九話 ストーキング
「いや、待て、まだ慌てる時じゃない」
「アッシスタが慌てている姿って珍しいね」
俺の推理を根底から覆すような事実の発見に、俺は一人両手のひらをアルカに見せて落ち着こうとしていた。
いろいろと矛盾していることは分かっている。だから矛盾点を一つずつ見つけていけばいい。
落ち着くために一度、アルカと共に俺の部屋に移動する。部屋に常備してある水差しから水を飲み、窓を開けて頭を冷やす。
「夫人の日記に書いてあることが全て事実なら、今から約十三年前、結婚して身籠ったのは末娘のセバンだ。そして、当主の身にごたごたがあったのは結婚前、日記によれば、おそらくひと月前の両家の顔合わせパーティ」
「もしそこでローヴァさんが身籠ったとしても、生まれるのはセバンちゃんと同じ十二歳か十三歳の子ども。とてもじゃないけど、ワンスさんと見間違う事はないよ」
「というかさ! ワンスっていくつだよ。正確な歳は知らないけど、二十歳過ぎくらいだろ? そうなると、夫人が当主と出会うのは……十五歳頃?」
「下手したらもっと前じゃない? 探偵アイは、ワンスさんは今年二十三歳と見た!」
「この際アルカの目を信じてみよう。もし、当主のごたごたがローヴァよりもさらに前。十二歳の夫人だとしたら?」
「…………」
「…………」
「ちょっと無理があるんじゃない?」
「すまん、変な推理した。年齢的にも身体的にも無理だし、もし本当にそんなことが起きれば家が黙っていない。隠し通せるほどの財力も当時はサスパート家にはないし、そもそも出合いは高等部って書いてあったな」
現状、何より一番怪しいのは、ワンスに渡されたセバン検査の紙だ。これには夫妻の子であることを証明する検査結果が記載されているが、やはりなんらかの方法で不正入手した可能性が高い。
夫人に見せた検査結果の紙は本物で、おそらくサルコスとだけの血縁関係を証明する検査結果だったのだろう。
「若い頃に手を出したのか襲われたのか、相手がローヴァなのかそうでないのかは分からないが、ワンスを疑うのであれば、過去に誰かの子を孕ませてしまったのだろうな」
「奥さんは使用人も雇わないくらい家族愛が深かったから、たとえお相手がローヴァさんでなくともすごく激高したんだろうね」
「そうだな。もしかしたら、過去に幼いローヴァと出合い、学園でそっくり双子の姉と出会ったがために運命の歯車が繰り出したのかもしれないな」
「それはちょっと下種な想像だよ」
「すまん、今までの事件だともっと酷い真相もあったからさ」
サスパート家夫妻の事件はこれがほぼ真相だろう。まだセバンの死について何も分かってはいないけど、ヒントはどこかにあるはずだ。
「どうする? このことワンスさんに報告する?」
「いや、本人も報告はいらないって言ってたし、しばらくは黙っておこう。何より、今はワンスが一番怪しい」
「でも、ワンスさんは死んでないから、私の能力は使えないよ?」
「……アルカ、喜べ。俺たちはこれから真面目に探偵の真似事をするぞ」
「えっ? ど、どんなことをするのかな?」
なんだかんだ普通の探偵に憧れのあったアルカはちょっと声を弾ませてワクワクしている。
そんなアルカに、俺はニコニコとしながら告げた。
「ストーキングだ」
…………。
…………。
…………。
ずっと別行動を続けてきたワンスの生活ルーティンを、俺たちは何も把握していない。
浮気調査で磨いてきたストーキングスキル、まさかこんなところで役立つとは思わなかった。柱に隠れて遠くからワンスの行動を監視する。
「ねえ、私のやりたい探偵って、これじゃないんだけど? というか、眠い……ふあ」
「うるさい。黙って見ておけ」
朝、日が昇る前から行動を開始するワンスに合わせて監視を開始し、いつも通り姿勢正しくきびきびした動きでキッチンへ入って行く姿を見送る。
「今、俺たちはワンスと、ある意味敵対している状況だ。下手に近付けば勘ぐられるし、話しかけるのもリスクだ。今日は丸一日かけてとにかく監視だ」
「ガチ目のストーキングだね。帰っていい?」
「探偵が仕事を放棄するな」
「助手の仕事ってことでよろしく」
欠伸を漏らして二度寝をかまそうとしているアルカの首根っこを掴み、食事をするホールに移動する。
早く起きてしまった分には怪しまれないだろう。今日はやることがあるといえば誤魔化せる。
「…………」
おはようの一言もないまま食事がすんでしまった。現在マジで情報が集まっていない。
「ピザ美味しかったね」
朝食が終わると、ワンスはいつもの場所で読書を始める。邪魔の入らない毎日の読書は心地がいいのか、食事以外のほとんどを読書に費やしているのではないだろうか。
俺たちはワンスを監視しながら、昼も行動するからと用意してくれたサンドイッチを食べていた。
「アルカ、俺はワンスを見張っている。だから夫人の部屋に行って話を聴いてこい。妹との仲とパーティ会場での当主の様子について」
「時間が余ったら?」
「あー……、すぐには思いつかないし、なんでもいいや」
「了解、行ってきます!」
よほど監視が暇だったのだろうな。アルカは嬉々として夫人の部屋に駆けて行った。
アルカは日記でも読んでいたのか、戻ってきたのは約二時間後。遅すぎる、そんなに監視はしたくないか。
「戻ってきたよ」
「遅かったな」
俺がジッと観察していたため、時間が過ぎるのが遅く感じたからかもしれないが、時計を確認するとしっかり二時間以上経っていた。流石に遅いと言わざるを得ない。
「あの日記、恋愛小説として出版社に送っちゃだめかな?」
「ダメだな、途中で砂糖のゲロ吐いてクレーム入れられるだけだ。それより報告を頼む」
「えっと、やっぱり二人の仲は最悪だったよ。すごく怒ってた」
「死者となっても怒るとか、相当嫌っているんだな」
「パーティ会場では旦那さん、気持ちよくなって相当酔っぱらっていたみたい。少し目を離した隙に姿を消して、戻ってきた時にはだいぶ酔いが覚めていたから、夜風に当たっていたんだと思う、だって」
「その間にローヴァと何かあったというわけだな」
「それと最後に」
「なんかあったっけ?」
「好きなパンはクロワッサンだって」
「もう少し他に聴くべきことがあったんじゃないか?」




