そろそろ冬だね。
1945年当時のソビエト連邦において……いや、この時代の主要国全てにおいて鉄道は、単なる輸送手段に留まるものではない。
それは近代国家そのものを成立させるための基盤であり、政治、軍事、工業、農業の全てを結び付ける中枢神経と言っても過言ではないだろう。
ソ連は広大な国土を有していたが、その広さは同時に、鉄道輸送能力への極端な依存を意味していた。
彼の国の工業地帯、穀倉地帯、油田、鉱山は互いに数百から数千キロ離れて存在しており、それらを相互に接続させられる現実的な手段は鉄道しか存在しない。
特に1930年代以降の工業化政策によって、ソ連経済は高度な地域分業体制へ移行。
ウクライナ地域の穀物や石炭、コーカサスの石油、ウラルやシベリアの金属資源、中央アジアの綿花といった各地域の生産物は、鉄道網を通じて全国へ輸送し利用されることを前提としていた。
このため、ソ連において工業生産はその地域単体で完結しているものではなく、必要な原材料、燃料、部品などが定期的に到着し続けることで初めて生産が維持されているのである。
その巨大な輸送網の中心に位置していたのが、モスクワであった。
モスクワは政治的首都であると同時に、ソ連全土に渡る鉄道網の最大の結節点でもあった。
主要幹線の多くはモスクワを中心とした放射状構造を取り、西方のウクライナやベラルーシ、北のレニングラード、東方のウラルおよびシベリア、南方のヴォルガ流域やコーカサス方面を相互に接続していた。
その役割は単なる中継地点に留まらない。
当時のソ連鉄道は中央集権的な運行管理体制を採用しており、列車運行計画やその貨車配分などの調整の多くがモスクワの運輸通信人民委員部を中心に統制されていた。
戦時中に行われた工場疎開も、この鉄道網なしには成立し得なかった。
1941年以降、ソ連は数千に及ぶ工場設備をウラル以東へ移送し、そこで再建を行ったが、それを可能にしたのもまた鉄道であった。
地方分業体制下において、各地域が独立して存在することはできない。
工業製品は石油や石炭、鉄を必要とし、それらの資源を採掘するには工業製品を必要とし、その原料と製品の循環には食糧供給によって維持される労働力を必要としていた。
そして……それら全ての循環を支えていたのが、全国規模の鉄道輸送網であった。
故に、モスクワ周辺の鉄道網が大規模に機能停止した場合、影響は単なる交通障害には留まらないだろう。
国家全域に張り巡らされた輸送および供給体系そのものが分断され、ソ連という国家の生産システムそのものを連鎖的に破綻させる原因となったとしても…………なんら不思議ではない。
1945年10月 レニングラード近郊の某工場
工場区画へ吹き込む風は、ネヴァ川からの湿気を含んで重かった。
薄曇りの空の下、巨大な煉瓦造りの工場群は稼働しているものより沈黙している建屋の方が多く、煙突から立ち上る煙もまばらになっていた。
搬入口脇の壁にもたれ、工員服姿の男が煙草の火を指先で庇いながら吐き捨てるように言った。
「今日も来てないらしいぞ」
「何がだ」
「鋼材、あぁ、オイルだったか?いや、どっちもか…」
もう一人の男は、肩をすくめながら工場建屋を見上げた。
「なにも出来ないじゃないか。材料も潤滑油も無いんじゃどうにもならん」
工場内部では、ところどころで工作機械が停止したまま放置されていた。
油の匂いだけが残る静かな作業場を、数人の工員が手持ち無沙汰に歩いている。
「この前は銅線が無いって止まったろ。今度は鋼材だ……次は何だ?」
「そのうち電気も来なくなったりしてな」
その言葉を裏付けるように、一瞬だけ照明が明滅した。
事務所内から誰かの苛立った声が聞こえる。
最近では停電も珍しくなくなっていた。レニングラードの発電所は依然として稼働していたが、その運転を維持する石炭輸送が著しく不安定になっていたのである。
ドンバスや内陸部から運ばれるはずの石炭列車は各地で滞留し、到着予定そのものが信用できなくなっていた。
「こりゃまた止まるな……」
「どうせ夜まで保たん、今日の仕事は止めだ」
男達は慣れた様子で話していたが、その声には疲労が滲んでいた。
包囲戦を生き延びた街ではあったが、地獄の独ソ戦が終わったはずの今になって、街は再び戦時の地獄に戻り始めている。
そのことに誰も彼も疑問を抱きながらも、どうすれば良いのかの答えは誰も持っていない。
────問題は、単に線路が寸断されたことだけではなかった。
1945年時点のソ連の鉄道輸送は、平時のように余裕を持てる状況ではなく、戦争によって限界まで酷使された状態のまま維持されていた。
設備、人員、運用体制その全てが不足しており、輸送能力そのものに大きな余剰は存在していなかったのである。
特に深刻だったのは、車両の偏在だった。
ドイツ降伏後、赤軍は東欧全域へ進駐し、その占領統治を支えるために大量の輸送機材を現地へ送り込んでいた。
機関車や貨車は、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキア、東ドイツ方面へ継続的に投入され、統治の為の人員、進駐部隊の補給物資、占領地より収奪した工業設備や鹵獲資材の輸送に使用されていた。
問題は、それらの多くが容易に戻せる状態ではなかったことである。
モスクワの統制機能が失われると、各地に展開していた車両群は中央から再配置の指令を受ける事が出来なくなった。
つまり、どの列車をどこに向かわせるべきか、誰が優先権を持つのかを決定する存在が無くなったのである。
それに呼応して、各占領地の現地部隊司令部が自らの補給を優先し、保有車両を囲い込む傾向を強めていった。
同時期 レニングラード市内
配給所の前には、朝から長い列が伸びていた。
外套を着込んだ女達や老人達が、無言のまま順番を待っている。
時折、小さな咳や、靴底が石畳を擦る音だけが聞こえた。
列の中ほどで、痩せた女が隣の老婆へ顔を寄せる。
「今日も遅いね、配給」
「………最近はずっと“こう”さね」
老婆は前を向いたまま答えた。
「量も減ったしねぇ……」
「この前なんて黒パンまで減らされたよ。あれじゃ子供が保たない」
少し前の方から、配給係と市民の揉める声が聞こえる。
「もう無いって言われても……これじゃ死ねと言われてるようなもんだよ!」
「無いものは無いんだ、次を待て!」
列はわずかにざわついたが、誰も本格的に騒ぎ立てようとはしなかった。
この街の人間は先の長い包囲戦の間に、配給所で感情を爆発させても食料は増えないことを知っていた。
「南から来てないんだってさ……食糧を運ぶ列車が」
女が小声で言い、老婆が眉をひそめる。
配給に並ぶ人の列はゆっくりと進んでいくが、配給窓口の奥に積まれた袋の数は、誰の目にも以前より少なく見える。
「……またかい」
「線路が滅茶苦茶らしいよ。止まったまま動かない列車が山ほどあるって」
レニングラードへの食料供給は、その周辺地域だけでは到底支えきれなかった。
包囲戦後だとしても都市人口は依然多く、南方の穀倉地帯やヴォルガ流域から運び込まれる穀物に強く依存している。
しかし現在、その輸送網そのものが不安定化しつつあった。
────さらに深刻だったのは極東の状態だった。
ソ連は対日参戦に際し、大規模な兵站輸送能力をシベリア鉄道へ集中投入した。
大量の貨車と機関車、燃料、輸送トラックが満州および沿海州方面へ送り込まれ、万全の体制を整えて前線への輸送能力を構築する。
しかし、肝心の極東戦線そのものが異常な混乱状態へ陥った。
赤軍は満州および沿海州方面で予想外に強力な反撃を受け、前線の状況把握すら困難な状態になってしまったのである。
兵站司令部や各部隊との通信はほぼ途絶し、どの路線が生きているのか、どの車両が現存しているのかすら正確に把握できなくなっていた。
結果として、大量の輸送資材が極東へ吸い込まれたまま戻らなくなった。
機関車や貨車は各地の駅や側線で滞留したまま破壊され、貨物トラックは燃料不足と修理不可能な故障によって放棄されていった。
しかも、鉄道そのものもまた自身を維持する為の輸送力を必要としていた。
保線用資材、交換部品、石炭、潤滑油、修理設備、整備工員……それらを運ぶための列車が不足することで、さらに輸送能力が低下するという循環が生じる。
都市、農村、前線の全てを接続する唯一の手段……国家の血管として人と物の循環を支える為の鉄道。
その循環そのものが、東欧と極東の両端で引き裂かれつつあった。
同時期 ウクライナ
キエフ近郊 某国営農場
机の上には、何度も書き直された書類が積み上がっていた。
紙の端は擦り切れ、インクは滲み、訂正線ばかりが増えている。
だが内容は数週間前からほとんど変わっていなかった。
───必要な物資が到着しない。
それだけだった。
ウクライナ・ソビエト社会主義共和国内、俗にソフホーズとも呼ばれる国営農場に置かれた人民委員部の建物。
その窓ガラスの半分は割れたままで、廊下には湿った土の臭いが染み付いている。
机に向かっていた男は、残り少ない配給煙草の吸い殻を灰皿へ押し潰し、疲れた目で窓の外を見た。
………麦の秋蒔きの時期は、もうとっくに到来していた。
「……今月も、か。モスクワは一体何をしてるんだ?」
向かいの机に座っていた女性職員が、帳簿を閉じながら頷く。
「……ハリコフ方面からの列車が来ないので、必要な資材も未着です」
「燃料は……」
「前回の配給分で終わりです」
男は黙った。
窓の外では、泥だらけの荷車を引く農民達が通り過ぎていく。
戦争が終わったはずなのに、風景はむしろ数十年前へ戻っているようだった。
本来であれば、この時期には各集団農場へ新たな農機が配備され、燃料と種子が輸送されているはずだった。
戦争で失われた農地を復旧するため、中央は大規模な農業再建計画を打ち出していたのである。
しかし、その計画は書類の上にしか存在しなくなりつつあった。
農地そのものは残っているし、肥沃な黒土も消えたわけではない。
だが、それを耕す機械が無い。
戦時中に酷使されたトラクターの多くは故障したまま放置され、修理工場には交換部品が届かない。
鉄道の混乱によって人員も移動できず、燃料も予定通り到着しない。
「……人が、足りん」
男が低く言った。
「復員予定だった人員が戻ってこない。鉄道が止まってるせいで、どこにいるのかすら分からん」
赤軍へ徴用された農業労働者の多くは、未だ各地に取り残されたままだった。
東欧占領地域、極東戦線──名簿上は復員扱いになっていてたとしても、実際には帰還経路そのものが機能していない。
結果として、村には老人と女、そして子供ばかりが残されていた。
女性職員が帳簿をめくる。
「トラクターが動かず馬耕へ切り替えたいため、馬を送ってほしいとの要望が多数来ています」
「残念だが、その馬すら無い」
男は額を押さえた。
戦争以前なら考えられなかった話だった。
工業化された集団農業を掲げていたはずの地域が、機械不足によって再び家畜頼り……それどころか、人力へと戻り始めている。
「これじゃあ農業再建どころではないぞ……」
誰に聞かせるでもなく呟く。
その部屋の隅では、止まったままの壁掛け時計が静かに傾いていた。
────この時、モスクワを中心とする供給網の混乱に加えて、ソ連の戦時経済を支えていた外部要因もほぼ同時に喪われていた。
戦時中、ソ連は国内工業のみで戦争を維持していたわけではない。
アメリカ合衆国から提供された大規模援助………いわゆるレンドリースによって、膨大な量の物資供給を受けていた。
その内容は兵器だけに限らない……むしろ重要だったのは、戦争遂行を支えるための輸送・工業・生活物資であった。
貨物トラック、機関車、レール、通信機器、工作機械、各種原料、食品、被服、化学製品───それらの多くが太平洋航路、ペルシャ回廊、北極海航路を経由してソ連へ送り込まれていた。
特に、輸送分野への影響は大きかった。
戦争後半の赤軍機動力は、大量に供与されたアメリカ製トラックによって支えられていた部分が大きく、鉄道網と自動車輸送を組み合わせることで、ようやく広大な戦線への補給を維持していたのである。
しかし、その供給は突如として停止した。
アメリカ東海岸最大の港湾都市であり、物流・金融・海運の中心であったニューヨークが壊滅したことにより、合衆国の輸出能力そのものが急激に失われていったのである。
マンハッタンを中心として市内全域を破壊した核攻撃によって同市の港湾機能と金融機能は一斉に麻痺し、米政府が計画していた数多の対外援助は、事実上停止状態へと追い込まれた。
その影響はソ連にとって極めて深刻だった。
既に限界まで酷使されていた工業力や輸送能力は、新たな機関車やトラック、工作機械に使う交換部品の継続的供給を前提として維持されていた部分がある。
機械を動かし続けるだけでも、定期的な部品交換、潤滑油や作動油の補充、時にはオーバーホールが必要になる。
機関車や貨物トラックも同様であり、タイヤや車輪の軸受、エンジン部品の不足は、そのまま車両数の減少へ直結する。
これらに必要な高品質ベアリングや電装品等の精密部品や、タイヤを始めとするゴム製品など、国内供給だけでは不足する分野のレンドリース依存は決して小さくはなかった。
それらが途絶すると、単に新規生産が止まるだけではなく、既存設備の維持そのものが難しくなっていく。
………問題は、この影響はソ連だけに留まらないことである。
同時期 ドイツ南部
フランス軍占領地域 バーデン
市井の空気は、終戦直後に人々が期待していたものとは異なっていた。
ナチスは倒れて戦争は終わり、確かに銃声も砲撃も止んでいた。
しかし、それは決して平穏が訪れた事を意味しなかった。
フランス占領軍司令部は、当初予定されていたアメリカからの物資供給が著しく減少したことで、占領地域内部から必要物資を確保せざるを得なくなっていた。
食料や燃料、その他資材など、軍の維持に必要なあらゆる物が不足し始めていたのである。
またフランス本国も、アメリカからの支援途絶による戦後復興の躓きを補填する方法として、ドイツ国内からの収奪を選択した。
その結果、占領地域の各地では接収命令が急増する。
倉庫に工場、そして商店……時には個人宅に至るまで、占領軍兵士による物資の没収が日常的に行われるようになっていた。
もっとも、こういった状況下での恒例として、命令に基づく接収と単なる略奪の境界は急速に曖昧になっていく。
午後の薄暗い通りを、数人のフランス兵が笑い声を上げながら歩いていく。
一人は肩に酒瓶を抱え、別の兵士は腕時計をいくつも手首に通していた。
通り沿いの商店では、割れたショーウィンドウの内側で店主らしき男が無言のまま床を片付けている。
「次はあっちだ」
兵士の一人が向かいの建物を顎で示した。
別の兵士が玄関扉を蹴り開ける。中から女の悲鳴が短く響き、すぐに何かが倒れる音が続いた。
それを見ていた少年は、建物の陰で息を潜めながら拳を握った。
痩せた顔に浮かぶのは怒りか、恐怖か。
少年の視線は、背後の家屋へ向く。
崩れかけた戸棚の裏……そこには、末期に国民突撃隊向けにばら蒔かれたままのパンツァーファウストが隠されていた。
少年はゆっくりと戸棚へ近づき、筒状の兵器へ手を伸ばす。
その瞬間、後ろから細い腕がその手首を掴んだ。
振り返ると、母親が立っていた。
やつれた顔だった。
敗戦後の数ヶ月で急速に老け込んだような顔。
頬は痩せ、目の下には深い隈が落ちている………そして、彼女は何も言わず、ただ、ゆっくりと首を横に振る。
通りの向こうでは、再びガラスの割れる音がした。
少年はしばらく母親を見ていたが、やがて視線を落とし、パンツァーファウストから手を離した。
窓の外では、占領軍のトラックが黒煙を吐きながら石畳を走っていく。
その荷台には、どこかの倉庫から運び出されたらしい木箱が無造作に積み上げられていた。
────西ヨーロッパ諸国もまた、戦争によって著しく疲弊していた。
鉄道、港湾、工場、発電所、住宅、その多くが戦災を受けており、復旧にはアメリカからの大量の物資供給が必須だった。
しかしアメリカの輸出能力低下によって、それらの復旧計画も停滞する。
物資不足は西欧全域で悪化し、占領地はおろか自国の維持に必要な物資の確保すら不足していった。
結果として各国政府は自国の維持を優先し始め、外聞を取り繕う余裕を喪失していく。
1945年末の広域的な供給能力の崩壊。
それは都市や工場の直接的な破壊よりも遥かに見えにくく、しかし長期的にはより深刻な影響を与える類いの現象であった。




