五話 日記帳
就寝前、俺の部屋にアルカが来訪した。
私服はいつも探偵をモチーフにしたチェックのワンピースだが、寝間着は機能重視の普通のネグリジェで、腕には枕を抱えていた。
「ねえアッシスタ、こっちで寝ていい?」
「なんで?」
「知らない屋敷で一人の夜って、怖くない?」
「別に俺は平気だけど」
「私は平気じゃないからここで寝るね」
俺の枕を横にずらし、隣に枕を並べたアルカは満足気に胸を張った。
「本当に俺の一個下か? 精神的にまだ十歳くらいだったりしないか?」
「失礼だね、ちゃんとアッシスタの一つ年下だから。今年十六歳になったんだからね」
アルカは普段気丈にふるまってはいるが、意外と怖がりだ。遺体のある屋敷に泊まることに恐怖はないみたいだが、幽霊や雷にめっぽう弱い。怖い話を聞いた夜には決まって俺のベッドに潜り込んでくる。
アルカは机に向かい、日記帳を広げる。アルカが持ち歩いている日記帳は、事件に関係するメモだけでなく、その日あったことを記録する普通の使い方もしていた。
たまに事件関係で読ませてもらう事があるが、深刻な事件と陽気な日常が入り混じってなかなかにカオスな日記帳となっている。それでも俺とは違う視点を残してくれるから、参考にすることがよくある。
「それにしても、夕飯美味かったな。俺がいつも作る飯は庶民の物だからな、貴族の食事って久しぶりだったよ」
仕事で食事に招待されるときはみな威勢を張るため、毎度ごちそうを用意してくれていた。今回もごちそうを用意してもらったが、これらをワンスが一人で作り上げた事が驚きだった。
「美味しかったよねー。旬の野菜に高級卵のオムレツ。なんと言っても鳥を一羽使った香草焼き! うちの事務所じゃ作るのが難しいよね」
「まあな、事務所には設備がないうえに、火加減の調整も難しいだろうな。ちょっと厨房覗かせてもらったけど、ピザ用の窯もあったぞ」
「ホントに? 私ピザ大好きなんだけど!」
「リクエストしてみれば?」
「してみる!」
決断力の早いアルカは、日記を書き終わるとパタンと閉じ、ベッドの上に飛び乗った。ベッドの縁に座って本を読んでいた俺の身体が軽く跳ねる。
「そろそろ寝ようよ。明日も早いんだし」
「アルカが自分で起きてくれるなら楽なんだけどな?」
「それは助手のお仕事だよ。どさくさに紛れてちょっとくらいなら触ってもいいからさ」
「無いものにどうやって触れと?」
思わず視線を下げ、ストンとして起伏のない胸を見ると、アルカは可愛らしく頬を膨らませてポカポカと叩いてきた。
「アッシスタは言ってはならないことを言った! よって私の抱き枕になる刑を執行する」
「いつも通りじゃねえか。ほら、明かり消すぞ」
フッと暗くなる室内。布団を被るとアルカが俺の腕に抱き着いてきた。残念ながら柔らかい物はない。
目を瞑ればすぐに寝られる体質ではあるが、今日はやけにアルカの落ち着きがない。もぞもぞと動かれては寝られるものも寝られない。
「寝られないのか?」
「うん。なんかいろいろ気になっちゃって」
「事件のことか?」
「そうなの。浮気って最低なことだとは思うよ。それで激高した奥さんが思わず刺しちゃった、なんて事件は他にも聞いたことがあるし、そこは不思議じゃないけど」
「別に俺たちに頼むほどの難事件ではないな」
浮気が原因で心中してしまったことは醜聞ではあるが、ワンスはそれを恥だと思って秘匿するような人には見えない。
妹のセバンも謎の死を遂げているが、現在、世界中で時の人となっているセバンをいつまでも表に出さないのはリスクがある。早めに公表してさっさと話題を流すべきではないかと思うが、ワンスは大金を使ってでも秘匿することを選んだ。
「今のところ、当主サルコスの殺害と、セバンの繋がりがないんだよな。浮気も証拠の紙がどこにあるかも分からないし」
「まだ分からないことが多すぎて落ち着かない。頑張って寝るからジッとしてて」
アルカは俺の腕を抱きしめたまま夢に落ちていこうとする。
俺もさっさと寝るとしよう。きっと明日は真相に近付いてはしゃぐアルカに振り回されるのだから。




