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事務長の業務日誌  作者: 川口大介
第三章 事務長、事件と歴史の真相を知る
32/39

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 ミレイアは、恐怖と緊張と重圧の渦中にいた。

『ど、どうしよう……』

 リネットは、何度も何度もレーゼに向かって行っては、無尽蔵に繰り出される風や雷での反撃を受け、攻撃を阻まれ、倒されている。

 あの剣を使って風や雷を駆使しているレーゼに、魔力や法力は感じない。本当に、エルフ語でキーワードを喋るだけで、風や雷を自在に操れてしまうらしい。体力も精神力も消耗することなく、いくらでも。エルフ星人の作った武器、なんという技術であろうか。

 ニコロの使う神通力とやらだって、ミレイアにはまるっきり未知のものだが、それでも何らかの力の動きは感じ取れるのに。

 そう、ニコロは今、その神通力と自らの生命力で、クラウディオを助けようと懸命に、文字通り「命を懸けて」頑張っている。そのクラウディオは魔獣たちの大群を一人で殲滅し、落雷から盾となってミレイアたちを守ってくれて、今は倒れている。

 そしてリネットは大苦戦中という今。

『私が、何とかしないと!』

 クラウディオの回復にはまだまだかかりそうだし、完全に回復できるのかもわからない。ニコロは衰弱で、リネットはダメージで、いつ戦線離脱してしまうかもわからない。一刻も早く、ミレイアが何か手を打たなくては。

 無論、ミレイア自身の戦力など、我がことながらアテにはできない。レーゼは今、あの剣でリネットを余裕で退けているが、余裕であるがゆえに、ミレイアへの警戒も怠っていないのだ。常にちらちらと、ミレイアの方も見ている。

 もしヨルゴスの時のように、ミレイアがここから何か術を撃ったとしても、レーゼは簡単に回避するだろう。もともとミレイアは、そう大した術は使えないのだから、しっかり警戒していれば回避は容易だ。容易だから、回避しながらでもリネットへの攻撃の手は緩まないだろう。つまり、ミレイアによるレーゼへの攻撃は全くの無意味なのだ。

 今のこの状況を打開するには、新たな戦力が必要だ。そのアテなら、ある。

 

☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆ 

「ああ、私が逮捕されればそうなるか。麻薬の精製をする機材も、このフィールドへの出入りを管理する設備も、その他の資料も道具も、全てあそこにあるぞ。私を逮捕できたなら、好きにするがいい」

 レーゼは顎をしゃくって、背後にある岩山の洞窟を指した。

☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆ 


 ミレイアは、岩山の洞窟を見た。

 あそこに何か、武器になるものがあるかもしれない。それでレーゼを倒せなくてもいい、少しでもレーゼの動きを鈍らせるとかして、リネットに攻撃のチャンスを作れれば望みはある。

「よしっ!」

 どうせ忍び足で歩いても、身を隠せないこんな場所では大した意味はない、ならばとばかりにミレイアは走った。一気に駆け抜けられればそれでよし、もし気づかれても……

「इऍ औचठ थफऱष!」

 レーゼの声がミレイアの背後で響き、重く巨大な風の塊が降ってきた。

 今回はレーゼが、ミレイアの行く手を阻もうという意図からか、ミレイアの前方斜め上から差し込むように降らせた。なのでミレイアはモロにカウンターで喰らってしまう。

 測定すれば、間違いなくミレイアの二倍はあるその重さを顔面にぶつけられて、本来はデスクワーク専門である事務長ミレイアが耐えられるはずもない。思いっきり首を後方に折り曲げられそのまま押し込まれ、その首に引っ張り倒されるような形で、仰向けで地面に叩きつけられた。 

「ごぶっっ!」 

 呻き声も満足に発声できず、ひしゃげた息を漏らすミレイア。

 だが、この時。間違いなくレーゼは、ミレイアに攻撃した。いくら魔力や法力を使わない、精神集中なども不要、キーワード一つで速攻できるといっても、ミレイアの方を向いてミレイアに向かって一発、攻撃したのは事実なのだ。

「隙ありいっ!」

 その隙を、逃すリネットではなかった。右脚の蹴りが鞭のようにレーゼの手を打ち、剣をその手から蹴り飛ばし、間髪入れぬ左脚の、槍のような蹴りがレーゼの、クラウディオと比べれば紙のように薄い胸板に叩き込まれる。

 先ほどのミレイアにも劣らぬほど呼吸を潰され、ひしゃげた悲鳴もどきを発しながらレーゼは吹っ飛ばされた。辛うじて足から着地はしたが、気象武器である剣を失ったレーゼに、リネットがすかさず追撃をかける。初めて、まともに攻撃を受けたレーゼは、

「こ、このガラクタ人形がああああぁぁっ!」

 今までの、余裕たっぷりの態度はどこへやら。本性を剥き出した、と言わんばかりに顔を歪めて激昂した。そして素早くポケットから取り出したものを、噛み砕いて飲み込む。

「あれは?!」

 起き上がったミレイアの予想が的中した。レーゼに向かってまっすぐ跳びかかっていたリネットの背後に、突如としてレーゼが出現し、その背を殴り飛ばしたのだ。

 全く予想外の衝撃に、ひとたまりもなくリネットは倒される。すぐに跳ね起きて振り向いたが、その眼前には四人のレーゼがいて、その全てから袋叩きにされてしまう。

「が! ぐ! う! あぅっ……!」

 リネットは大きく後方に、五、六歩ほど跳び、構えを直す。そして正面を見れば、今はもう、レーゼは一人しかいない。

 一連の動きを、距離を置いて見ていたミレイアには解っている。リネットにも、いくら信じ難くてもそれしかないので、解っていることだろう。レーゼの身のこなしが、突然、とてつもなく加速したのだ。リネット以上に。

 その理由が何なのか、ミレイアには見当がついている。

「ヨルゴスが飲んでいた、最近完成したっていう新しい麻薬?」

「違う」

 今度は余裕をもって、ミレイアの方に顔を向けてレーゼは答える。

「あれは後々、ヨルゴスらチキュウ星人どもを、忠実にして精強なる我が兵隊とする為に作ったものだ。今、私が飲んだのは、私が私の為に作り上げたもの」

 そう喋るレーゼの様子が、変わってきた。濁った目からは嗜虐欲、荒い呼吸からは興奮が感じられる。

「効果はヨルゴスに渡したものの更に数倍。身体能力を極限まで高め、且つ中毒性はないという、理想の究極の薬だ。手間もコストもかかり過ぎるので、売り物には絶対にならんがな。だから私の自衛専用であり、できる限り消費したくない。つまり、だ」

 レーゼがリネットの喉を掴んだ。

「っっ?!」

 今、たっぷり五、六歩分、離れていたはずなのに。リネットは全く反応できず動けなかった。

 リネットの細い喉に、レーゼの五指が食い込んでいく。呻くリネットを、レーゼは喉を掴んだ片手だけで持ち上げ、両足を完全に地から浮かせる。

「そんな貴重なものを使わせたのだから、わかっているな? お前たちはもう、ただ殺されるだけでは許されん。……相応に! 私を! 楽しませる義務があるのだ!」

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