案内を行った。

声を震わせながら、事務的な言葉を紡ぐのが精一杯のようだった。


「なんか、後味が悪いよぉ…」

アリアが静かに漏らす。


「まさか本戦で死者がでるなんて思わないもんね」

サシャが同意するように応じる。


「(人喰いレグ。事務所の書類では殆どの情報が秘匿されていたけど…あれほどの実力者だったとはね)」

マヨはレグの底しれぬ実力に息を呑んでいた。


「次はバケットさんが、レグの相手だ。何事もなければいいが」

リュウは次の試合、バケットがレグの相手であることを懸念していた。


こうして、なんとも後味の悪い形で本戦の第一回戦は終了した。


そして、次は準決勝が始まる。

ここで勝った者がS級傭兵の座を手に入れる。

果たして、最後に笑うのは誰になるのか…


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