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事務長の業務日誌  作者: 川口大介
第三章 事務長、事件と歴史の真相を知る
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12

 片手一本で吊り上げたリネットの体を、レーゼはもう一方の手で殴りつけ始めた。リネットは喉を圧迫されて声が出ず、この体勢では両手両足が拘束されておらずとも自由には振るえず、殴られるままだ。

 エルフ星の薬で強化されたヨルゴスには、クラウディオも苦戦させられた。その数倍の効果をもつ薬で、更に強化されているのが今のレーゼだという。既に充分にダメージを負っているリネット一人で、勝てるわけがない。

 リネットがこの状態では、さっきのようにレーゼに一瞬の隙を作る、という程度ではどうにもならない。

 今度こそ、ミレイアが実力でどうにかしなくてはならない。一体どうすれば……やっとのことで、あの厄介な剣を奪い取れたかと思えば、すぐさまこんなことになってしまうとは。

「奪い、取った?」

 ミレイアは思い至り、辺りを見渡す。何も障害物はないので、すぐに見つかった。

 先程リネットが蹴り飛ばした、レーゼの剣が無造作に落ちている。今はもうそんなもの必要ないという事で、レーゼも無視しているのだろう。

 ミレイアは駆け寄り、剣を取った。重いが、構えられないこともない。

 失神寸前のリネットを釣り上げたまま、レーゼがミレイアの方を向く。

「ほう。今度はお前が戦う気か」

 ボロボロになったリネットを放り出して、レーゼが笑いながら言った。

「面白い。どうやらお前が、四人の中では最も弱いようだしな。そういうお前が、時間をかけていたぶられてこそ、高価な薬を使わせた償いになるというもの。私の気が晴れるというものだ」

「……今更だけど、腐り果ててるわね。あなたの性根」

「何とでも言え。負け犬の遠吠えは耳に心地良いわ」

 レーゼが、ミレイア相手なら余裕だと言わんばかりに、ゆっくりと歩いてくる。

 確かに、ミレイアがこの剣で斬りかかっても、鼻歌交じりで避けられるだろう。いや、刃を指で摘み取られるかもしれない。

 だが、斬りかからなければどうか。ミレイアは大きく息を吸って、

『もし、できなければ、私もみんなもここで死ぬ……いえ、できる! やってみせる!』

 剣を力いっぱい振り上げ、思いっきり振り下ろしながら、叫んだ。

「इऍ औचठ थफऱष!」

 

 ミレイアの、剣を振り下ろす動きに合わせて、空から何かが降ってきた。見えない。何が?

 見えないのも道理で、それは強風の塊であった。レーゼは、大嵐の夜に崖下で土砂崩れにあったような衝撃をいきなり背負わされ、激しく地面に叩きつけられる。

「がっ! な、何だと?」

 レーゼが立ち上がる、ミレイアは今度は水平に剣を振って叫ぶ!

「उए ओङट धभळह!」

 瞬間、刃の周りに黒い煙のようなものが発生したかと思うと、重い音とともにそこから、閃光が蛇行してレーゼへと伸びた。

 レーゼは知っている。あの黒いのは雨雲、そして閃光は雷!

「ぐおおぉぉっ!」

 命中。耐え難い苦痛と痺れによる脱力で、片膝をついたレーゼは、すぐには立ち上がることができない。

「ど、ど、どういうことだ? なぜお前が使える? 今、私の発声を何度か聞いただけで、未知の言語をマスターしたとでもいうのか?」

「まさか。わたしが、そんな大天才なわけないでしょ。……実は、未知の言語ではないのよ。わたしにとっては」

 まだまだ不安を滲ませながらも、不敵な笑みをレーゼに向け、剣を構えてミレイアは答えた。

「わたしは、実家の図書館でたくさんの本を読んだ。将来の出世の為の一大プロジェクトである、エルフとの国際交流、通商条約締結に備え、エルフのことをたくさん勉強したわ」

「図書館で、勉強、だと?」

「ええ。昔の人が残してくれた知識が、たくさん詰まっている宝箱、それが本。そして図書館。図書館には、古今東西の知識の宝箱が並んでいるの。例えば、エルフ語の教科書とかね」

「っっ!」

「流石に、一人で本を読むだけでは正確な発音までは習得できない。でも基本的な単語や文法構造は理解できたし、発音にしてもわたしなりの推測はできて、練習してたのよ。だから後は、本物を確認して微調整すれば喋れる。たった今、先生がお手本を聞かせてくれたからね!」

 再びミレイアが剣を振った。

「उए ओङट धभळह!」

 剣から、水平の落雷が発生してレーゼを襲う。まだ立ち上がれないレーゼは、地面を横に転がって何とかかわした。転がる勢いを使って回転しながら立ち上がり、

「この小娘がああぁぁ!」

 ミレイアに向かっていこう、としたところで、両脚の膝裏に激痛が走って動きが止まる。

 振り向くと、レーゼの足元でリネットがしゃがんでいた。長く伸ばした両手の爪を、指先で何かを摘まむように五本束ねて、左右それぞれをレーゼの膝裏に突き刺している。

「両脚の腱、頂きっ!」

 束ねていた爪を花のように広げ、両の腕も大きく広げて、豪快に切り裂きながら、十枚の爪を引っぱり抜く。レーゼの膝裏で、爆発的な勢いで血の花が咲いた。

「がああぁぁぁぁっ! お、おのれっ!」

 レーゼは倒立して、腕力だけで高く大きくジャンプ! 二人から距離をとって着地した。そして更に一粒、錠剤を取り出して噛み砕き、飲み下す。肩や腕の筋肉が目に見えて盛り上がるとともに、膝裏の傷が、グジュグジュと音を立てて埋まっていく。

 出血はどうにか止まったが、中の肉や神経まで完治したとは言い難い。まだ痛むし、充分には動けない。

 だが、もういい。もうレーゼは、これ以上やりあう気はない。

 レーゼは、もうやらない。

「チキュウ星人ども……未開の原住民如きがっ……!」

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