七話 不審点
「こちらをどうぞ」
「ああ、ありがとう」
翌日、ワンスからセバン検査の紙を貰った。じっくり目を通した結果としては、サスパート夫妻と血縁関係を示す証拠の一つとなった。
ワンスはセバンの姉であり、夫妻の娘であることに間違いはなかった。だから、俺が密かに思っていた“ワ《・》ンスが浮気相手の子どもという憶測は外れてしまった。
もし浮気相手の子だったとしてもいろいろと謎は残るので、薄い可能性ではあったが、これでワンスは容疑者から外れる。
一応セバン検査の紙が偽物である可能性を考慮して、黒猫を検査した時の検査の紙と比べて観察する。
作成に必要な紙の材料は国家機密となっているため、材質は触感で確かめるしかないが、触り心地は一緒で少しツルツルしている。インクも特殊な顔料を用いていて全くの黒ではない。少し青みがかっているような、普通のインクと見比べるとやはり少し違った。
作成者も『フォージェル』という国が認めた作成者が記名されていて、この紙が正しいものであると証明するように王宮の印が押されていた。
何度も見比べてやっと確信を持てた事にほっとした俺は、ここでやっとワンスに捜査報告をすることにした。
「昨日、一昨日と調べた事を報告しなくて悪かったな。ちょっと事情があってね」
「アルカさんの能力ですよね?」
「やっぱり私の事を知っていたんだね」
アルカが優秀な探偵と噂に聞いても、表向き浮気調査しかしていないマジカ探偵事務所にこんな大事件の調査を依頼するはずがない。
「能力のことを誰から聞いたのか、今は詮索しない。ただ誰にも言わないと約束してくれればいい」
「ええ。決して誰にも伝えませんので、ご安心ください」
紅茶を静かに飲むワンスは、アルカの能力についても興味がなさそうに見えた。彼女はなぜこの屋敷で生活を続けているのだろうか。
「アルカは普通の人にはない特殊な能力を持っていて、死者の声を聴くことが出来る。その能力を使って二日間調べてみたのだが、サスパート家当主サルコスの浮気が原因だ。当主が刺される原因となったセバン検査の結果が書かれた紙は、どこにいったか分からないが、夫人がその結果を見て夫に裏切られたと思い、刺した。そして、殺してしまった事への罪悪感に耐え切れず首を吊った」
「そうでしたか。なんとなく、そんな気はしていました」
「ワンスはその時、屋敷にいたのか?」
「はい。母の、父を糾弾する声が聞こえていました。静かになった後で様子を見に行ったので、すべては見聞きしていませんが」
「ワンスさん。どこの誰が検査結果の紙を持ってきたのかはともかく、一応私たちに依頼してきた家族の死について。サスパート夫妻はこれで原因が判明したけど……」
セバン検査の結果が誰の物であったか、これは本物の探偵に頼むべきではないか、とアルカは視線で訴えていた。俺も流石に本格的な探偵業は荷が重い。信頼できる探偵の紹介は可能だから、そちらにお願いしたいところだ。
「いいえ、このまま捜査をお願いします。あなたたちに両親を殺した真犯人と、妹の死を突き止めて欲しいのです」
報酬は更に上乗せするとも言われ、ワンスは俺たちへの依頼を続行することを嘆願した。
「どうして俺たちにこだわる? 秘匿したい事件なのは理解するが、もっと適任者はいるぞ」
「……すみません。それはお答えできません。ただ、私が覚悟をしていないだけです」
「覚悟?」
「いえ、なんでもありません」
頬の傷を指で掻きながら、ワンスは視線を露骨に外した。
ワンスは容疑者ではないと思った矢先、ワンスのことを捜査しなければならないような言動が続く。
一応、最終決定はアルカがする決まりだ。もしアルカがここで終わり、引き受けたくないと言えば、俺たちは身を引く。他の探偵への紹介を提案するが、おそらくワンスはこのまま一人屋敷に引き籠り続けるだろう。
アルカは珍しく考え込んでいたようで、恐る恐るといった感じでワンスに聞いた。
「ワンスさん」
「何でしょうか?」
「あなたは、その浮気相手の子が誰か知っていますね?」
「…………」
アルカの質問に黙秘したワンスを見て、流石にこれを否定とは思わない。
「アルカ、どうしてそう思ったんだ?」
「えっと、……直感?」
「探偵にあるまじき行為だな。根拠ねえの?」
「あ、あるよ。少しだけ」
「言ってみろ」
直感で推理する探偵なんて聞いたことがない。探偵の推理は論理的で、犯人を確実に追い詰める。少しでも隙があれば逃げられてしまうため、証拠はいくらでも集めたい。
「いやあ、ずっと私たちへの依頼に執着しているってことは、やっぱり私に能力を使って欲しいと思うんだよね。でもどうしてそう思うのかなって考えたら、犯人を知っているからお願いしているんじゃないかなって」
「能力じゃないと分からない犯人だからってことか?」
「……多分!」
「おいおい」
アルカの直感で導いた推理というのはいただけないが、ワンスはわずかながら反応を見せたため、アルカの推理は的を得ているのだろう。ただ、犯人を知っているワンスがどうして話さないのか、そして、どうして探偵まで雇うのか理由は分からない。
「私からお話しできることはありません。今後お食事は用意しますが、報告の必要もありません。お好きに捜査をしてください」
「ワンス、真犯人が誰なのか話さないのか? 黙る理由はなんだ?」
「…………」
完全に黙ってしまったワンスは、空になったカップを手に、キッチンへ引っ込んでしまった。
まだ隠していることは多くありそうだが、今のワンスから情報を引き出すことは難しそうだ。
「アッシスタ、私、なんかやっちゃった?」
「いいや、よくやった。直感で推理したのは探偵として失格だけどな」
「素直に褒めてくれてもいいのに」
「これでも褒めているつもりなんだけどな。ワンスの言動から、普通の推理では絶対に解けない、アルカの能力が鍵となる謎が、この事件に隠されていることが明らかになった。その一つをアルカが解いたんだからすごいよ」
「へへん! この調子でバンバン謎を解いちゃうよ!」
頭をポンポンと叩いて撫でてやると素直に喜ぶ。
「だけど、あまり調子に乗る余裕はないぞ。真相に近付いたようで謎は増えたんだからな。一度情報をまとめてみるか」
「そうだね。忘れていることもありそうだし」
「初めから思い出すとして、まずはワンスが尋ねてきたところからだな」
まだサスパート夫妻の死について半分くらい分かったところだが、これだけでも十分なほど情報が詰まっている。
アルカは日記帳を広げ、ペンを持つ。俺も記憶力に自信はあるが、メモ帳を取り出して開いた。
「ワンスが俺たちを訪ねてきた時、紹介者はいなくて一人で訪ねてきたな」
「うん。珍しいなぁとは思ったけど、特別変なところは……、あ、他の誰かから聞いてきたってところは変だったね」
「特定の誰かではなく、まるでご近所さんから聞いてきたような物言いだった。だけど、これは直接事件には関係なさそうだから一旦無視している」
「後は報酬がやけに多いよね。大きなお屋敷が一つ建てられるし、交通費や食事も。セバン検査の使用料でそんなにお金が貰えるんだとは思った」
「このでかい屋敷は末娘のセバンの功績を称えて王様が建てたものだった。お金はあるはずだが使用人を一人も雇っていないから、ぶっちゃけ持て余しているようだがな。彼らをよく知る住人の話によると、夫人が家族だけの空間を邪魔されたくなくて雇っていないと話していたようだ。その分毎日掃除に明け暮れているとか」
二人で纏めてみると、意外と事件の前から不思議なことはあった。だが、これらが特別事件の真相に関わっているとは思えない。何事も可能性は捨てない方がいいが、すべての可能性を拾い上げるほどのキャパは持ち合わせていない。
「事件について触れていこう。サスパート一家殺人事件、被害者はサスパート男爵家当主のサルコス。妻のエターナ。末娘のセバン。生き残っているのが長女のワンスだけ。親族はいるようだけど、王都から遠く離れた地で過ごしているそうだ」
「あ、昨晩ちょっとワンスさんとお話していたんだけど、結婚前に夫人の家でトラブルがあったみたいだよ、それで家を半ば飛び出してきたって。だけど今は解決しているんだって」
「何でそれを先に言わない。トラブルって、何があったんだ?」
「旦那さんを巡って姉妹喧嘩をしたようだよ。最終的に姉のエターナさんの愛が勝利して結婚したんだって」
「へー、だからあんな幸せ太りしたのか?」
「聴いてみる? 能力でちょちょいと」
「怒られそうだからいいや」
町でお腹が出ていることをネタにしていたのは、太っていることが幸せであると感じていたからだろう。たとえ死者相手でも聴ける内容ではないが、それだけサルコスのことを愛していた証明になる。
「話を戻すぞ。恐らく最初の被害者であるサルコスは、夫人にセバン検査の紙を突き付けられ、否定虚しく滅多刺しにされた。アルカが聴いた話だと、犯人は夫人で、浮気が原因と言う話だったな」
「うん。それで凶器は包丁。旦那さんは浮気をしたとは言っていないし、むしろ否定していた。多分セバン検査の紙も見覚えがないと思う。それと私の気のせいかもしれないけど……」
「なんだ?」
「浮気はしていないって発言にちょっと焦りがあったように思えた」
「本当か? 聞き間違いではなく?」
「うん。能力で聴くときって、大体は棒読みの回答をしてくれるんだけど、後ろ暗いこととかあると、ちょっと感情が乗るんだよね」
アルカの能力で話を聴く場合、対象の相手は決して嘘を言わない。アルカの質問したことに素直に答えてくれるが、時に感情がこもっていることがあるそうだ。過去を例に挙げると、『私は殺していない!』とすごく焦った様子の死者がいた。確かにそいつは被害者を殺してはいなかったが、事故の偶然が重なって結果的に殺害してことになっていた。
能力で聴く相手の話は確かに嘘ではない。だが、真実とは限らないことを忘れてはならない。
今回アルカは少し自信なさげではあるが、当主の言葉にわずかな焦りを感じたらしい。これを俺たちはどう捉えるべきか。
「浮気はしていないのは間違いない。だが、浮気を疑われるかもしれない、やましいことが過去にあった、が一番しっくりくるか」
「なんだろう? 女の子と一緒に歩いた、とかかな?」
「夫人はそれくらいで怒る人ではないと思うけどな。というか、セバン検査をやっているということは、当主と血の繋がった子がいるってことだな」
「ワンスさんでもセバンちゃんでもない。うーん……、お酒の勢いでヤッちゃったとか?」
「否定はしないが下品だなおい。確かに泥酔していたとか薬を盛られたというのであれば可能性はあるか。当主が襲われたパターンだな」
なんにせよ、当主は浮気していないと明言しているが、過去に何かあったのも確か。本人も何かあった相手に血の繋がった子どもがいるとは思っていなかったのだろう。夫人が荒れ狂うほどだ、その子どもにも何かしら訳があったのだろう。
メモ帳を捲る。サルコスについてはいろいろと考察の余地はあるが、夫人についてはあまり語ることがない。それだけはっきりとした人物とも言える。
「次に夫人のエターナ。この人は分かりやすいな」
「犯人にセバン検査の紙を渡されて、怒って、旦那さんを刺しちゃって。罪悪感で首を吊った。幸せ太りして使用人も雇わないほどだから、それだけ旦那さんを愛していたんだろうね」
「夫婦の証言を合わせても、夫人はこれが全てだろうな、今は語ることが少ない」
「やっぱり旦那さんの過去に何があったかで謎が深まっているみたいだね」
メモに書いた内容も少ない。彼女の事を良く知る人たちからも同じ内容のことしか言われないし、とても優しく明るい人だった、というだけは確かだ。
だからこそ犯人の人物像がとにかく気になってくる。
末娘のセバンについてはこれから調べるとして、一旦情報整理はこれで終わることにした。




