四話 犯人特定?
捜査開始前に、俺たちは客室に案内された。
こんなでかい屋敷に住んでいるのは四人だけ。一階も二階も部屋は有り余っているため、俺たちは二人別々で一部屋ずつ与えられた。
アルカとは隣の部屋だが、造りも配置も反転させれば全く同じだった。クイーンサイズのベッドに机と椅子。シャワーにトイレも付いていて、飯さえあれば一部屋で完結している豪華な部屋だ。
荷物の片付けは後でいいだろう。ベッド横に荷物をポンと置き、最低限必要になるかもしれない道具を持って廊下に出る。
ワンスからは部屋は好きに見ていいといわれていて、それぞれ事件があった部屋の鍵を渡されている。
夕食の支度があるワンスは、邪魔にならないようにと厨房に引き籠ってしまった。家族の死に顔を何度も見たくはないのだろう。
「アッシスタ、お待たせ。用意できたよ」
「ん、そんじゃ、行くか」
アルカは手にペンと使い古した分厚い日記帳を持って部屋から出てきた。探偵を名乗るクセに記憶力があまりないため、現場に赴くときはいつも持ち歩いている。
「私の能力は一日一回が限度だけど、被害者は三人。全員に聴くにしても三日かかるね、誰から聴きに行くの?」
「そうだな……」
アルカの能力は回数制限もあるが時間制限もある。一日に一度だけ、それに質問の長さにもよるが、聴けるのは精々二つ、三つが限度。
セバンの謎の死が一番気になるところではあるが、的外れな質問をしても意味がないため、他の情報を集めてから聴きにいきたい。夫人の首を吊った件も、それに至る理由が絶対にあるはずだ。
「おそらく、最初の被害者だろうこの屋敷の当主、サルコスの声を聴きに行こう」
「うん、任せて。バンバン聴いちゃう!」
「ああ、頼んだぞ」
サルコスの部屋は二階の一番左奥の部屋。相変わらず飾り気のない廊下を進み、辿り着いた部屋は、やはり着飾りがない。
アルカは気付いていないようだが、扉の端とドアノブに血液が付着している。間違いなく殺傷事件が起きたようだ。
清潔なハンカチでドアノブを包みながら回す。遺体はワンスがベッドに寝かせたと聞いたが、それならかなり匂いはきついはずだ。事前に鼻を抑えてゆっくり扉を開けると――、
「あ、よかった。意外と臭くないね」
「換気しているのか」
鉄錆臭さはあるものの、窓は開け放たれているため匂いは籠っていない。これくらいなら問題なく操作が出来る。
室内は壁紙や物の配置など変えているようだが俺たちの部屋と違いはない。この部屋は寝室と共に書斎のようになっていて、壁には大量の本が並んでいた。経営に関係する本が多く、真面目な人だったんだなという印象を持つ。
しかし本物の書斎はちゃんと別室にあるらしく、あくまでここは寝室。ベッドの盛り上がった布団から出ている人の頭に布を被せられていた。
「部屋は少し荒れているな。争った跡も残っているぞ」
「あ、ここに落ちている本、何かで切ったような感じじゃない?」
「確かにそう見えるな。ちょっと失礼」
俺は手袋を嵌め、布団をそっと捲った。あまり直視できる光景でもないためすぐに元に戻す。
布団の中は血で赤黒く染まっていて、服は切り裂かれたような跡と数か所刺された跡があった。何者かに滅多刺しにされて失血死で間違いないだろう。
「アルカ、出番だ」
とりあえずアルカに能力を使ってもらおうと椅子を用意して呼びかけると、俺に手のひらを向け「待って!」と止めた。
「アッシスタ、先に名探偵の推理を聞いて欲しい」
「はいはい、お好きにどうぞ」
これまでほぼ当たったことのない自称名探偵の推理。一体これまでの情報でどんな推理を聞かせてくれるのか、頓珍漢な事が多くて逆に楽しみでもある。
アルカの推理はまず雰囲気作りから。ワンピースのポケットからパイプを取り出し、口に咥えた。
「あ、これハッカね。こういう淀んだ空気の中だとスッキリするよね?」
「いいから早く推理しろ」
美味しそうに「ぷはー」と息を吐いたアルカは、「では」と続け、びしりと開いた窓を指さした。
「犯人はあの窓から侵入し、当主を滅多刺しにした後、凶器を持ったまま窓から出て行った!」
「ここ二階だぞ。見た感じ掴む場所もないし、どうやって降りるんだよ」
「じゃあ屋根の上に登った!」
「降りられなきゃ意味ねえだろ。そもそも登れないって」
「ふむ……、はっ! ひらめいた!」
「絶対違うと断言できるけど言ってみろ」
「犯人はまだ屋根の上にいる!」
「ほら、椅子に座って早く声を聴け」
「確かめる価値はあると思うのに」
「外から見て屋上に隠れられる場所は無かったから、安心して別の場所を探せるぞ」
アルカの推理が当てにならないのはいつものこと。とりあえず死者の声を聴いてもらって、その情報を頼りに俺が推理してみよう。
プカプカとハッカの香りを漂わせているパイプを取り上げ、椅子に座らせる。
今回、声を聴くサルコスの遺体は目の前にあり、触れる必要はない。アルカがサルコスを認識していれば声を聴ける。
「それで、何を聴けばいいの?」
「そうだな。とりあえず、犯人は誰か? 殺された原因は何か? 後は……時間があれば凶器は何だったか聞いてくれ」
「分かった。それじゃあ集中するね」
アルカが大きく息を吸い込み、目を閉じる。本人曰く息を止めている方が集中できるのだとか。
今回、能力で聴いてもらう三つの質問は、確証はないが何となくこうじゃないか、と俺が思っていることを確信に変えるために聴いてもらう。
本物の探偵ならば裏付けのために証拠を探したり、周辺の住民に話を聞きに行ったりするのだろうが、アルカの能力なら死者から直接聞ける。やっぱりズルいな。
「そろそろか」
時間にして三十秒くらいか。ブルッと身体を震わせたアルカが「ぷはっ」と息を吐きだし、すぐに日記帳へメモを取り始めた。
「……よし、聞き出せたよ」
「お疲れ。よくやった」
「えへへー」
能力を使った後は頭痛がするらしく、頭を撫でてやるとアルカは喜ぶ。なんでも頭痛に効くんだとさ。よく分からんけど。
「それで、犯人は誰だった?」
「聞いて驚かないでよ? なんと、なんとなんとなんと! この人の奥さんだった!」
「やっぱりそうか」
「え?」
俺が驚かなかったことに疑問を持ったアルカが目を点にして首を傾げた。
「先に聞くが、凶器は包丁だったか?」
「あ、うん。そう、最後にギリギリ聴けたよ」
「包丁で滅多刺しにされたと言っても、サルコスは起きている時に襲われている。ちゃんとベッドの外側に争った形跡があるからな」
「うん、そうだね。もしかして、さっきの切られた本って、盾みたいに使ったのかな?」
「それまでは分からんが、大の大人が起きている時に滅多刺しにされたんだぞ? 相手も大人じゃないと流石に難しいと思っていた」
「そっか、セバンちゃんは十二歳だから、不意打ちでもしないと流石に争ったら負けちゃうか」
「そういうわけで、外部から侵入した痕もなかったし、夫人が犯人かなとは思っていた。最後に、殺された原因は?」
殺人をするからにはそれなりの動機が必要になる。夫人が包丁を手に旦那を殺す理由は一体何だろうか。
「浮気だって」
「うわきぃー」
「うん。なんか突然セバン検査の紙を奥さんが持ってきて、言い争っていたら刺されたって」
「その紙がどこにあるかは聴いてないか?」
「それも聴けばよかったね、ごめん。あ、本人は浮気はしていないって言い張ってたよ」
「じゃあ夫人の勘違い説が濃厚か。まあ刺された原因が浮気だって分かったんだ。後は他の部屋を軽く見て、今日は休もう」
貴族御用達のいい馬車で移動したとはいえ、半日も移動すれば流石に疲労も溜まる。最低でも後二日間は夫人と娘の話を聞かなくてはならないし、もう一度話を聞くとなればまだまだかかる。
遺体はワンスの手によって防腐処理がされているが、気休め程度にしか効果がない。早めにこの殺人事件を解決せねばならない。




