#18 袋のねずみ
翌朝、リーは天幕の中で目を覚ました。曰く、アーシェが浜辺からここまで運んでくれたのだという。
「オッサンが起こしに来てな、起きろ起きろって怒鳴るねん」
くああ、と大きなあくびをこぼしながらアーシェが言った。
「なんでも、基本願い事以外の魔法は使われへんのやて。ほら、落とし穴に落ちたときあったやろ、あのけったいな迷路で。なんで魔法使わへんのやろって不思議やってんけど、そういう事情やったんやな」
『本来天性のないやつに真似事させるんだ。そうなるだろ』
アーシェの後ろに立って、ハーディがパチンと指を鳴らした。あくびをくりかえしていたアーシェがガクッとその場に崩れたかと思うと、すやすやと寝息をたてはじめる。ハーディいたずらの成功した子どものような顔でが笑った。
『この程度ならサービスでいつでもやってやるぜ』
気のつくランプの精が昨晩食べきれないほど用意してくれたおかげで、リーたちが朝食に困ることはなかった。腹を満たしたあとはフィールドワークだ。意気揚々と調査を開始したリーのあとを、アーシェとハーディが引率のようについてまわる。
「ここ」
太陽が南中するころ、そうしてやってきたのは丘から見えた寺院だった。神殿だな、とハーディが言う。
『王家の宝。イオール・ビアーマが収められてる神殿だ。おまえらが最初にいたっていう建物が王宮』
「王宮?」
問い返しながら、リーは丘の上の建物を指さす。街のどこからでも見ることのできる美しい白壁は、なるほど言われてみれば王の住まう場所にふさわしい。街中を歩いて気づいたことだが、城下の建物は青味を帯びたレンガが使用されていた。曰く、虫除け用の塗料なのだそうだ。
リーは王宮から神殿へと視線を戻す。入り口をふさぐように砕かれている門の残骸をえっちらおっちら上りながら、かけらを指でとった。
「こっちはすこし赤味があるね」
「山を削ってるんやな。壮大や」
敷地内を見回しながら、アーシェが感心したように言う。庭だけでも市場がひとつまるまる入ってしまいそうな広さだ。丸出しになっている岩壁はストゥーパと石像が彫られていて、参道を歩いているとじっと見張られているような気持ちになってしまう。
落ち着かない。
リーは王宮で感じた清浄な空気について話をした。「神殿」というなら、あちらの方がよっぽどそれらしい。
中の門を過ぎると、今度はリーたちを左右に整列した衛兵の像が迎えた。三の門の奥が神殿だが、突然、アーシェが足を止めた。アーシェだけではない、リーも、ハーディも前方をじっと睨んで止まる。
「やあ、遅かったな」
セドリックとフリーマンがそこにいた。
*
「あなた方が入口を開いてくれたおかげで、われわれもようやくこの地を訪れることができた。まずは感謝を、リヴェリア嬢」
ひきしまった痩身と後ろへ几帳面になでつけられた亜麻色の髪に鉄をはめ込んだような、冷たい灰色の瞳。セドリックが役者のように両腕を広げて言う。
背後から騎士団が走り出、彼らを守るように陣を展開した。いつでも飛びだせるよう、リーはやや腰を低く落とす。
「“ハーディ・アリ・ジッナー”」
セドリックが呼んだ。ハーディの体が大きく震え、青いひとみにまがまがしい、血のような色が混ざる。
「ハーディ!」
腰のランプを見てみると、こちらも同じように赤く色をまといつつあった。ハーディ、とだだっ子を相手にするようにセドリックがくりかえす。
「抵抗しても無駄ですよ、聖なる王。あなたを構成する魔力が私の血に従属するよう織られているのですから」
『くそがっ…! 俺の主人はてめーじゃねえんだよ!』
呼べ。ハーディが言う。
『ランプを持ってんのはおまえだ、リー! 呼べ、あいつの命令を上書きしろ!』
「“ハーディ”!」
ランプを両手でかかえるようにして唱えると、ランプの赤い光が押さえつけられたように弱まった。リーは暗記した文献の内容を記憶へさらに叩きこむように一心にハーディの名前を連ねる。
「なんや、ちょっとうらやましいんやけど…」
『これだけ近くに契約者がいるんだ、誰がてめーの命令になんか従うかよ!』
ぼそっともらしたアーシェの前、ハーディは絶好調だ。鳥のようにリーの周りを飛び回り、挙句、セドリックに向かって突きだした尻をぺんぺんと片手ではたいている。
それがはたして彼の沸点を下げたのかどうかは定かではないが、セドリックが後ろから何かを出して見せた。見、「あ」とリーは声を上げる。
それは美しい黄金のランプだった。リーのランプよりやや小ぶりに見えるそれへ、続いてセドリックが何事かをつぶやく。道の両脇に整列していた衛兵の像が呼応するように赤く点滅し、つぎつぎとその場から動きだした。
セドリックがフリーマンに予告する。
「少々痛めつけることになりますが」
「かまわん」
フリーマンが答えたのが合図。衛兵たちがいっせいにリーたちへ襲いかかり、リーはすばやくランプを腰につなぐ。
「アーシェ、さがって!」
「冗談言いなや、ようやく出番やんか!」
吼えるように返して、海底遺跡の掃除屋をもくだいたアーシェのかかとがうなりをあげた。一体、回りこんでまた一体と砕いていく彼の胸元が光をともなっていることに、リーは気づく。
「最後のイムラーンが野蛮で品のかけらもない戦闘型とは」
セドリックが言った。新たに命令が追加されたのだとリーたちが理解したのは、衛兵よりも一回り体の大きな石像兵が二体現れてからだった。
一体は筋骨たくましい裸の上体にワシの頭部を持った異形兵、もう一体は細身に絹布のようなヴェールをまとったヒト型。残すところ一体だった衛兵を腕の一振りで砕き、ワシ頭がリーの目前にせまる。
「!」
相手は素手で、その動きのひとつひとつは荒くぎこちない。起動したばかりで体がついていかないのかもしれない。
考え、リーはワシ頭の攻撃をかわす。もう一体はアーシェと戦闘を開始している。早く片付けてアーシェの助太刀に向かいたかった。
(ロープでしばりあげよう)
ワシ頭と距離をとり、フック付きロープを出そうとしたときだった。突然ワシ頭の動きが俊敏になり、リーとの間合いをつめてしまう。ハーディが叫んだのと、ワシ頭の攻撃がリーにヒットしたのは同時だった。投擲された球のようにリーの体が飛ぶ。
「ッ…!」
受け止められたのがストゥーパでなかったのはさいわいだったが、背中を強く打ったことで呼吸が一瞬止まってしまった。とっさにガードしていなかったら内臓をうちやぶられていたかもしれない。
気合をいれるようにパタパタと膝を払い、リーは今度こそフック付きロープを構える。ワシ頭の膝にからませたところで、アーシェに合図を送った。
「アーシェ、ふせて!」
火炎瓶がワシ頭にヒットし、地面が揺れる。やった、なんて喜んでいる暇はない。黒煙が葉を広げ、赤い炎が花弁をひらく間にもリーは走る。煙幕に隠されるようにアーシェを回収すると神殿のなかへ転がりこんだ。地下室へおりる通路のようなそこを走り抜けていくと、やがて視界がひらける。
天井は高い吹き抜けかと思いきや、ぽっかりと開いて空が見えていた。どうりで明るいわけだとリーは思う。内装はむきだしの岩肌そのままで、繊細な彫刻で装飾されていた王宮とは対照的な印象を受ける。
リーが注目したのは、壁の中腹あたりをくりぬくようにしてある棚と、そこに収められている小さなふたつきの容器だった。赤味かかった肌のそれは素朴な素焼きのようだが、こちらもやはり何の装飾もされていない。ちょうど天井の真下にあたるだろうか、中央には舞台があり、ここでは神事が行われていたのだろうとリーは考える。
舞台の奥は祭壇だ。これもシンプルで、成人男性が横になれるほどの幅の台だけが置かれている。ここでまつられているのはこの石像でいいのだろう。リーは舞台の上から石像を見上げる。
座高だけでも壁半ばほどまである巨大な石像だった。もしも立ち上がったら、天井から頭がでるに違いない。布をまきつけただけのような簡素な身なりに、瞑想するように両の手を胸の前に組んで、目をかたく閉じている。厳かな表情をした男性の像だが、その背中には実に四十数余の腕が生えている。彼はいったい何者なのだろう。
「なんやここ、…気味悪いわ。ぞくぞくするっちゅーか」
『なんだって?』
アーシェのコメントを聞きとがめたように、ランプからひょっこりとハーディが顔を出した。おい、と青ざめた顔で言う。
『ここはやべーぞ』
早く出ろ。めずらしくせっぱつまった声でハーディが二人を急かした。だが、ここまでは一本道だ。今戻ればセドリックたちとはちあわせしてしまう。
『それでもこいつよりはましだ、こいつはな、』
「どこかに隠し道とかあらへんのかな」
言いながら、アーシェが舞台の方へ近づいていく。馬鹿、とハーディが怒鳴った。
『おまえはそいつに近づくな、小僧!』
「へ?」
アーシェがこちらを振り向いた頭上。
リーは見る。まぶたを閉じて瞑想していたはずの石像が両目を開いていた。洞内の振動とともに小石がパラパラと落ち始め、ハーディがひどく苦々しげに舌打ちする。
『こいつが、イオール・ビアーマ――天の大火なんだぞ!』
「そういう大事なことは先に言って!」
アーシェが涙目で叫んだ。




