#11 自動走行型ホウキと戦う
目標との距離はおよそリーの歩幅で十五から二十歩分ほど。同じ幅、同じ長さで揃えられた二枚の帯状のそれがひらひらと旗のように揺れている。材質はおそらく天井と同じはずだが、丸呑みする獲物を待ち構えるようなさまがリーに“舌”を連想させた。なんじゃこりゃあ、とハーディが言葉を漏らす。
内心抱いたリーの感想も同じだったが、おそらく彼とは方向性の異なるものだ。リーはじっとそれを見つめる。
(何が起こるんだろう)
もちろんこれまでの例を引けば、探索者を殺戮するための仕掛けに違いなかった。リーの興味をひいたのは、この“舌”がこれまでの落とし穴や矢が飛んでくるといった原始的な仕掛けと一線を画していることだ。
アマシス三世はこの遺跡を発見した。順序で考えれば、遺跡はアマシス三世の時代より先に存在しており、魔物やこれらの仕掛けは当時からあったはずだった。もしかしたら鏡も遺跡の中で見つけたのかもしれない。
ぞくぞくとリーの胸が躍る。この遺跡はいったい誰がいつ、何のためにつくったものなのか。この奥までたどりつくことができたら、何が待っているのか。
前方から注意をそらさないまま、リーは左右に視線を動かした。“舌”がどのように動くのかを考えるヒントとして材料になりそうなのは通路左右の端に寄せられている白っぽい砂の塊と、ちらばっている白い小石だ。そのうちのひとつを見れば、頭蓋の砕かれたものとわかる。したがって正体は骨のはずだった。
じりじりと後退しながらアーシェが言った。
「なあ、別の道いかへん? なんや気味わるいやん、アレ」
罠が危険であればあるほど正解の道である可能性が高いのだが、別の道がないとも言いきれないし、ようやく突破してもハズレではないという保証もない。いったいどんな運動をする罠なのか見ておきたい気持ちはあったが、リーはアーシェの希望をききいれるそぶりを見せる。
“舌”が反応したのは一行が背中を向けたときだった。
『動いたぞ!』
最初に気づいたのはハーディ。だが、そのときにはすでに二本の“舌”は十五歩分の距離を詰め、目前に迫っていた。
息を呑む間もない。瞠目したままのリーの目と鼻の先、だが、“舌”はリーをとらえる寸前、交差するように軌道を変え、リーを回避する。潮と湿ったカビのにおいに髪を乱されながら、リーは廊下を掃いていくホウキを思いだしていた。それからホウキの毛に追いやられ、隅に集められる埃やゴミを。
喉がカラカラに干上がっている。しびれるような頭でそうか、と思った。
(スライスじゃなくて、叩きつぶされたんだ)
ゆっくりとそちらを振り返り、リーは理解する。ちょうど“舌”と壁に挟まれるようにして砕かれた骨がパラパラと床に落ちるところだった。
わざと避けたのか、それともあらかじめそのようにコースを設定されているのか。
わからないまま、今度は正面から二撃目がリーたちを襲う。
(また避けた)
二往復目。すぐに三往復目。いずれもまったく同じ軌道を走っているようで、レースごとに交差のタイミングを変えていることにリーは気づく。同時、骨の砕ける乾いた音を聞かされるたびに体温が下がり四肢が硬直し、思考力がこわばっていくのにも気づいていた。
砕ける骨はそのまま、“舌”にとらえられた自分の末路だった。考案者は掃除の好きな人だったのかなと、しびれつつある意識の中でリーは考える。
文字通りホウキのように範囲内に現れたゴミを掃き、壁で叩きつぶすのだ。往復式、ホウキの幅は通路にぴったりフィットするよう設計されているから、隙間を抜けることもできない。
絶対にゴミを逃さない優秀な掃除機。
それがスタート態勢なのか、最初に遭遇したときと天井からぺろりとたれさがっている“舌”を見あげながら、我知らず、リーはわらってしまう。
『何がおかしい』
気づいたのはハーディだけだった。繰り返される乾いた音とゴミの粉砕に、あるいはリーがおかしくなったと考えたのだろうか。ごめん、とリーは前置きを告げる。
「だってこんなめちゃくちゃなもの、知らないから」
今まで読んだ文献にも訪れた遺跡でも、こんなふうに動き回る仕掛けを見たことがない。怖い。ここで自分はもしかしたら死んでしまうのかもしれない。
けれど同時に、おそらくアマシス三世が発見する以前から存在していただろうそれに、どうしようもなく心が躍ってしまうのだった。だってこんなめちゃくちゃな自動走行型ホウキなんて、地上のどこを探したって存在しない。
『…おまえ、』
ハーディがあきれたように肩をすくめた。今度こそリーが笑ってみせるのへ、言葉もないという面持ちでかぶりを振る。
「どないせえっちゅうねん……」
リーの考察を聞いたアーシェの反応は、さすがやなあという感心だった。が、すぐに途方に暮れたような声音になる。
「そしたら余計に動けへんやん、…ここから」
「破壊すればいいんだよ」
「へあ?」
アーシェが顔を上げた。ツールバッグから小瓶をとりだしたリーの目的を理解したらしい、がしりと腕を掴み、青ざめた顔で首を横に振る。
「大人しそうな顔しとるのにやること過激すぎひん!? いや言うてることはわかるんやけどこの距離でそれやったらオレらも確実に二次被害こうむるやんな!?」
「でもアーシェ、このままじゃ」
『おまえら、悠長にくっちゃべってる場合かよ!』
ハーディがつっこむ間にも“舌”は機動を開始している。最初は二枚一緒に、しかし一枚が途中で独立した。ここへきて初めてパターンを外した動きに、リーの反応が遅れる。
壁と“舌”に挟まれた骨と砕かれる音がリーをフリーズさせた。何をしているのかと責めるハーディの声を遠くに聞いた直後、しかし、リーの体は掃除の軌道から外れる。
つきとばされたのだとリーが理解したのは、まともに“舌”にぶつかり、弾かれ、床に転がったアーシェを見た後だった。
「アーシェ!」
「アッタマきたぁ」
憐れな骨たちのように壁で粉砕されるはずだったアーシェはしかし、弾かれたことでうまく軌道から外れたらしい。ゆらりと起き上がると、コースを走り終えスタート位置についた“舌”を睨みつける。
額から流れた血が彼の髪を汚しながら床にしたたる。全身も強打したはずだし、もとの状態を思えばそもそも彼は立てるはずがなかった。だが、アーシェはくらみを払うように軽く頭を左右に振るだけでさっさとスタートをきってしまう。
向かうのは“舌”。
無茶だ。
思いながら、リーは次の行動をとることができない。小瓶はアーシェごと吹き飛ばしてしまうし、フックつきロープを使えばこちらに引っ張ることができるが、アーシェを傷つけてしまう。もう一枚の“舌”が動きだせば彼も一緒に掃除されてしまう。
(どうしよう、)
リーがあぐむ間も時間は流れ続ける。最終的にはアーシェが先ほどリーにしたように彼をつきとばして救出することを選択したが、その必要はなかった。
「っぅらぁ!」
短い気合の声とともに、アーシェが“舌”を両手で受け止めたのだ。信じられないことに素手である。だが、真に驚愕すべきはその次の行動だった。さらにアーシェは、そこから上体のひねりを使った蹴りを放った。ガキンと、岩盤を鎚で打つような音とともに“舌”の片側にヒビが入る。
アーシェが吼えた。
「見さらせ、牛のドタマもカチ割るオレのスーパーな踵ハンマーを!」
『嘘だろ』
「すごい」
リーとハーディの声が重なる。
リーはぼう然とアーシェと、それから何が起こったのかわからないように停止している“舌”とを見た。きっとこれまでもアーシェのように彼らをどうにかしようと考えた者はあったろう、だが、彼らは問題なく圧勝を収めてきたし、これからもそのはずだった。だからこそ困惑している。
はあ、とアーシェが息をついた。その場にどっかりと座りこんだアーシェに、あわててリーは駆け寄る。
アーシェがリーに向かってわらいかけた。
「やかましいばっかで何もできへん男やって思われるんもかっこ悪いしな」
アメジスト色のひとみがいたずらっぽくたわむ。
「もらった水と飯の分は働けっちゅーのがうちの家訓やねん。一緒に出よ、ここから」
言って、アーシェが膝を動かした。が、うまく力が入らないのか、ぐらりとかしいでしまう。とっさにそれを支えながら、リーはアーシェの膚がおどろくほど熱いことに気づいた。鎖骨の下、シャツの隙間からのぞくイムラーンの紋様に息を呑む。
真珠色に輝く美しい花の紋。
なんてきれいなんだろうとリーは思う。紋様だけではない、自身の血によごれた月色の髪も、自らの命を燃やすように輝く宝石色のひとみも、何もかもに目を奪われる。
その美しさのあまり神が自身の祭壇に欲したという人間の話を読んだことがあるが、きっとこんな気持ちだったのだろうと、リーは想像した。
アーシェは自身に見入るリーの視線に気づかない。なあ、とリーに作戦をもちかける。
「さっきは反対したけど、あの火、使ってみてくれへんかな」
「火って、これ?」
リーがツールバッグから小瓶を出して見せると、アーシェがうなずいた。我に返ったらしい“舌”が再び動き出すのへ、不敵に笑んで見せる。
「あっちはちょっとカタそうやからな。合図したら投げて」
言って、床を蹴った。
*
長らく動揺していた “舌”は、状況を理解すると、自分たちを傷つけた者にたいする怒りを表した。アーシェにヒビを入れられた方ともう片方、アーシェを挟み撃ちするように前から後から、いっせいにアーシェに襲いかかる。
満身創痍のアーシェは、しかしちっとも動揺するそぶりを見せなかった。的が自身の間合いに入った瞬間、一度目の蹴りで入れたヒビを正確に叩き、背面からの一枚が追いつくよりも早くそれを叩き割ってしまう。
相棒を目の前で砕かれ、“舌”が怯んだ。アーシェはその隙を逃さない。
食らえ、とアーシェが息を吐いた。
「ダイヤモンド・アターック!」
今や。アーシェが合図をした。




