二話 来訪
猫の声はアルカに届き、聴こえはしたが、結局のところ何一つ理解できなかったらしい。人の言葉を話す猫がいるはずもねえわな、一応は分かっていたことだ。
アルカの死者と会話する能力は、使用時間もほんの数十秒で、一日に一度が限度。何を聞いてもニャーニャー言うだけの猫との会話は諦めてしまった。便利であるのは間違いないが不便さも際立っている。
アルカがどうしても気になるというため、依頼主に許可を得て二匹の血縁関係を調べてもらうと、やはり血は繋がっていた。
もしかしたら家族に会いに行くために家を飛び出したんじゃないかと報告したら、依頼主は目を細め、慈しみながら亡くなった猫も引き取った。その後はちゃんと埋葬もしたと手紙が届いたため、アルカは安堵の息を吐いていた。
……といった感じで依頼は完了。無事に請求額通りの報酬も支払われた。
「三か月連続で帳簿にマイナスを記すって心臓に悪いな」
俺は出納帳に書き記した数字を見てすぐに閉じた。見事に支出ばかりで黒字になっている月はほとんどない。
「これが今月初の稼ぎだ。これからは浮気調査以外に猫探しも受け入れるか?」
「うーん……、もうあんなに走って探して、悲しい思いをするのはこりごりだよ。動物探しは最後の手段ってことで」
「仕事選んでもお金に困ってないって、やっぱりアルカの能力ってすごいよな」
「そりゃあ、どんなに証拠を消したところで死者から引っ張り上げるからね。犯人からしたらたまったもんじゃないよ。どんな難事件もこれで解決。イエイ!」
「たった数十秒の能力で報酬も馬鹿でかいから、そりゃあ調子に乗るわな。俺だってVサインして気楽に生きていたいよ」
アルカの能力は国の要人、それもほんの一部しか知り得ず、依頼を受ける際はそれだけで数年は贅沢して過ごせるほどの報酬が舞い込んでくる。だからいくら赤字が続いても収支はプラスになっているのだ。
たとえアルカがポンコツな推理を披露したところで、犯人さえ分かっていれば後から証拠を見つけられる。それに頭脳は俺の担当であり、俺の方が探偵っぽいと言われるほどだ。
だが俺は探偵になりたいわけではない。俺は学園を卒業後、かつて俺の世話をしてくれたアルカの父、マジカさんの助手を希望してこの事務所にやってきたわけだが、いざ扉を叩くと、待っていたのは不思議な能力を持ったマジカさんの娘、ソンナワケ・アルカだった。
マジカさんは一年程前に病気で亡くなってしまったらしく、俺は一度目標を失った。しかし、それでも俺は恩があるし、助手を希望していたためアルカの助手をやらせてもらうわけになったわけだが……、
「犯人は空を飛んで逃げたのよ!」
「私の直感が告げているわ。あの人が犯人よ!」
「ほら見て! 私の投げたダーツがこの男の写真に刺さったの! 次はこの人が胸を刺されて死ぬわ!」
など、探偵にあるまじきとんでも推理にダーツで勝手に人を殺す不謹慎さ。どうしてそれで自信満々に推理を披露して胸を張れるのか。
結局アルカに能力を使わせて、それで得た情報から俺が推理することがほとんどだった。
「アルカ、コーヒーでいいか?」
「砂糖は四つとミルクはたっぷりね」
「いつも通りね」
仕事がないことが当たり前であるマジカ探偵事務所では、俺がアルカの世話をしていた。
歳はアルカが一つ年下で、生きてきた時間はほとんど変わらないはずだが、椅子にふんぞり返って「私は安楽椅子探偵よ! 助手、家事をしなさい」と俺に命令する彼女は、案の定ほとんどの家事が出来なかった。これまでは定期的に家政婦さんを雇っていたらしい。
朝起こすのも、飯を作るのも俺の仕事。なんなら着替えを準備することもあるし、乙女らしさは消えたのかと思えば胸のサイズは気にしている。
元々俺は孤児で、生活するうえで家事が当たり前だった身からすれば、アルカは生意気で可愛い妹みたいなものだ。命令してくる姿すら可愛く見えて特に苦とは思わなかった。
「ほい、甘ったるいコーヒーもどき」
「もどきじゃなくてちゃんとコーヒーでしょ。……うん、苦い」
うぇ、と舌をチロリと出すアルカは甘党ではあるが、苦いコーヒー(砂糖とミルクたっぷり)にも果敢にチャレンジしている。
「そんだけ甘くしてまだ苦いと思える馬鹿舌が信じられないな」
逆にアルカはブラックコーヒーを啜る俺をいつも信じられない目で見てくるが、俺は間違っていない。コーヒーといえばブラックだ。ブラックといえばコーヒーとも言える。苦味と酸味の合わさった味わいと香りがコーヒーを飲む意味である。
「さってと、苦いものを飲んだ後の甘いものは格別だよね。今日はリンゴのタルト♪」
アルカの顔程もある、見ているだけで胸やけしそうなホールタルト。作ったのも切り分けるのも俺なのだが、ナイフを持ったタイミングでドアベルが鳴った。
「ん? 今日は来客の予定ってあったか?」
「予定はなんにも無かったよ。なんか新聞とかのセールスかな?」
「とりあえず出てくる」
俺はナイフを置いて玄関に向かった。セールスだったらさっさと断って扉を閉めようと思ったが、玄関先に立っていたのは二十歳くらいの幸の薄そうな儚げな女性だった。
緩くウェーブした金髪に翡翠色の瞳。過去に事故でも遭ったのか、右頬には目立つ大きな傷があり、それが少しもったいないなと思うほど美人だ。
モデルのようにスラッとして背が高く、スカート部分は王都でも見た事がない精巧な装飾をあしらったワンピースドレスを着た女性だった。
「こんにちは。マジカ探偵事務所の探偵さんでしょうか?」
わずかに首を傾げながら俺に聞く女性の透き通った声は、はっきり聞こえるがどこか消え入りそうな儚さを孕んでいる。
そんな女性に俺は肩をすくめておどけながら答えた。
「確かに俺はここの者だが、残念ながら助手だ。ここの探偵様はあっちでタルトに涎を垂らしている女の子だ」
「おーい! 聞こえているよ! そこまで食い意地張ってないからね?」
フォークを手に頬を膨らませている姿では説得力がない。
「とりあえず中へどうぞ。ここへ訪ねてきたという事は探偵への依頼か?」
「ええ。ちょっと解決して欲しい事件がありまして。あ、申し遅れました。私、サスパート・ワンスと申します。気軽にワンスと」
「俺はアッシスタだ、よろしく、ワンス。俺が座っていた席で悪いが、腰かけてくれ。すぐにコーヒーを淹れよう」
「ありがとうございます」
「砂糖はいるか?」
「ブラックでお願いします」
「お、気が合うな。今度一緒にカフェでもどうだ?」
「お誘いは嬉しいですが、ちょっと訳ありでして」
「それは失礼した」
ワンスは頬の目立つ傷を撫でる。どうやら見た目だけの傷ではないようだ。
コーヒーを抽出し、水気を拭いたカップに淹れてソーサーと共にワンスの前に置いた。いつまでも自分でタルトを切り分けようとしないアルカのために、ナイフを手に取り切り分ける。ワンスの分は気持ち大きく取り分けた。
「ありがとうございます。とても美味しそうですね」
サスパートという家名からして貴族なのだろう。礼儀正しい方だ。俺のような平民が、特に上手でもない仕草でコーヒーを準備しても、ちゃんと礼をしてくれた。
俺は先ほど飲んでいたコーヒーカップを手に取り、アルカの傍に立つ。先日壊れた椅子を処分したせいで席が一つ足りないのだ。行儀は悪いが立ち飲みさせてもらう。
「改めまして、私の名前はサスパート・ワンスです。一応、男爵家の者です」
「私は名探偵ソンナワケ・アルカ! よろしく、ワンスさん! 動物探し以外なら大体受けるよ」
「動物探し?」
「気にしなくていいぞ」
「そうですか? それで探偵さんへの依頼ですが、我が家で起きた殺人事件を解決して欲しいのです」
「おー! 事件だ! アッシスタ、事件だよ!」
「おいコラ! 事件で喜ぶな。亡くなった人に失礼だろ」
「あ、ごめんなさい、久しぶりにまともなお仕事だったから」
「お気になさらず。私はもう割り切ってますから」
アルカは逃げるようにタルトを頬張ったため、それでは話ができないだろうと俺は溜息を吐き、仕方なく助手として話を聞くことにした。
「男爵家で起きた殺人事件について、詳細を聞かせてくれ」
「はい。ですがその前に、私もタルトを食べてもよいですか? 彼女の食べっぷりが美味しそうに見えまして。手作りなんですか?」
「一応ね。……そうだな、話は食べ終わってからにするか」
むごい話を聞きながらでは、タルトの味も落ちるだろう。
…………
…………
…………
おかわりを所望してきたアルカに緩いデコピンを食らわせてから本題に入る。
「事件が起きたのは二日前の夕方頃です。サスパート家の屋敷内で殺人事件が起きました。亡くなったのは当主サルコス、妻のエターナ。最後は娘のセバンです」
カバンから三枚のモノクロ写真を取り出したワンスは、一枚ずつ指を示しながら家族を紹介した。
「ワンスはそのサスパート家の者ではないのか?」
「私は長女です。サスパート家は四人で屋敷に住んでいました」
「あなた以外の家族が何者かに殺害されたと?」
「はい。あまり外部には漏らしたくない理由もありまして、信頼できる探偵さんにお願いしたいのです」
警備隊に依頼して不祥事を詳らかにされることを嫌う貴族は少なくない。今回もそのタイプだろう。そして、大抵はその理由を話してもらえないのがほとんどだ。大体は後ろ暗い理由が潜んでいるからだ。
「自分らが言うのもなんだが、どうしてこの探偵事務所に依頼しようと?」
信頼できると聞いてアルカが鼻の穴を膨らませるが、探偵は他にもいる。何の理由があって、わざわざアルカを選んでこんな田舎までやってきたのかは気になる。。
「他の人から、アルカさんは多くの事件を解決している名探偵と聞いたからです。難事件も数日で解決するほどの頭脳の持ち主だと聞いています」
「いや~それほどでも」
「脱線させて悪かったな。本題に戻ろう」
「むっ、私が褒められたのが気に入らないからって遮らなくてもいいでしょ」
アルカの得意気な顔は見飽きている。調子に乗らせると脱線した話はなかなか戻ってこない。
「はいはい、分かったから。それで、それぞれの死因は?」
「父は何者かに刺されて失血死、母は首を吊りました。妹は……、分かりません」
「分からない? 外傷がないのか? それとも服毒の可能性が?」
「ええ、毒かもしれませんが、それらしい物は見つかっていません」
「怪我はなく毒でもないかもしれない。それじゃあ確かに分からないね」
「それと、ごめんなさい。事件現場はそのままにすべきでしたが、どうしても可哀そうで、三人ともベッドに移動させて寝かせています」
「これくらいなら、まあどうにかなるか。本当はよくないけど」
現場を荒らすことは警備隊を含め他の探偵も嫌う行為ではあるが、こういう時こそアルカの能力の出番だ。ワンスの両親の死も、妹の不自然な死も、アルカの能力で単刀直入に『死因はなんですか? 誰が犯人ですか?』と聞けば解決だ。
アルカもこのことには気付いているようで、鼻息荒くやる気に満ちていた。
「詳しいことは現場を見ないと分からないが……」
ちらりとアルカを見ると、今すぐにでも調査しよう! と顔に出ていた。瞳をキラキラと輝かせ、すでに椅子から立ち上がっている。犬であれば尻尾を振っていたことだろう。
「その依頼、引き受けるよ! 任せて! この名探偵ソンナワケ・アルカがズバッと解決してあげるから」
「ありがとうございます。さっそくですが、いつ我が家に来てくれますか?」
「それなら今すぐにでも――むぐっ」
「待った」
俺はアルカの口を手で押さえ、無理やり黙らせた。ポコポコと腕を叩かれるが痛くはない。
すぐにでも現場を見に行くのは構わないが、先に決めておかなくてはならないことがある。
「見積もりの話をしていいか?」
ただ働きはごめんだ。




