八話 存在しない人
「それで、今日はどっちにするの?」
情報をまとめた後、誰に能力を使うべきか、アルカが日記帳を胸に抱えながら尋ねてきた。
モヤモヤしている部分の解明のために、当主の話を聴くか、新たにセバンの情報を得るか。
「そうだな……、当主の話を聴いておきたいところだが、一旦全員の話を聴いておくとしよう。そこから見える新しい視点もあるだろう」
「じゃあ、セバンちゃんだね。私の予想だと、悪い魔女に呪いを掛けられて、王子様のキスがあるまで目覚めないんじゃないかって思ってる」
「物語の読みすぎだ。魔女はいないし呪いもない。アルカが特殊なだけだ」
頓珍漢な推理? を聞きながらセバンの部屋に辿り着く。場所は二階の右端、当主とは真逆に位置していた。
扉を開けて中に入ると、やはり部屋の造りはどこも変わらない。机とベッドが俺たちの部屋と同じように設置されているだけの部屋だ。
「そういや、この部屋は窓を開けてないんだな。アルカ、閉めてないよな?」
「うん。私は窓に触ってないよ」
軽く部屋内を観察したが、十二歳の少女にしては可愛らしいものが少ない。机の上には大量の紙が置かれていて、ザッと目を通すと、それらは彼女の発表したセバン検査の資料だった。
ベッドには顔に布を掛けられた茶髪の少女。呪いはないといったが、若き天才が遂げた謎の死はどこか禁忌に触れたような不気味さがある。
本当に外傷はないのか調べたいところではあるが、少女の裸体を観察するわけにもいかない。衣服に乱れがないことや、首を引っ掻いたり髪を引っ張ったりした痕がないことだけ確認して、それ以上の事はアルカに頼んだ。
「怪我は一つもない、とても綺麗な身体だよ。どこを触っても冷たいから、まるで人形みたい」
「遺体を調べるのはいつまでたっても慣れないな」
他に集められる情報は、この山になっている資料を読むしか見当たらないが、資料を読んだところで俺には理解できないだろう。手っ取り早くアルカに話を聴いてもらおう。
「椅子を用意したから、能力を頼む」
「はいはい。安楽椅子探偵の出番だね、お任せあれ! それで、何を聴けばいい?」
「死因は当然ながら聴くとして、犯人は誰か、あとは時間があれば、殺されることは事前に分かっていたか聞いてくれ」
「了解。そんじゃ聴いてくる」
ベッドの隣に置いた椅子に座ったアルカは、いつものように息を整え、目を瞑って大きく息を吸い込む。集中しているのを邪魔しないように静かに見守っていると、わずか十秒ほどでアルカは目を開けた。
いつもならすぐさま日記帳にペンを走らせるのだが、アルカは瞼を何度もパチパチさせて手を動かさなかった。
「どうした? 話は聴けなかったのか?」
聴けばなんでも答えてくれる能力ではあるが、質問したことに回答を持っていない場合は何も話してくれない。だから今回はそのパターンだと思っていたが、
「……能力が、使えなかった」
「どういうことだ? 調子が悪いのか?」
「ううん。ご飯が美味しいからむしろ調子はいいよ。でもなぜかお話が出来なかった。……え? セバンちゃんは死んでないとかある? 呪いで寝ているだけって推理が当たってたとか?」
「そんなわけないが、……一応、もう一度確かめるか」
俺はセバンの布団を捲り、細い腕に触れる。生を感じられない冷たさにすぐ手を離したくなるが、我慢して手首の内側に指を当てる。口元に手を近づけても吐息は感じられず、胸も上下に動いていない。
「脈はない。呼吸もしていないし、身体も冷たい」
「じゃあ、間違いなく死者?」
俺は無言で頷いた。
確かにセバンは死んでいる。医者ほど正確ではないが、これだけ材料が揃っていて死んでいないとは言えない。ならば、どうしてアルカは能力を使えなかった? 本人は調子がいいと言っているが、もしかしたら気付かないだけで重傷を抱えているのかもしれない。
「アッシスタ。まだ能力は使っていないから、旦那さんに使ってみる。これで能力が使えなかったら私の不調ってことを認めるよ」
「そうだな。セバンだけ特別な何かがあったのかもしれない。当主の方を調べてみよう」
というわけで、さっさと部屋を移動してきた俺たちは、さっそく当主に能力を使うべく椅子にアルカを座らせた。
日記帳を開いたアルカに今回聴くことを伝える。
「浮気かもしれない相手が誰だったのか、セバンの最近の様子について不審点はなかったか。時間があれば、犯人の特徴について聴いてくれ」
「うん。それじゃあ聴いてくる」
アルカが目を瞑り、大きく息を吸い込む。やる気に満ちている時のアルカは集中が長続きする。
静かに待つこと約一分。最長記録にも近い集中力で、目を開けた後に吐く息も多い。
「ぷあー! 聴けた聴けたよ聴けちゃった! とんでもない情報を手に入れたよ!」
「よく頑張ったな。すごい集中力だったぞ」
「あと、ちゃんと能力は使えたから不調じゃなかった!」
「そういやそうだな、じゃあセバンが研究者ゆえに特別なのかもしれないな」
さらさらと日記帳に文字を綴るアルカの頭を撫でてあげる。口元を緩ませて「えへへー」嬉しそうにしていた。
「あ、でも残念なお知らせも。セバンちゃんの最近の様子は、特に変わりなく不思議ところは無かったって」
「そうか。じゃあ夫婦の事件とは別の可能性がやはり高いか」
「それと犯人の特徴なんだけど、これは無言だった。つまり知らない」
「そうなると夫人とだけ会ったみたいだな。セバン検査の紙を貰って激高し、突撃してそのままザクッといった感じか」
「女って怖いね」
「アルカも女だろ」
「探偵です」
「どうでもいいから最後の一つはなんだったか話せ」
「旦那さんが浮気かもしれないと思っていた人物、それはなんと……、ローヴァさんです!」
「…………」
「ローヴァさんです!」
「聞こえなかったわけじゃないぞ? 誰なんだ、そいつ」
「……ローヴァさんです」
「もういいから。はあ、なんか久しぶりに褒めてやったのに、これとは」
「久しぶりって! 昨日までの誉め言葉は全部嘘だったと認めたね! やっぱりアッシスタは私を褒めてない!」
「まあいいや」
「よくない!」
「なんとなくローヴァが誰なのか見当は付いている。探しに行くぞ」
文句を言うアルカを無視して次のプランを決める。もう能力は使えないため足で探すしかない。
なんかここに来てからずっと探偵っぽい事をしている気がする。頬を膨らませている探偵は逆に助手のような働きを見せているし、もう立場入れ替えてもいいんじゃないか?
いや、マジカ探偵事務所はアルカに託されたんだ。俺はあくまで助手、これはいつまでも不変だ。
「夫人の部屋のどこかにあると思うんだけどなぁ」
バタバタと移動して今度は夫人の部屋。床に落ちていた物はそのままにしているため足場に気を付けながら物色する。
「アッシスタ、何を探しているの?」
「んー? まあ、夫人の過去が分かる資料か日記か……」
「日記ならここにあるよ」
「いや、アルカの日記帳じゃなくて」
「うん。奥さんの日記だよ」
「なぬ?」
バッと振り向いてアルカが手に持っている物を確認する。かなり分厚い本ではあるが、確かに夫人の日記帳だった。
「でかしたぞ! 流石名探偵」
「えへへー。……って、今だけ褒められても嬉しくないんだからね!」
「ナイスツンデレ」
「ムーっ!」
背中をポコポコ叩かれながら日記帳を開く。恐らく目当ては最初のページの方に書かれていると思ったが、……すんごい惚気が羅列している。
結婚前の婚約時代の頃から書かれている日記らしく、『愛しのサルコス様日記』とでも呼ぶべきだろうか、延々と愛が綴られていた。
「うっわ、すごい惚気の数々。二人だけの時間がずっと綴られているんだけど」
「ここまでくるとヤンデレなんじゃないかなって思った」
今日はどこどこへ行った。格好よかった~、みたいな文がしばらく続く中、結婚を間近に控えたタイミングで少々雰囲気が変わった。
「……あった。ローヴァが誰か分かったぞ」
「え? 誰だったの」
「夫人エターナの双子の妹だ」
一卵性の双子だったらしく、二人は見た目がそっくりであり、唯一の違いはローヴァの性格が虐めグループのリーダーのように酷かったことくらいらしい。
二人の出会いは学園の高等部。恋仲となったサルコスとエターナは卒業後に時期を見て結婚する予定だったが、実家のど田舎を出られるチャンスにローヴァがサルコスにちょっかいをかけ始めた。
時にはエターナの振りをして近づいていたこともあったらしい。あわよくば婚約者の立ち位置を入れ替えようと計画していて、それで頭を抱えていたと記されている。
それでもサルコスはエターナとローヴァをしっかり見極め、エターナを嫁に迎えたことで更に愛は爆発。すぐに子を身籠ったとさ。
「なんか、一度も書かれてないけど文末全部にハートが付きそうな勢いの文章だね」
「それだけ性格の悪い妹に悩まされていたんだろうな。離れ離れになれたことも嬉しかったんだろ」
「それじゃあ結婚式前にごたごたして、旦那さんはもしかしたらそこで間違いが起きたかもしれないんだね」
「アルカの、酒の勢いで~って話、もしかしたら正解だな。意識が朦朧としている間に襲われたパターンだな」
「わー、なんか珍しく当たったけど、あんまり嬉しくない」
とりあえず、これで犯人像が見えてきた。
当主の言葉に焦りが見えたのは、自身の知らない隠し子の可能性があったためであり、やはり浮気ではなさそうだ。
その隠し子の正体は、夫人の妹ローヴァとの子であり、先日ついに屋敷に現れたのだろう。
夫妻は不幸なことに亡くなってしまい、末娘のセバンをなんらかの手段を用いて殺害した。
ワンスだけが生きているのは、もしかしたら何かに利用できるかもしれない。現在進行形で利用されているから、ワンスは何も言えないのだろうか?
「あれ?」
日記を読んでいたアルカが素っ頓狂な声を上げて、読んでいたページを見せてきた。
「どうした? なんかあったか」
「うん。ここ見て」
アルカが指さした場所には日付けが書いてある。今から約十二年前の出来事、結婚して身籠り、年が明けて臨月を迎えてからの日記だ。
「えっと……、『サルコス様との愛の結晶にさっそく名前を付けることにした。お医者様にお腹の中の赤ちゃんは女の子だと教えられたから、サルコス様と一緒に一晩考えて赤ちゃんの名前を決めた』」
改行して、少し気合いが入った太字で名前が記されている。
『サスパート・セバン』
「…………ん?」
「ねえアッシスタ」
アルカが言わんとしていることは分かる。分かるが、どうしても頭が追い付かなかった。
「ワンスさん、……いつ生まれたのかな?」




