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#14 どっちが素なの?



『なかなか気づかねーんだもんな、なんかあったんじゃねーかって心配してたんだぜ』

 アーシェとリーを待っていたのは、陽の色の髪と大地色の肌、海の色のひとみをもったランプの精霊だった。曰く、通常であればランプを目印にすぐに追いかけることができたのだが、なぜか床面を通りぬけることができなかったのだという。


 リーはうなずいた。

「そういえば最初に偵察に行ってもらったときも道を戻ってきたって言ってたね」

『ああ、変な生き物がうろついてるだけあって、やっぱここ、変な力が働いてる。今ここにいるのだっておまえが呼んだからだし』

「そっか」

 リーはランプに目を落とす。ハーディに合流したのに依然と光が消えないのはなぜだろうと思った。それどころか警告を発するように点滅を始めている。

 ぶっきらぼうな言葉遣い。裾のほつれたシャツに前開きの上着、くるぶしをだしたパンツにサンダル。姿も声もたしかにハーディのものなのに。

 アーシェも同じように感じているのか、緊張した面持ちでハーディをうかがっている。


『どうした』


 腰のポケットに両手をつっこんだ姿勢でハーディが問うた。無造作なのに目を引く所作。

 それは大衆の前に立ち、それらに見られ、あるいはかしずかれることに慣れている人間のものだった。貴族よりさらに高位に立つ存在、王族が天性として与えられる高貴な圧力。

(どうして、)

 ハーディから注意を放さないまま、リーはランプの側面、フリーマンのぬぐった部分に目を走らせる。点滅はどうやらそこの文字を起点にしているようだった。


(『故郷、…聖なる王、名…。記憶の鍵…?』)


 古い文法。おそらくヴァスラの書と同じか、さらに古いものだろうとリーは見当をつける。父はあの黒ずみの状態からこの文字を見つけ、ランプを研磨しようとしたのだろうか。

 まだまだだな。父の声が聞こえたような気がして、リーはぐ、と眉根を寄せる。

(違うもん。本当は教授と読むつもりだったんだもん)

 どうした、とハーディがくりかえした。

『なんで逃げるんだよ』

「逃げてない」

 語調が強くなったのは、リー自身も気づいているからだ。ハーディが一歩近付けば一歩、さらに一歩近づけばまた一歩。ハーディから“逃げる”ように後退を続けている。

 くく、とハーディがおかしそうに笑った。言う。


『やっぱりかわいいな、おまえ』

「!?」


 アーシェとリー、同時にぎょっとした。リーとアーシェの知っているハーディは、こんなにも甘い、まるで恋人に言うみたいな声で「かわいい」なんて言わない。

 アーシェがハッとしたように補足する。

「リーはかわええけどな!?」

『おい、奴隷』

 ハーディがいまいましそうにアーシェを見た。花紋はすでに光を収めて消えているので、あるのはシャツに隠れた奴隷紋だけだ。

 ハーディが舌打ちする。


『奴隷風情が。こいつの名を馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ』

「なんやて?」

『リーは俺のモンだ。いいか、今後は気安く触るんじゃねえぞ』


 言いながら、ハーディが片腕を挙げた。方角を示すような自然な動きだったが、獲物までの着地時間をはかる禽獣のように口の片端を引き上げる。同時、アーシェの紫色のひとみがこぼれおちそうなくらいに見開かれた。

「ぐ、あああああああっ!」

 ハーディがしたのはただ、アーシェに向けた手の指をゆっくりと折り曲げる動作。それだけなのに、なぜかアーシェが体を折って絶叫する。

「どうしたの、アーシェ!?」

 リーはハーディの腕にとびついた。

「ハーディ! やめて!」

 ハーディがそうであるように、リーもまたハーディに実体として接触することはできない。だが、アーシェの悶え苦しむさまを黙ってみていることはできなかった。

 やめて、やめてとくり返す。


「アーシェが死んじゃう! やめて!」

『なんでだよ、この程度のしつけなんかむしろやさしいくらいだぞ』


 言いながら、ハーディがさっきよりも深く指を握る。矢で打たれた動物のようにとびはね、ごろごろと転がるアーシェを、そうしておかしそうに笑うのだった。

「アーシェ、アーシェ!」

 花紋がハーディにあらがうように点滅する。もしもこの光がとぎれたとき、彼はどうなってしまうのだろう。

 その先を考えるのがおそろしくて、リーは夢中でハーディの胸を叩く。ハーディの様子がおかしいことはわかっている。だが、どうすればいいのか、それはなぜなのかを知るすべが、今のリーにはない。ただ子どもみたいに泣きわめくことしかできないのだった。

『クソ……やめろ、』

 不意に、アーシェの悲鳴が止まった。アーシェがその場に力なく崩れ、リーはあわてて彼の呼吸をたしかめる。アーシェを守るように両腕を広げ、リーはハーディを睨んだ。

 だが、ハーディは頭を抱えるようにして沈黙している。さきほどまであった、まがまがしいくらいの圧力も感じない。


『そいつは、…先祖返りだ』


 おそるおそるリーが呼ぶと、ハーディが深い深呼吸ののちに返した。

 喜べ、リー。ようやく嵐のおさまった海のような色がかすかにわらう。

『その小僧は本物だぞ。なんせ俺がおかしくなったのはそいつのせいだからな。最悪だ、何が最悪かって、ただの先祖返りじゃねえことと存在がイレギュラーすぎて小僧自身に何の知識もねえってことだ。あのやろう、仕掛けやがって』

 まるでせきたてられているような早口。そいつは駄目だ、とハーディが吐き捨てる。

『今すぐ殺した方がいい。そいつのためにも、この世界のためにも』

「どうして、」


 ハーディが何を言っているのかわからない。だが、ハーディには聞こえていないようだった。まるで一人残った部屋で自責するように舌打ちする。

『そうだ、あいつらは俺たちを根絶やしにすることが目的だった。嫌んなるぜ、化け物みたいに頭がいいくせに根本的に間違ってやがる、自業自得だけどな。だが、そうじゃねえんだよ、王族とかそんなのは関係ないんだ。だから俺はあいつらを殺すべきだって、何度も――』

「ハーディ!」

 ハーディの輪郭がマーブリング状に乱れた。カタカタとランプが小刻みに痙攣をはじめ、それから、その口でハーディを吸い込んでしまう。

 いそげ。

 使命を告げるような声が残響した。

『そいつらは滅びの鍵だ』。





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