第三章 祖母の約束
「アリヤ、逃げて!」
ひかるは叫んだ。
けれど、本物のアリヤは動けなかった。
自分とまったく同じ顔をした少女が、目の前に立っている。
偽物のアリヤは、ゆっくりと振り返った。
「ああ……来てしまったのか」
その声を聞いた瞬間、アリヤの顔から血の気が引いた。
「あなた……まさか……」
「久しぶりだね、アリヤ」
悪魔はにっこりと微笑んだ。
「おばあさんに、会いたくないかい?」
その言葉に、アリヤの身体が震えた。
「やめて……」
「ずっと会いたがっていただろう?」
「やめて!」
アリヤは耳を塞いだ。
ひかるには、その意味がわからなかった。
「アリヤ……?」
アリヤは震える手で、指輪を握りしめた。
それは、亡くなった祖母から受け継いだ形見だった。
まだ幼かった頃、アリヤは祖母と一緒に暮らしていた。
両親が忙しい日も、学校で嫌なことがあった日も、祖母はいつもそばにいてくれた。
祖母はよく、アリヤの手を握りながら言っていた。
「アリヤ。寂しくなったら、この指輪を見なさい。おばあちゃんがあなたを大好きだったこと、忘れないでね」
祖母が亡くなった日、アリヤは泣き続けた。
もう一度だけ会いたかった。
声を聞きたかった。
抱きしめてほしかった。
そんな彼女の前に、ある日、悪魔が現れたのだ。
『おばあさんに会わせてあげよう』
悪魔は優しく囁いた。
『たった一つ、約束をしてくれればいい』
アリヤは信じかけた。
もう一度祖母に会えるなら、何だってしてもいいと思った。
しかし、契約書に自分の名前を書こうとした瞬間、不思議なことが起きた。
祖母の指輪が、突然熱くなったのだ。
まるで、誰かが止めようとしているかのように。
アリヤは怖くなり、契約を拒んで逃げ出した。
それ以来、悪魔は何度も彼女の前に現れるようになった。
そして今、再び目の前に立っている。
「もう一度だけ聞こう、アリヤ」
悪魔が手を差し出した。
「おばあさんに会いたいだろう?」
アリヤは唇を噛んだ。
「……会いたい」
ひかるが息を呑む。
「アリヤ……!」
「会いたいよ……。もう一度だけ、おばあちゃんに会いたい……!」
涙が頬を伝った。
けれど、アリヤは指輪を胸に抱きしめた。
「でも……おばあちゃんは、そんなこと望んでない」
悪魔の笑みが消えた。
「何?」
「おばあちゃんは、私に生きてほしいって言ってくれた。だから……あなたとは契約しない!」
しばらく、沈黙が続いた。
やがて、悪魔は小さくため息をついた。
「……そうか」
その姿が、ぐにゃりと歪む。
アリヤの顔が崩れ、黒い霧が周囲に広がった。
霧の中から現れたのは、長い腕と鋭い爪を持つ、異形の悪魔だった。
「だったら、もういい」
悪魔は冷たい声で告げた。
「契約が取れないのなら、お前はもう必要ない」
その赤い瞳が、アリヤを捉えた。
「死んでもらおうか」




