ローゼンベルクは今日も強火 (2)
ヴァレッタの侍女、ウルスラ視点でお送りします。
その日、お嬢様がお帰りになったと思ったら、大きな熊……いえ、大柄な男性を伴ってのお戻りでした。
「ウルリケ。ルーファスをお願い」
なんですと?
いつもでしたら「ルーファス様」とお呼びでいらしたのに、と気になりはしたものの、私ヴァレッタお嬢様の専属侍女ウルリケは「承知いたしました」と即座に応えます。
ローゼンベルクの使用人たるもの、内面を主人に悟らせるものではありません。
(それにしても、急に「様」をおつけにならないということは)
なにごともないようにすべての表情筋のスイッチをオフにしながらも、私の脳内は急激に回転を上げ始めます。
(もしかして!!もしかしてですか!?お嬢様あああ!)
昨日あれほど張り詰めたお顔をなさっていたというのに、今日のお嬢様がどこか憑き物が落ちたかのようですもの。
なにもなかったわけがございません!
しかも!
男を連れ帰ったなんて!!
「こちらへどうぞ」
人の内面は外にでなければ誰にもわからないなんて、本当にありがたいことです。
暴風の吹き荒れる脳内などなんのその。
私は、大きな幌馬車でも乗りそうな肩を小さく縮こまらせて背を丸める御仁に、手で方向を示します。
「は、ハイ……」
あらァ〜?
なぁ〜んでそんなに従順な様子でいらっしゃるんです?
屋敷に来たのは初めてでもないというのに、今日のルーファス様はなにやら借りてきた猫のようです。
ルーファス様がローゼンベルク邸に初めて来られたのは、ルーファス様が学園に通い始められた頃だったでしょうか。
武門の家を大切になさる旦那様は、それぞれの家の者が学園に上がる頃には必ず顔を見せにくるようにと厳命しているそうです。
ルーファス様を上回る大熊、もとい大柄な旦那様に厳命されるなど、恐ろしくてたまらなくなりそうですが、当主の方々は旦那様の為人を理解しているお方が多いようで、子どもらにも「必ず顔を見せに行きなさい」と言いつけているのだとか。
そのおかげで学生になりたてほやほやのルーファス様は我が家にお越しになったのです。
あの頃はまだ背の高い、少しガタイの良い男の子といった雰囲気でしたが……
(なんとまあ、すっかり立派になられて)
幼いお嬢様が、学生のルーファス様の真似をして棒を振る姿がなんと可愛らしかったことか
んはあああああぁぁぁ
心の中でえも言われぬ音が鳴ります。
聞こえませんけどね。
今ではお嬢様のお休みのたびに騎士様達が我が家で鍛錬をされるのを統括されつつ、押さえてもおられるということは、使用人の間でも有名な話です。
なにかにつけて、ハンナが走りますから。
熊のようなのに小さくなりきれない猫背の大男が後ろについてくるのを感じながら廊下を静々と進み、目当ての扉の前で足を止めます。
「こちらへお入りください」
そう言って扉を開き、ルーファス様を中へ迎え入れます。
それは我が家の中でもお嬢様のお部屋にとても近い客室のひとつでした。
「あの……、えっ?えっ?」
応接室に案内されるのだろうとでもお考えだったのでしょう、甘いですよ。
私がルーファス様をご案内した客室は、すでに誰かのために揃えたかのように設えてあります。
奥に見える扉の先は、実は……あっこれはまだ秘密ですね。
「こちらへお掛けになってお待ちください」
私は部屋の中程にある応接セットに座るよう促し、飲み物の用意を指示しながらお嬢様がおいでになるのを待ちます。
お嬢様にはハンナがついておりますので、すぐにお越しになることでしょう。
「お待たせいたしました」
予想通り手早く着替えを済まされたお嬢様は、少しだけ息を切らし気味なのをこらえるように呼吸しながら室内へお入りになりました。
平静を装っておられますが、ウルリケには隠せませんよ。
ええ、隠せませんとも!
私の耳にだけ聞こえる、制御しながら息を整えルーファス様の隣にお掛けになるお嬢様に、私の方が平静でいられなくなりそうになりながら、飲み物をお出しすると、次の行動を見越してクローゼットの方へ足を向けます。
「ねえ、ルーファス。もうすぐ送別の宴があるわ。あなたも知っているでしょう?」
「アンリ殿下の、ですよね?存じています」
「コラ。敬語はよしてと言ったでしょ?」
「ふがっ」
え?
今の音はなんです?
あああああ!
見逃したああああ!
お嬢様の補佐をするため背を向けていたのが仇となり、私は決定的瞬間を見逃したようです。
なんたること!
まだすべて吊るしていませんが、こうしてはいられません。
ひとまずこれをお出ししてしまいましょう。
私は車のついたハンガーラックをおふたりの前に押していきます。
「お待たせいたしました。まずはこちらから」
「ありがとう、ウルリケ」
「姫様、これは?」
「こらあ、次に間違えたらお仕置きよ」
めっ、と上目遣いをされるお嬢様にルーファス様は上半身をのけぞらせて、なにかを耐えていらっしゃいます。
あなた、まさかわざとじゃないでしょうね?
もしそうだとしたらーーとても良い仕事です。
「あなたの衣装を選ぶわ」
「ほへ?」
うふふ、といたずらが成功した子供のように破顔されるお嬢様の可愛いこと可愛いこと。
この後、お嬢様にあーでもないこーでもないと着せ替え人形にされるルーファス様は次第にぐったりとされておりましたが、その後は私共からのカリキュラムが待っておりますので、もちろん簡単に帰れるとは思わないでいただきたいです。




