一話 探偵としてあるまじき能力
この作品は推理の概念をぶち壊しています。
ノックスの十戒は置いてきてください。よろしくお願いします。
「逃がすかッ!」
王都への進出と共に顕著となりつつある田舎町の過疎化と、人気が失せて建物の劣化に伴い廃墟が目立つ王都の外れ。浮浪者すらも塵埃に耐えかねて住み着かない静謐な街並み。
そんなゴーストタウンの冷えた空気を切り裂いて、土汚れの目立つ石畳を走る足音を頼りに、俺はターゲットを追い詰めていた。
「…………ッ!」
「あ、クソッ! いいとこに逃げやがって」
だが、ターゲットは俺の体格では通る事の出来ない狭い隙間に入り込んでしまった。奥は行き止まりになっているようだが、図体のある俺では身体をねじ込んで追いかけるのは無理があった。
「アッシスタ! ターゲットはどこに行ったの!」
「お、アルカ、ちょうどいい時に来たな。ターゲットはこの隙間の先だ」
家と家の隙間の奥に少しだけ開いたスペースが見える。俺はその奥を指差して少女に告げた。
俺の名前を呼びながら駆け寄って来た少女は、俺の雇い主であるソンナワケ・アルカだ。『マジカ探偵事務所』の二代目所長であり、アルカは探偵として活動している。
アルカは頭にチェックの鹿撃ち帽を乗せ、服もチェックのワンピースにケープを羽織っている。まさに流行の推理小説に出てくるような探偵の格好を彷彿させる。
まずは形から入るタイプの探偵だ。
アルカの部屋のクローゼットには似たような服が何着も揃えられていて、有無を言わせず自分は探偵であると誇示している。
しかし、アルカは変に目立つ格好をするにはもったいないほど素材はいい。絹のようにサラリとした綺麗な茶髪に、透き通った空を見上げた時のような青い瞳。容姿は整っているが本人にその自覚はなく、家の中では無防備な姿を何度も目撃している。それにちょっとでも自信があれば盛り上がりのない胸を張る。目の保養にはならないのは残念だ。
「ふむ……」
「え、なに? 私のことジロジロ見て。このナイスバディに惚れた?」
「…………」
「ねえ、なんか言ってよ?」
今年で十六歳となった少女にしては少し背が低く、逆に平均よりも背が高くがっしりとした体格の俺と並ぶと、『ちまっ』という表現が特に似合う少女だ。
そんな彼女に、俺はドッグトレーナーのごとくビシッと隙間を指差した。
「よし、アルカ、行ってこい」
「え? こんな煤だらけの所を通ったら服が汚れちゃうよ! こういうのは助手であるアッシスタの役目じゃないの!」
「どう見たって俺の体格で通れるはずがねえよ。強引にならいけるかもしれないが、間違いなく戻って来られないな」
線の細いアルカと違い、俺はかなり鍛えていることもあって片足が限界だ。どんなに腹をへこませても尻がつっかえる。
「廃墟を逃げ回る“猫”を捕まえる依頼を受けた時点で、服が汚れないはずがないんだよ。というか、この依頼を完遂しないと、今月の収入はゼロだぞ。いいのか? 猫も捕まえられないうえに、月に一度の収入もない探偵なんて信用ならんぞ」
「む~……、分かった。行ってくる」
マジカ探偵事務所は“とある事情”でお金には困っていないが、探偵に憧れを抱くアルカには信用という言葉を使えば大抵動く。スカートがなるべく汚れないように裾を一纏めにして隙間に身をねじ込んでいった。
「胸が薄いから余裕だな」
「うっさい! 後でひっぱたくよ!」
今更ながら、俺たちが一体何をしているのかというと、単純に迷い猫探しだ。今朝方、暇をしていたマジカ探偵事務所に来客があり、飼い主の元から逃げ出した猫を見つけて欲しいと依頼があった。
所詮は猫探しだからな、報酬も高く見積もるわけにはいかない。普段は受けないタイプの依頼ではあったが、あまりにも暇すぎるためにアルカは依頼を引き受けた。
「もう! 煤だらけなんだけど! 本当にこの奥に逃げたんだよね!」
「ああ、それだけは間違いないぞ。ほら頑張れ」
飼い主曰く、逃げた猫はこのゴーストタウンで拾った猫らしく、もしかしたら元の住処に帰ったのかもしれないと飼い主はいっていた。その情報を元に廃墟を探し続けて半日。運よく特徴と一致する黒猫を見つけられたわけだ。
「おーい! 通れたか? 尻はつっかえてねえか?」
「つっかえてない! そんなに大きくないもん! ……あ、通れたよ!」
日の当たらない家と家の隙間。奥に行くにつれ薄暗くなっていく影の中、アルカの身体がスポンと抜けたように見えた。
「アルカ、猫はいたか?」
「…………」
「おーい! 聞こえてるかぁ!」
声を掛けてもアルカは返事をしなかった。声が通りにくいのかもしれない。
しばらくして、アルカが身体を擦りながら隙間から戻って来る。しかし、どこか様子が変だった。先ほどは俺のセクハラに対して元気よく怒っていたのに、もしかして、猫を見つけられなかったか?
「猫は?」
「いたよ」
陰から出てくると分かる。アルカの腕に猫が抱かれていた。黒く煤にまみれたアルカは、それを気にした様子もなく、ただ腕に抱いた黒猫に辛そうな視線を送っていた。
「二匹?」
「双子だったのかな。すごくそっくりで、……とても心配だったんだろうね」
アルカの腕の中で眠る黒猫は、確かにもう一匹とそっくりだった。しかし、アルカの声のトーンからも伝わる通り、もう息をしていなかった。ぐったりとしたまま身動き一つしない。
「ここに戻ってきたってことは、何か伝えたかったのかな」
「さあな。どうしても気になるならいつもみたいに“聴いてみればいい”」
「流石に猫の言葉は分からないよ」
「動物相手にやったことはないだろ? もしかしたら声が聴こえるかもしれないぞ」
「どうかな? ちょっとやってみるね」
俺の提案に、アルカは少し考えて近くの石垣に座った。俺もどこか不安そうにしている黒猫を抱き上げ、隣に座った。
「じゃあ、ちょっと“聴いてみる”ね」
アルカは静かに目を瞑る。俺は腕の中で「ニャー」と鳴く黒猫の喉を撫でた。
探偵事務所の所長であるアルカは、自分で探偵を名乗っているが、実際推理で事件を解決したことはほとんどない。だから厳密には探偵ではないのかもしれないが、そんなアルカには仕事が稀に舞い込んでくる。その理由はアルカが保有する不思議な“能力”にあった。
「普通の人間にあるはずのない特別な力って、よく考えたらズルいってレベルじゃないよな。これでどんな難事件も解決しているって聞いたら、他の探偵が助走をつけて殴って来るぞ」
「集中しているんだから黙ってて」
「すまんすまん」
深く息を吐いたアルカは今、腕の中で眠る亡くなった猫の声を聴いている。
俺は立ち上がって少し離れた。黒猫が俺の腕からするりと抜けてアルカの隣にちょこんと座った。
「死者と会話できるって、……犯人にとっちゃたまったもんじゃねえよな。よくこれで名探偵を名乗れるよ」
まさか、『死者と会話する能力』で犯人を聞いていたなんて推理を披露できるわけないし、公には非公開の情報だ。そもそも能力ってなんだって話なんだけど。
「まあ、そういうアルカに仕える俺も助手もどきなんだよな」
さっさと家に帰って、コーヒーが飲みたい気分だった。
彼らの”憶測”、”推測”をお楽しみください。
推理をしないわけではありませんが、推理小説を名乗ると探偵にぶん殴られそうです。




