天才が終わる日
クリストフの側近、トビアスのお話です。
5歳まで、トビアス・グルーバーは天才だった。
正確には、5歳のとある日までになる。
それまでは、何をしても「上手だ!」「うまい!」と褒められていた。
文字を読んでみせれば「天才だ!」と言われ、大人の真似をして挨拶をすれば父と同じように紳士として扱われた。
歌を披露すれば親戚の女性がお菓子をたくさんくれたし、絵を描けば「広間に飾る」とまで言ってくれた。
やることなすことすべてを褒められ、「将来が楽しみだ」と結ばれるのが嬉しくてたまらなかった。
あの日までは。
冬の寒さが解けてきて、外で遊ぶのが楽しみになってきた頃、「父と一緒に城へ行こう?」と誘われた。
毎朝母と父を見送りながら、たまについていきたいとねだると、「行く準備ができたら連れて行くよ」と約束をしてくれた。
「少し早いが、トビーに作法を教えてあげるといいだろう」
「まあ、もうですか?」
「私たちの子どもはとても優秀じゃないか。大丈夫だよ」
「あなたがそうおっしゃるなら」
ふふん。
また僕のことを褒めている。
そうだ。僕はゆうしゅうだから、お城に行くための作法だってすぐにできるようになるはずだ。
それからは母やたまに来る家庭教師がいろんなことを教えてくれた。
普段の食事の時でもマナーの成果を求められるようになったが、僕は早く大人になりたくて、得意になって披露した。
食事のマナーだけじゃない。
挨拶の仕方、会話の仕方、所作やお茶の入れ方なんてことから、この国の歴史などの授業も増えた。
それでも僕は楽しくて仕方がなかった。
新しいことを知るのは、楽しい。
新しいことができるようになると、もっと楽しい。
僕は乾いたスポンジのようにグングン知識を吸収し、5歳になる頃には大人に会うたびに「神童」と呼ばれていた。
やがて父に、「明日は父と一緒に城へ行こう」と誘ってもらったのだ。
やった!
僕は父に認められたんだ!
僕ももう5歳。
食事のマナーもお作法も大人のようにできるし、お茶を入れるのだってプロ級の腕前だと褒められるほどだ。
最近では母のお茶会でもてなすオリジナルブレンドだって、僕が手がけているんだ。
そして明日からは、父と一緒に登城して、父と一緒にお城でお仕事をするんだ!
その日の夜はちょっと興奮して、なかなか寝付けなかった。
翌日。
外遊びの服でもなく、家庭教師が来る時の服でもなく、お城に行く時用の洋服に初めて袖を通した。
お茶会の時より落ち着いていて、お出かけの時より少し触り心地がいいお洋服だった。
「おふたりとも、いってらっしゃいませ」
「ああ、いってくるよ」
「ああ、いってくるよ」
父の真似をして、母に挨拶をする。
父と連れ立って玄関を出て、玄関ポーチに留めてある馬車に乗り込んだ。
お出かけの時より早い時間に馬車に乗るのは初めてだった。
外の様子が、いつもと違う。
遠くはない距離の王城へ近づく頃、父が僕に声をかけた。
「トビー。いや、トビアス。今日から君にはお仕事が与えられるだろう」
「もちろんそのつもりですよ!父上」
僕はお城に、「お仕事」をしにいくのだから。
「父が王様のお仕事のお手伝いをしていることは知っているね」
「はい。父上は宰相という役職だとききました」
「もうそんなことまで習っているのか。そうだよ、父は宰相として王様のお仕事の補佐をしている。トビアスにも同じようにお仕事をしてもらいたい」
「!!ということは王様のお手伝いですか?」
「あ〜それは父のお仕事だからね。トビアスには他の人のお手伝いをして欲しいんだ」
残念。
僕は王様のお仕事だって、きっと手伝えるのに。
『他の人』と言われ、少しだけ眉が下がる。
「トビアスには、王様の子どものお手伝いをして欲しいんだ」
王様の子ども?
それなら、王様のお手伝いのようなものでは?
「いいですよ!僕は王様の子どものお手伝いをします」
「ああ、よかった。きみならそう言ってくれると思っていたよ!」
父が安心したように息を吐き出した。
何をそんなに心配していたのだろう?
「王様の子どもはね、クリストフ様というんだよ」
「ということは、クリストフ殿下ですね!」
「さすがは私のトビー!その通りだよ。クリストフ殿下のお手伝いを、トビアス、きみに頼みたい」
「おまかせください、父上!この僕がクリストフ殿下をなんなりとお手伝いしましょう!」
だって、僕は天才だから。
「なんて心強いんだ!殿下はトビアスと同い年だそうだよ。どうやら他の子どもたちとはうまくいかなかったようなんだ。大人のやることや政策にもすでに口をだしていると聞くし、かなり大人びた方のようだよ」
ほほう。
それはそうでしょう。
きっと殿下は僕のように精神年齢の高い子どもなんだ。
ふつうの子どもでは話が合わないに違いない。
「僕ならきっとうまくやれますよ」
「ああ、そう願っているよ」
そんなやりとりをしながら、馬車は王城の門をくぐっていく。
僕は、他の子どもでは手に負えなかった大人びた王子様とうまくやれる自信に満ち溢れていた。
まだ、その時までは。
城につくとすぐにクリストフ殿下に引き合わされた僕は、顔を合わせるなりすべてを見透かすような青い瞳の前に足が止まった。
しばらくじっと僕の顔を見た後、殿下は「これからよろしく頼む」と言って、お茶に誘ってくれた。
初めの意気はどこへ忘れてきたのだろうか、僕はクリストフ殿下の言う通りに動いて、王城のメイドが差し出したお茶を口にすると、あまりの美味しさに感動するしかなかった。
僕が喉を潤した様子を確認すると、クリストフ殿下はこの国の政治のことや未来のことなど、とうてい子どもとは思えない質問を僕に投げかけてきた。
僕は必死に頭を回転させて受け答えをしつつ、子どもだてらにこんなことまで考えている人間がいるのかと平伏するしかなかった。
僕は、僕以上の天才がいることを5歳にして知ってしまった。
あれから15年。
僕はクリストフ殿下の側近筆頭として、まさにあの頃の希望通りに宰相について仕事を教わるようになっていた。
エルナ様が卒業すればすぐにでも婚姻をすませ、早いうちに王位に就かれる予定なのかもしれない。
頼りにされていないとは思わないが、一人でさっさと仕事を済ませたり、秘密裏に計画を進めたりするのだから、僕だって先回りをしてやらなければ、やってられない。
「……チッ、まったく、あの王太子殿下は」
しまった。
天才王子の補佐をして、先回りをしたり暗躍のお手伝いをしていれば、いやでも見えてくる社会の裏に、時たま口から悪い音がでるようになってしまった。
直せばいいんだろうが、クリストフ殿下は「気にしない」と許すものだから、僕も少し甘えてしまっている。
僕、と自分のことを言うのも、心の中だけだ。
そして僕はまた、王太子殿下の無理難題をなんなくこなす次期宰相として、今日も仕事をすすめていくのだ。




