六話 加害者の声
抱きしめられたままで痺れた腕を懸命に動かし、なんとかアルカを起こした朝、食堂の席にはすでに料理が並んでいた。
「ワンス、おはよう。朝は早いんだな」
「おはようございます。昔からあまり寝なくても問題ない体質なんです。それに、料理は楽しいですし」
ワンスは頬の傷を撫でながらわずかに目を細めた。
朝食はパンを中心にサラダとスープ、スクランブルエッグ、ハムやソーセージなどシンプルなものが並んでいた。シンプルとはいえ使っている物は一級品、しっかり味わって食べるとしよう。
まだ少し寝起きでフニャっとした状態のアルカがやってきて、俺たちは朝食に手を付けた。
「今日はどこの捜査をするのですか?」
「夫人のことを調べるつもりだ。もしかしたら昨日調べた事といろいろ繋がるかもしれない。周辺の人たちにも話を聞きたいし、まあいろいろだな」
「このハム、薄いのに味が濃い!」
本当にこいつは探偵なんだよなと疑いたくなるほど俺たちの会話に興味を示さない。食い意地張ってハムやソーセージを食らい、しれっと俺の皿からいくつか奪っていく。
「ワンス、今後の捜査で必要になるかもしれないんだが、サスパート家の血縁関係を証明した紙ってあるか?」
「セバン検査の紙がありますので、後で持ってきます。他に必要な物はありますか? 用意しますよ」
「いや、とりあえず今はそれだけだ。ありがとう」
食事を終えた俺は、おかわりをしたがるアルカの首根っこを掴んで夫人の部屋を目指した。
笑う事も無ければ、亡くなった家族に涙を流さない。客人のために豪勢な料理をふるまうワンスは一体どういう心境なのだろうか。
これから謎を解き明かそうとする中で、依頼にないワンスについて疑問は深まるばかりだ。
「もうちょっと食べたかった」
「今度いっぱいピーマンの肉詰めを作ってやる」
「ハンバーグがいいな?」
「ピーマンを食わせてやる」
「拷問だよ!」
「特別にニンジンを付け合わせてやろう」
「アッシスタの意地悪!」
文句ばかり言うアルカの頭にチョップを入れると、ちょうど夫人の部屋の前に辿り着いた。
やはり他の部屋となんら変わらない扉。こちらは血が付着しているわけでもなく、当主の部屋の隣と覚えておかないと目印もないため、本当に迷いそうな屋敷だ。
「特に変化している所はなさそうだな」
夫人の部屋の様子は昨日のうちに確認していたが、日を跨ぐと違った感想が出てくる。気持ちがリセットされたというべきか、当主の件は一度頭の片隅に移動できた。
「床には血に塗れた包丁、天井からはロープが吊り下がっているな。床のシミはおそらく首を吊った際の失禁の跡か」
「デリカシーないよ」
「じゃあアルカが見逃しなく捜査してくれ」
「それは助手のお仕事」
「便利な言葉だな」
部屋の中は酷く荒れている。恐らくは当主を刺した後部屋に戻ってきて、暴れたのだろう。ひとしきり暴れた後、後悔に耐え切れず首を吊った。
布団の盛り上がりは大きい。というのも、サスパート夫人はかなりふくよかな体型の女性だった。よく天井が剝がれなかったなという感想はかろうじて飲み込んだ。
顔を見た時は、こんな人が刺したのかと思う程優しい顔をしていて、申し訳ないが、ワンスとはちょっと似てないかなと思った。
軽く身体を調べたが、首を吊った以外に外傷はなく、自殺でほぼ間違いないだろう。
「さてと、そろそろ聴くか」
「任せてよ。それで、奥さんには何を聴けばいい?」
椅子を用意して座るアルカは、日記帳を開いて準備する。
「夫人が犯人なのは確定しているから、犯行動機と自殺理由」
「時間があったら何を聴けばいいかな?」
「そうだな……、当主に見せた紙が誰のものだったのか聴いてくれ」
「分かった。それじゃあ聴いてくる!」
大きく深呼吸をしてから目を瞑るアルカ。額に汗を浮かばせるほど集中していて、三十秒を確かに超える時間集中を続けていた。
しばらくして、いつもみたいに身体をブルッと震わせ、
「ぷはっ!」
すぐに日記帳に書き込み始めた。
「おつかれ」
「えへへー」
頭を撫でてやると嬉しそうに笑う。こうも嬉しそうだと撫で甲斐があるってものだ。無邪気な笑顔は孤児院にいた子どもたちを思い出すな。
アルカは三つの質問になんとか答えてもらえたようで、一つずつ聞かせてもらう。
「一つ目の犯行動機だけど、やっぱり旦那さんの浮気が原因だった」
「やはり夫人は旦那の浮気を疑い、否定の言葉を信じ切れなかったようだな。だから、浮気をしたかどうか、認めたかの差はある……か」
「二つ目、自殺した理由だけど、幸せな時間を壊してしまった事を後悔したから」
「これも予想の範疇だな。やはり夫婦仲は悪くなかったというわけか」
これまでの現場では、アルカが聴いた情報を元に、本物の探偵と警備隊がそれらを裏付ける証拠を探して推理していた。現場には必ず俺もいたが、しかし俺は探偵ではない。あくまで推理みたいなことをしているだけで、憶測でしか語れないのだ。
「一応、これで夫婦の死については解明できたわけだが、三つ目のセバン検査の紙は誰のものだったかを教えてくれ」
「えっと……、これがね、ちょっと不思議なことに“分からない”って」
「分からない? 誰の検査結果なのか分からないのに、夫人は旦那の浮気を疑ったと?」
「そういうことになるのかな?」
顔に布を被せられている夫人を見る。大事な人を殺めてしまうほど激高したのに、その理由が不明瞭だ。
一つ言えることは、セバン検査の結果は特殊な紙とインクを用いているため、偽物を作ることは作成者以外に不可能と断言していい。当然、検査結果の偽造は重罪で、たとえ高位貴族であろうと問答無用で牢屋にぶち込まれる。
それでも作成者に裏金を渡し、特別に作って貰ったとしよう。サスパート夫妻にその結果を見せて何の意味がある? 黒幕は、サスパート夫妻が死ぬことまで予想していたのか? ……いや、無理だろ。
「……わっかんねえな」
「もしかしてだけど、ワンスさんが怪しかったりする?」
「セバンの家族である以上、セバン検査で得た金はこの屋敷に入るし、誰もいなくなればサスパート家の当主にもなれる。だけど、ワンスが家族に手を掛けたかもしれない、という噂は決して消えない。俺たちに事件解決をお願いしてきているし、俺たちに提示した報酬もおそらく引き継ぐ予定の遺産を全部つぎ込んでいる」
「じゃあ、やっぱり犯人は外部の人かな? 誰と浮気したのか聴けば分かるかも」
「そうだな。浮気相手とセバン検査の紙のことを明日は聴くか。セバンの声も聴いておきたいが、こっちはまた別件の気がする」
すでに能力を使ったアルカは、明日にならないと声は聴けない。他に部屋を探しても特に進展は無かったため、俺たちは夫人の部屋を後にした。
俺たちの捜査に興味がないのか、リビングの陽だまりで本を読んでいたワンスに声を掛け、外に出ることを伝える。
「ワンス、ちょっと出てくる。周辺の人に話を聞くけど、何かあったことは言わないから安心してくれ」
「分かりました。もし移動に馬車をご利用でしたら、料金はサスパート家に請求するようお伝えください」
「町の中を歩くから大丈夫だ。それと昼も外で食べてくるが、もしかして何か用意していたか?」
「いえ、これから準備を始めるところでしたので。お昼の件、了解しました」
やはり表情を変えないワンスを置いて、俺たちは屋敷を出る。あまり事情は話せないが、サスパート家の印象について軽く聞いておきたかった。
町は昼前ということもあって主婦の姿が目立った。八百屋は大人気で店主が威勢のいい声を張っている。隣人との仲がよく、治安もいいため安心して町中を歩ける。よそ者にも親切で、俺たちがどこに行きたいか伝えれば懇切丁寧に教えてくれた。
聞き込みのためにやってきたのは人通りの多い噴水広場。親子連れで遊ぶ家族が多く、俺たちが観光客を装って話しかけるのは難易度が低めだ。
ここ数日、サスパート家の人を見ない件については、セバンの研究が忙しくて引き籠っているのではないかと噂が広まっていて、おかげでスムーズに話が進んだ。
「あの家の印象? 最近は忙しいみたいだが、前は夫婦揃って商店街でデートするくらい仲が良かったな。奥さんはお腹で出ていることをよくネタにする陽気な人だよ、あれは幸せ太りだからってニコニコ笑っていたな」
「セバン嬢ちゃんは本当に頭がいいのよね。それで人を騙すような事も無いから、うちでお買い物してくれる時に商品の提示金額の見直しをお願いしちゃっているくらいよ。ご両親とも仲がいいし、研究が落ち着いたらまたここに顔を出してくれるんじゃないかしら」
「本当に仲のいい家族なのよ。でもちょっとあの大きなお屋敷に使用人を雇わないのはやりすぎだとは思うけど。夫人が家族水入らずの時間をずっと過ごしたいそうよ。介護が必要になったら一人、二人は雇うんじゃないかしら?」
どこに話を聞きに行っても、いい話だけを聞く。元々は小さな屋敷で過ごしていて、町民との関りも深かった。とはいえ狭い世間の中で過ごしていたこともあり、サスパート家がどういう人たちなのか知らない人の方が多かった。しかし、いきなりでかい屋敷が建てられて知名度が上がり、セバンの功績が広まったことで、忙しさが増したようだった。
とりあえず印象を聞いただけだが、アルカが能力で聴いた話を裏付ける結果にはなった。
「ねえ、アッシスタ。夫婦仲はこんなに良くて、どうして旦那さんは浮気したんだろう?」
「ただ理由を挙げるだけならいくつかあるが、当主は浮気を一応は否定したんだろ? セバン検査の紙を見せられて、一方的に浮気したと断言されたって」
「あ、そうだったね。でもセバン検査って今まで間違いは出てないよね?」
俺は首を横に振った。
「あるにはある。だけど正しくは、見つかった間違いは全て不正だった。後は隠匿されてない限りはそうだな。まあ作成者は王様という最強の後ろ盾があるから、偽造する理由がない」
「じゃあその紙が本当に正しかった場合は、やっぱり旦那さんの浮気かな?」
「本人には悪いが、その場合は流石にな」
時間的にも帰ったらちょうど夕飯の時間だ。今日はどんな料理が待っているのか楽しみだ。
「アッシスタ。浮気は許さないからね?」
「何の話だ?」
「もし私とアッシスタが結婚したらの話」
「冗談は胸だけにしてくれ。まな板に興味はない」
「あーっ! 今言っちゃいけないこと言った! 助手が探偵に言っちゃいけないこと言った!」
「探偵関係ないだろ」
ワンスの事を責められない程いつも通りのアルカの元気に、俺は飛んできた拳をアルカよりも大きな胸板で受け止めた。




