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太平洋核戦争  作者: 藻草
19/19

浄火


シカゴ南部郊外の住宅地。

市の北側で起きた先日の大惨事が嘘のように、少なくとも見た目だけは日常の形を保っていた。


通りには子供たちの姿があり、以前よりは少なくなったが車も走り、庭先では洗濯物が風に揺れている。

もちろん誰もが何事もなかったと思っているわけではない。

遠く北の空に立ち上った巨大な雲を見た者は多く、街の向こう側で何か恐ろしいことが起きたことも理解している。


それでも、生活は続いていた……………少なくとも、続けようとしていた。


住宅街の一角に建つ二階建ての家では、一人の夫人がキッチンに立ち、エプロン姿で食器を洗っていた。

窓から差し込む光はいつもと変わらず、流し台に置かれた皿やカップを照らしている。


彼女は手を動かしながらも、時折ぼんやりと窓の外へ視線を向ける。

その視線の先にあるのは、隣家の庭でも通りでもない。


もっと遠く、大西洋の向こうだった。


「もう、半年……」


誰に聞かせるでもなく呟くと、食器を拭く手が少しだけ止まる。


夫は軍人だった。

故に、戦争が終われば家へと帰ってくると、自分も、周囲の誰もがそう思っていた。

だが戦争は終わらなかった。

むしろ世界は、以前よりも奇妙で恐ろしい方向へ進み始めている。


「ヨーロッパの戦争は終わったって聞いたのに……」


棚へ皿を戻しながら小さくため息をつく。

戦争が終わったとの手紙は来ており、生きていることも分かっている。

だが、ドイツが降伏してからもう半年、未だに夫は帰ってきていない。

新聞には大きな見出しばかりが並び、個々の兵士がどこで何をしているのかなど書かれていない。


「せめて電話くらいあればねえ……」


そう言って苦笑するが、その笑みは長続きしない。

シカゴ北部への攻撃以来、何をしていても不安が頭の片隅に居座っている。

ラジオの電源を入れるたびに、もっと悪い知らせが流れてくるのではないかと思ってしまう。

だが、それでも家事はしなければならない。

洗濯物は溜まるし、食料も買わなければならない。


街の中心部や北部では救助活動が続いていると報じられているが、この辺りでは建物も道路も無事なままであり、見た目だけなら以前と大きな違いはない。


それがかえって人々の判断を鈍らせていた。


当時は放射能という概念そのものが一般市民には十分理解されておらず、核兵器の長期的影響についても知られていない。

加えて、人間には異常な状況を未だに正常なものと判断して受け入れようとする傾向がある。

まして仕事や住宅、家財道具や人間関係といった生活基盤を簡単に捨てられる者は少ない。

街の一部が壊滅したという事実を知りながらも、多くの住民は自分たちの生活圏が直接破壊されていないことを理由に、何とか今まで通りの日常を続けようとしていた。


ある者は出勤し、ある者は学校へ通う。

不安を抱えながらも、それを脇へ追いやりながら。

この夫人もまた、その一人だった。

窓際で洗濯物を畳み終えた彼女は、何気なく外へ目を向ける。


……………………その時だった。


 


「あら?」


思わず声が漏れる。

隣の家の前に、一台のトラックが停まっている。

それだけなら珍しくない……だが、様子がおかしかった。

隣家の夫人が慌ただしく荷物を運び出している。


木箱、寝具……果ては家具まで運び出そうとしている。

しかも、その動きには余裕がない。

まるで何かに追われているかのようだった。

見間違いではない、隣人は額に汗を浮かべながら、次々と荷物を車へ積み込んでいる。


「どうしたのかしら……」


夫人は気になって家の外へ出ると、通りを挟んだ隣家の前では荷物が無秩序なほど急いで積み上げられており、普段はきちんと整えられている庭先まで箱や鞄が並べられていた。

その中心で動き回っている隣家の主婦は、額に汗を浮かべながら何度も家の中と外を往復しており、その様子は旅行や転居というより、火事から逃げ出す直前の人間に近かった。

夫人は思わず声を掛ける。


「あの、大丈夫ですか?」


返事はない。

彼女は箱を抱えたまま車へ向かい、そのまま乱暴に荷台へ押し込む。


「────何かあったんですか?」


ようやく振り返った顔を見て、夫人は少し驚く。

その表情には疲労だけではなく、明らかな恐怖が浮かんでいた。


「逃げなきゃいけないのよ……」


声が上ずっている。


「すぐに、今すぐ……!」

「逃げるって……どこへ?」

「どこでもいいわ! とにかくシカゴから離れるの!」


隣人はそう言うと、辺りを見回しながら声を潜める。


「日本軍よ」

「え?」

「攻撃してくるのよ!」


その言葉に、夫人は困惑する。


「でも、この前の攻撃は北の方に外れたじゃないですか」


思わずそう言ってしまう。

それは、一般人としてはごく自然な感覚だった。

確かに市の北部は壊滅したが、ここは違う。

少なくとも目に見える範囲では、街はまだ存在していた。


「だからよ!」


隣人が鋭く言い返す。


「だから次も外れるなんて誰が決めたの!」


夫人は言葉に詰まる。

目の前の女性は、普段ならこういう感情的な話し方をする人ではない。

大学を卒業しており、新聞もよく読み、近所でも理知的な人物として知られていた。

何か問題が起きれば冷静に状況を分析し、感情ではなく理屈で説明する。


そんな人だった……だからこそ、今の姿が妙に現実感を失わせる。


「でも軍も厳重に本土を守っているって……」

「軍?」


目の前の彼女は乾いた笑い声を漏らした。


「軍なら、ニューヨークにもいたわ」


その一言に、夫人は返答できなくなり、隣人は再び荷物へ手を伸ばす。

その動きは焦燥に満ちており、まるで一秒でも無駄にしたくないようだった。


「とにかく、あなたも準備した方がいいわ」

「そんな急に言われても……」

「急じゃないの!」


隣人が叫ぶ。


「もう遅いくらいなのよ!」




その瞬間だった。




世界が白く染まる。

太陽が地上へ降りてきたかのような閃光が、視界のすべてを塗り潰した。


影が消え、色が光に呑み込まれる。

空も家も道路も何もかもが、一瞬だけ純白の中へホワイトアウトし、夫人は反射的に目を閉じる。

何が起きたのか理解するより先に、全身が硬直する。


そして幾らかの時間の後…………轟音。


空気そのものが殴りつけられたような衝撃が押し寄せ、窓ガラスの破片がどこかで砕ける音と、遠くの警報のような音が混ざり合う。


「なっ────」


夫人と隣人が同時に振り返る。

二人の視線の先、シカゴの市街地、その向こう側で巨大な煙の柱が空へと伸びていた。

炎の橙と粘り気の強い黒が混ざり合いながら上昇し、その頂点がゆっくりと広がっていく。


誰が見ても分かる。

あれは、爆発だ。


夫人の頭の中が真っ白になる。

ほんの数分前まであった日常の世界が、突然別の世界へと変わってしまったようだった。

その隣で、隣人が甲高い声を上げる。


「だから言ったのに!だから言ったのに!誰も信じないのよ!」


声はほとんど悲鳴だった。

ヒステリックに叫びながら、彼女は夫人を見ようともしない。

そのまま荷物の方へ向かい、木箱を乱暴に掴み上げる。


「早く出ないと!もう次が来るかもしれない!早く! 早く!」


鞄が落ち、雑貨が転がる。

それでも構わず拾い上げ、車へ放り込んでいく。


夫人は動けず、ただ立ち尽くしていた。

遠くで膨張を続ける巨大な雲と、黒く染まり始める空。

そして、遂に先日まで理性的だった隣人が恐怖に取り憑かれたように荷造りを続ける姿。

そのすべてが現実感を失わせていた。


ほんの少し前まで頭の中を占めていた日常のあれこれは、すべて遠い出来事になっていた。

夫人はただ、巨大なキノコ雲を見上げ続ける。


何かを考えようとしても、思考は途中で止まってしまう。

まるで街全体が、その光景に言葉を奪われてしまったかのようだった。



1945年9月20日 

イリノイ州シカゴ、グース島上空で大陸間巡航ミサイル(推定核出力2~3Mt)が炸裂。

推定死者数約80~100万人。










デトロイト中心部のオフィス街は、一見するとまだ秩序を保っているように見える…………だが、その実態は少しずつ綻び始めており、電話回線はひっきりなしに鳴り続け、人々は書類を抱えて走り回り、誰もが落ち着きを失っていた。


とある中堅企業の事務所でも、それは同じだった。


机の上には報告書が積み上がり、壁際の電話交換台ではオペレーターが複数の回線を同時に捌いており、それでも鳴り止まないベルの音が室内全体に不穏な緊張を与えている。

若い社員は受話器を耳に押し当てながら必死にメモを書き取り、その内容に顔色を変える。


「はい……はい、分かりました……ええ、すぐ社長に……」


電話を切り、そのまま椅子を蹴るように立ち上がる。

シカゴにある取引先だった企業が連絡不能になった。

いや、正確には日本軍の攻撃によって企業そのものが地上から消えた可能性が高い。

ここ最近、主要都市への核攻撃による経済混乱で、複数の契約先が消滅したという報告が相次いでいる。

経済という巨大な機械の歯車が、都市単位、州単位でまとめて吹き飛ばされているのだ。


「社長はどこに……?」


社員はオフィスビルを駆け回りながら周囲を見回す。

社長室は空で会議室にも居ない、応接間にも。


「誰か、社長を見ませんでしたか?」


何人かに尋ねてみるが、返ってくるのは曖昧な返事ばかりだった。

その時、奥の通路から幹部社員が現れる。

ネクタイは緩み、目の下には濃い隈が浮いている。


「君、社長なら居ないぞ」

「居ない…とは?」

「…………しばらく休暇だ」


休暇?この状況で?

今まさに会社が混乱している最中に?

社員は思わず言い返す。


「そ、そんな話、聞いてませんよ」


幹部社員は疲れたように鼻を鳴らす。


「私も今朝聞いた」

「じゃあ、どこへ行ったんです?」

「知らん」


短い返答、だが、その直後に声を潜めた。


「………ま、どこかの田舎らしいがな」

「どこかの……田舎?」

「日本軍の攻撃から逃げるためだとさ」


幹部が皮肉げに苦笑するが、社員はとても笑えない。

最近は、そういう噂があまりにも多かった。


『あの製鉄会社の社長も街を出たらしい』

『銀行の頭取が別荘へ移ったって聞いたぞ』

『保険会社の重役が家族ごとカナダへ逃げたとか』


都市を捨て、逃げ出すエリート層の噂。

噂は噂を呼び、それが事実なのか憶測なのか、もはや誰にも分からなくなっていた。

上層部の空席が原因かは不明だが、各企業の経営判断は徐々に混沌に包まれていく。

それは攻撃による混乱か、自分たちが引き起こした混乱か……この国で何が起きているのか、誰にも理解できなくなり始めている。



その時、交換台の方向から悲鳴に近い声が上がった。


「緊急の電話です!」


室内の視線が一斉に向くと、電話交換手の顔は青ざめていた。


「東部から……」


呼ばれた社員が近寄り、受話器を受け取る。

数秒後……彼の顔色も交換手と同じようなものに変わっていった。


「……そうか」

「ど……どうしたんですか?」

「あぁ、そうだな、フィラデルフィアが……」


言葉が途中で止まり、室内が一瞬だけ静寂に支配される。


「フィラデルフィアが、壊滅したらしい」


時計の針の音だけが聞こえる。

その沈黙は十秒にも満たなかったはずだが、異様に長く感じられた。


「またか……」


誰かが呟く、ただ疲れ切った声。

昨日まで当たり前に存在していた都市の名前が、次々と過去形になっていく。


彼はぼんやりと考える。


フィラデルフィア………アメリカ独立で重要な役割を果たした歴史ある都市。

屈指の良立地による鉄道路線の始点、大規模な淡水港、豊かな周辺農業地帯、高度な技術を備えた製造業、高い教育水準を兼ね備えた、ボストンからワシントンDCに連なる東海岸都市群……ボスウォッシュ都市圏の中ではニューヨークに次いで二位の人口を擁する地域。

全米で数えてもシカゴに次ぐ第三位の都市圏人口を誇る。


ちなみに、第四位は?

ここ、デトロイトだ。


…………郊外に、叔父がいたはずだ。

農場を経営していた。

最後に会ったのは何年前だっただろうか。

突然訪ねても受け入れてくれるだろうか。

納屋なら空いているかもしれない。

いや、そもそも、そこに行く為のガソリンは手に入るのだろうか。



窓の向こうでは、いつも通りのデトロイトの街並みが広がっている。


閃光。


その煙突立ち並ぶ街並みが一瞬だけ視界から消えたかと思えば、次にはガラスの割れる音と、聳え立つ不恰好な黒い雲が列を成していた。



今自分が見ているのが現実なのか、悪い夢なのか。

──彼にはもう分からなかった。






1945年10月1日 未明

ペンシルベニア州フィラデルフィア上空でMRV型ICBM(弾頭出力200kt、弾頭数5)が炸裂。

推定死者数50万人以上、ニューヨーク市周辺からの避難民が多く、正確な統計は不明。



同日午後

ミシガン州デトロイト上空を大陸間巡航ミサイル(核弾頭ディスペンサー型:弾頭出力200kt、弾頭数5)が通過。

オーク・パークからリバー・ルージュ間の直線上で5発の核弾頭が炸裂。

推定死者数54万人。








ペンシルベニア州東部


フィラデルフィア上空に立ち上る複数の巨大なキノコ雲は、数十キロも離れた場所からでもはっきりと視認できた。


その異様な姿は「何か大変なことが起きた」という曖昧な認識ではなく、日本軍の新型爆弾によって「街が消えた」という現実を、周辺に住む人々へ無言のまま突きつけていた。

デラウェア川に跨がる市街地中心部では、複数発の核弾頭による爆発で高層建築群が崩れ落ち、炎と黒煙が幾重にも重なりながら空を覆った。

その下では道路も建物も区別がつかないほど破壊され、都市としての機能は一瞬にして失われていた。


その惨状は、直接被害を受けていない周辺都市にも恐怖という形で波及し始める。


フィラデルフィアから西南西約40kmに存在するウィルミントンでは、道路という道路に車があふれ返っていた。

荷物を屋根へ縛り付けた乗用車や荷台いっぱいに家財道具を積んだトラックが、絶え間ない列を作って郊外へ向かっている。

誰もがクラクションを鳴らしながら少しでも前へ進もうと車間へ割り込み、そのたびに怒号が飛び交う。

小さな接触事故など誰も処理しようとせず、壊れた車をそのまま路肩へ押しやって皆が先を急いでいた。

歩道では、自動車を持たない人々が旅行鞄や毛布を抱え、幼い子どもの手を引きながら歩き続けており、疲れ果てて座り込む老人を家族が懸命に支えながら進む姿も、至る所で見られる。


「フィラデルフィアがやられた。ほとんどが死んだらしい」


その一言だけが、人から人へと伝わっていく。

正確な情報を知る者はほとんどいない。

それでも、「ここも危ない」という共通認識だけは、何よりも速く広がっていった。



一方、北に70kmほど進んだアレンタウンでも状況は変わらない。

駅には長蛇の列ができ、列車が到着するたびに人々が一斉に押し寄せ、定員を大きく超えた客車へ無理やり乗り込もうとして怒鳴り声と悲鳴が入り交じる。

駅員は必死に誘導を試みるものの、その声は群衆の混乱の中でかき消され、秩序だった避難は始めから望むべくも無かった。


「西へ行けば安全だ!」

「いや、もっと南へ……」

「次はどこがやられるんだ?!」


流れる噂に対して、確かな根拠を持つ者は存在しない。

それでも、人々は動かずにはいられなかった。

恐怖は、正確な情報よりも早く人を走らせる。

そして、その混乱は別の街にも広がっていく。


避難する住民が増え、人通りの少なくなった商店街では、閉じられたままの店が目立ち始めていた。

最初は、一枚の割れたショーウィンドウだった。

誰かが石を投げたのか、それとも慌てて逃げる車が突っ込んだのかは分からない。

しかし、その開いた隙間は良からぬ者らを呼び込む入り口となった。


薄暗い路地裏から数人の少年たちが様子を伺う。

痩せた体に擦り切れた服をまとい、普段なら店先を眺めるだけだった彼らは、周囲に人影が少ないことを何度も確認すると、割れた窓から店内へ滑り込んでいく。

しばらくして、缶詰やパンを抱えて飛び出してくる者や、毛布や靴を腕いっぱいに抱える者が現れる。

その表情に浮かぶのは勝利の笑みではない。


「今しかない」という切迫感だった。


やがて、その様子を見た別の人々も動き始める。

仕事を失い、生活に困窮していた者。

今日を生きる金にも困っていた者。

彼らは互いに顔を見合わせると、誰かが止める前に次々と無人になった店舗へ入り込み、棚に残された品物を運び出していく。


誰かが「警察だ」と叫ぶ。

しかし、現れた警官は数人だけだった。


彼らもまた、避難誘導や交通整理に追われており、街全体を統制するだけの余力は残されていない。


混乱は、さらに混乱を呼ぶ。

逃げる者と残る者。

生き延びようと必死に荷物を抱える者と、その隙を突いて明日を繋ぐ糧を求める者。

フィラデルフィア周辺の光景は、巨大な爆発そのものだけではなく、余波によって既存の社会秩序がゆっくりと崩壊しつつある事を如実に表していた。




そして…………フィラデルフィア周辺で起きていた混乱は、決して一つの都市だけに限られた現象ではなかった。

人々が口にする都市名こそ違えど、その光景はまるで雛形をなぞるように全米各地で繰り返され始めていた。

ある街では、市外へ向かう幹線道路が数十キロにわたって渋滞し、放置された車がさらに交通を麻痺させる。

ある街では、銀行の窓口へ人々が殺到し、預金を現金へ換えようと長蛇の列を作る。

また別の街では、鉄道駅やバスターミナルが避難民で溢れ返り、わずかな座席を巡って口論や小競り合いが起きる。

噂は電線に乗って素早く全土を駆け巡り、「次はどこが狙われる」という問いに答えられる者はいないにもかかわらず、人々はそれぞれの“解釈”を胸に抱え、家財を車へ積み込み、親戚を頼り、郊外へ、山間部へ、農村へと流れ始めていた。

その一方で、人通りの減った商店街では略奪が散発的に発生し、警察や州兵は避難誘導や交通整理にも人員を割かなければならず、都市機能そのものが少しずつ疲弊……いや、減衰していった。








キャトクティン山岳公園近郊。


大統領保養地の近くに、工兵隊によって半ば突貫工事で構築された地下バンカーでは、昼夜の区別もないまま会議が続けられていた。

厚いコンクリートの壁に囲まれた会議室には地図が何枚も広げられ、通信士が絶え間なく暗号電報を運び込み、参謀たちが疲労の色を隠しきれないまま席に着いている。


部屋の中央では、ハリー・S・トルーマンが無言で報告書を見つめている。

その沈黙を破ったのは、エドワード・ステティニアス国務長官だった。

彼は手元の書類を静かに閉じると、慎重に言葉を選びながら報告を始める。


「大統領閣下、日本政府との接触を試みた中立国経由の外交ですが、回答はすべて同じ内容でした」


トルーマンは顔を上げる。


「で、その内容は……」

「日本側は、合衆国の無条件降伏受諾以外、あらゆる交渉に応じる意思はないとのことです」


部屋が静まり返り、ステティニアスは首を横に振る。


「条件付き講和は元より、第三国による仲介も、捕虜交換を除く政治交渉も、すべて受け入れるつもりはないとの事でした」

「無条件降伏……それ以外は議論の余地なし、と」


トルーマンは両手を組み額へ当てる。

しばらく何も言わず、地下室の換気装置だけが低く唸っていた。


「……それでは、交渉にならん」


絞り出すような声、しかし、その言葉へ返答する者はいない。

その沈黙を引き継ぐように、リーヒ参謀長が資料を開く。


「もう一点、ご報告があります………英国政府ですが、インドにおける新型爆撃機用基地建設計画について、慎重姿勢を強めています」


トルーマンが疲れた視線を向ける。


「……その理由は」


リーヒは地図のインド亜大陸を指す。


「英国側は、インド領内に大規模な発進基地を建設すれば、日本軍はそれを戦略目標と見なし、全面的な原爆攻撃を受ける可能性が高いと判断しています」

「インド全域が戦場になる、と考えているのか。」

「少なくとも、その危険性を深刻に受け止めています」


 


再び重い空気が流れる中、椅子を引く音が響く。

アーネスト・キング作戦部長が勢いよく立ち上がる音だった。


「ならば、防御は終わりだ……!」


低く、しかし力強い声だった。


「日本軍の長距離攻撃を防ぐ術は無い……ならば、守っているだけでは敗北する」


部屋中の視線が集まり、キングは机上の海図を広げる。


「大西洋艦隊を太平洋に回航し、太平洋艦隊の残存戦力と糾合する」 


誰かが息をのむ。


「大西洋を空にするつもりか?!」


リーヒ参謀長思わず問い返すと、キングは即座に頷いた。


「そうだ。艦隊を一つに集結させ、日本本土へ一挙に突入する。残存戦力をすべて投入する総攻撃だ……!」


室内がざわつく。


「危険すぎる!日本軍が原爆で迎撃してきたら……」

「この艦隊が壊滅すれば、本国沿岸は完全に無防備だ!」


矢継ぎ早に反論が飛ぶ。

しかしキングは一歩も退かない。


「分かっている。だが、このままアメリカ本土に原爆攻撃を許し続ければ、最早艦隊など残っていても意味がない……荒廃するアメリカと共に立ち枯れだ!」


彼は会議室を見渡す。


「我々に必要なのは、受け身ではない!主導権を奪い返す為の攻撃だ!そうして時間を稼ぎ、日本本土へ原爆を叩き込む準備を整える!違うか!?」


誰も口を開かない。

その作戦が常識外れであることは、誰の目にも明らかだった。


「……大統領……生物・化学兵器の使用許可を……!」

「「!?」」


同時に、この状況そのものが、もはや常識では測れない段階へ入りつつあることも、そこにいる全員が理解していた。


トルーマンはゆっくりと顔を上げる。


次々と積み重なる報告と提案を前に、彼の表情には疲労だけでなく、この国の命運を左右する決断を迫られる重圧が深く刻まれていた。


核弾頭ディスペンサー型の巡航ミサイルはオリジナルです。

大陸間巡航ミサイルの元ネタのSM62スナークが目標上空で大型の単弾頭を切り離す方式であるのにたいし、こっちはパラシュート付の小型核弾頭を順次切り離していく形になります。

防護された点目標ではない、薄く広がる面を破壊する兵器。謂わば生活圏蹂躙型核兵器ですね。

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― 新着の感想 ―
これ戦後が気になるわアメリカはもう超大国への道からは完全に脱落せざるおえないだろうしある意味戦場にはなったけどこっそり生き潜めてるイギリスとかは史実よりは立ち位置いいのかイギリスは今一番停戦したそうだ…
ついに貧者の核兵器に手を付けるか。 それはさておきバーリ空襲の際に米国は(同種の攻撃に対する)報復を除いて化学兵器を使用しないと宣言しているんですよね。 核攻撃を化学兵器による攻撃と偽って報復使用を…
>デトロイト なるほど北極越えの巡航ミサイルだから北から順に爆発なのか… 順番待ちこわい
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