おせわになりました
今日はエルナの父の目線でお送りします。
王太子妃にほぼ確定した娘と久々の晩餐を終えて領地へ戻った私たちだったが、それからまもなく末の娘のアンゲラがとんでもないことを言い出した。
「おとうしゃま、おかあしゃま、いままでおせわになりまちた」
「……へ?」
「……?」
私は南の端の田舎の領地をおさめる伯爵なんてものをやってはいるが、ちょっと何を言っているのかわからない。
いや、わかるんだ。
目に入れても痛くない、可愛い可愛いすえの娘がそこにいて、しずしずと頭を下げて出て行こうとしている。
背には自分と変わらないほどの大きな荷物を背負って、どちらが荷物かわからない。
何を入れているのか、パンパンに膨らんでいるし、先日送ったお人形の足が飛び出ている。
その娘が、言うことには……なんだって?
やっぱりわからない!
「どうしたんだい?アンゲラ。なにか嫌なことがあったのかい?まさか、私が何かしてしまったのか?」
私は泣きながら末娘にすがりつく。
「ちがいまちゅ。アンちゃんは王子様のところにいくんでしゅ」
強い眼差しでそう言い放つと、再び扉から出て行こうとする。
私が全身で引き止めようとしているのに、力強い一歩で前へ進もうとする。
「お願いだから行かないで〜」
王子のところへ行くだって?
すでに一人、娘を王子のところへやっているっていうのに、さらにもう一人だって?
あンのクソ王子め!どれだけ貪欲なんだ!
うちの娘ばっかり!
「おとうちゃま、はなちてください。アンゲラがあるけましぇん」
「絶対行かせないんだから〜!」
フンッフンッと体ごと揺らして前へ進もうとしていたアンゲラだったが、そろそろ私が重くて面倒になったのか、両手で顔を引き剥がしにかかった。
「お父様が嫌いになったのかい〜?」
「おとうしゃまは、おとうしゃま。王子様は王子様」
「そんなのわかってるよ〜」
愛しい末娘との攻防をずっと静観していた妻ペルレが、呆けた状態からようやく回復したのか、「あらあら〜」なんて片手を頬に添えて首を傾げている。
「ペルレもなんとかしてくれ〜」
「そうですわねえ〜」
おっとりほんわりしたところが魅力の我が妻だが、今ばかりはなんとか協力して末娘の家出(?)を阻止してほしい。
「まだまだおせわするつもりでいるのだけれどね〜」
う〜ん、などと言いながら右に左に首を傾げていたペルレだったが、おっとり顔のままアンゲラの前に来ると、姿勢を低くして目線を合わせてアンゲラに問いかけた。
「ねえ、アンゲラ。王子様とはどちらの王子様」
「そこじゃないだろ〜〜!!」
まさかの最初の質問がそれか?そこなのか?
行くのをやめなさいとかじゃないのか?
どちらってどちらだよ!うちの娘をたぶらかしたのはどちらさまだよ!
「う?王子様はテオ様でしゅ」
「ああ、やっぱりね。テオドール様はアンゲラのお世話をいっぱいしてくださったものね」
「あい!とってもやさしくて、えほんのおうじさまみたいだとおもいました」
「髪もふわふわで」
「キラキラでした!」
「お目目もうるうるで」
「キラキラでした!」
「可愛かったわ〜」
「かっこよかったでしゅ!」
おいおいおいおい、同じ話をしているようで、そうじゃないんじゃないか?
しかもなんだ?同意してないか?
我が家の一大事だってのに!
「アンゲラはテオドール様のところに行ってどうするの?」
「エルナおねえちゃまみたいにします」
「エルナのように?」
「あい!」
「あら、それでは、まずは学園に行かなければ」
「学園にいきます!」
「学園は15歳になってからよ」
「……アンちゃんはいくつですか?」
アンゲラは両手の指をひとつずつ折りながら数を数えていく、が自分の歳を通り過ぎ10までいって、指が足りないことに気がつく。
「10までしかないでしゅ」
「あら大変。では、10から先が出てこないと、いけないわね〜」
それは大変だ!と焦ったアンゲラは目線を下にやったが、そこに靴に包まれた足があることに気づき、すぐさま靴と靴下を脱ぎ始めた。
「い〜ち、に〜い、さ〜ん……」
指を開いて折り返すことを失念したのか、習っていないのか、手の指の次は足の指を使って数え始めたアンゲラは、15まで数えられたことに満足したのか、立ち上がってもう一度言い放った。
「王子様のとこにいきましゅ」
しかし我が妻もなかなかなもので、次は靴を履いていないとお城には入れてもらえないと諭す。
まだ一人で靴紐を結べないアンゲラは、涙を滲ませ、ぐずり出した。
すると妻が不思議なことを言い始めた。
「ねえアンゲラ、小さなレディ。レディは突然王子様のところへ押しかけてはいけないのよ」
うん?
先触れのことを言いたいのか?
先触れを出してもダメだぞ?
「そうなんでしゅか?」
「そうよ、急に押しかけるレディは王子様が困ってしまうのよ」
「じゃあおてがみをかきましゅ」
「あら、それはいいアイディアだわ。さすがは小さなレディ。それをお城に送って、お返事をまちましょう」
「あい!」
妻のような立派なレディになることが目標のアンゲラは、すでにやりきったように鼻を鳴らして立ち上がった。
「じゃあこっちへいらっしゃい」
「いっしょに行きましょう、でしょ?」
普段言われ慣れているセリフを妻に掛け、自室へ戻って手紙を書くことになったらしい。
ぐいぐいとアンゲラに手を引かれるペルレと目が合うと、いたずらっ子のようにウィンクをされた。
うぐぐ。
これでなんとかなったのだろうが、またいつなんどき「出ていく」と言い出すかわからない。
私はすぐさま執務室に残りの息子娘たちを呼び出し、これからの作戦会議を開いたのだった。




