三話 セバン検査
先に屋敷に戻るというワンスに住所を教えてもらい、俺たちは泊まり込みの準備をして、翌日出発することにした。
マジカ探偵事務所は王都からまあまあ外れた所にある。何もない田舎ともいうが、空気は美味いし雰囲気も悪くない。今は王都方面に向かって穏やかな田んぼ道を馬車でゴトゴト揺られていた。
貴族に詳しくない俺は知らなかったが、サスパート男爵家はマジカ探偵事務所から馬車で半日ほどの近場に屋敷を構えているようだった。普段も貴族相手に仕事しているから、もう少し詳しく調べた方がいいだろう。
馬車旅は順調で、このままいけば昼過ぎには辿り着くだろう。報酬には前払いで交通費が含まれていて、貴族用の高い馬車をサスパート家の経費で利用させてもらっている。
本来、金はあっても田舎者には利用させてくれない高級馬車だ。コーヒーの入ったボトルを手にのんびり流れていく景色を楽しませてもらっている。
アルカは貸し切りかつ快適な馬車にテンションが上がっている。ふかふかの座席に靴を脱いで乗り上がり、うつぶせで足をバタバタさせていた。無防備でスカートは捲れているが対策にしっかり短パンを履いていた。
「事件調査はいつぶりだっけ? 下手したら去年?」
「いや、今年の初めに密室殺人事件で呼ばれただろ。被害者の奥さんが大金積んで依頼してきて、アルカが犯人を告げた翌日、犯人が獄中で死亡したってあっただろ」
「あー、あったね。積まれた大金は手が付け辛くて、匿名で孤児院に寄付したんだっけ?」
「そうだ。結局その奥さんも翌日に自殺しちゃって、なんだかスッキリしないまま解決しちゃったやつ」
アルカの能力は、公にはせず国によって秘匿されていて、王族と一部の貴族しかアルカの存在を知らない。だから、その人からの紹介で事件を解決することがほとんどだ。
紹介料と口止め料で多少報酬金は引かれるが、それでも俺たち二人が毎日腹いっぱい食べてお菓子も付けて余りあるほどだ。
「ワンスさんが提示した報酬の金額がすごかったね。でかいお屋敷一つ作れちゃうよ」
「久しぶりに目玉が飛び出るかと思ったな」
「私は思わず声が出たもんね」
「何を張り合ってんだ?」
俺が報酬の提示を要求したところ、ワンスは迷わず金額を口にした。出まかせかとも思ったが、契約書にも迷わずサインした。あらかじめ決めていたのか、それとも……、
「貴族を辞めるつもりで全財産提示したんじゃねってくらい多かったな」
「そうだよね。一体誰の紹介で依頼に来たんだろう?」
「ああ、それだ。アルカに伝え忘れていたな」
「ん? 何が?」
「ワンスが俺たちに嘘を吐いて依頼しにきたことについて」
「え? ワンスさん嘘吐いていたの?」
「結構分かりやすかったと思うんだが……。ワンスは、他の人からアルカの評判がいいみたいなことでやってきただろ? 誰の紹介でもなく」
「そうだっけ?」
「それくらい覚えておけよ。それで、アルカは能力の事を話しても許される友達はいるか?」
「むっ、私だって肩を組んで笑い合えるような、打ち解けた友達はいるよ!」
「嘘吐いたら夕飯抜き」
「いるはずないじゃない!」
「手のひら返しはっや」
アルカの能力は国家機密にも指定されていて、紹介するにも王族の許可がいる。だから、アルカが能力を話していいような相手がいるはずもない。そのため、表向きアルカの仕事の実績は『浮気調査』のみなのだ。悲しいことに。
正直、知らん顔してワンスの依頼を断ってもよかった。どこからかアルカの情報が漏れているわけだから、そちらの対処を急ぐべきなのかもしれない。だが、それ以上にサスパート家の不可解な事件が、俺は気になっていた。
ワンスがアルカの難事件解決の話を誰から聞いたのか気になる。だが、誰にも話せない事情があってアルカに依頼しているとも明言している。
このことはひとまず事件とは関係なさそうだし、しばらくは詮索しなくていいだろう。事件解決後にサラッと聞いておけばいい。
「お、着いたみたいだぞ」
御者に声を掛けられて、横に流れていた景色が停止する。ここに辿り着くまでに町を一つ横断していた。
「町は活気に溢れていたね」
「王都が近いからかもな。ここら辺は簡単に王都へ遊びに行ける上に土地も安い。引っ越し先に選ぶ人が多いそうだ。
アルカに説明しながら大きく背伸びをする。流石は貴族用の馬車、ほとんど疲れを感じさせないまま目的地のサスパート家まで辿り着いた。
御者が扉を開けてくれたことにお礼を言いつつチップを払い、先に降りてアルカに手を差し伸べた。しっかり手を握ったアルカはよそ見をしながらぴょんと飛び降りた。
「わぁ、大きいお屋敷だね」
「よそ見しながら馬車を降りるなよ、危ないぞ」
「ごめんごめん、だって、こんなに大きいとは思わなかったから」
アルカがよそ見してしまうのも仕方ない。町民の家々に対し、それだけ不自然なほどに大きな屋敷だったからだ。
屋敷の外周は柵で覆われ、その柵に沿って木々が立ち並んでいる。しかし、庭に生えた伸び放題の雑草が気になる。庭師を雇っていないのか、雑草がそこら中に生えていて、奥に見える小さな小屋には蔦が巻き付いていた。
庭の手入れがされていないと思える割に、かなり最近に建てられたのだろう、というちぐはぐな感想を持った。
屋敷の外壁に目立つ汚れはほとんどなく、俺たちを待ち構える門は威厳を示すように背は高く、重厚な造りをしている。石畳を進んだ先にある玄関の扉は、本物の金を使用しているのか輝いていて、獅子の装飾に凝って荘厳だった。
「御者さんはサスパート家について何か知っているか?」
貴族を乗せる馬車の御者だ、何かしら知っているだろうと訪ねてみる。
「おや、王族が認めた研究成果である、“セバン検査”をご存じありませんか?」
「知っているぞ、つい先日も利用したからな」
「うん、私でも知ってる」
セバン検査とは、簡単にいえば従来よりも遥かに正確な血液検査のことだ。先日の黒猫二匹が血の繋がった家族であることを証明したように、血縁関係を調べるのはもちろん、病気の有無についても調べることが出来る。
この研究は人類の寿命を何年も伸ばすことに繋がったと高齢者も大喜びしていた。
かつては表面上の見た目から曖昧な結果しか出せなかった中で、このセバン検査は数字を用いて正確な結果を出せる。王族がセバン検査で調べたところ、妾の子である第四王子が王家の血を引いておらず、尋問したところ、母子共に国家転覆を企んでいたことが判明した話は記憶に新しい。
他にも原因不明の病気を突き止めることに活躍するなど、ここ近年ではよく聞く名前だ。
「ん? セバン検査……。セバンってこのサスパート家の」
「そうです。齢十二歳の女の子にして天才的な頭脳を持った、サスパート家のお嬢様、セバン様のことです。このお屋敷は王様がセバン様への感謝と報酬として建てたものとなります」
「そうなんだ。セバンちゃんってすごいんだね。でも……」
「アルカ、そろそろ行くぞ」
「あ、ごめん。御者さん、ここまでありがとう! とても快適だったよ!」
アルカが御者にぶんぶん手を振って別れを告げる。
セバンが不審死したことは話してはいけない。アルカもギリギリで気付いて口を噤んだ。
「警備隊に依頼していない理由についてはちょっと分かったかもな」
「セバンちゃんが死んじゃったこと、そう簡単には明かせないよね」
「そうなると、俺たちに依頼してきたワンスは王族から直接紹介されたのかもしれない」
「あー、だから紹介者が現れない?」
「かもな。名前すら出さないのは少し不自然ではあるけど」
石畳の隙間から生えた雑草を踏み倒し、辿り着いた玄関で重そうな扉を叩く。
分厚い扉の奥までちゃんと音が届いているのか少し心配したが、しばらくして扉が開き、ワンスが顔を見せた。
昨日と変わらぬ無表情、亡くなった家族と同じ屋敷に泊まっているのに、とても落ち着いた様子だった。
「ようこそ、サスパート家へ。どうぞお入りください」
「お邪魔しまーす!」
「失礼する」
屋敷の中は、外から見た時の予想より遥かに広く感じた。
扉を潜ってすぐのところはダンスでも出来そうなほど広々としたホール。そして自然と視界に飛び込んでくる二階へと続くレッドカーペットの大階段が出迎えた。
軽く靴の爪先で床を叩く。おそらく大理石だろう、白と黒の色合いにガラスのような光沢を持っていた。天井には巨大なシャンデリアが俺たちを見下ろすように黄色い明りを放ち、広間全体を柔らかい光で包み込んでいる。
玄関でもう少し靴に付いた土を落とせばよかったなと思う程、綺麗な広間だった。
ただ何か足りないと思ってしまうのは、広い屋敷に住んだことがない平民の性かもしれない。だが、その理由は壁を見回してすぐに分かった。
「そうか、美術品が少ないんだな」
「両親はあまりお金を使わない性格で、センスもないから飾らなかったそうです」
どこの屋敷も普通は壁に絵画が飾ってあったり、廊下に壺が飾られていたりする。サスパート家にはそれがないため広く感じたのだろう。
「こちらでお待ちください。今お茶を淹れますので」
階段を上がり、余裕で二十人は同時に食事できそうな広い第二食堂に通される。これで一階にある食堂よりも狭いとは恐れ入った。端に置かれているふっかふかのソファに尻が沈む感覚が楽しいのか、アルカは「ふおー!」と声を出していた。
「ねえ、アッシスタ、帰ったら同じソファ買おうよ」
「うちのテーブルと高さ合わねえだろ。お気に入りのテーブルを捨てるのか?」
「一旦片付けておけば……」
「折り畳み式でもないのに? 一度分解するのが面倒だ。そもそも場所がない」
「それもそうだね。うん、諦めよう」
納得してからの諦めが早い。
落ち着きのないアルカが窓からの景色を楽しんでいると、ワゴンにティーセットとお茶菓子のクッキーを乗せたワンスが戻って来る。わざわざワンスがお茶を淹れ始めたことに疑問を覚えた。
「こんなに広いのに、使用人はいないのか?」
「はい。雇っていません」
「事件が起きたから解雇した、とかでもなく、元から?」
「ええ。理由は分かりませんが、母とセバンが屋敷を管理していましたので」
紅茶に口を付けると、甘みと深いコクがある。いつもはコーヒーばかりで紅茶には精通していない。これはなんだと聞けば「アッサムティーです。ミルクと合いますよ」とミルクも出してもらった。
アルカはさっそくミルクを淹れてかき混ぜている。苦味が好きな俺だが、たまにはミルクティーもいいなと思い、ミルクを手に取った。
ストレートで飲んでも十分に美味しいが、まろやかな味わいは身に沁みる。アルカも気に入ったようで、これからはアルカ用に紅茶をストックしてもいいと思った。
一緒に出された上品なクッキーは、いかにも『くださいな』と目で語っているアルカに、俺の分を一枚だけ残して全てあげた。
「どうしますか? 今日は休憩して、捜査は明日からでも構いませんが」
「出来るうちにやりたいから、もう少ししたらさっそく現場を見せて欲しい」
アルカがクッキーに夢中で返事をしないため、俺が代わりに答えた。




