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#20 官僚系お父さんは武闘派



 紫色のひとみが開く。青ざめていた顔に血の気が戻り、黄金色の光をまといながら、その髪が風のなでたようにやわらかく舞った。胸の花紋が魂の帰還をつたえるように浮かび上がる。

 リーは痛みも忘れて駆けだした。


「アーシェ!」


 祭壇をよじのぼってアーシェを抱え起こし、傷の場所をまさぐるように胸元をさする。だって二度目だ。本当に彼が生きているのか不安でリーが夢中で名前を呼んでいると、アーシェがぱちりとまばたきをした。

「…リー…?」

 焦点を失っていたひとみがリーをとらえ、直後、おどろいたようにのけぞる。「近っ!」と声をあげる彼に、リーはようやくほっとした。本当に本当に生き返ったのだ。


「…無茶しよって」


 抱きついてよろこぶリーをそっと自身から離し、アーシェが泣きそうな顔をする。どこか痛いのかと思ったが、てのひらがいたわるようにリーの頬を包んだ。

「傷だらけやんか、…」

「ハーディが、助けてくれたんだよ」

 アーシェを祭壇から降ろしながら、リーはハーディを目で示す。アーシェが驚いたようにそれを追うのへ、「そういうことだ」とハーディが肩をすくめた。


『よかったじゃねーか、リー。これでぼっちじゃなくなったぞ』


 にん、とハーディが笑う。その体がいつもの半透明ではなく、陽炎のような光に包まれていることにリーは気づいた。見ると、魔法のランプがいつのまにかリーのベルトから消えている。

(そうか、最後のひとつを叶えたから)

 願いを三つ叶えたランプの精霊は消えるかランプに再び戻っていく。それが“ランプもの”における定番だ。

 馬鹿な。セドリックが色を失った顔でうったえる。


「一族の言い伝えでは、王は契約を終えのち再び生身の肉体を取り戻すと――!」

『俺が知るか』


 一度は口に入った“供物”をとりあげられ、石像が幼子のように地団駄を踏む。腕の当たった壁が欠け、床に落下した。

 リーたちを祭壇から離れた場所へ誘導しながら、ハーディが言う。

『いくら上等な生贄があったところで王族(おれ)がいなきゃあのバケモノは発動しねえ。命令は王族にしかできねーからな。ゲーム終了ってやつだ』

「だから、最後の願いを使わせようとしたんだね」

『悪かったな、でも、どうせおまえのことだ、たいしてアテもなかっただろ』

「うん」

 ハーディがわらった。


『…俺に出来るのはここまでだ。なんせまたランプに戻らなきゃなんねーからよ』

「ハーディ」


 ハーディの手には魔法のランプがあって、彼の体はそこに吸い込まれつつあった。今度はいつ誰の手にわたるのだろうとリーは思う。

 それは明日かもしれないし明後日かもしれない、あるいはラザラスからリーの時代へわたったように数百年後なのかもしれない。けれどハハ、とハーディが痛快そうに笑う。

『思ったより短かったが、おまえといるの、結構楽しかったぜ、リー』

「ハーディ、……」

『そういう顔されると俺がつらいだろ、馬鹿』

 ハーディがかがんで、リーの額にその唇がそっと触れた。じわ、と熱をもったそれは、けれど、すぐに消えてしまう。


『俺の名をおまえにやる。モンザ・ケビーラ最後の王族の名だ。滅んだ国の名に価値もクソもねーが、…これくらいしか、やれるモンがねーからな』

「ハーディ!」


 中身(あるじ)をすっかり回収したランプが次の動作を準備するようにカタカタと揺れる。黄金色の光の泡となって蒸発していくのへ、我知らず、リーは手を伸ばした。いやだ、まだ。

(一緒に、)

 口の悪い精霊が最後に見せた満足そうな笑みが網膜にこびりついて、よけいに別れを強調するようだった。だってずっとここまで一緒にいたのに。あたりまえにそばにいてくれたのに。


(…ハーディ、)


 いかに彼の存在が大きかったのかを思い知らせるように、ぼろぼろと涙が落ちていく。ハーディ、ハーディ。呼びながら、リーはランプを追うように足を踏み出す。

 その腰を、アーシェが後ろから引いた。おそるおそる目を開くと、ちょうどリーのいた場所、岩盤のかけらがつきささっている。石像が壁を打ったことで岩盤の球が発生し、こちらに飛んできたのだ。

 アーシェが居心地悪そうにリーから腕を放した。ごめん、と謝られて、リーは首を横に振る。

(そうだ、アーシェを、――)

 大小の岩盤が雨のようにそそぎ、あちこちに積もっていた。憤怒の表情で目をぎらつかせている石像を見、リーは涙を拭く。


「出よう」


 石像は何かを探すように洞内をみまわしていたが、降り続ける石砂の雨がリーたちをそれから隠してくれているようだった。まもなく石像は自身にもっとも近い場所にいるセドリックに目を留める。セドリックはようやく石像が落ち着いたと解釈したようだったが、石像が舌なめずりをしたことでその思い違いに気づいた。すぐさま逃げようとするが、すでにアーシェという供物を奪われている石像はそれを許さない。

 やめろ。セドリックが叫ぶ。


「やめろ、やめろ、…! 聞こえないのか! 私はイムラーンではない! 私には、――」

「逃げるで!」


 ひときわサイズの大きな岩盤がリーたちの視界をふさいだ。岩盤と岩盤の衝突し、洞内をひときわ強く揺さぶった音が場に起きたおぞましいできごとを覆い隠し、同時に今何をするべきかをリーたちに示す。

 アーシェがリーの手を取りかえした。リーを肩にかつぎあげ、毅然と顔を上げる。

「ここでアンタを死なせたら、オッサンに示しがつかへんやん! 男の格が下がるってもんやで!」

「アーシェ、わたし、自分で、」

「オトンさん! アンタもや! なんでぼーっとしとんねん!」


 リーに皆まで言わせない。キッと振り向き、アーシェがもう一人をしかりつける。そこで初めてリーはアーシェが父を連れていたことに気づいたのだった。

「オトンさんがリーにモンザ・ケビーラを教えてくれはったから、こうしてオレはリーやあのオッサンに出会えたやんな。…置いていかれへん」

 フリーマンは抵抗しない。天の大火とまで呼ばれた“武器”のあんな姿を見ても彼は平静を保っているようだった。神殿の方からおぞましい咆哮が響く。

 アーシェが尻を打たれた馬のように走りだした。


「いややー! 追いかけてくる気満々やんか!」


 リーたちを行かせまいとするように岩盤がひっきりなしに落ちてくる。アーシェのかかとがそのたびにそれを砕き、ひたすら一行は出口を目指す。

「イオール・ビアーマ…か、」

 フリーマンが重いため息をついた。


「あんなもののために、どれほどの命が――」

「たそがれるんは後にしてくれはります!?」


 来たときよりも長く感じる道をひたすら走る、走る。まもなく光がさしこんできて、後ろから追いかけてくる亀裂から逃げるように、リーたちは外へと走り抜けた。

 山崩れのような音をたてて岩盤が出口をふさぐ。脱出の安堵もつかの間、だが直後、勢いよく土砂が噴出した。



      *



「うそやん…!」

 土煙をまといながら現れたのはワシ頭とヒト型の石像兵だった。セドリックの命令が生きているのか、それとも彼ら自身が独立に意思をもって動いているのかはわからないが、素直にリーたちを逃がしてくれる気がないのはあきらかだ。

 おろしてくれと、リーはアーシェに声をかける。

「戦わないと、」

「無理やって、リー! ここまでずっと戦い通しやんか! 足やって切られとるのに、死んでまうで!」

 行かせまいとするようにアーシェがぎゅっとリーの腰を抱いた。だけど、とリーは言葉をつぐ。


「戦わなきゃ、全員ここで死ぬだけだよ」

「せやかて、リー」


 リーたちが口論する間にも石像兵二体は動きだしていて、それぞれの武器を手に地面を蹴っていた。どきなさい、と二人を押しのけるようにしてフリーマンが前に出る。

 アーシェがかぶりを振った。

「無理やってオトンさん、アンタみたいないかにもインテリなお偉いさんが――」

 が、と。

 アーシェの言葉はしかしそこで止まって、続きをつむぐことはなかった。途切れた先はおそらくこうだったはずだ。「戦えるはずがない」。

 なぜならリーも同じ印象をフリーマンに持っていたからだった。文官のフリーマンが戦闘などできるはずがない。そう思っていた。だってリーは彼の部屋で武器類を見たこともなければ、装備している姿さえ知らない。

 しかしフリーマンはリーたちの思い描いた未来を裏切った姿で目の前にあった。二本の腕でもって、石像兵二体の攻撃を食い止めていたのである。


「…ぁ、…」

「ええっ!?」

「誰が、何かね?」


 子どもたちのあっけにとられたような視線のなか、フリーマンが不愉快そうに返した。ワシ頭の重量をかけた拳、ヒト型石像兵の長刀。それらを同時に受けながら、フリーマンの下半身は微動だにせず大地に立っている。石像兵二体が体勢と方向を変えてさらにニ撃目をくりだしても、やはり同じだった。

 表情一つ変えないまま、リーと同じ赤銅色のひとみがふりかえる。

「…いったい私が人生の何割をモンザ・ケビーラとイオール・ビアーマに費やしたと思っている」

「……」

 アーシェの肩にかつがれたまま、リーはぎゅっと眉根を寄せた。まるで踊るような父の攻防。安定感のある足腰。

 二十年だ。先代の王の時代から少なくとも二十年以上。多忙を極め、ほとんどの時間を王城で過ごしてきた文官の動きだと、誰が思うだろう。ただでさえ裾の長い官衣は動きづらいだろうに、フリーマンはハンデにもならないといった風情で石像兵たちの猛攻をいなしている。


 行きなさい。

 フリーマンが言った。

「見世物になるつもりはない。あの程度の落盤でアレが止まるとは思えない。早く先へ行きなさい。彼と一緒に、ここを、」

「嫌だ」

「何?」

 フリーマンの足がヒト型の石像兵を蹴り飛ばした。足元が揺れる。何か巨大な、重量のあるものが体当たりをしているのだ、こちらに向かって。厚い岩盤の向こうから今にもあのおそろしい咆哮が聞こえてくるようだった。

 ただの意地だった。

 今度こそアーシェにおろしてもらい、リーは父を見上げる。負けるものかと思った。

 この父にみっともないところを見せたくない。無様だと思われたくない。だってリーは彼の後を追うようにしてここまできたのだから。

 リーは宣言する。


「わたしは、あれを破壊する。あんなものを地上に持ち帰られたら、困る」

「見くびられたものだ」


 ヒト型石像兵の右肩が砕けた。見ると、フリーマンの指全体を覆うように銀色のサックがある。ひねりを入れて、フリーマンが続いてワシ頭の腹を割った。口元でうすく笑う。

「見くびられたものだ。己に害をなす神になど興味はない。私が求めていたのは制御可能な”神の兵器“だったのだから」

「でも、モンザ・ケビーラは滅びたよ」

 何があってこの国が現在の姿になったのかわからない、リーはハーディに語ることを拒んだからだ。だが、高度な文明を持ち、イオール・ビアーマという兵器を有しながら、この国は滅んだ。それが現実だ。

「では、我が国も滅びるだけだな」

 フリーマンが息を吐いた。だからおまえは未熟なのだと暗に言われた気がして、リーはむっとする。


「来たで!」


 アーシェの胸元がシグナルを発するように点滅した。ほぼ同時、石像兵たちの出てきた出口付近一帯の岩盤が内側からはじけとぶ。さながら海に砲弾を撃ち込んだような量の塵煙が高く高く宙へ上昇した。

 イオール・ビアーマ。

 巨大な水柱のような岩盤を全身から落としながら、ついにそれが姿を現す。刹那、悪寒がリーの全身をはしりあがった。アーシェをかきいだき、リーは直感のままに跳ぶ。

 リーたちの後方には崩れた門と神殿の敷地全体をかこむ岩壁があったはずだが、それらがまるでスプーンですくいとったかのようになくなっていた。

 さすがのフリーマンも言葉を失ったらしい。かろうじて石像兵たちの攻撃をしのぎながらぼうぜんとしている。

 イオール・ビアーマの四十数余の腕。そのひとつから赤い光が発されたと思った瞬間、岩壁が消えていたのだった。それだけではない、敷地の向こう側、街の方まで伸びて、まるで巨大な球の転がったような(わだち)が続いている。


「なんっ……」


 呼吸五回分ほどの間をおいて、ようやくアーシェが発声した。

「何が“いくら上等な生贄があったところで王族(おれ)がいなきゃあのバケモノは発動しねえ”やねん! かっこつけよってからに、全然フル稼働やんか、あんなん、どうせえっちゅーねん! あんなもん一回でも食らったら骨も残らんで!」

 アーシェの言葉を理解したのかどうか、左肩の腕の一本から新たに一撃が放たれる。今度はだが、光は空に消えていっただけだった。また一撃。畑のある山の頂上付近を斜めに削り、はるか彼方へ走っていく。

 自力ではうまく狙いを定めることができないのかもしれない。もどかしそうに、石像が地団駄する。リーたちをぎろりと睨み、一直線に突進してきた。


「しつこい男はモテへんで!」


 スライディングの要領で石像の足もとへすべりこみ、アーシェがそのすねに向かって蹴りを放つ。石像の動きは止まったものの、だが、ダメージを与えるには至らない。

「アーシェ!」

 石像の左腕がアーシェを捕まえようと動いた。祭壇から音もなく流れて落ちていく赤い血液。神殿内でのおぞましい光景がフラッシュバックし、リーは唸り声を上げる。上着のポケットから引き抜いたナイフが石像の右目にヒットした。意図した通りにその攻撃目標がこちらへ向いたのへ、リーは笑う。


(火炎瓶はあとひとつあるけど)

 先の石像兵での効果をふまえて考えるに、おそらく小さな火花の一つが肌に当たった程度の刺激にしかなるまい。どうしようか、とせまりくる手のひらに対しながらリーは唇の片端を引き上げる。

 リーは動けない。アーシェが石像を追いかけて腕を伸ばし、石像がリーを握りつぶそうと右腕を伸ばすのをただ眺めている。

(ハーディ、ごめん)

 リーはぎゅっと両目を閉じた。





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