第175章:紫
「強がるのはいいけれど、死んでも知らないよ!」
サマーズがそう呟くと、メイスの柄についている小さなボタンを指先で鋭く押し込む。
次の瞬間だった。
「ヴァァァァン!!」
なんと、メイスについていた棘が飛び出し、バケットを襲う。
「なっ!?」
バケットは咄嗟に刀で棘を弾く。
「ガキン!」
棘は明後日の方向へ飛んでいく。
「カランカラン」
棘は地面を滑るように落下した。
「よそ見したら危ないじゃないか!!」
だが、前方からサマーズがメイスを構えて襲いかかる。
「そう何度も喰らわないわ!雷魔法- 雷駿影 - 」
次の瞬間、バケットは足元に雷を貯める。
青い火花が爆ぜると同時、彼女の体は横へ光の速さで移動し、サマーズから距離を取った。
「あと、あなたに近づかなければいい話よね!!」
すると、バケットは使えない手に刀を持ち、ポーチから小型のピストルを取り出す。
遠距離攻撃こそ、彼女が考えた策だった。
「ズドーン!ズドーン!」
2発の雷の弾丸が放たれる。
その速さは中々のものだ。
「おっと!危ないねぇ」
サマーズは咄嗟にバックステップで回避するが、そのうち1発を彼女の肩を掠った。
「一気にいくわよ!雷魔法…」
バケットが追撃を放とうとした時だった。
「後ろ」
サマーズが笑みを浮かべ、不意に彼女の背後を指さす。
「!!」
バケットは思わず振り向く。
それと同時だった。
「ザシュッ!!」
「ぐあっ!!」
彼女の背中に激しい痛みが走る。
そのまま、彼女は地面に跪く。
「わ!バケットさんの背中!!」
アリアがバケットを指さす。
「なにがどうなっているんだ…」
リュウがその光景に息を呑む。
「何か刺さっているわね」
マヨがバケットの背中に何かを見つける。
「トルティヤ!あれ!!」
サシャが叫ぶ。
「うむ。さっきの棘じゃな…」
トルティヤはその正体を看破する。
「油断したねぇ」
サマーズが再びメイスの柄についているボタンを押す。
「ブシュッ!!」
バケットの背中に、更に棘がめり込む。
「うっ…!!こんなの…!」
バケットは必死に棘を引き剥がそうとする。
しかし、棘は、まるで何かに吸い付いているかのように、うんともすんとも言わない。
「どうして?一体どんなカラクリが…」
バケットの顔が痛みでゆがむ。
「この棘はね。特別な鉱石で作られてて、磁力を帯びているのさ。そして、私が手にしているメイスも同様に磁力を帯びている。ボタン一つで引き付け合うようにできていてね。その射線にいたアンタの背中に、そのままズブリ…というわけさ」
サマーズがメイスの秘密を話しながら、ゆっくりと近づく。
そして、目の前で立ち止まる。
「さ。今度こそ降参してくれるかい?このままだと、棘があんたの体を貫通することになっちまうよ?」
サマーズが降参を促す。
「(こんなところで…私は…)」
バケットが悔しさで歯を噛み締める。
その時、あくる日の記憶が去来する。
『バケット!!お前の夢はなんだ?』
花が咲き誇る丘で、赤いマントを羽織ったジャックが、隣にいるバケットに尋ねる。
爽やかな風が、二人の髪を優しく揺らしていた。
『え?そりゃあ、最強の冒険者に決まってるでしょ!最強の冒険者になって、お宝ザクザク手に入れて…億万長者!夢があるでしょ?』
バケットは嬉しそうにジャックに話した。
『ハッハッハ!!バケットらしいな』
ジャックは豪快に笑うと、分厚い掌で、バケットの頭を撫でた。
『ちょっと!!なにをするの!?』
バケットは少し照れたような表情を見せる。
『それならただ一つ!誰よりも強くなれよ!もちろん俺よりも!』
それに対して、ジャックは白い歯を見せてニカっと笑った。
『あー!!リーダー、またバケットちゃんとイチャイチャしてる!!』
その時、草陰から黄色のローブを着た女性が登場する。
『馬鹿野郎!!俺達はカップルじゃねぇぞ!』
ジャックは豪快にそう呟くと立ち上がる。
『そうよ!フリエ。ちょっとセクハラに遭ってただけよ』
バケットは立ち上がると、ポンチョの土を払う。
『誰がセクハラだ!!』
ジャックはバケットの頭をポンポンと叩く。
『こういうのがセクハラというんですよ!』
バケットが鋭く指摘する。
『はいはい。スロアが夕食を作って待っているから戻りましょう』
フリエと呼ばれた魔導師は、そんな二人を半ば呆れたように見つめながら肩をすくめた。
それから、彼らのパーティーが壊滅するのは、ほんの3日後の話だったのだ。
そして、現在。
バケットの肩と背中からは大量の出血。
どちらも深手だった。
「さ、どうするんだい?このままだと、アンタは科学の発展に寄与して死ぬことになる」
サマーズが笑顔でとんでもないことを口にする。
「…」
それに対して、バケットの表情は一瞬暗くなる。
「私は…私は…」
バケットが繰り返すように呟く。
そして、歯を食いしばると同時、彼女の表情に鬼が宿る。
「私は…負けたくない!!!」
バケットの魂の叫び。
その時、彼女の体が燃えるように熱くなる。
「バチチチチ!!!!」
それと同時、バケットの体が無意識に紫色の雷を放つ。
大気が激しく震え、周囲の空間が歪むほどの圧力が膨れ上がった。
「おっとっと!」
サマーズは咄嗟に距離を取る。
「…これは。何がどうなっているの?」
バケットは自身が起こした予想外の力に、目を丸くする。
紫色の雷。
それはバケット自身も見たことも経験したことのない力だった。
禍々しくも美しいその輝きが、彼女の全身を包み込む。
「紫色の雷…あれが彼女の力なの?」
マヨは、その美しさに目を奪われる。
「いや…バケットさんの雷魔法の色は青。紫色なんて聞いたことがない」
リュウは突然のことに首を傾げる。
「どうなっているんだろう…」
見ていたサシャも言葉を失う。
「(あの小娘。土壇場で『魔法進化』を…)」
トルティヤが、そのように分析する。
魔法進化 。
とある研究データによると、魔力をもった生物は複数の要素が重なった時、脳内から特殊な魔力が分泌され、既存の魔法が強化されるという事例が確認されている。
事例こそ多いものの、発生条件や種族、年齢は多岐に渡ること。
また、特殊な魔力の正体が判明していないため、具体的な発生メカニズムは現在でも謎に包まれている。
「おーっ!紫色の雷だ!!」
「一体どんな魔法を見せてくれるんだ?」
「すごい綺麗…」
観客達はバケットの紫色の雷に期待を寄せ、美しさに惹かれる者もいた。
「(砕かれた肩が…上がる!)」
バケットは立ち上がる。
さらに、不思議なことに砕けたはずの肩があがったのだ。
「くっ…こうなったらやむを得ないね。科学に犠牲はつきものさ」
サマーズがメイスの柄にあるボタンを押す。
しかし…
「おや?反応しないねぇ?」
サマーズが何度かボタンを押すが反応しない。
「カランカラン…」
一方で、バケットは背中に刺さっていた棘を抜いていた。
「よく分からないけど、あなたのカラクリは使用不能になったようね…」
バケットが両手で刀を握りしめる。
「そのようだけど。私もまだ諦めていないよ!」
だが、サマーズも諦めていない。
メイスを構えてバケットに襲いかかる。
「くらいな!!」
不意をつくメイスの横薙ぎ。
機構により、リーチが伸びたメイスはバケットの頭部を狙っていた。
「雷魔法- 雷駿影 - !」
バケットが雷を足に貯める。
「ヒュン!!」
先程よりも速い移動。
それは、まるで瞬間移動のようだった。
「(消えた!?)」
サマーズがバケットを見失う。
その時、バケットはサマーズの背後を取っていた。
「(なんだろう。まるでジャックが側で戦ってくれているような)」
バケットは自身が纏う紫色の雷の中にジャックの意志や面影を感じた。
そして、不敵な笑みを浮かべる。
「(アンタの技、借りるわよ。)」
バケットは刀に雷を充填させる。
刀は徐々に大きくなり、まるで大剣のようになっていく。
「後ろかい!」
サマーズはバケットの気配を察知し、メイスを後ろに振るり払う。
「ブゥン!!」
伸びたメイスがバケットを襲う。
だが、彼女が先に動く。
「雷魔法-雷霆御巫-!!」
バケットが放ったのは大ぶりの一撃。
そのリーチと剣幅は、まるで大剣による攻撃そのものだった。
「ガキィィィン!!!!」
更に、勢いのまま伸び切ったメイスの柄を叩き切った。
メイスはバラバラに刻まれ、地面に落下する。
「まさか…!耐刃テストもバッチリだったはず…」
サマーズが驚きの表情を見せる。
そして…
「はぁぁぁっ!!」
そのまま、サマーズに鋭い一撃をお見舞いする。
「スパァァァン!!」
サマーズの胸部を激しい一撃が襲う。
「へぐっ!!!」
サマーズが激しい電撃と一太刀を受ける。
そして、そのまま糸が切れた人形のように地面へ倒れる。
「…はぁ、はぁ」
バケットが息を切らす。
安堵からか、彼女を纏っていた紫色の雷が消える。
しかし…
「うっ!!(なんて魔力の消費量なの!?)」
次の瞬間、激しい痛みと疲労が彼女を襲う。
「(電撃で失神してやがる。出血も酷いが致命じゃないな)」
アイアンホースが、倒れているサマーズの状況を確認すると立ち上がる。
「第三試合、勝者はバケット!!」
そして、勝者を高らかに宣言する。
「わーっ!!」
「大逆転劇だ!!」
「ドラマチックな戦いだった!」
地響きのような歓声が、死闘を終えた二人に降り注いだ。
「バケットさんが勝ったよぉ!」
アリアが喜ぶ。
「キュイッ!」
アルブが嬉しそうに声を上げる。
「土壇場の逆転劇だったね!」
サシャはバケットの逆転劇に興奮が鳴り止まずにいた。
「あぁ…今度、剣術を教えてほしいものだ」
リュウが腕を組みながら頷く。
「いいものが見れた。あの傭兵、やり手ね…」
普段、ドライなマヨが珍しく、そのように口にした。
「ふぅ…ちょっと厳しい…わね」
勝利宣告を聞いたバケットは、力が抜け、そのまま地面に倒れる。
「おい!!…医療班、二人の治療を急げ!」
アイアンホースが待機していた医療班に叫ぶ。
『医療班』のバッジをつけた一団が、脱兎の如く演習場へと駆け込んだ。
こうして、第三試合はバケットの逆転勝利という形で幕を閉じた。
そして、続く第四試合。
だが、この戦いがとんでもない結末になることを、この時、誰も予想できなかった。




