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#12 死んで生き返ったら覚醒しました



「アーシェ、アーシェ!」

 暗い通路内にリーの悲鳴が響く。アーシェとリーの連携によって“舌”を完全に破壊することはできたが、誤算がひとつあった。アーシェの蹴りとリーの火炎、二つ分の攻撃で“舌”を破壊するはずが、ほぼアーシェの一撃で結果が出てしまったことだ。

 そのため、本来“舌”に当たって半減するはずだった火炎の爆発力がアーシェにも及んでしまい、全身にひどいやけどを負ってしまったのだ。四肢が吹き飛ばされなかっただけ信じられないような幸運と奇跡だった。


(アーシェが死んじゃう)


 リーの持っている道具では到底間に合わない、そんな技術もない。医者ならあるいはどうにかできるかもしれない。ここまでの道順だって覚えている。だが、おそらく外の空気を吸うより先に彼は死ぬだろう。そう、今すぐにどうにかしなければ、彼は死ぬ。


(だめ、――)


 かすかに上下するアーシェの胸元をただ無為にながめることしかできない己と時間がこんなにもおそろしいだなんて知らなかった。頭がおかしくなりそうだ。ぼろぼろと落ちていく涙に膝を濡らしながら、リーは奇跡を探すように視線をさまよわせる。

 そのとき、カンテラが目に入った。アーシェにかばわれたときに放り投げてしまったらしい、倒れ、横になったそこで火が今にも消えそうになっている。先代国王が新たに設立した工学部で開発され、倒れても火事にならない設計と少しの燃料で長持ちするという特長から、考古学部で重宝されている携帯型の光源だ。


 そのそばに、褐色の肌の青年が頬杖をついて座っていた。暗く翳った青い瞳。アーシェよりも色の濃い金の髪は半分闇にしずんで、ハーディの彫りの深い端整な顔に影をつくっている。人間のように喜怒哀楽をしめし生き生きと活動するので忘れがちだが、彼はリーたちとは違う生き物なのだ。


(ハーディ)


 そうだ、とリーは目の覚めた人のように思う。彼なら、もしかしたら。

リーはすがるような思いでリュックからランプをひっぱりだす。そうして、ランプに願いを告げようとしたときだった。

「!」

 にわかにアーシェの胸元で不可視の風がおこって、焼けた肌の上、花の紋様が真珠色の光をともないながらうかびあった。やがてそれがレンズを通した灯光のように一筋に集まり、道をさししめす。

 ぼんやりと、リーはそれを目で追った。


 あかりのない地下遺跡。暗く湿った陰鬱な空気に、闇の中から常に聞こえてくる正体のわからない息遣いが探索者に一瞬の気のゆるみも許さない。

 いったいどこまで続くのか、それとも終わりなど用意されていないのか。悪い想像ばかりがめぐっていく心を励ますように、きよらかな光は細く弱く、しかしたしかに伸びているのだった。希望を捨てるな、あきらめるなとうったえるように。

 なんて美しい、やさしい光だろうとリーは思う。こぶしで涙をぬぐった。

 ランプを手に取って願う。


「『アーシェをなおして』」


 ハーディ、と呼ぶと、冷たいひとみをしたハーディがリーを見下ろした。いいのかと問う。それでいいのかと。

『百歩譲っておまえが無欲なのは認めてやる、前例があるからな。だが、たった三回しかねえチャンスを、そのうちの一つを、昨日今日知り合ったばかりの小僧に使うって? 正気かよ!』

「だってわたしのせいで、わたしを守ろうとして、アーシェは怪我をしてしまったから」

『そんなん小僧が勝手にやったことだろうが! おまえが責任感じる必要はねーだろ、普通に。てか三回しかねーんだぞ、わかってんのかよ。それに見ろ、こいつはイムラーンかもしれねーんだろ、この光をたどっていけばもしかしたら』

 リーはかぶりを振る。言う。


「アーシェは、ここにいるアーシェしかいないよ、ハーディ」


 “死者”というのは基本的に魔法を受けつけない、とハーディは言った。つまりここで失ったら、アーシェは二度と戻らない。二度と会うことはできない。だが、今ならまだ彼は生きている。彼の魂は地上にとどまっている。まだ間に合う。

「わたしがあのときリュックを取りに戻らないで教授たちの言う通りに王城を出ていたら、アーシェはこんなことにならなかった。だけど、アーシェは一緒にここから出ようって言ってくれて、一緒に戦ってくれた」

 嬉しかったのだ。

 それに、とリーは続ける。


「アーシェはわたしの話を聞いてくれる。サロンの人たちみたいに退屈だって言わない。文献の一冊も読まないくせにモンザ・ケビーラなんかない、ただの夢物語だっていうひとたちみたいに否定しない。だからわたしもアーシェのことを知りたい。…アーシェと友だちになりたい」

 もっとアーシェと話がしたい。

 それではいけないだろうか? リーはハーディに問う。

「書斎で本を読むのも遺跡にいるのも好きだけど、ほんとは友だち、ほしかったよ、ずっと。考古学の話ができなくてもいい。わたしの夢の話を笑わないで聞いてくれるなら、」

『…くそ!』


 ハーディが舌打ちした。

『ガキ! 友だちになりたい? 話がしたい? 小僧に惚れたからとか気の利いたこと言ってみろ、バーカ!』

 押し負けて拗ねる子どものように言って、ハーディがアーシェのかたわらにどっかりと座りこむ。青いひとみが黄金色に変わった刹那、同じ色の泡がアーシェの体の輪郭を包んだ。ふつふつとふくらんだ光の泡のなか、焼けただれていた彼の肌がみるみるうちに修復され、もとのなめらかな色を取り戻す。まもなく胸の紋が光の泡を吸収し、合図のように光を発した。

「ん、……」

 アーシェの顔に血色とすこやかな呼吸が戻る。髪と同じ色のまつげがふるえ、やがて澄んだアメジスト色の瞳があらわれた。

 アーシェが寝起きのようにみじろぐ。


「なんや…えらい気分がすっきりして――」


 言いながら、ハッと両目を見開いた。記憶を整理するような間ののち、なんやこれ、と声を発する。飛び起きる。

「何が起きたん!? オレ生きとるやん!」

 ぐわ、と首をまわしたそこに、ちょうどアーシェをのぞきこんでいたリーの顔がある。むつまじい恋人のような距離。アーシェが転がるようにリーから離れる。

「かんにん!」

 熟れたトマトのような顔でアーシェが言った。それからやにわに表情をあらため、言葉を続ける。

「あんな、嫁入り前の女の子が奴隷とはいえ、みだりに男に接触したらあかんねん。いや、アンタの気持ちは嬉しかったけど――」

 アーシェが再び瞠目した。


「だからなんでオレ生きとるん!? なんで生きとるん!?」

『…なんでも何も、考えりゃわかるだろ。リーが魔法使ったんだよ』

「魔法?」

『ランプの魔法だよ』


 ハーディが面倒くさそうに説明する。ランプの魔法。アーシェが口の中で繰り返した。

「オッサンがそれやって聞いたときはなんや半信半疑やったけど、アカン、死んだって思ったもん。そのオレがこうして生きとるなんて理由はひとつしかあらへん」

 どうして、とひとみがリーを見た。

「助けてもろてこんなん言える立場やあらへんけど、なんでオレなんかにつこたん? 三つしか使えへんのやろ、永遠の命でも金でも、他にようけあるやんか…」

 ほらな、というようにハーディがリーを見る。むう、とリーは眉根を寄せた。感謝されたかったわけでも、アーシェに恩を売りたかったわけでもないが、責められるのは心外だ。

 アーシェがあわててかぶりを振った。


「責めとるわけやない。アンタがええなら、ええねん。ともかくアンタは命の恩人や。オレにできることならなんぼでもする。それこそ一生かけてな」

「うん。わたしもアーシェを守る。だからアーシェ、わたしと友だちになって」

「友だち?」


 リーはうなずいた。きょとんとこちらを見る彼ににっこりと笑んで見せる。

 言う。

「わたし、アーシェ、好き」

 その後、一行は二度目の食事と仮眠休憩をとることで一致した。




       *




 保存食と水を分け合って食事をし睡眠をすませたあとのアーシェは全快だった。ぼろぼろだった服も戻り、本人も申告していたが足どりが目に見えて軽くなっている。

「そこを右やな」

 さらに驚くべきことは、彼が遺跡の道案内を始めたことだ。曰く、「なんとなくわかる」のだという。


「頭に地図が浮かぶっちゅうより、聞こえてくる感じが近いかもしれへん。こっちやでって誰かが教えてくれるねん」

『アレのせいじゃねえの』


 車の後部座席で足を組むような姿勢で、ハーディがアーシェの胸元を指さした。肌のうえに花の紋が浮かび上がったこと。それから道を示すようにひとつの光になったこと。息を吹き返した後は消えてしまったこと。

「…なんやそれ、」

『なんやもなにも事実だっつの。あれだけ不思議現象起こしといて、逆に何も知らないっつー方が不自然じゃねえ? 尼僧院で本当に何も聞かなかったのか?』

「アホ言いなや、知ってたらプレミア価格でふっかけてたで。奇跡の美少年、神秘のイムラーンくらい言うてな」

『美少年』

「美少年…」


 ハーディとリーの声が重なった。自覚があったんだな、とリーは思う。

 アーシェは現にめだって人目をひくわけではないが、ととのった顔だちをしているからだ。もしも彼が正装して夜会に出たなら、その月色の髪と美しい紫のひとみは貴族の女性たちを虜にしてやまなかったろう。

 自分で言ったくせに、アーシェが顔を赤くする。ごまかすようにエヘンエヘンと咳払いをした。

「ま、まあ、今ならアホちゃうかって思うけどな。オレが行けば皆――オカンもチビたちもひもじい思いをせんでええ、野犬だとか寒さに震えなくてええて考えたんやな。ああ、オカンちゅうんは、オレを育ててくれはった尼僧院の院長のことやねんけど。…あの日のオカンとチビたちの顔、忘れられへんわぁ」

「…とろうか、それ」


 リーはアーシェの手首を目で示す。重そうな分銅と鎖は彼が奴隷であることを示すものの一つだ。アーシェがひらひらと右手を振る。

「見た目より重ないねん。連中につかまってからつけられたんやけどな。…ゼノン先生も同じこと言うてくれはった。おおきにな」

 次は左。まっすぐ。右。

 同じようなかたちの道を、アーシェは確信をもって進んでいく。ずいぶん奥まできたのか、最初の頃にあった骨はほとんど見かけなくなっていた。魔物は相変わらずだったが、あのおそろしい掃除屋と比べればとるにたらない。

「出るのに二日かからんと思う。なんとなくやけどな」

 そういえば、とアーシェが言った。


「連中、オレ以外にもイムラーンを探しとるようやったけど、イムラーンって何なん? オレ、あのままおったら何させられとったんやろ」


 曰く、たずねても教えてもらえなかったそうだ。おそらく自分が奴隷だからだろうとアーシェは推測した。

 なあ、とリーの隣に並んで問う。

「アンタならわかるかな、イムラーンって何なん? 連中はオレに何をさせようとしとったと思う?」

 それがゼノンにききたかったことなのだろうか。考えて、リーは自分の答えを口にする。


「“イオール・ビアーマ”」

「イオール・ビアーマ?」


 アーシェが聞き返した。うなずき、リーはヴァスラの書に記述されているイムラーンの事項について説明する。

「 彼らの名は“鍵の守り人”。“鍵”についての解釈はいくつかあるけれど、有力なのがイオール・ビアーマ。ゼノン教授が論文にも書いたけど、天の大火と呼ばれる武器だよ。イムラーンはその発動に文字通り鍵になる役割をしていたんじゃないかっていうのが教授の考え」

「そうすると、モンザ・ケビーラっちゅうんはほんまにあるんやな。少なくともお偉いさんたちはあると思ってはるってことか。おとぎ話の『むかしむかし』やなくて、今もそこへ行けることを知っとるんやな」

「……」


 不意に父の背中がリーのまなうらをよぎった。この国の未来を憂えていたという先代国王、そのそばで長く支え、その苦悩に耳をかたむけながら、父フリーマンは何を想っていただろう。

 知は未来、知は可能性、知は力。

 リーはアルサラム大学を創設したアルサラム国王の言葉を思いだす。幼い日の、父の書斎を遊び場にしていた自分。知る喜び。それからイオール・ビアーマについて論文にふれ、さまざまな人物がゼノンのもとを訪れたというゼノンの話に至る。そのなかにはむろん、父フリーマンの名もあったはずだった。

 セドリックが、父が、なぜまるでイムラーンが現在もいることを知っていたかのようにアーシェを見つけ出したのか。


(知ってるんだ)


 通路の端をネズミが過ぎていった。闇の中ににじむカンテラのあかりに視線を落とし、リーは考える。

(あの人たちは、モンザ・ケビーラが「ある」って知ってる。伝説じゃなく、おとぎ話でもなく、今も行ける場所としてあるって知ってて動いてる)

 いつから?

 リーは顔をあげた。空いている手でアーシェの手をとり、指をからめるように握る。びくりとアーシェが体をゆらしたが、かまわず、リーは宣言した。必ず守る。


「アーシェは、わたしが守る。あの人たちには渡さない」

「えっ…!? あの、待って、手、てか、近……」


 顔を赤くしたままなぜかアーシェがおろおろとうろたえる。そのまま後ろへよろめいたのとガクン、と足元が外される感覚はほぼ同時だった。ちょうど踏みしめたブロックから半径二歩分一帯がぽっかりと空洞になる。

 落とし穴。

 リーが理解したときには、アーシェにぐいと腕を引かれ、抱きしめられていた。とっさに、リーは顔を上げる。

「ハーディッ……」

『リー、小僧ッッ……!』

 扉のように閉じていく床の向こう、這いつくばってこちらに腕を伸ばすハーディが見えた。





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